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62話 協力者

 鳥の囀りでも町の喧騒でもなく、顔面を照らす日差しの暖かさで目が覚める。

 牧緒は、『霊長教会』の用意した宿で一夜を過ごした。


「んん、何事も無かったな……」


 掛け布団を蹴り上げて、覚醒する前の頭で無事を噛み締める。

 ここは敵地のど真ん中。寝込みを襲われる可能性は捨てきれない。

 仲間の魔法による警戒は怠っていないが、リデューシャの助力が無い今、一抹の不安は残る。

 

 牧緒はいつも通りの格式ばった紳士服に着替えて、マントを羽織った。

 一棟丸ごと貸切られたホテルは、部屋から出ても静まり返っている。

 ホテリエたちは、呼び出されるまでは決して姿を現さない。

 それが、『惡の特異点』に対する礼儀であると考えたのだろう。


「おはよう」


 そう言って、牧緒は会食のための部屋へ入る。

 そこには、オルガノたちが既に集まっていた。


「遅い」

「起こしてくれればよかったのに」


 オルガノの叱責に対して、目をこすりながら返答した。


「今朝、知らせが届いた。次列は明日の午後からだ」

「思ったより時間が無いな」


 まずは裁判官に接触して買収する。

 必要なのは裁判官の所在と、秘密裏に買収を進めるための環境だ。

 前者はある程度見当がつくにしても、後者を短時間で整えるのは難易度が高い。


「接触する裁判官は一人でいい」


 オルガノは断言した。


「接触……? 買収じゃなくて?」

「必要なだけの買収は既に済んでいる」


 裁判が開廷する前から、オルガノは事を済ませていた。


「最近できた巨大な伝手が役に立った」


 七ヶ国同盟の加盟国の一つ、シェルタ公国。

 スウェン公爵閣下は、その立場を利用して『霊長教会』の動きを事前に掴み、先回りを可能とした。


「半数の裁判官は、こちら側だ」

「では、その裁判官たちをすぐにでも囲わなければ。相手側の交渉次第では寝返る可能性もあるでしょう」


 ユレナは、オルガノに提言した。


「そりゃねぇだろ」


 退屈そうに椅子を傾けていたゲルンがぼそりと呟いた。


「……何故そう言い切れるのかしら?」


 不服そうに、ユレナは睨みつける。

 ゲルンは何も言い返すつもりは無かった。

 そもそも、この会議自体に興味が無い。

 しかし、元奴隷だったからこそ嫌でも理解している。

 理不尽な暴力こそが、圧倒的な支配を生むことを。

 

 多額の金を積まれて尚、裏切るようなリスクは『惡の特異点』に対して負うことはできない。

 その気になれば、簡単に世界を滅ぼせる相手なのだから。


「その獣人の言う通りだ。だからこそ、儂らが引き込むべきはあと一人」

「接触って言い方をしたってことは……、買収は不可能なのか?」

「あぁ、恐らくはな」


 オルガノは、目当ての裁判官を示す。


「トーチ・ラガナン。司法国家の裁判官だ」


 6名の裁判官の中で、唯一の女性。

 そして、彼女は真実の天秤に魔力を注ぎ、魔法を行使した一人。


「真実の天秤は、清廉潔白な者にしか使えない。買収は無理だろう」

「何だか変な話だな。買収されるような悪い裁判官は真実の天秤が使えないんだろ? 自分は裁判官として失格ですって証明してるようなもんだよな」

「そこは魔法適性で言い逃れできちゃうんだよねぇ」


 牧緒の純粋な疑問に、キュラハが答える。


「真実の魔法に適性がある人って、めっちゃ少ないからね。国にもよるけど、魔法適性が無くても裁判官にはなれるわけだし」

「清廉潔白であれってのは、魔法適性とは別の条件ってわけか」

「そゆこと」


 買収できていないトーチ以外の裁判官2名は、既に相手側であると仮定する。

 シェルタ公国の立場ですら察知できなかった者たちは、『霊長教会』が最初から抱えている裁判官の可能性が高い。

 信奉者を寝返らせるのは難しいだろう。

 

