第三十一話 静かな悪意と自給自足
重い足取りで祭壇部屋に入り、祈りを捧げる。
「…………」
無言のカミスワさんがそこに居た。
「…あの…カミスワさん…」
「出番が少ないです」
「はっ?」
「わかりますよ?新たな登場人物が立て続けに出て来て、イベント盛りだくさんになれば私の事が疎かになる気持ちも。だけど一応初期から支えてる主要キャラである以上、もっと愛情を持って扱って頂けないと…」
「あの…さっきから何を?」
「あぁ……スミマセン…なんだか溜まりかねた想いが溢れてしまい…」
「出番?…とか言ってましたけど、ちゃんと最近もお祈りしてましたよね?」
「えぇ…しかし、新キャラの登場と張り合えるような濃い会話は出来ていなかったので…」
「だから何の話ですか?」
「……お気になさらず」
一つ咳払いをして話し始めるカミスワさん。
「秘密を共有する方がだいぶ増えたようですね?」
「はい…スミマセン…」
「謝る事ではありませんよ?皆さん信頼のおける方のようですし、そもそも何がなんでも隠さなければならない訳では無いですから」
「そうですか……」
カミスワさんの言葉にホッとしているのも束の間、カミスワさんは神妙な面持ちで話し始める。
「今回お呼びしたのは他でも有りません。ウルカさんもお気づきでしょう?姿の見えない悪意が迫っている事に」
カミスワさんがそう言った時、ふとギガントボアとセレーネモスの暴走の件を思い出した。
「魔石の無い魔獣の暴走……それは、ウルカさんもお察しの通り、人為的に引き起こされたものです」
「やっぱり……でも、誰が?」
「申し訳有りませんが、真実はウルカさん自身の手で見つけ出して頂くしか……しかし、ウルカさんが思った通りに異世界暮らしを続けて頂ければ、自ずと真実が近付いて来るはずです。今まで通り、がむしゃらに物作りを続けて下さい」
「はぁ…」
「あと、私の出番も少しは配慮して下さいね?」
「だからなんの話ですか」
イマイチ腑に落ちないまま意識が現実に引き戻された。
翌日から、かしまし三人娘が四人娘になり、より一層賑やかな我が家となった。そうなると食料の確保の仕方も考えなければいけない。
「………で、その結果が…コレですか」
僕達は新たに作った施設の前に立ち、女性陣は若干引き気味な様子だ。
「これは………畑?」
「……土の匂い…」
「こっちの建物は何かしら?」
「恐らく畜舎の類でしょう」
僕は遂に自給自足のスーパースローライフを始める事にしたのだ。
「畑には取り敢えず使用頻度の高いタムテ、オニア、レソタ、カベト、ガリカ、調味料のソイスとペパを植えようと思います。畜舎ではコカトリスとマンティコア、それから『メタルホーンブル』を飼育しようかと思ってます」
「ちょっと待って待って…なんか色々凄い事を言ってたけど…」
「自給自足の為に農家でも無いのに畑をやるなんて……長く生きてるけどそんな人初めて見たわ」
「しかも家畜にBランク級のコカトリスにマンティコア…おまけにAランクメタルホーンブルとは…」
「…ウルカくん…凄い!……」
「多分、それは正しいリアクションじゃ無いと思うわ」
「でも、魔獣の飼育ってどうするつもりなの?」
「グランツさんの書庫からコレを見つけたんです」
僕が取り出した本の表紙には『従魔契約入門』と書かれている。
「『従魔術』の入門書ですか…」
「魔法で従えるの?でも、入門の魔術で大丈夫なの?」
「高度な従魔術は、魔獣に複雑な指示を出したり、視覚や意識を共有する事が出来ますが、畜舎に入って貰うだけなら、入門レベルで充分なんです」
僕の言葉に頷くフレアさんと、その隣で首を傾げるリリィさん。
「ですが、従魔術を行使するには条件が有ります。まずは『魔獣よりも術者のレベルが上である事』」
「それならウルカくんは大丈夫でしょ」
