お昼休み屋上での和解?
アクセス数がいきなり伸びたので驚きました。
お昼休みの昼食とは、俺達のような成長期の飢えた高校生にとって、戦場と同義だと俺は常に思っている。
まずこの時間できちんと栄養補給をしなければ、午後の授業に支障を来たす恐れもあるのだ。
例えば暑い夏の日の四時間目にプールの授業をやった後に、昼食を抜いたりしたら、育ち盛りの成長期な学生は午後の授業を乗り切ること物理的に困難となるだろう。
次にその栄養補充の方法についてだが、小学校と中学校は大抵の場合、給食という配給制度が備わっているのが殆どであるが、高校は基本的に給食ではなく、自らが各々で確保していかなければならない弱肉強食の世界なのだ。
俺の通う高校では学食と購買があるが、生徒数がそれなりに多い上に、一般のコンビニなどで売られている弁当よりも安く経済的なので、大半の生徒が先に述べた二つの内どちらかを頻繁に利用している。
自分で作るか母親などに頼み、弁当を持参する生徒も少なくないのだが、やはり同じ食べるなら、冷めた御飯よりも炊き立ての暖かい御飯を食べたいと思う者が多く、総数で言えばやはり学食を利用する人数の方が圧倒的に多い。
かく言う俺もその内の一人であり、本来ならば昼休みには八郎と共に、食堂へと駆け込むのが常なのだが……四時間目の数学を終えた俺は、不本意なことに、学校の屋上へとやって来ていた。
中には屋上の出入りは封鎖されている学校も多いらしいが、この高校は普段からも一般の生徒の出入りが自由となっている上に、デパートの屋上に見掛けるビアガーデンのようなテーブルと椅子、ベンチが設置されているので、天気の良い日は、弁当派や購買でパンを買った生徒達が頻繁に利用するらしい。
辺りを見れば、男女共に中々の数の生徒達が和気藹々と談笑しながら、お弁当を広げている光景が目立つ。
そんな中で、俺は現在進行形で死の恐怖を感じていた。
「屋上は初めて来たけど、結構人が多いんだね」
「……そうだな。俺も普段は食堂で、学食か購買でパンだったから、屋上は初めてだ」
運良く(俺としては運悪く)空いていたテーブルと椅子に向かい合わせで座った俺と、美少女はお互いに屋上に来た感想を漏らす。
どうしてこんな状況となってしまったのか。
俺は自分の不甲斐無さに、心の中で大きな溜息を吐く。
自分自身の名誉の為に改めて宣言しておくが、俺は美少女恐怖症だ。
そんな奴が天敵である美少女と、陽気な春の風が優しく吹く、昼休みの屋上に二人でランチとか、戦場に行く前日に友人に恋人の写真を見せて、この戦いが終わったら俺はこいつにプロポーズするんだと宣言する兵士並に建てちゃいけない不吉なフラグを建てているのと同義だと言うのに、好んで決行する訳が無い。
なら朝のお誘いを断れば良いじゃ無いかと思うだろうが、それが出来るなら苦労は無い。
想像してもらいたい。
奴は昼食のお誘いを教室で公然と何の躊躇いも無く、言い放ったのである。
その発言を俺と近くで話していた八郎が聞き逃さない筈もなく、更に言えば近くの席に座っているおせっかい大好きな吉田さんが控えているのだ。
美少女が俺にお昼のお誘いをしてきた。
更にお手製のお弁当付きで、という光景を目撃したこの二人がどうなるか。
この情報は波状的にクラスメイトの中に浸透した上に、その情報自体が、本来のものから変質して俺と美少女が、お昼に二人でランチの約束をしたというラスボスを倒したと思ったら第二形態になったような凶悪な話になってしまった。
つまり俺が断るよりも早く、周囲が俺の返事を決定付けてしまったわけだ。
それでも俺が一人奮闘して、拒絶することは出来る。
だがそれは、この教室に居るクラスメイトのほぼ全員を敵に回すことと同義だ。
男子は妬みの視線を送りながらも、良かったじゃないかと俺の肩を次々と叩きに来るし、女子達は美少女の席に集結して本人が直視出来ないレベルとなっていた。
絶対に俺達との関係を勘違いしていること受け合いである。
ただの勘違いだとしても、こんな盛り上がっている連中に冷水を浴びせるような行為をすればどうなるか。
これからの学生生活とを天秤に掛けたとして、僅かながらに一時の恐怖を耐えることに天秤が傾いた。
だから俺は今、この無法な屋上という戦場に、赴いている訳だ。
「綾奈から聞いたんだけど、大丈夫?まだ何処か痛かったりする?」
「……いや、倒れたのはただの貧血だし、音無さんが心配することは何も無いよ」
「高須君がそう言うなら、良いけど心配すること無いなんて寂しいこと言わないでよ。私は凄く心配したしこれからも何かあったら心配するからね。友達に何かあったら心配するのは当然なんだからさ」
そう言った美少女、の眩しいまでの笑顔に俺は恐怖に震えると共に、一つ認識を改める。
この美少女、改め音無鈴奈は良い奴なのだろう。
彼女は本気で俺を心配してくれている。
こうやってお昼に誘ってきたのも、彼女にしてはきっと友達への友好の証なのだ。
そう結論を下すが、それでも俺の中から恐怖が消える訳じゃない。
基本的にこれからも、俺から率先して音無さんに近付くことは無いだろう。
だがそれでも、お隣さんのよしみとして、なるべく友好的に接することも吝かじゃないと、俺は素直に思うことが出来た。
言うなれば、テレビのドキュメンタリーなんかで、猛獣と言われる動物と人間が触れ合えたことに感動した気分だ。
そう思うとこの恐怖心の中でも、僅かながら暖かな気持ちになれる。
これは俺にとって大きな進歩かもしれない。
「そろそろお弁当を食べよっか」
「ああ、そうだな」
俺は音無さんから手渡されたお弁当箱を開ける。
「これは美味そうだな」
音無さんの料理の腕は以前のカレーで知っていたが、普通に上手い方だ。
実際に開けたお弁当箱の中身も期待出来そうなビジュアルとラインナップを誇っている。
海苔を巻いた三角おにぎりが二つと玉子焼きに、タコさんウィンナーと野菜炒めに彩りに添えられたミニトマト。
教科書に載りそうなお弁当の一つと言っても差し支えなさそうだ。
「私の自信作なんだよ」
「それじゃあ、さっそく食べてみるかな」
俺は左手でおにぎりを手にとって一口食べる。
口の中には良い塩梅の塩加減と御飯のほのかな甘みが広がっていく。
何と言うか、普通に美味い。
おにぎりの味を堪能していた俺は、この時油断していた。
「高須君。ちょっと口を開けてくれるかな?」
「ん?ああ」
普段の俺であれば、こんな要求に簡単に従ったりはしない。
先程のやり取りとおにぎりの美味しさによって、俺は完全に向かい合った人物が誰なのかということを失念してしまったのである。
口を開けた瞬間に、口内に広がる卵の旨味。
何があったのか、一瞬訳が分からなくなるが、視線の先を正面に合わせて、何が起こったのかを俺は悟った。
「ちょっと恥ずかしいけど、まだ高須君は右手が痛いだろうし、おかずは私が食べさせてあげるね」
ほんのりと頬を赤らめながらそう言いつつ、俺の口元に箸を持つ、音無さんの可憐な微笑み。
俺は全てを理解したことによって過剰なショックを受けて、遠のく意識の中、最後の力を振り絞ってご馳走様と言って意識を手放した。
その後俺が目を覚ましたのは、放課後の保健室だった……。
常人の方にはご褒美ですが主人公には……。