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世界樹と生きる  作者: 池田瑛
第1部 Δάφνη
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40. 16歳 見捨てる訳にはいかないよ

 私が訓練場に戻ると、キアランは目を覚ましていた。塗れた手ぬぐいで冷やしていた。頬に紅葉(もみじ)が咲いていた。


「さっきはごめん……。あの、治療しようか?」


「俺を治療するくらいなら、兵士たちを治療して欲しい」


「それはイヤ。しばらく腫れるだろうけど、大丈夫そうね。私は城の外の人たちを治療してくるから」


「それは認めない。兵士たちの治療が先だ」


「じゃあ、誰も治療しない」


「エアフルトを見捨てるのか?」


「キアランこそ、城の人たちを見捨ててどうするつもりなの? エアフルトの人たちを助けて欲しいんじゃなかったの?」


 キアランの考えていることは、王様から教えてもらったから知っている。より多くの人が助かる方法をキアランは考えているのだろう。


だけど、キアランの口から私は聞きたい。私は、目の前のことしか見えていなかった。


「理由を教えるつもりはない」


「ツッ……。どうして教えないのよ。治療して欲しいんでしょ? 理由を教えてくれないなら、本当に、治療しないからね!」


なぜ、私はいつもこんな態度をとってしまうのだろうか。


『土と火の精霊に愛された民』のアクシオスの時と同じだ。


アクシオスと友達になりたいと素直に言えば良いのに、世界樹の葉をチラつかせて友達になろうとした。


世界樹の葉が欲しければ私と友達になってよ、とアクシオスに私は言った。


そして今、兵士たちに精霊術で治療をして欲しければ、理由を話してよ、と私は言っている。


アーサーの顔の前に人参をぶら下げて、アーサーを走らせるような、そんなことしか私はどうしてできないのだろうか。


 キアランは何も言わず、私を見つめている。金髪のさらさらの髪の間から、碧色の二つの瞳で私を見ている。


「本当に、治療をしないのか?」


 キアランが静かに口を開いた。


「見捨てる訳にはいかないよ。私、街に戻るね」


 私がまずやらなければならないことは、目の前で死にかけている人を助けることだ。豚人族(オーク)が来ることまで考えて行動するなんて私には無理だ。


「俺も一緒に行くよ」


 テーブルの反対側に座っていたキアランは、テーブルから椅子をだいぶ引いて座っている。やはり、このお茶の匂いが苦手なのだろう。


「一緒に? でも、兵士たちの治療をするわけではないよ? キアランが見捨てた人達だよ」


「好きで見捨てているわけじゃない。助かる命は多ければ多いほど良いと俺だって思っている」


「見捨てているってことは否定しないんだね」


「そこを否定したらただの嘘つきだろ?


「お目付役?」


「そういう解釈も有り得る」





「聖女様が戻られたぞ!」


 大鍋を放置してきた場所は、先ほどよりも人で溢れていた。口コミで噂が広まったのだろう。



私とキアランが鍋を置いた時には、私とキアランが並んで通ることぐらいはできた。だが、いまは無い。体を揉みくちゃにされながら進むことができる程度だ。大きく揺れている満員電車の中を移動するみたいだ。


「この子を!」

「体が冷たくなっているのです!」


 痛い。髪の毛引っ張らないで。私に触っても御利益とかないから。


「落ち着け! 私は、キアラン・バータルだ。今からこの聖女様が治療を開始する。重病なもの、幼い子どもたちからだ!」


キアランが叫ぶと周りが静かになった。王子様の貫禄という奴だろうか。キアランの声は、助けてという悲鳴に近い言葉を飲み込む。良く通る声。マイクとか拡声器が無い世界だから、地声で多くの人に声を届けなければならないのだろう。良く響く声というのは、ある意味、王様などの重要な資質なのかも知れない。


 キアランが意外と協力的だったのに驚いた。


私は、キアランの耳元に口を近づけ、「この人達を治療するのは反対? もしかして本音と建て前を使い分けてた?」と尋ねた。


「いや、不本意さ。だが、伝説の聖女様が現れたということにしとけば、街の人々に活気が戻る。そうなれば、兵士たちの士気が、いや……エアフルト全体の街の士気が上がる。伝承とは随分違う聖女様なんだけどな」


 私が聖女ではないことは私自身がよく知っている。キアランも私が聖女だとは思っていないだろう。それって故意に街の人たちを騙しているよね?


 聖女って、なんかもっと神々しい感じの人のような気がする。


「見ろよ、あの神秘的な形の耳。あんな耳の形は見たこと無い。ほ、本当に聖女様だ」


 神秘的な耳の形って言っている人がいた! 耳を褒められた! 細く尖った二等辺三角形の耳だよ〜。可愛いよね! お母さん似なんだよ!


 よし、なんだかやる気が出てきた。


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