8:夏休みの終わりに血の雨が降る(2)
みちるたちは夏の日差しを避けるため、アーケードのある商店街へ入っていく。時間帯のせいか、商店街の店に配達に来ている軽トラックなどが多く、車が走りすぎていく度に排気ガスが混じった生暖かい風が吹いてくる。
みちるは排気ガスを撒き散らす軽トラックを睨みつける。
と、眼界に荻野夫妻が入ってきた。荻野たちはここから五軒先の花屋から出てきたところだった。
しかし、みちるは声を掛けるのをためらった。ジェイムスといっしょにいるところを見られるのは賢明ではないと思ったからだ。
「あの二人、ホント仲が良いよな」
気付いた輝が羨望の眼差しで見つめる。
「あんな夫婦になりたいわよねぇ」
梨花子はそう言って、ジェイムスに熱い視線を送る。
輝も負けずと熱い視線を送る。今日の輝は後手に回ることが多い。スタートはジェイムスとツーショットになれていい感じだったのだろうが。本人も自覚しているのだろ。悔しそうに歯噛みしている。
もっともジェイムスは梨花子と輝の言動が意味することに何も感じていないようだが。
「そうですね、素敵なご夫婦ですね」
「誰かの見舞いにでも行くのかしらぁ?」
「見舞いに行くのに菊は持っていかないでしょう。お墓参りとかじゃない?」
みちるは貴美枝が手に持っている花束を見て、そう答える。よく見てみれば服装も黒系の地味な格好をしている。
「おそらくご子息のお墓参りに行かれるのでしょう」
みちるはジェイムスの言葉を聞いて驚愕する。
「え? 貴美枝監督って子供がいたの?」
「青葉、知らなかったのかよ? 三年前に交通事故に遭って……死んだんだ」
「ひき逃げだったそうです」
「そっか。それで貴美枝監督は斎藤キャプテンの葬儀の時にあんなことを言ってたんだ」
あの言葉は斎藤の母親を同情して言ったのではなく、貴美枝の実体験から出た言葉だったのだと、みちるは痛感した。
「それで犯人は捕まったの?」
「相手は未成年だったらしくて、不起訴処分になったらしいですよ」
「そんな……」
みちるは世の中の不条理に憤りを覚えた。そして、昨日無免許で車を乗り回していた三条のこと思い出す。
「そういえば、輝さんは荻野監督の息子さんと同じ鳴岳第二中学校ではなかったですか? 確か梨花子さんの出身校である鳴岳第一中学校とはよく練習試合をしていたとか」
「そういや、よく練習試合に行ってたな。緒方は昔っから姑息な手を使う奴でさ」
「失礼ねぇ。利己的って言ってほしいわぁ」
「お二人は荻野さんの息子さんのことは覚えていますか?」
「貴美枝監督の息子は確かにバスケが超上手かったけど、普段は無口で何考えてんのかわかんない奴でさ」
「男子部がいつも嘆いていたよぉ。荻野聡のおかげで連敗記録更新だってぇ。でも、私もしゃべったことないからぁよくわからないわぁ。顔ももう覚えてないしぃ」
「にしても、ジェイムス。何でそんなことまで知ってんだよ? あ、もしかしてアタシのことが気になって調べたとか? でも、安心してくれよな。アタシ年下に興味ないんだよな。男はやっぱり包容力のある年上じゃないと」
聞かれてもいないのに、輝は興奮して一人でしゃべりまくっていた。
「梨花子と輝って秀越高校に入学する前からの顔見知りだったの?」
「あれ、言ってなかったか?」
「初耳!」
「言ったことあるぞ!」
「記憶にない!」
「いーや、言ったぞ!」
輝は断言した
「だいたい同じ市内の中学校に通ってたんだから、試合で何回か顔を合わせるだろう」
「そうだけど」
みちるは輝たちの住んでいる鳴岳市の隣の西桜市に住んでいる。みちるが通っていた西桜中学校バスケットボール部は県大会ではいつも二回戦敗退する弱小チームで他の中学校との交流も少なかった。おかげで秀越高校にはみちると同じ中学校出身のバスケットボール部員はいない。それは梨花子や輝も同じなのだが。
そんな話をしている間に、荻野夫妻の姿は見えなくなっていた。こちらに気付かなかったのだろうか。それとも気付いていても、息子の墓参りに行く前にみちるたちと話をしたくなかったのかもしれない。会えば、息子のことを説明しなければいけなくなる。
「ねぇねぇ、ジェイムス。もしかしてぇ私のことも調べちゃったりしたのぉ?」
「出身中学校は合宿中に読ませていただいた部員のデータに書いてあったのを記憶していただけですから」
「そうなのぉ?」
「皆さんのプライベートは何も知りませんので、ご安心ください」
「じゃあ私のことこれからぁいっぱぁい教えてあげるねぇ」
梨花子が胸元を両腕で挟んで悩殺お色気ポーズを取る。
「あれ、梨花子さん。何かついていますよ」
だが、梨花子以上に色気のある女社長を毎日見ているジェイムスは違うことに目がいっていたらしい。
梨花子の胸元に黄色い何かがついていた。梨花子はそれを素早く取り除く。
それを見た輝は嬉々として梨花子に耳打ちする。
「お色気の時代は終わったんだよ」
「でもぉ、ガサツな女よりはいいと思うんだけどぉ」
梨花子が嘲笑する。
いつもなら笑ってやり過ごす輝だったが、今日はその言葉に棘を感じたのか言い返す。
「それってどういう意味だよ?」
「その言葉の通りよぉ」
「ちょっと梨花子。それは言いすぎじゃない?」
「そうかしらぁ?」
「皆さん、それぞれ個性があって魅力的ですよ」
この時ばかりはジェイムスの言葉がありがたく思えた。
一瞬その場が和んだかのように見えたが、三人の間に妙な不協和音が広がった。こんなことは初めてだった。
みちるたちは無言のまま、竹ノ内の住むマンションに向かった。




