36話 長年過ごせば、人の見分けもつく(前編)
スキップでもしそうな足取りで、目森は、部屋に備え付けられたベッドにダイブした。
「やっぱり、これはやらないとね」
家もベッドだが、家のベッドとホテルのベッドは、なにか違うのだ。
具体的になにかと言われると、全くわからないが。
「はいはい。お疲れさん」
ベッドにダイブした目森以外の瑞希たちは、荷物を下しながら、部屋の中を見渡していた。
価格を抑えるため、4人部屋ということ以外、部屋の指定ができないプランだったため、狭い部屋も覚悟していた。
ただ、実際に案内されたのは、おそらく4人部屋の中でも、それなりにランクの上の方と思われる、広い部屋だった。
「普段の徳の積み方では……?」
「また調子のいいことを言って……」
ベッドに寝転がりながら、腕を組んでいる目森に、真桐が呆れたようにため息をつく。
「そんなことないって! ランダム商法に負けないためにも、ライブのチケットを当てるためにも! アタシは普段から、徳を積むようにしてる……!!」
「宿題を見せてもらうとかには、消費されてないの?」
「……徳も積むだけじゃダメだよね。使わないと」
「そんなお金みたいな感じなの……?」
真桐の意地悪な言葉に、謎の理論で強く頷く目森に、瑞希も乾いた笑いを漏らしながら、白亜の方へ目をやってしまう。
白亜は何も言っていないが、おそらくこの部屋に案内されたのは、白亜の影響が大きい。
よくあるのだ。商売繁盛を司る稲荷大社の使い魔に、商売をしている店の人が、良くしてくれることは。
白亜が、稲荷大社に関係あると知らなくても、印象深い白い耳と尻尾を持つ、狐の使い魔は、なんとなく稲荷大社と関連付けられる。
それこそ、目森の言う『徳を積む』という感覚で、良くしてくれる。
「まぁまぁ、そんなことより、買ってきたお菓子食べようではありませんか」
話を逸らすように、目森は、ホテルに戻ってから食べる用と買ってきた、いくつかのお菓子と飲み物をテーブルに並べる。
時間はまだ、夜の8時過ぎ。
学生が遊びで出歩くには、警察などの目が厳しくなり始める時間だが、寝るには、まだまだ早い時間。
瑞希も真桐も、テーブルの方へ近づくと、ふと白亜が軽く手を上げた。
「僕、ちょっと出てくるわ」
「え、なにか買い忘れですか?」
「ちゃうちゃう。久々に戻ってきたし、近場の連中に、挨拶しとこうと思うてな」
確かに、観光をしている間も、白亜は何度か声をかけられていた。
それこそ、使い魔たちとは、知り合いだからか、必ず声をかけられていた。
「都の噂は回るのが、早いからなぁ……」
「いやぁ、怖い怖い」と全く怖がっていない様子で、白亜が呟くが、実際に故郷だから、顔を見せておきたい人もいるのだろう。
「せやから、なんかあったら携帯に連絡してや」
「はーい」
目森と瑞希が返事をすれば、白亜の視線は、自然と真桐に向いた。
「頼むで。波奈」
「ひどくない?」
信用できないふたりが、元気な返事をしたとばかりに、真桐に顔を向ける白亜に、瑞希がついツッコミを入れてしまう。
だが、そんな言葉を弾くように、耳が一瞬はためくと、白亜は明後日の方向へ、呆れるようにため息を吐き出した。
「…………」
そんな様子に、瑞希も物言いたげに白亜を指さして、真桐に表情で訴えれば、真桐も困ったように、声をくぐもらせるのだった。
「それにしても、ちょっと前まで、白亜さんと顔合わせられなかったのに、案外普通にしてるよね」
「そういえば……」
肝試しの時は、それはもう、顔は見れない、言葉は発せないなど、まともに旅行なんて行ける雰囲気ではなかったのが、3カ月前の話だ。
それが今は、平然とした顔で旅行にまで来ている。
「別に私、リアコじゃないし。今もビュジュいいとは思ってるけど、毎回あの反応だったら、変な人って思われるじゃん」
すでに思われてると思う。
とは、さすがの瑞希と真桐も口にはしなかった。
「そりゃねぇ……妖怪なんて、フィクションだと思ってたし、Vactorなんて、リアルな体格に合わせた衣装展示とかでテンション上がってるのに、顔まで本物だよ? マジ、ビビる」
「リアル、始まったわ……」などとよくわからないことを呟いている目森に、瑞希も真桐も、何とも言えない表情で、なんとなく相槌を打つしかできない。
「でも、瑞希はともかく、波奈も昔から知ってたんでしょ? うちの近くの神社には、いなかった気がするんだけどなぁ……」
「いても顔を出さないことも多いから……いろんな事情もあるし」
地元の小さな神社では、後継ぎがおらず、大きな神社が管理していても、建物には無人ということもある。
使い魔が中にいることもあるが、その場合は、表には顔を出さないことが多い。
「あれ? でも、瑞希の送り迎えって、白亜さんだったよね?」
遠足のお迎えなども、白亜を含めた使い魔たちだった覚えがある。
「うちは結構、緩いから……普通に、商店街の手伝いとかしてるし」
道路にはみ出た木の枝を切ってくれ。と頼まれていたことを思い出しては、真桐も納得したように、声を漏らしてしまう。
確かに、近所を歩いている時は、使い魔たちを見かけることは多い。
もはや、それが日常的な光景だ。
「使い魔と管理者がいるところは、わりとそんな感じなんだけどね……観光地だと、ねぇ……」
特に、携帯やSNSが普及してからだ。
物珍しい使い魔たちの姿を写真に収め、拡散しようとする人たちが多くいた。
そして、その写真を見た人たちがまた、使い魔を目的に、神社にやってきては、無断で写真を撮る。
「なるほど。耳が痛いな……!!」
「本当にね」
いくら人に友好的な使い魔たちとはいえ、勝手にそのようなことをされれば、腹も立つ。
そして、使い魔たちの怒った時の反応は、”実力行使”である。
「…………前の、ポンポコ親子的な感じ?」
タヌキの親子が学校に侵入した時も、白亜は口を開けば、『切る』と口にしていたし、毛むくじゃらの妖怪にも容赦がなかった。
「うん。基本はあんな感じ。妖怪社会って、基本、”力こそ秩序”だから」
「物騒……!!」
「物騒なんだよ……使い魔になってくれてる妖怪は、比較的穏やかだけどね」
人にも個性があるのと同じで、妖怪にも個性がある。
それが、人に友好的か、そうでないか。それだけの違いだ。
「じゃあ、もしかして、一緒に写真撮ってって頼んだのも、実は嫌だったとか……?」
何人かの使い魔に、目森は一緒に写真を撮ってもらっていた。
断った使い魔もいたが、数人は一緒に撮ってくれた。
「あ、そうだ! それ、ちゃんと映ってる?」
「え?」
瑞希が思い出したように、声を上げれば、目森だけではなく、真桐も驚いたように声を上げた。
「観光地ほど、無断で撮る人が多いからって、対策してるところが多いんだよ」
そのことを目森に、早めに伝えようと思っていたのだが、やたらと白亜が止めてきたので、正直、嫌な予感はしている。
目森が、携帯の写真を確認すれば、案の定、悲鳴を上げた。




