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朧術師

創也の戦闘回です。


長いです、書いてて楽しかったー

「それでは、始め!」


兵士の声が訓練場に響く。


試合を観戦する人々の中央に立つのは、龍次とアールであった。

龍次は、対戦相手としてジークではなくアールを選んだようだ。


龍次は両手剣を中段に構えて剣道の動作をとるのに対して、アールは半身になり素手で構えた。


「武器はつかわないのか?」


「えぇ、こっちが本職なのでね」


尋ねる龍次に、手の平を見せるように動かすアール。


龍次は、アールの戦術を素手でのインファイトと予測し、剣の間合いのギリギリ外あたりから牽制を行う。

麗ほどの武術経験はないにせよ、元の世界で剣道を習っていた彼の動きは基本に忠実で、それ故に隙が少なかった。


龍次の法則性ある動きにジークは興味を持ったようで、顎に手をあてじっくりと観察している。


両者は十数秒睨み合ったあと、何かに感化されたようにまったく同時に駆け出した。


低い姿勢のアールに向けて、龍次は木剣を振り上げーーーー





▼ ▼





「ありがとうございました」


荒い息を整えながら、龍次は諦めたように静かに笑いながら言う。

結果からいえば、龍次は負けた。

だかしかし、内容は五分五分といったところだろう、生徒の誰もが切迫したその試合を緊張しながら眺めていた。


豪快な龍次の剣道と、意外性のあるアールの体術の攻防は正に一進一退で、何よりも双方に華があった。

演舞のように出来すぎた試合は、龍次がチャンスを逃し、その隙をついたアールのカウンターで幕を閉じた。


試合を終えた龍次が生徒達の中に混ざると、またしても称賛の嵐が巻き起こった。龍次は困ったような表情をしながらそれに応え、友人達からの感想に相槌を打っている。


麗と龍次の奮闘によって、クラスの雰囲気は大いに盛り上がり、次々と挑戦者が出てきた。

戦闘に自信があるものはジークに、無いものはアールに試合を申し込んでいるようだ。

その後、麗や龍次のように奮闘する者は現れなかったものの、それぞれの力が分かり始めて、クラス内での勢力図が塗り変わっていく。


底辺だった者がまさかの力を発揮して、カースト上位に認められたり、上位だった者がその弱さからつるんでいた連中に敬遠されたりと、その様子は見ていて気持ちの良いものではなかった。

ちなみに、賢は早々に名乗り出て惨敗

し、ニヤニヤしながらその様を眺めていた。賢は《賢者》という職業を盾に、自分にヘイトが向かないよう会話もそこそこに上手く立ち回っていた。


クラスがゆっくりと、しかし着実に変化していく中、創也は一心不乱に試合を見ていた。


クラスの殆んどの生徒が試合を終えた時、流れから創也に順番が回ってくる。

創也は覚悟を決めて、大きく息を吸い込み、試合相手を指名する。


「アールさん、お願いします」


麗、龍次、三坂と模擬戦闘が続いていく中、創也は違和感を抱いていた。


そもそも、この模擬戦闘が成立すること自体がおかしいのだ。


レベルアップによってステータスが上昇するこの世界で、一般人並みの数値しか持たない生徒達が、何年間もレベルアップを重ねてきた彼らとの試合で張り合えるわけがない。


まして創也達生徒は、一般人並みのステータスしか持っていない。

本来ならば、ジークやアールが速度で圧倒し、力でねじ伏せる展開になるはずだ。

しかし、それでは生徒達の力量を測ることができず、かえって自信を折ることににりかねない。

その為、彼らは手加減しているのが分からないよう手を抜く必要がある。ジークの適当な構えも、アールの素手での戦闘もそれが原因だろう。


創也は試合を見ながらそう考察し、そしてこう結論付けた。

本当に強いのは、ギリギリの試合を演出をしているアールの方なのではないかーーと。


「アールさん、お願いします」


創也は置かれた武器を手に取って比べ、自分の得物を決める。

小声で呟きながら作戦を確認し、緊張を抑えようと自分自身に言い聞かせる。

準備は済んだ、後は実行のみーーと。


「あぁ」


他の生徒の時と同じように淡白に返事をするアール。


観衆の中心で構えるアールの元へ向かう創也。

その様子は緊張そのものだが、創也を見て、生徒達からは嘲笑や溜め息が起こった。

それもそのはず、創也の選んだ武器は片手剣とダガーの2つ。つまりは"二刀流"というやつだ。


生徒達にはきっと、大層な中二病患者だと思われていることだろう。

アールはそんなことも気にせず、目線を審判の兵士に向けて開始の合図を促す。


「それではーー始め!」


兵士の声が訓練場に響き、一気に緊張感が場を飲み込んだ。


兵士が手を振り下ろすのと同時に創也は右手の短剣(ダガー)を振りかぶる。

素手のアールは独特の緩急をつけながら創也へと接近を試みた。

アールが走りだした直後、創也は振りかぶった短剣をーー無造作に投げつけた(・・・・・)


