39話 勇者の反応
千里眼を使いクロイツの姿を見る。
今朝からクロイツの家の前には人集りが出来ていた。
酷くザワついていた。
理由は分かっている。あれだ
「お、おい………あれって………」
「ひでぇもんだな………」
騒ぐ民衆の視線の先クロイツが地に膝を付いて俯いてた。
その開け放たれた口からは魂が抜けたように、左右の目は同じものではなく真逆の方を見てヨダレを垂れ流し続けていた。
何も出来ないといった感じだ。
「あれって勇者様の弟さんなんだろ?」
「あんまりだよな。この終わり方は」
クロイツの弟は俺が文字を刻み込んだ後に奴隷たちに引き渡したら殺された。
俺の願ったとおり無惨な死に方をした。
その死体を奴隷達に1番目立つところに置けと指示したがまさかこんなところに置くとは。
場所はクロイツの家の門。そこに縛り付けられるように置いてあった。
相当恨みがあったらしいな。
「ママ………あれ作り物?怖いよ」
「み、見るんじゃありません!」
弟の死体はバラされてもう一度めちゃくちゃに組み立て直されていた。
その姿は俺でも直視したくないと思わせるほどのもの。
だが
「あぁぁあぁ………あぁ………何だこれ………」
勇者には確実にダメージになっている。
「つ、次はお前の番だ………?俺のことか………?」
震える声で呟いた勇者。
俺が弟の胴体に刻み込んだ文字はそれだった。
次はお前の番だ。
「あがっ………ぐ………げぇ……はぁ………はぁ………冗談だろ?夢だろ………?」
目の前の現実を現実と認められないクロイツ。
「そうだ………悪い冗談に決まってる。勇者である俺様の弟が………こんな惨い死に方をするわけが無い………悪い夢だ………早く醒めてくれ………はぁ………はぁ………」
「クロイツ様」
衛兵が勇者に話しかける。
「悪い………後にしてくれ………何も聞きたくない。それに夢だ………何があったか聞いても意味が無い」
「………かしこまりました」
頭を下げてクロイツから離れる衛兵。
流石に身内の死はそこまで簡単に受け入れられないか。
予想以上の反応に満足する。
俺に剣を向けてタダで済むと思うなよ。
例えお前にとって何気ない行いだったとしても俺は傷ついた。俺が何よりも望んだ未来をお前は奪ったのだからな。
倍返し………いや、それじゃ足りない。
それに言ったはずだ。死んだ方がマシだと思えるほどの地獄に叩き落としてやる、と。
「はぁ………はぁ………エルザ………何処だ?俺のエルザ………あいつはどこに行った?俺を部屋まで連れて行ってくれ………はぁ………」
呼ぶ声も虚しくエルザはいない。
もうお前の横には立たない。
「クロイツ………部屋に戻りましょう」
お前の横に未だ立っているのはサヤだけだ。
それから今日はいない新聖女様くらいか。
「あ………あぁ、すまない」
肩を貸すサヤに立たされるクロイツ。
こいつがこんなことで謝罪するなんてよっぽど気が滅入っているようだな。
「悪い夢ですよ………クロイツ」
「そ、そうだ。そうに決まってる………これは悪すぎる夢だ………ははっ………ありえない………」
そう言って部屋に連れていかれるクロイツ。
「………1人にしてくれ。寝る」
「は、はい。分かりました」
部屋を出ていくサヤ。
「ははっ………これは現実なのか?嘘だ。嘘に決まってる」
そう言って眠り始めるクロイツだった。
千里眼を勇者からサヤに変える。
こいつは何か思うところがあるのだろうか。
「サーガさん?『お前こそ後悔すんなよ』これはこういう事だったんですか?」
サヤもかなり落ち込んでいるようだった。
「このままクロイツの隣にいれば………私はどうなってしまうんでしょうか?いてもいいんでしょうか………今からでもサーガさんに………いや、ダメです。いくら何でもダメですよ」
簡単には裏切らないか。
「サーガさん、一体何をしてるんでしょうか。何もかもが順調だったのに、あの人と再会してから明らかにおかしなことが増えています。1度聞いてみましょうか………?で、でも………い、いや聞くんです。怖がってちゃだめです。何をしてるか聞くんです」
決意を固めたサヤは立ち上がる。
「王城に来て貰えるよう王様から言ってもらいましょう」
そういう事なら俺から出向いてやるか。
千里眼を切り上げて俺も部屋から出ていく。
