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8:夏休みの終わりに血の雨が降る(4)

 


 三条が死んだと報告を受けたみちるたちは、貴美枝に呼ばれて秀越高校のバスケットボール部の部室に来ていた。

 斎藤の一件がなければ、普段ならここに来てバスケットボールの練習をしているはずだった。

「悪かったわね。せっかく夏休み最後の日だっていうのにこんなことで呼び出したりして」

 貴美枝は今朝見た黒系の服装ではなく、いつものトレーニングウエア姿だった。

「いえ。それより三条くんが死んだって……」

「まだ詳しいことはわからないのだけど、飛び降り自殺を図ったのよ」

「飛び降り自殺?」

「秀越高校の第三校舎の屋上から。屋上に靴と遺書が残されていてね。第一発見者の荻野が今警察に行って事情を説明しているはずよ」

「あの他の皆は?」

「全員に連絡はしたのだけど、来たのはあなたたち三人だけよ」

 貴美枝はため息をもらす。

 斎藤に比べて三条が部員たちの信望を集めていなかったことがよくわかる。

「でもぉ、真木キャプテンくらい来てもいいのにねぇ」

 梨花子が小さく呟く。確かに昨日までいっしょにいたのだから、一番に駆けつけてきてもいいくらいだ。しかし、天道の話によると、清香はメリットのない人間とは付き合わないと言っていた。死んでしまった三条にはもう興味がないのかもしれない。

「あなたたち今日はずっといっしょにいたの?」

「はい」

 みちるは喜美枝の質問に不自然さを感じた。

「あの、貴美枝監督。一つ質問してもいいですか?」

「何?」

「貴美枝監督の息子さんをひき逃げしたのって……」

 みちるの質問に、貴美枝の表情が強張っていくのがわかった。

「バカ、青葉! 何言ってんだよ!」

 輝が慌てて止めに入るが、みちるは続けた。

「もしかして三条くんじゃないですか?」

「よせって!」

 みちるは貴美枝の返事を待った。

「……そうよ」

 貴美枝は短く答えた。

「無免許運転のあげくにひき逃げ。犯人はすぐにわかった。けど、三条の父親はそれをもみ消そうとして警察に圧力をかけて、私たちには示談を申し出てきたわ。もちろん、私たちは断った。いくらお金をもらっても聡は返ってはこない。でも、それからだった。三条の父親が私たちの勤める秀越高校に多額の寄付をしてくるようになったのは」

「恨んでいますか、三条くんのこと?」

「おい、青葉! お前さっきから変だぞ。自分の息子を殺されて恨まないわけねぇだろう!」

「いいのよ、神宮寺。確かに恨んでないと言ったらウソね。三条が秀越高校バスケ部に入部した時は特に」

 貴美枝の気持ちは当然だろう。愛する息子からバスケットボールを奪い、死に追いやった三条が何食わぬ顔でバスケットボールをやっている姿など見ていられなかっただろう。ましてやバスケットボールが好きという理由で入部していないことを知っていたのだから。

「でも、さっき三条の遺体を見た時、涙が止まらなかった。また私と同じ思いをする母親を見なければいけないのかって」

「貴美枝監督……」

 みちるは胸が締めつけられた。もし自分が貴美枝の立場だったら、そんな風に他人の心配ができただろうか。自分なら真っ先に三条の死を喜んでしまうかもしれない。

 みちるはそんな自分の心の狭さを非難した。

「貴美枝監督は心が広いわねぇ」

「アタシだったら自殺したぐらいじゃ絶対に許さないけどな」

 梨花子も輝もみちると同じ考えなのだろう。

 あの気持ちは母親にならなければ理解できないものなのかもしれない。

「遅くなりました」

 竹ノ内を警察に連れて行ったジェイムスが部室に入ってくる。

「ボンドさん?」

「はい。ボクも三条くんの訃報を聞いて駆けつけてきました」

「でも、誰が?」

「あ、あたしです。ジェイムス監督にも三条くんのことを伝えておいた方がいいと思って」

 みちるは貴美枝にはジェイムスと行動を共にしていることは伏せておきたかった。

「そうなの。お忙しいのにわざわざすみません」

「いえ。十日足らずでしたが、三条くんもボクにとっては大切な教え子ですから」

 ジェイムスはこんな時でも笑みを絶やさなかった。

「あの、三条くんの遺体があった場所に行ってもいいですか?」

 みちるはこれ以上いたらボロが出てしまいそうなので、早急にこの場から立ち去りたかった。

「もう警察も帰っているから大丈夫だとは思うけど、興味本位で見に行くなら止めなさい」

「いえ、お花を供えようかと思って」

「そうしてあげてくれる?」

「はい」

 みちるたちは部室を出た。






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