第二十九話 ひとりぼっちとひとりぼっち
幻獣レヴィアタンを釣り上げてしまい、困惑している所で同じ幻獣であるユニコーンさんが話を聞いてくれた。
「海底に引き篭もってる貴方が、どうして釣り針に食いついちゃったの?」
「……匂い…懐かしい匂いがしたから…」
「匂い?ウルカくん、釣り針に何か細工でもしたの?」
「い、いえ…いつも通りこの神槌で作っただけですよ?」
そう言って神槌を取り出すと、それを見たレヴィアタンさんが何かに気付いた。
「それ……『幻魔石』……」
「はい、幻魔石を使ってますけど……」
「その幻魔石……多分…この海の底で取れた物」
「えっ!?そうなんですか!?ていうかそもそも海底に魔石って有るんですか!?」
僕が驚いていると、ユニコーンさんが説明をしてくれた。
「確かに、魔石は魔獣を構成する物で、魔獣からしか採取出来ないとされてるわ。でも魔石は結局魔力の素『魔素』の塊。魔素は空気中や魔獣の体内にも巡っている。海底では空気や魔獣の死骸から海に溶け込んだ魔素が押し固められて、結果長い年月をかけて魔石や超魔石、更に上位互換の幻魔石が自然に作られていくのよ」
「なるほど…文献で理論上の事しか聞いた事は有りませんでしたが、本当にそんな事が起こっていたとは…」
リリィさんが興味深そうに聞いている。
「まぁ、人間はそんな海底まで行く事は出来ないから仕方ないわよね。しかし、ウルカくんの幻魔石は、魔獣からじゃ無くて海底で採れた物だったのね」
「僕もどこで採れた物かは知らなくて……グランツさんが溜め込んでいた物を使わせてもらって…」
そう言うと、レヴィアタンさんは強く反応した。
「グランツ……って…オジサンの事?」
「オジサン?……ひょっとして、グランツさんを知ってるんですか!?」
〜数十年前〜
私は幻獣レヴィアタン、海底に住む海の主。私の姿は海の中でも外でも、誰彼構わず恐怖を与える。大地のユニコーンは森の仲間たちと共に暮らし、豊穣の神とさえ言われているのに、私の周りには誰も寄りつかない。かと言って、エンシェントドラゴンの様に孤高の存在にもなれない。私は弱い…寂しい……誰かに居て欲しいと思ってしまう……
そんな事を考えながら眠ろうとすると、突然何かに体を引っ張られた。大きな網のような物に海底の魔石と一緒に引き摺られ、どんどん海面に近付いて行く。
「ナニ!………ナニコレ!……」
「ぬおりゃああい!!!!」
海面から勢い良く引き摺り出され、そこには筋肉に身を固めた謎の中年男性が居た。そして私は魔石と一緒に岩場に叩きつけられた。
「おぉっ!!魔石と一緒に大物も獲れてしまった!いやぁすまんすまん!!」
網を解かれて外に出ると、その男は私をマジマジと眺めた。
「コイツはデカいなぁ………」
この人も怯えさせてしまうと思い、私はすぐに人間体に化けた。
「おやっ?姿を変えてどうしたんだ?」
「こ…怖いかと思って……」
そう言うと男は豪快に笑い飛ばした。
「何を言ってる!大きく美しく神々しい!怖さなんて微塵も感じなかったぞ!!」
…人間なのに私が怖くないの?人間は私を見れば、泣き喚きながら逃げていくのに…こんな人初めて会った。
「しかし、海底に網を引けば幻魔石が手に入るやもと思って引いてみたが…本当に手に入るとはな!それもこんなに沢山!!」
「……魔石が欲しくて……こんな事?……」
「あぁっ!!幻魔石を手に入れようにも、持っている魔獣は少ないからな!それに、魔石を採る為に殺生をするのも気が進まんくてな!!」
こんな変な人…初めて見た。もっとこの人の事を知りたい…
「しかし、網を引くとお前さんみたいなのに迷惑をかけてしまうな!今後は止めておこう!また別の方法を考えよう!」
そう言って立ち去ろうとする男を呼び止めてしまった。
「あ、あの……良かったら…私採って来る……」
「ほぉっ!良いのか!そうしてもらえると助かる!!」
それから私は、オジサンの為に幻魔石を集めて海面に上がり、オジサンに幻魔石を渡すついでに色んな話をした。発明の話、陸の上の国の話、美味しい物の話、どの話もとても楽しくて、時間があっという間に過ぎた。
「…オジサン…幻魔石…まだ欲しい?…」
「いやっ!幻魔石はもう充分貰ったぞ!」
「えっ……じゃあもう…来ない…」
私が少し落ち込んでいると、オジサンは続けて話した。
「もう充分貰ったんだが!こんなに私の話を聞いてくれる者は中々居なくて楽しくてな!何度も来てしまったわ!お前さんさえ良ければこれからも来て良いか?」
オジサンの言葉に嬉しくなり、私は何度も首を縦に振った。
だけど、その次の日からオジサンは来なくなった。オジサンどうしたのかな…オジサンが居なきゃ…またひとりぼっち……寂しいよ…オジサン…
「なるほど…まさか貴方までオジサンの事を知ってたなんて……人生で幻獣三体のうち二体に出会うなんて…どんな強運なのかしら」
