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密着一日目

 上司から部下へ、お客さんから店員さんへ……。立場の格差を利用して精神的・身体的な苦痛を与える行為、『ハラスメント』。昨今、強く問題視されるようになってきましたが、撲滅するまでには至っていません。今でもハラスメントで苦しんでいる人が大勢います。その中には、「ハラスメントをしてきた相手に、ハラスメントをやり返したい」と感じる人もいるそう。このような行為は『逆ハラスメント(逆ハラ)』と呼ばれることがあります。


 しかし、上の立場の者が下の立場の者へ行うハラスメントと比べ、逆ハラスメントを実行するのは難しいでしょう。やられてもやり返せない……。そう感じて、泣き寝入りしてしまう人も多いはず。


 そんな無念を代わりに背負い、逆ハラスメントを成功させる専門家が、町田茂春(まちだしげはる)さんです。ハラスメントに悩む人から依頼をもらい、本人に代わって報復するのが彼の仕事。


 現在四十四歳の町田さんが『逆ハラスメント代行業者』として働き始めたのは、およそ二年前。当時、仕事に困っていた町田さんですが、伯父(おじ)様が立ち上げた逆ハラスメントを代行する会社『ファイトバック株式会社』からスカウトを受けました。話を聞き、町田さんの経験を最大限に生かせる仕事だと感じたそう。


町田「私、元々はヤクザだったんですよ。ヒットマンって言ったらかっこ良く聞こえますけど、まあ鉄砲玉ですね。上の命令で、他所(よそ)の組のターゲットを殺していました。六人()りましたね。ただ、七人目は命令と関係なく私情で殺してしまって、そのときに警察に捕まりまして。十五年経って刑務所から出てきたときには、私がいた組は解散していました」


 かつてヤクザに所属していて、人を(あや)めた経験もある町田さんは、脅迫と殺害のプロフェッショナル。逆ハラスメント代行業者として、まさに即戦力となる人材だったのです。


 出所後に行き場を失った町田さんとしても、伯父様の会社からのスカウトを断る理由がありませんでした。


町田「もう組には戻れませんし、私の経歴で普通の会社に入るのもまず無理でしょうから、二つ返事で『やります』と答えました。でも、その判断は間違いではなかったと思っています。この仕事、とてもやりがいがあるんですよね。私みたいなゴミ人間が、人助けできるだなんて思ってもみませんでした。お客さんからお礼を言われるのが、すごく嬉しくて」


 ヤクザだったときとはまた別の働きがいを感じられていると言う町田さん。その顔は「強面(こわもて)」という表現がピッタリで、妙に似合う黒いスーツ姿を見ると今でも筋者(すじもの)だと勘違いしてしまいますが、少年のように屈託(くったく)のない笑顔を浮かべます。


 生き生きと働く町田さんに水を差すようで忍びないものの、逆ハラスメントという行為を生業(なりわい)とすること自体に問題はないのか、気になります。


町田「もちろん、大っぴらに『逆ハラを代行します』なんて言うことはできません。汚いことをする仕事なのは間違いありませんからね。私の正式な肩書きも、逆ハラ代行業者ではなく『ハラスメント対策コンサルタント』です。具体的に何をするのか、肩書きからはわからないようにしています」


 名刺を見せてくれた町田さん。確かに、『逆ハラスメント代行業者』とはどこにも書かれていません。


町田「私が逆ハラ代行業者と名乗るのは、そのほうがお客さんに伝わりやすいからです。……まあ、これは私個人の意見ですが、逆ハラ代行が問題になるなら、そもそもの原因であるハラスメントをする人間を放置しておくのは良いのか、という話ですよ。ハラスメントをする人間がいなくなれば、私が汚い仕事をする理由もなくなります。ハラスメントに対する処罰の甘さこそ、一番の問題ではないですかね?」


 町田さんはそう続けました。彼の言い分が正しいかどうか、適切に判断するのは難しいところ。しかし、正論のようには聞こえます。ハラスメントをした人に対するより厳しい取り締まりや罰則があれば、被害者の溜飲(りゅういん)が下がり「逆ハラスメントをしよう」などと考えなくなる。その可能性は、充分にあるでしょう。


