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8:夏休みの終わりに血の雨が降る(3)


 三条の件も踏まえて、今回はジェイムスがインターフォンを押した。出てきたのは中年の女性の声だった。おそらくは竹ノ内の母親だろう。

「私は秀越高校の進路指導を担当している鈴木と言います。竹ノ内くんはご在宅でしょうか?」

 ジェイムスの言葉に、みちるは唖然とした。

「鈴木って誰?」

「日本で一番多い苗字ですよ」

 みちるの突っ込みに小声で返事をするジェイムス。

 いくら居留守を使われる可能性があるからといって、そこまでのウソをつく必要性があるのだろうか。

 聖人の顔をしたペテン師とは、ジェイムスみたいな人間のことを言うのだろう。しかし、ジェイムスはなぜこんなにも協力的なのだろうか。何のメリットもないというのに。

 みちるはジェイムスの行動に疑問を感じ始めた。

 竹ノ内の母親はジェイムスの言葉を真に受けて、正面玄関のロックを解除してくれた。

 みちるたちはエレベーターに乗って、五階に向かう。

 五階に到着すると、一番奥の部屋から竹ノ内が飛び出してきた。

「直人、どこに行くの?」

「どこだっていいじゃないか」

 母親の止める声を振りきって、竹ノ内はこちらへ駆けてくる。聞いたこともない教師の名に不安になって逃げ出そうとしても不思議ではなかった。

「ジェイムス監督?」

 ジェイムスの顔を見た竹ノ内は、安心したような狼狽しているよな複雑な表情をしていた。

「もしかして、鈴木ってジェイムス監督のことだったんですか?」

「ウソをついて申し訳ありませんでした。でも、どうしても竹ノ内くんに聞きたいことがありまして」

「な、何ですか?」

「これからのバスケ部のことについてです」

 みちるはジェイムスの言葉にまたしても唖然とした。

 一体どこからそんなウソが生まれてくるのだろうか。

「バスケ部のことですか?」

「はい。青葉さんたちも心配で、竹ノ内くんに相談したいと」

「そ、そうなのよ」

 みちるは引きつった笑顔を見せる。

「ここでは何かと話しにくいでしょうから、近くの公園にでも行きませんか?」

 ジェイムスの申し出に、竹ノ内は黙ってうなずいた。





 公園のベンチに腰掛けた竹ノ内はうつむいたまま、体を小刻みに震わせていた。

 その横にジェイムスが座り、みちるはその後ろに立っていた。

 ここは昨日雨宿りに来た公園だった。みちるはジェイムスの後ろ姿を見て、昨日のことを思い出す。

 けっこう着やせして見えるタイプなんだ。

 みちるは思わず赤面する。

梨花子と輝はもう一つのベンチに腰掛け、自動販売機で買ったスポーツドリンクを飲んでいる。

 その二人の厳しい視線を感じて、みちるは我に戻る。

「あのさ、ジェイムス。聞きたいことがあるんだけど」

 みちるは小声で話し掛けた。できれば、輝と梨花子には聞かれたくない。

「何ですか?」

「梨花子と輝が中学時代から顔見知りだったり、貴美枝監督の息子さんのこと知っていたり、どうしてそんなに詳しいの?」

「みちるさんの力になればと思いまして」

 ジェイムスは微笑むだけで、それ以上は答えてくれなかった。

「本題に入ってよろしいですか?」

「……うん」

 みちるはとりあえずうなずいた。

「竹ノ内くん」

 ジェイムスに名を呼ばれ、竹ノ内は大仰に体をビクつかせた。

「竹ノ内くんは斉藤くんの父親が経営する会社が倒産して大学に進学すらままならなくなってしまったことを知っていましたか?」

「ボ、ボクは何も知りません!」

 竹ノ内は立ち上がり、帰ろうとする。

「そういえばぁ、真木キャプテンって昨日は三条くんとどこに出掛けたのかしらぁ」

「さぁな。でも、あのままずっといっしょにいたんだぜ。だー、三条はともかくアタシもランボルギーニに乗りたいぜ」

 梨花子と輝が関係ない話をしているのが聞こえた。まるでウワサ好きの主婦の色端会議のようだ。

「あのメスブタ……」

 竹ノ内が憎らしそうに吐き出した。畏怖の表情から憎悪の表情へと豹変する。

 みちるはその言葉が清香のことを言っているのだと直感した。

「あの女のせいで三条くんは……、ボクは三条くんのために人殺しまでしたのに……」

「人殺しって、どういうこと?」

 みちるは竹ノ内の呟きを問いただす。