いつものメンバーを連れて王城へと向かう事にする。
※
「あ………サーガさん」
俺達が登城したところ丁度サヤと鉢合わせた。
「何だ?」
「エ、エルザ?」
サヤが俺の横にいるエルザを見て名前を呼ぶ。
「どうしたんだ?サヤ」
「何でサーガさんの………」
「師匠は私にクロイツの人形として生きる以外の生き方を教えてくれた。居場所をくれた、だからすまない。サヤ。私はお前たちの隣にはもう立たない」
「どうして………約束したじゃないですか。みんなでクロイツのお嫁さんになろうって」
「すまない。忘れてくれ。私はもうクロイツの人形じゃない。私は師匠について行く」
そう言って俺の腕に手を絡めてくるエルザ。
「師匠………これからも私の居場所になってくれるんだろう?人として見てくれるんだろう?」
「当たり前だ」
そう言って頭を撫でると嬉しそうな顔をする。
「そ、そんなのおかしいですよ。エルザは私よりも前にクロイツといて………1番慕ってたじゃないですか………」
一歩一歩後ずさるサヤ。
「確かに私はクロイツを慕っていた。だがクロイツは私のことを人として見ていなかった。人形としか思っていなかったんだ。その事に気付かせてくれたのも師匠だ。師匠は初めて私を人として見てくれた。だから私は師匠といたい」
「サーガさん!何をしたんですか?!」
俺に掴みかかってこようとするサヤ。
それを止めたのはビクティだった。
「ダーリンは何もしてねぇし何勘違いしてんだっつーの」
「ビクティさんは黙っててください!」
珍しく大声を出すサヤ。
こいつがビクティ相手に引かないのは珍しいな。
少なくとも俺の記憶にない。
「へー。あんたそんな声出せるんだ」
サヤを蔑んだような目で見るビクティ。
「私の知ってるあんたはスーパーおどおどしてたと思うけど王都に来て変わっちゃったかナ。それともパツキン君に変えられちゃったのかナ?どっちでもいいけどあんた臭いからもう関わんないでくれる?」
「そうですよ。あなたが誰なのかは知りませんけど、敬語キャラ枠はもう私とルゼルで十分なので要りません。失せなさい命までは取りません」
訳の分からないことを言い出したサーシャ。
それは関係なくないか?それにお前は痛い奴枠だろ?
「そうです。あなたのことは聞いています。サーガ様を裏切った人に近くに来ないで欲しいです。サーガ様は最近よく話すようになりました。ですが出会った当初は殆ど会話がありませんでした。それは貴方のせいです。サーガ様の傷付く姿は見たくはありませんから」
そう言って俺の前に立つルゼル。
どうやらこの場にサヤの味方はいないようだな。
「初めからサーガの事裏切らなければ独占できてたのにサヤってほんとに馬鹿だよね」
リディアまで口を開く。
「何考えてるか分からないけど心の底ではこんなに私達のこと大事にしてくれてる人他にいないから。私が初めての時だって気を使って優しくしてくれたし、慣れてないフリまでしてくれた」
いや、それは俺もやり方が分からなかっただけだ。
「………サーガさん………」
更に後ずさるサヤ。
俺は一言言ってやることにする。
「俺と友達に戻りたいって言ってたよな?お前」
俺がサヤに近付くと彼女は同じ距離だけ後ずさる。
「お前が謝罪して俺の奴隷になると言うのなら以前の関係ではないが、近くにいてやってもいいが?」
「え━━━━」
呆然と立ち尽くすサヤ。
「謝罪するかしないか、選択はお前次第だ」
「………」
黙り込むサヤ。
「簡単に前の関係に戻れるなんて思うなよ?」
「どうしてリディア達をそんなに簡単に信用するんですか?!彼女たちだって1度クロイツを裏切ってるじゃないですか!」
「2人は全部話した。クロイツのことは嫌いだったけど勇者だから機嫌をとっていたリディアと奴隷だったところを助けられ恩があったエルザ。だがお前はどうだ?結婚したいとまで言った俺を簡単に裏切ったよな?一言もなく」
「………」
「せめて断ってくれたのならまた違った結果が見えたかもな。もうお前には何の感情も湧かないよサヤ。勇者と共に地獄まで行ってやれ」
そう告げると俺は皆に目をやってからサヤの横を通り過ぎることにした。
「じゃあな。勇者サマとお幸せにな」
皮肉げにそう口にして俺は王城に向かうことにした。
後ろからサヤの絶叫が聞こえた。




