37話 勇者の弟
「私は昔奴隷だった。そこを拾ってくれたのがクロイツだったんだ」
エルザが自分の過去を話してくれた。
「なるほどな。それで返しきれない恩がある、と。そういうわけか」
コクっと頷くエルザ。
話は分かった。
「お前は誰のために生きたいんだ?クロイツのためか、他の誰かのためか?」
ここでクロイツのためと即答しないのは、何が正しく何が間違っているのか内心では分かっているのだろう。
「私は………」
頭を抱えるエルザ。
「お前はポンコツだが真面目なんだろう?ならばクロイツを裏切りあいつを倒すべきだと俺は思う」
「しかし………恩が………」
そんなもの忘れてしまえばいいのに。
「真面目なんだな。あいつはお前のことを捨て駒程度にしか考えていないぞ?」
「え?」
俺を見てくるエルザ。
「考えても見ろ。俺を本気で潰したいなら自分でその小瓶を使いに来るはずだ。しかしあいつは来なかった。何故かわかるか?バレた時のことを考えてるんだよあいつは、お前なら簡単に尻尾切りが出来るからだよ。あいつにとってお前はただの便利な捨て駒」
はっきりとあいつがエルザに対して思っていることを伝える。
「そんなもので納得するのか?お前は」
「そうだよエルザ」
そう言ってエルザの考えを返させようとするリディア。
「私もクロイツには恩が一応あった。でもあいつは私達のこと何とも思ってない。早く見切ったほうがいいよエルザ」
「私は………」
小瓶を俺に渡してくるエルザ。
「怖いんだ………また奴隷になるんじゃないかって、今ならクロイツの言うことを聞いていれば勇者パーティの一員でいられる。1人は嫌なんだ………また誰かにこき使われたくなんてない。またあの薄汚い部屋には戻りたくないんだ」
エルザの本音が聞けた。
なるほどな。そういうことか。
「安心しろよ。俺が責任取って最後までお前の隣にいてやるから」
「し、師匠………」
俺に抱きついてきて泣き始めるエルザ。
「ずっと、一緒にいてくれるか?」
「あぁ」
俺たちを見てクスッと笑うリディア。
「エルザも初めからクロイツなんて切ってればよかったのに」
「む、それを言うな。それより師匠これからよろしく頼む」
そう言って少し顔をあからめるエルザだった。
※
俺は家に戻り千里眼を使う。
狙いはもちろんクロイツだ。
「クロイツ」
「何だよ親父」
どうやらクロイツとその父親が話し合っているらしい。
場所はクロイツの自宅でこの部屋は………食堂か?
大きな机を無数の椅子が囲んでいる部屋だ。
「私達と繋がりがあり上納金を収めてくれていた商人達がやられたのは知ってるな?」
「あ、あぁ。だが安心して欲しい父さん」
「何が安心して欲しいんだ?」
「俺は商人達を殺った奴を今エルザに殺りに行かせているしそいつの功績を潰しに行かせている」
「真か?」
「あぁ。商人達を殺ったのは最近噂になってる盗賊だ。父さんだって知ってるだろ?」
「あぁ」
最近噂の盗賊で俺に繋がるくらいには話題になっているらしいな。俺の事というのは。
「そうか。エルザにやらせたのか。あいつなら成功してくれそうだな」
「しかも貧民街に試作途中の毒をばらまかせに行かせた。これであいつの評価は地に落ちるって訳よ。そりゃそうだ。治ったと思った病が収束しておらずまた流行り始めるんだから。ははははは」
下品に笑うクロイツ。
残念なお知らせだが両方失敗に終わってるぞ。
そう思った時だった。
「兄さん」
ガチャりと食堂の扉が開いて誰かが入ってきた。
どうやら兄さんと呼ぶあたりクロイツの弟らしいな。
この前他の貴族に弟がいるということは聞いていたがこいつがそうなのか。
「おうお前か」
「この奴隷すぐ壊れちゃったんだよね。捨てに来たよ」
弟が連れていたのは男の子の奴隷だったものだ。
「まだ150回くらいしか殴ってないのに死んじゃったよー」
「そうやって実際に何度も何度も殴ってどの程度なら壊れないかを覚えるんだぞ」
「うん。分かった!だから新しい奴隷ちょうだい!兄さん!」
兄弟揃って、いや、家族揃って畜生だな。
だがそちらの方が罪悪感を抱かずに済むか。
「ほら、小屋に新しい奴隷が1個余ってるから連れて行っていいぞ」
「うん!」
「それと、誰かに虐められたら兄ちゃんにすぐ言えよ。この勇者である俺には誰にも逆らえないのだ。魔王を討伐してやるんだ。大抵の事は下級の人間共は笑って許すしかないのだからな。ふはははは」
こいつから勇者という身分を取った時の反応は本当に気になるところだが………。
今はまだ早い。
「それにしても」
千里眼を切り上げて呟き試作途中の毒とやらを取り出す。
「いったいどれだけの威力があるんだろうな」
クロイツの家は既に把握している。
邪な考えが過ぎるが辞めておくか?
流石に何の罪もない使用人達や奴の家にいる奴隷を無暗に巻き込む気にもなれない。
「奴の言葉では無差別に殺るらしいからな。辞めておこう」
そう呟きもう一度瓶をしまうと立ち上がる。
「さて、後は、と」
やることはやった。
ここからあいつが勝つ目は0。ここからどう足掻こうがあいつの勝ち筋は全て潰れている。
だが足掻くのはやめないで欲しい。
お前が泥中でもがき苦しむ姿をこそ俺は1番見たいものなのだから。
全てを失い苦しむ喘ぐその姿をこそ俺は見たい。
「少々やり過ぎかもしれないが奴には1度痛い目を見てもらうか」
奴が何を大切に思っているのかは知らないが家族に手を出されれば恐らく何も思わないことも無いだろう。
奴に弟がいることは既に確認が終わった。
こいつの命を奪ってみよう。
さっき見た通り弟も救いようのないクズだ。
問題はない。
「出来るだけ無惨に死んでくれよ?」
呟いてから立ち上がる。
そして外套を手に取り部屋の扉に手をかけ廊下に出たところ。
「どうしたんだ?」
外に出たところビクティが待ち構えていた。
「いや、部屋籠って1人でやってんのかなーって思って聞き耳立ててた。まさか私でオ〇ってたとか?いいよダーリンなら♡」
何もしていない。
少なくともお前が想像しているような事は何もしていない。
「これからどっかいくのー?」
「まぁな」
「えー、どこ行くのー?私も連れてってほちいー」
「やめておけ。吐くぞ」
「は、吐く?!」
「クロイツを追い詰める。お前には見せたくない」
聞いたことがある。周りに手を出されることは場合によっては直接手を出すよりもダメージになることを。
「あ、あのパツキンを?てか何する系なの?!吐くって?!」
その質問には答えずに頷いてビクティの頭を撫でてから歩き始める。
そうして家の外に出るとテレポでクロイツの家に向かうことにした。
さて勇者の反応が今から楽しみだな。