意表を突かれたものの、速度を落とすことで余裕を持って回避するアール。

顔の横を短剣が通り過ぎると同時に、また創也へと距離を縮める。


創也は片手剣を正面に構え、斜め後ろに移動しながらアールを見据える。

両者は後退しながらも着実に接近していった。

創也の片手剣の間合いに入るか入らないかのところで、創也は剣を引き、切る動作へと移行する。

それに対しアールは、間合いのギリギリ外で止まり、創也の空振りを狙った。

そんなアールの狙いを知っても創也は攻撃を止めず、遂には右から左へと横凪ぎの一閃を放つ。

剣が、間合いの外にいるアールの目前に差し掛かろうとした時、創也は、剣を握っている手の力を緩める。


遠心力が働く剣はその慣性に従い、創也の手の中から滑り出して、その速度のままアールの脇腹へと飛んでいった。

実戦では致命傷になるはずもない間の抜けた行動。

しかしそれは、アールの思考を戸惑わせるのに十分だった。

剣がアールに当たる直前にアールは判断し、これまでとは段違いの速度で飛んで来る剣を上から手の平で叩き落とした。


丸腰になった創也へ、更に距離を詰めようとしたアールは、創也が少し後退し屈んでいるのが眼に入った。

創也は、アールが思考に数瞬を費やすのを予め予測して、剣を飛ばした後すぐさま次の行動に移ったのだ。


創也へと一歩踏み出すアールに対し、創也は屈んだ状態から体制を起こす。

その手には、先ほどまでにはなかった大剣が握られていた。


後退に続く後退で、創也とアールの位置は当初の地点から十数メートルほど移動しており、そしてその位置は、戦闘が始まる前に兵士が武器を用意した場所でもあった。


創也はゴルフバットの要領で大剣を下から上へとスイングする。

身の丈に合わない大剣は訓練場の柔らかい地面を抉り、砂を前方へと撒き散らした。

更に創也はスイングの途中で大剣のグリップを緩め、片手剣の時と同じように宙へ放り投げた。


速さのないそれは、惜しくもアールに当たらず、アールの後方へ放り出される。

全力スイング後の無防備な状態の創也に向かって、アールは拳を引き、左足を踏み込み、最後の攻撃の予備動作へと移る。


両手を振り上げて、体を大きく捻った後の創也はそんなアールを視界の隅に捕らえてーー不敵な笑みを浮かべた。


アールがパンチを繰り出す直前、創也は小さな声で、しかし強い意思を持って呟く。


「【操朧(そうる)】」


大剣によって舞い上がった砂の一部から異様に黒い粒がアールの鼻へ、口へ、耳へと向かう。

咄嗟に何かを感じ、顔を反らして回避しようとするアールだが、僅かに遅い。

耳から、鼻から黒い粒が侵入し、その内部を傷付けようと縦横無尽に動き回る。


最初から、創也の狙いはこのスキル【操朧】だった。


《朧術師》という職業は相手が初見で、そして生物である場合、無類の強さを発揮する。

眼球への攻撃、体内への侵入・攻撃等、生物にとっての弱点を限りなく効率的に損傷させることができる。


創也の狙いは、朧での内部からの攻撃、そして狙いを悟らせないこと(・・・・・・・・・・)だった。

その為に創也は、二刀流、投擲とうてき、目潰しを駆使してアールを出し抜き、目潰しの為と思われている砂の中に朧を紛れ込ませた。


胸をはって言えることでは無いが、試合前には予め詠唱を済ませて朧の粒子を地面に敷き、大剣を拾いやすい位置に置き、足で砂を集めてより目潰しが有効になるよう細工した。

下準備は完璧だったといっていい。


そんな事を思い返しながら創也は、防御も忘れて"朧"の操作に集中していた。

生物の授業で見た人体の構造を頭に描いて、朧を鼓膜へ、気管支へ、更には肺へと送るイメージをする。


朧が何かにぶつかる感覚を覚えると、そこを引っ掻くように朧を動かし、アールの体をより壊そうと操作する。


アールが咳き込み、その口から僅かに血が出る。

創也が追撃をするため、更に激しく朧を動かそうと念じようとしたその時ーー創也の体は、宙に浮いていた。


否、正しくは吹き飛ばされていた。

その視界の隅には苦しそうに胸を抑えながら、手を前に突き出すアール。


一瞬、視覚が捉えた情報が理解できずに硬直する創也。

しかし、何が起きたかは直ぐに触覚によって伝わってきた。


「ぐはっっ」


腹の空気を全て吐き出し、創也は鈍痛に顔をしかめる。

背中からグラウンドに叩きつけられ、思考が真っ白に染まった。

痛みの先を眼で追うと、攻撃を受けたであろう脇腹の服は破け、創也の肌が露出している。


「あっっ、えぐぅっ、うぅっ」


情けない声に成らない音を出しながら、創也は空気を求める。

腹を強打したせいか、呼吸がうまくできず、開いた口から涎が溢れる。


仰向けの状態から無理矢理体を捻ろうとした創也に、更なる激痛が走る。


「うっっ」


ぼやける視界に血を拭うアールを見ながら、段々と意識が遠退いていく。


ーーやっぱり、《魔術師》かよ。


消え行く意識の中、創也が最後に考えていたのは、そんなことだった。




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次回の更新は明日の21:00です。

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