 今日は、これから仕事をしに行くそう。同行し、その働きぶりを見せてもらうことにしました。現場へ向かうため、町田さんと一緒にタクシーに乗り込みます。


 どのような依頼があったのでしょうか。


町田「典型的なケースですよ。会社の上司にパワハラをされた部下の方からの依頼で、その上司に復讐してほしいと。依頼人は毎日暴言を浴びせられて、暴力を振るわれることもあって、精神的に追い詰められてしまったそうです。今は休職していて、自分の部屋から出ることすらできないとも聞きました。逆ハラのやり方は私に任せてくれるとのことで、今からやりに行きます」


 会社内で起きたパワーハラスメント、その復讐が今回の依頼です。これから向かうのは、依頼人とその上司が勤務している会社だそう。町田さんは、社内で逆ハラスメントをするつもりなのでしょうか。


町田「はい、そのとおりです。依頼人だけでなく、会社側からも了承をもらっています。その上司っていうのが、依頼人以外に何人もパワハラで退職させているらしいんです。時間と金をかけて雇った社員が、たった一人の機嫌で辞めさせられる……会社としても、あってはならない状況です。しかし、社員をクビにするのは難しい。損失分を弁償させられるようなルールもない。そこで、せめてこれ以上の損失を出さないためにと、私を使って自主退職に追い込もうと考えた、というわけですね」


 パワハラは被害者だけでなく、組織全体にも大きな損害を与えると、町田さんは語ります。彼が口にした経済的な損失だけでなく、パワハラが(おおやけ)になった場合に企業の評判が下がるリスクや、直接的な被害者ではない既存社員の退職なども考えられるでしょう。こういった可能性を排除したいと考えた組織が、町田さんたち逆ハラスメント代行業者を頼る場合もあるそうです。


町田「ハラスメントをする人間は、どれだけ優秀でも組織にとっては(がん)です。いつか必ず、取り返しのつかない問題を引き起こします。そういう(やから)は、早めに取り除くべきなんですよ」


 タクシーに乗車して、およそ二十分。今回のターゲットがいる会社に到着しました。都内某所、商業ビルの三階に拠点を構える、IT系企業です。入口扉の脇に設置されたタブレットで受付を済ませると、若い女性社員が私たちを会議室へ案内してくれました。六人が掛けられるテーブルが中央に置かれた、小さめの部屋です。


 三分ほど経って、依頼人の上司であるAさんが扉を開けて入ってきました。年齢は五十歳前後と見られる、恰幅(かっぷく)の良い男性。軽く会釈(えしゃく)をし、町田さんと向かい合わせになるように座ります。


 先に口を開いたのはAさん。目を細めながら、不機嫌そうな口調で話し始めました。


A「社長から、町田様が来るということは聞いていました。ですが、用件までは聞かされていません。私に何のご用でしょうか?」


 Aさんの声はどすが利いていて、町田さんに負けず劣らずヤクザのように思えます。この声で暴言を浴びせられ続ければ、強い恐怖心を覚えるのも無理はないでしょう。


 そんなAさんを目の前にしても、町田さんは眉ひとつ動かしません。低くしゃがれた声で応えます。


町田「私は、現在休職されている●●さん(依頼人)の代理人です。彼は復職を希望しています。が、Aさんが社内にいると働けないそうです。休職した原因は、上司であるアナタからのパワハラだと聞いています。その件についてお話ししたく、参りました」

A「ああ、そういうことですか。確かに●●は私の部下ですが、パワハラをしたなんて事実はありません。ただ、●●は能力的に仕事についていけてませんでしたからね。私を始め、同僚の足を引っ張っている罪悪感に耐えられず休職したんでしょう」

町田「いえ、●●さん本人からパワハラがあったと聞いています。毎日のように暴言を吐かれ、暴力も振るわれた、と。他にも、ここ二年でアナタの部下だった方が五人も辞めているそうですね」

A「定年まで一つの会社に勤め続ける時代は、とっくに終わっていますよ。途中で会社を辞めることなんて、何も珍しくない。それとも、私が部下にパワハラをしたという証拠でもあるんでしょうか? 町田さんは●●の話だけで、私がパワハラをしたと決めつけていますよね?」


 パワハラをした事実はないと、(かたく)なに言い張るAさん。対して町田さんは、「ええ、証拠はありません」と、素直に認めました。証拠がなければAさんにパワハラを認めさせることはできないように思えますが、何か作戦があるのでしょうか。