「それからもう一つ『複数の魔獣を従える場合、術者は従える全ての魔獣のレベルを合算したレベルを上回る事』」
「えっ!?って言う事は…」
「マンティコアは平均45、コカトリスは平均45、メタルホーンブルは平均60です。つまり、最低限レベル150は無いと従える事は出来ません」
フレアさんは恐る恐る僕に尋ねた。
「ち、ちなみに…ウルカくん、今のレベルは?」
「はい!今はレベル160なのでバッチリです!」
僕が親指を立てながら笑顔でそう言うと、しばらく沈黙が続き、フレアさんがそれを切り裂いた。
「ひゃ…ひゃくろくじゅうぅうううう!!!??!?」
「ハ、ハハ、ハハハハ…さ、流石う、ウルカくんですねぇ…」
驚嘆するフレアさんと、青冷めた顔で震えるリリィさん。
「えっ?ど、どうしたんですかお二人?」
少し呆れた様にため息をついたユニコーンさん。
「ウルカくん、私は300年近く生きてるんだけど、レベルは280なの。レヴィは?」
「……220…歳は200とちょっと…」
「そ、そんなに高いんですか!?やっぱり幻獣さんは凄いですね!」
「いやいや…驚くのはこっちなのよ。300年や200年生きてる私達と違って、ウルカくんはついこの前こっちの世界に来たのに、レベル160なんて有り得ないのよ?」
「……多分…亞人族最強…」
「えぇっ!?」
「そもそも、幻獣や魔族以外の生き物は、レベル99以上にはならないのよ?」
「……人類やめてる…」
「えぇぇぇっ!?!?!」
衝撃の事実で開いた口が塞がらない。
「あっ、でも唯一『勇者』だけは、99以上になれるわね」
「そ、そうなんですね…ちょっとだけ安心しました…」
僕がホッと胸を撫で下ろすと、フレアさんとリリィさんが話し始める。
「そういえば、今、王都に勇者が来てるんだよね?今の勇者ってレベル幾つ?」
「確か、少し前に200を超えたとか…歳は私達と同じと聞きました」
「うへぇ…流石勇者様だなぁ」
そんな話をした後、リリィさんが少し不思議そうな顔でユニコーンさんに尋ねる。
「ちなみに森の幻獣として、従魔術ってあまりよろしく無いんじゃ…」
リリィさんの言葉に僕はハッとした。確かに、森の主としては、魔法で魔獣を意のままにするなんて言語道断かもしれない。
「あら、そんな事ないわよ?私だってたまに聞き分けの無い子に使うもの」
「そうなんですか!?」
幻獣と言っても高位の魔獣。それなのに従魔術が使えるとは…
「それに従魔術は、魔法で無理矢理言う事を聞かせる訳じゃ無くて、魔獣が主人と認めた相手としか契約が結べない物だから」
「認める?でも、普通の魔獣は人間の言葉もわからないし、どうやって認めるんですか?」
「それが『レベル』なのよ。野生の生き物は感覚で相手の強さがわかる。自分より強いと感じた相手に魔獣は逆らわずに忠誠を誓う。それが従魔術の仕組みなのよ」
僕が納得していると、ユニコーンさんはずいっと僕に顔を近づけた。
「だから、ウルカくんのレベルが私を上回ったら、私を好きにできるのよ?」
僕に向かって意味深な物言いをするユニコーンさん。
「……なんだか…それって…」
レヴィアタンさんが呟くと、フレアさんとリリィさんが僕の方に顔を向けた。
「そ、そんな事考えてるの?」
「汚らわしい」
謂れのない軽蔑の目を向ける二人。
「ぼ、僕は何も言ってませんよ!!とにかく、これから森に入って植物の種と魔獣を探しに行きます!一人で行くのでついて来ないで良いですから!」
なんとなく気に食わなかったので、一人でズンズンと森へと向かう。
「あ〜ん!待ってよウルカくん!」
「ご、ご一緒します!」
「あらあら、ちょっとからかい過ぎたかしら?」
「……本気だと思った…」
後を追う様に四人がついて来て、結局賑やかに森の探索へと向かった。