確かにグランツさんの運はチートレベルだから無理も無い。
「ウルカ…くん?……オジサンと知り合いなの?」
「えぇと…知り合いでは無いんですが、間接的にお世話になってると言うか…」
レヴィアタンさんは重い口を開くように僕に聞いた。
「……オジサンは…どうしてるの?」
やはり気になってるとは思っていたが、この事実はレヴィアタンさんにとって、とても辛い事だろう。僕はなるべく穏やかな口調で伝えた。
「オジサン…グランツさんは…数年前にお亡くなりになりました」
僕がそう言うと、レヴィアタンさんは動きを止めた。
「……そうだよね…オジサン…もうおじいさんだったもんね……わかってた…わかってたけど……う、うぅっ……」
今にも泣き出しそうなレヴィアタンさんを見て、ユニコーンさんが慌てだす。
「マズイわ!この子が泣くと海が!!」
海の方を見ると、遠くの方からとんでも無く大きな波が立っていた。
「ひぃいい!!?!何アレ!!」
「この子は海を司る幻獣、しかも精神が不安定なせいで魔力が暴走する事が有る。この子が泣き出せば海にもそれが伝わり、大災害を起こす!」
「このレベルの波……下手をすればモーゼスやセルジアにも届いてしまいます!」
「ウルカくん!『森羅共鳴』は使えるわよね?」
「は、はいっ!でもどうすれば…」
「二人で一緒に壁を作るわよ!」
僕とユニコーンさんは海の前に立ち、森羅共鳴によって草木の巨大なバリケードを作って行く。
「なるべく大きく頑丈に…波の到達に間に合わせるわよ!」
「はいっ!」
沿岸全域を覆う様な壁を作って待ち構える。
「来るわよっ!」
遂に波が押し寄せ、壁がギリギリと音を立てる。
「壊れた所はスキルですぐに直して!!とにかく乗り切るわよ!」
波が収まるまでひたすら堪え、暫くして波が引いて行った。
「ふぅ…なんとか堪えた…」
「お疲れ様、ウルカくん」
「あれっ?レヴィアタンさんは?」
レヴィアタンさんが見当たらないと思ったら、海から幻獣状態のレヴィアタンさんが上がって来た。
「ゴメン…ジブンノナミ二……マキコマレテ……」
「もう…騒ぎを起こした上に心配までかけて」
「ゴ…ゴメン……ウッ!!」
「どうしたのっ!?」
レヴィアタンさんの体を見ると、尻尾に大きな鉄の杭の様な物が突き刺さっていた。
「大丈夫ですか!?」
「イ…イタイ……」
「コレは…船の部品か何か?津波で流れ込んで来た物が刺さってしまったのか!?」
「リ、リリィ!回復は!?」
「まずは杭を抜かなければ傷は治せません」
「みんなで引っ張って抜きましょ!」
四人で杭を抜こうとするも、中々抜けそうにない。
「イタイ……イタイッ!」
「どうしよう……」
すると、尻尾を貫通して飛び出した杭の先が目に入った。
「そうだ!僕が反対から叩いて押すので、皆さんで一気に引いて下さい!」
僕は神槌を取り出して杭の先に合わせた。
「行きますよ!せーのっ!」
僕の一叩きと三人の引っ張りで、杭は一気に動き、そのまま何回か繰り返して杭は抜けた。その後はリリィさんの治療で傷を治す事に。
「これでもう大丈夫ですよ」
「…ありがとう…迷惑かけた上に助けてもらって…」
「気にしないで下さい」
人間体になったレヴィアタンさんが、リリィさんにペコっと頭を下げる。
「ちょっと待って…何か聞こえる」
突如地鳴りが響き始め、海の方を見ると何故か再び津波が起こっていた。
「ちょっ!!なんで!?」
「押し返した波がまた戻って来たのよ!」
「どうするんですか!?これじゃ何度やっても同じ事です!」
「こ…ここは私が……うっ!?」
レヴィアタンさんが立ち上がるも、治りかけの傷の痛みでスキルの行使が出来なかった。
「無理をしないで!」
「で…でも…」
「一旦さっきと同じように押し返すしか無いわ!」
しかし、それでは同じ事の繰り返しだ。そう思った時、また突然新たなスキルを学習した。
「コレは!!…ユニコーンさん!僕がやります!」
「ウルカくん!?…ダメ!一人でなんて…」
「………『慟哭』!」
スキルを行使する事で寄せてくる波と同等の波を起こし、ぶつける事で相殺する事が出来た。
「な……そ、それ!…」
「…や、やっぱりコレって」
「私のスキル……どうして?」
蛇型の魔獣は、自身の持つ長い尻尾で敵を払ったり叩きつけたりするそうな。つまり先程の尻尾に刺さった杭を神槌を用いて抜いた際、レヴィアタンさんの武器を直したと判断され、学習してしまったみたいだ。
「ま、まぁ!なんとかなったんですからよしとしましょう!」
「ウ〜ル〜カ〜く〜ん?」
ユニコーンさんがこちらににじり寄ってくる。
「私の森羅共鳴といいレヴィのスキルといい、どうしてそんなにポンポン人のスキルを覚えられるのかな?」
「そ、それは……」
「そろそろ教えて欲しいなぁ?」
優しい言葉と表情の裏に、静かな威圧感を覚えた。言い逃れは…出来なさそうだ。




