26. 16歳 侵入者ゴブリン
緑々とした葉っぱに覆われた枝の上。
隊長の手信号による指示に私は頷いた。木の下には、70体ほどのゴブリンが隊列を組んで森の中を進んでいる。ゴブリンの群れだ。だが、彼らは許可を得て森に入った訳ではない。
侵入者だった。
そして、私達エルフは、倍近い人数。総勢147人で密かに包囲している。
包囲していると言っても、ゴブリン達は包囲されたことに気付いてはいない。ゴブリンたちは、森のさらに奥へと進むのを拒む蔦や茨に気をとられている。
森で姿を隠すエルフを見つけるなんてことは、ゴブリンたちにはできない。
私はまだそこまでの隠密スキルはないのだけど、経験を積んだエルフの人たちが本気で気配を消したら、気配に敏感な鳥たちですら気がつかない。
鳥の巣の横に、気配を消したエルフが立っていても、鳥たちはそれに気づかない。もう、森と同化していると言っても良いくらいだ。鳥の巣にいる雛たちはそのエルフの存在に気付いたりはしないし、餌を雛に運んできた親鳥も、エルフがそこにいることに気付かず、無防備に雛たちにミミズなどを口移しで食べさせたりするほどだ。
警戒心が高まっている母狐でさえ、エルフが近くにいても、何も気づかずに子狐たちに乳をあげる。
私は、鳥や狐にその存在を気付かれる水準だ。ただ、私が攻撃する意図がないと分かってくれて、私の存在を気にしながらも、親鳥が雛にご飯をあげたり、母狐が子狐に乳をあげたりという感じだ。
正直、私は、気配を消すのが上手くなってきたけど、まだまだという感じ。
最初、攻撃をしたりする意図がないのに、森で出会った熊や森狼が自分に向けて腹を見せ始めて、ちょっとびっくりした。一緒にいたお父さんからは、「エステルはまだまだだなぁ」なんて笑われながら言われたし……。
お父さん曰く、『逃げることも不可能。抵抗しても殺される。命乞いをするしかない』と熊や森狼が私を見て思った、ということらしい……。私はそんな凶暴な感じではないのに……。
ちなみに、森狼は可愛かった。大型犬のような感じで、家で飼いたいと思ったのだけど、お父さんから駄目だと言われた。我が家はペット厳禁らしい。まぁ、世界樹の枝まで連れて行くことは難しいけどね。
犬も昔は狼であっただろうから、狼もペットにできると思ったのだけど、どうやらエルフは、ペットを飼ったりする発想がないようだ。蚕は飼っているのに……。
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全員が配置についたらしい。
隊長の合図で、私は自分の背中に背負っていて矢筒からそっと矢を取り、弓を構える。
合図があった。小隊はエルフ七人で構成される。その小隊が七つ集まって中隊。総勢、147人。エルフの3中隊が、ゴブリンを包囲し、そして一斉に弓矢を放つ。
3
2
1
私は、引き絞った矢から右手を離す。そして、私が指示されたゴブリンの右目にその矢は吸い込まれる。同じ小隊のエルフが放った矢は、心臓へと突き刺さっている。ゴブリンは即死だろう。
だが、放たれる矢の音を察知し、その矢を防いだゴブリン達がいる。4体のゴブリンが生き残っている。配置的に言えば、前衛のゴブリンだ。群れの移動で前衛を担当するだけあって、ゴブリンの中では腕が立つほうなのだろう。
生き残ったゴブリンは逃げようとしている。だけど、完全に包囲されている。
また合図だ。
3
2
1
私は、少しだけ狙いの位置をずらして矢を放つ。それが役割だ。不意打ちではなくなっているから、ゴブリンは当然矢を避けようとする。体を動かして避けた場所に矢が当たる。ゴブリンがどう避けるかは分からないけれど、誰かの矢は命中するだろう。
生き残った4体のゴブリンは、威嚇中の山嵐のような姿となって、倒れた。
最終の合図だ。
そして、最初に射たゴブリンに対して、もう一度矢を放つ。死んだ振りをしたゴブリンがいないかの確認の為だ。
しばらく様子を伺う。別動部隊もいないようだ。隊長から合図があった。これで解散。無事に森を、そして森で生きている動物たちを守る事ができた。
集まっていたエルフたちは、各々自分が巡回警備している場所へと戻る。ゴブリン達を埋葬したりはしない。森の浄化作用に任せる。金属類などを使っているゴブリンは少ないようだから、直ぐに緑の中に埋もれていくだろう。
ちなみに、死体を放置していてもアンデッドとかにならないからね! ファンタジーな世界だから、ちょっと心配をしていたのだけど、そんなことはないらしい。ゾンビとか恐いしね。