町田「証拠の有無は関係ないんですよ。というより、証拠がないからこそ、私が代理人として雇われたんです」

A「は?」

町田「他人を脅すとき、筋の通った根拠や理由が必要だと思いますか? いや、思いませんよね? 自分が不機嫌だからという理由だけで部下を脅迫してきたAさんが、そんなことを思うわけがない」


 そこまで言うと町田さんは、右手をジャケットの(ふところ)の中に入れます。そして素早く外に出すと、テーブルの上に置かれたAさんの左手の甲を目掛けて振りかざしました。どんっという鈍い音が鳴ります。町田さんの右手には短刀が握られていて、その刃はAさんの左手、人差し指と中指につながる中手骨(ちゅうしゅこつ)の間を貫通し、テーブルに突き刺さっていました。


A「……あ、あああがあああ! ああああああなん……がああなんだこれはあああ!?」


 Aさんの絶叫が、狭い会議室の中で反響します。テーブルには、Aさんの手を中心にじわじわと血溜(ちだ)まりが広がり始めました。絶叫が一瞬だけ途切れると、町田さんが強い語気で割り込みます。


町田「てめえが●●さんにやったことはこれと同じなんだよお! ただ気分だけで他人を傷つけやがって! 俺は今、てめえの発言に腹が立ったから手をぶっ刺してやった! てめえが部下にやってきたことと違いがあるかあ!? あるなら言ってみろ!」

A「ぐっ、あがあああ……あぐあ……わ、私は……こんなことはやっていない……手を、さ、刺すなんて」

町田「てめえが原因で働けなくなった人が何人もいるんだがあ!? 働けなくて金が稼げなくなったら死ぬしかねえんだよ! てめえは人を死に追いやったも同然だろうがあ! それに比べれば、手を刺されたのなんて軽傷中の軽傷だと思うがねえ!?」


 痛みのせいか、反論が見つからないせいか、Aさんは口をつぐみます。すでにお手上げな状況に追い込まれてそうなAさんに対して、町田さんは容赦しません。


町田「本当は●●さんがやりたかったことだが、俺がだいぶマイルドにしてやったよ! ●●さんならこの場でてめえを滅多刺しにしてただろうなあ! 命があるだけ感謝しろ!」

A「なん……なんで……なんで私がこんなことに……」

町田「逆に聞くがよお! なんでてめえは安全圏にいながらいつまでもパワハラできると思ってたんだあ!? 理解できねえなあ! やり返されない理由があるのかあ!? 上司だからかあ!? 上司って立場は刃物とか銃弾とかからてめえを守ってくれる防護服なのかあ!? あぁん!?」

A「ち、ちが……違う……私は……」

町田「何が違うんですかねえ!? それとも御社にはムカついたら同僚にパワハラしても良いってルールがあるんですかあ!? だったら御社で働きてえなあ! てめえをいたぶり放題なんだからよお!」

A「……す、すみ……すみませんでした……本当に、すみません……」


 テーブルに左手が固定されたまま、Aさんは深く頭を下げます。口にしなかったものの、●●さんにパワハラをしたことを認めたようなものでしょう。直後、町田さんの声音(こわね)が落ち着いた調子に戻りました。


町田「では、Aさんには退職していただきたい。私の目的はアナタに報復することと、●●さんが復職できるよう手配することです。アナタが社内に居続けられると、●●さんは職場復帰できません。なので退職してください」

A「たい……しょく……あの、私……年齢的に、今から再就職というのは」

町田「来週の火曜日までに退職してください。この場でそれを約束してくだされば、刃物を抜いてすぐに手当します。考える時間は差し上げますが、長考はおすすめしません。その手、致命傷ではないものの、出血が続けばその限りではありませんから」

A「わ、わかりました……辞めます! すぐに退職します!」


 Aさんの手から短刀を引き抜いた町田さん。そして足元のビジネスバッグから取り出したガーゼと包帯を、Aさんの左手に素早く巻きつけます。非常に慣れた手捌(てさば)きです。手当てをしながら、町田さんは続けます。


町田「念のため病院に行ったほうがいい。怪我した理由を医者に聞かれたら、『料理中に誤って包丁を刺してしまった』とでも言ってください。正直に話せばどうなるか、わかりますよね? もちろん、警察にも内緒にしてください」

A「……はい……言いません」

町田「よろしくお願いします。それと、アナタがちゃんと約束を守って退職してくれたかどうか、来週また確認しに来ます。そのとき、もし守っていなければどうなるか、それも想像できますよね?」

A「……はい」


 これが町田さんの仕事です。

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