 竹之内は頭を抱えてうつむく。

「あの日の夜、三条くんは真木といっしょに外に出た。それを見た斎藤キャプテンは追いかけていって三条くんに『清香は渡さない。約束は果たしたんだから早く金を出せ』って詰め寄ったんだ。だけど、三条くんは『そんな約束は知らない。真木に見捨てられたのはお前が女々しいからだ』なんて言っていた。そしたら、斉藤くんが逆上して三条くんの首を絞めようとして、真木はさっさと逃げるし……だから、ボクは三条くんを助けようとして石で斎藤キャプテンの頭を殴ったんだ。斎藤キャプテンは倒れて頭から血をいっぱい流して動かなくなった」

 斎藤の後頭部の打痕は竹ノ内がつけたものだった。動機はみちるたちが考えていたものとはまったく違ったが。

 竹ノ内は声を震わしながら続けた。

「ボク、三条くんのためにやったのに……、三条くんはボクに責任を取れって言って真木を追いかけていったんだ。でも、ボク怖くなってすぐに逃げ出したんだ。そしたら、斎藤キャプテンがいなくなったって大騒ぎになって、翌朝には首を吊って死んでるし。ボクもうわけがわからなくなって……三条くんに助けを求めに行ったのに、三条くんは真木にすっかり骨抜きにされて……。あの女が悪いんだ。あの女のせいで皆おかしくなっちゃたんだ! あの女のせいでボクは三条くんに捨てられたんだ! ずっと好きだったのに……」

「………………」

 みちるは絶句した。

 竹ノ内が斎藤を撲殺しようとした事実より、三条を慕っていたという事実に唖然とした。竹ノ内は三条の下僕であることに何よりも喜びを感じていたのである。

 さすがの梨花子と輝も竹ノ内から距離を取って離れていく。

「ってことは、やっぱり斎藤キャプテンは自殺じゃなくて殺されたってこと?」

「ですが、竹ノ内くんは斎藤くんの後頭部を殴った後に逃げたと言ってます。その後に誰かが斎藤くんを絞殺したということになりますが……」

「殺してやる! あの女さえいなくなれば三条くんはまたボクのことを必要としてくれるんだ!」

 竹ノ内は錯乱状態に陥っていた。このままにしておくと、本当に清香を殺しかねない。

「とりあえずボクは竹ノ内くんを幼馴染の刑事にお願いして少年課に保護してもらいます」

「その方がいいみたいね」

 常軌を逸した竹ノ内を見て、みちるも思わず距離を取った。下手に止めに入ったりすればこちらが殺されかねない。

「さあ、竹ノ内くん」

「いやだ! ボクはあの女を殺しに行くんだ!」

 叫ぶ竹ノ内に公園にいた人々の視線が集中する。

「あ、すみません! あたしたち演劇部でして、今舞台の稽古しているんです。気にしないでください」

 みちるは引きつった笑顔で釈明する。

「今のうちに」

「青葉さんもお上手ですね」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

 みちるたちはその場から逃げるように公園を出た。

「離せ! 殺すんだ、あの女を!」

 竹ノ内はジェイムスを振り切ろうと暴れだす。

「仕方ありませんね」

 ジェイムスは小さくため息をもらすと、竹ノ内の首の後ろを手刀で叩きつけた。すると、竹ノ内の体は力をなくし倒れこむ。

「何をしたの?」

「乱暴なことはしたくなかったのですが、竹ノ内くんには少しの間気絶してもらいました」

「すげー、ジェイムス。そんなこともできんだ」

 距離を取っていた輝は竹ノ内が気絶したとたん、こちらに歩み寄ってくる。

「一応武術の心得はありますので」

「じゃあ私が変なナンパ男にしつこく言い寄られた時は助けてくださいねぇ」

 梨花子も戻ってくる。

「もう調子いいんだから」

 ジェイムスに群がる輝と梨花子を見て、みちるは超特大のため息を吐き出した。

 しかし、のんびりしている暇はない。ここは早く三条に会って真相を問いたださなければいけない。

 そんな時、みちるの携帯電話が鳴った。着信は貴美枝の携帯電話からだった。

「青葉です」

 みちるは電話の向こうから聞こえてくる貴美枝の言葉を聞いて驚愕した。

 ただならぬみちるの雰囲気を察した輝と梨花子が心配そうにこちらを見つめている。

「はい、わかりました」

 みちるは電話を切った。

 輝と梨花子がみちるの言葉を待っている。

「三条が……死んだって」





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