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私は、そのまま自分の警備している場所へと戻る。お気に入りの一番高い木から自分の警備区域を見渡す。鬱蒼とした森だと、薄暗くて湿度が高い。けれど、この木の頂上は強い風が吹いていて気持ちが良い。それに、悪い風は吹いていない。森に異常はないようだ。
頬に風を感じながら木の上で私は一息ついた。森に侵入してきたゴブリンの退治。すでに数度目ではあるが、何度やっても緊張する。
ゴブリンが集団で侵入する事件が最近増えている。
最長老様の所で何度も会合が開かれている。
森の外で何かが起こっているのではないか? 議論の末、結論は出ない。
百年とか数千年に一度くらい、種族が大移動をすることはあるらしい。ゴブリンという種族がその大移動の時期に入った可能性もある。前世の歴史で言えば、ゲルマン民族の大移動ってことだろうか。
ゴブリンの縄張りが奪われて、住み処を追われて移動をしている可能性もある。種族によって縄張りというか生存圏を作るから、別の種族から住み処を追われて、結果として森に逃げ込んでいる可能性がある。
また、ゴブリンの長が入れ替わった可能性がある。特に、ゴブリンの中で革命というか、下克上が起こった場合、戦いに敗れた前の長の血族は皆殺しにされるらしい。ただし、雄限定らしいけど……。ゴブリンの長が世襲されていた群で、突然下克上が起こると、多くの雄ゴブリンは粛清から逃れるために群から逃げ出すそうだ。
また、ここ十年は気候が良かった。繁殖力が強いゴブリンが、数を増やしすぎてしまった可能性がある。豊作が続きすぎたせいで、群の数が多くなってしまい、移動をしなければならないゴブリン達が多数発生した。
最長老様の家で、そんな議論が交わされているようだ。歴史の生き証人みたいな人達がたくさんいるから、いろんな可能性を経験則から導き出してくれるのは良いのだけど……全員、話長すぎ。こっちは成長期で眠いんだよ〜。
だけど、私は一つだけ確信を持って言えることがある。
ゴブリンは、森に入れては駄目だ。
目が逆三角形のような形をしていて、しかも瞳は鮫みたいな感じだ。歯も全部が犬歯みたいな感じで、私はドラキュラとかを連想させる。皮膚の色も薄い水色で、健康的な感じはしない。
外見的に見れば、人間としても私の感覚でも、エルフとしての感性でも、ゴブリンの外見に好意を向けることができない。はっきりと言ってしまえば、明らかに敵、悪役というような外見をしている。もっと酷いことを言ってしまうと、生理的に受け付けない感じだ。
弓矢でゴブリンを射ることに躊躇いは全くない。それは、外見だけでなく、彼等が残虐だからだ。
私は見てしまった。15歳の時だ。
ゴブリンが3体で、子連れの狼を襲っていた。ゴブリン3体に囲まれ、幼い狼がいる母親狼に抵抗する術はなかった。身を挺して子狼を守る以外の方法はなかった。だが、そんな狼に対して、ゴブリンは明らかに楽しんでいた。わざと致命傷を与えず、よろよろとなりながらも必死に子どもを守ろうとする母狼を、いたぶっていた。
割って入ろうしたけど、お父さんに止められた。私は、その後の成り行きを見守るしか術がなかった。
右後ろ脚と、前脚両方を失って動けなくなった母親狼。ゴブリン達は、その動けない母狼の前で、子狼を一匹ずつ殺していった。
母狼の悲しそうな遠吠えがずっと私の耳に残っている。
そして、どうしても許せないのが、ゴブリン達は、その殺した狼の肉を食べなかったことだ。食べるわけでもなく、犬歯と犬歯をぶつけて、ケタケタと笑いながらその場を去って行ったのだ。ゴブリンは、食べるためではなく、遊びで狼たちを殺したのだ。
「エステル。話し合えば解決できることは沢山ある。だけど、どれだけ話をこちらがしようとしても、話が通じない種族はいるんだよ。それは憶えておいて欲しい。エステル自身の命を守るために……」
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今は、命が賑わう春だ。森に住む多くの動物たちが子どもを育てている時期だ。もっともゴブリンを森に入れてはいけない時期だ。
また別のゴブリンが草原から森に入ってくるかもしれない。
私は、気合いを入れて、森を巡廻する。森の生き物を守るために。