 牧緒たちの勝利条件は、次列での決着。

 締列に持ち込まれては、魔力の無い牧緒に勝機は無い。

 何としても買収以外の方法でトーチを味方につけなければならなかった。


「初列のやり取り……こっちが優勢だったよな?」

「はい! わたくしはそう思います!」

「まぁ、そうなんじゃない?」


 ユレナとキュラハは同意した。

 順当にいけば、きっとトーチは原告の要求を棄却すると考えた。


「楽観的だな。全ての裁判官が公平であれば、真っ当な勝利を期待しても良い。しかし、たった一人の感性に勝敗を委ねるわけにはいくまい」


 オルガノは、ピシャリと否定した。


「でも、どうすればいい? こっちの味方になってくれ、ってお願いするわけにもいかなだろ」

「……会話を重ねるしかあるまい」

「ちゃんとした裁判官が、法廷以外で被告と話したりするか?」


 流石のオルガノにも手立てがない。

 一瞬の静寂に、予期せぬ声が混じる。


「僕がその裁判官を説得してあげようか?」


 声の主は、椅子に腰掛けて眼帯の縁を親指の腹で撫でた。

 それは、まごうこと無き勇者の姿。

 落ち着き払ったレトロに反して、全員の意識は警鐘を響かせる。


 オルガノの杖が、長いテーブルを裏返しながら吹き飛ばした。

 向けられた杖の頭を発端に、重力魔法がレトロに降り注ぐ。

 椅子の脚が床に食い込みながら折れ曲がり、平らな木くずとなる。

 しかし、レトロは平然とその場に立ち上がった。

 高重力の影響を受けているようには見えない。


「空中遊歩の魔法か……」


 オルガノは歯を食いしばりながら、重力魔法を出力し続ける。

 空中遊歩の魔法の所為で、レトロが床を割って階下へ落下することはなかった。

 しかし、その動きを封じることぐらいはできるかもしれない。

 そんな淡い期待を、オルガノは死に物狂いで実現させようとする。

 だが、その覚悟は虚しく散った。


「あんまり物を壊すなよ」


 そう言いながら、レトロは一歩前進する。


(こいつ、どっから現れた!? 俺ですら気配に気付けなかった……)


 ゲルンは、獣人の優れた五感が全く通用しなかったことに恐怖した。

 本能が反射的に脚を動かし、部屋の隅まで跳ぶ。

 神出鬼没の相手に背後を取らせないための判断だ。

 心臓の鼓動は激しく、全身に痒みが襲う程に熱を増す。

 レトロから目線を逸らすことも、瞬きすることもできない。


 ゆっくりと歩くレトロは、キュラハの眼前に立った。

 その頃には、オルガノも無意味と悟って魔法を解除する。


「まさか、こんな形で僕との関係がバレるとはね」


 初列にて、キュラハは自身が勇者の親族であることを明かした。

 何より問題だったのは、レトロが七ヶ国会議の決定に反して異端審問官を使った事実が晒されたこと。

 レトロはそれほど深刻には考えていないが、国際問題に発展しかねない面倒事であることは間違いない。


「もう、生かしておく必要も無いか」


 背筋が粟立つほど情味の欠けた言葉。

 その瞳に家族は映っていない。見えているのは、庭に迷い込んだ害獣。

 当たり前に駆除しようとする、悪意の無い殺意がこもっている。


「うっさいな。クソ兄貴の所為でどんな目にあったと思ってんの!?」


 キュラハは、自身より背の高いレトロを見上げて啖呵を切った。

 その言葉が、あまりに自然に堂々と出てきたものだから、周囲の緊張が一瞬緩む。

 一転して、仲の悪い兄妹のよくある風景に様変わりした。

 レトロは訝し気に顎を引く。


「珍しく強気だな」


 いつもなら、キュラハは恐怖に飲まれて言い返すこともできない。

 だが、今のキュラハの魂には勇者程度に恐怖する感情が存在しない。

 魔女の豪胆が、普段の鬱憤を隠すことなく吐き出させたのだ。

 

 呆気にとられるレトロの肩が掴まれた。

 振り向くと、牧緒が静かな剣幕で迫る。


「妹にかける言葉じゃねぇな」

「ん、そうか?」

「分からないなら教えてやるよ」

「はは、遠慮しておこうかな」


 鼻で笑った後、レトロの体は傾いた。牧緒が片手で押し退けたのだ。

 体勢を整えるのに二歩を要する。

 なんてことの無い自然な現象に、レトロは内に生まれた畏怖を知った。

 魔力の無い人間にとっては、レトロは巨岩と同じ。

 決して力で勝ることはできない。

 つまり、レトロ自身が無意識に身を引いたことになる。

 それは、王に平伏すのと同じ。

 少なくとも、レトロはそう感じた。


(僕は既に……彼を強敵と認識しているのかもしれないな)


 暴力に勝る強さ。

 一瞬だけ、その片鱗に触れた。

 牧緒の成し遂げてきた実績が、そう思わせたのかもしれない。


「キュラハは、もうお前の仲間じゃない」


 背に隠し、牧緒は睨む。


「マキオ君……」


 兄にイジメらた日常。

 兄の呪縛から逃れたいと望み続けた毎日。

 兄を何とかしたいと勇み続けた日々。

 誰も逆らえない強者を前に、最弱が立ちはだかる。

 その姿を見て、キュラハの感情が高ぶる。

 かつて感じた恐怖は、今は淡い記憶にしか過ぎない。

 行き場を失った感情は、新たな感情へ収束して飽和した。


「か、かっこゆい……」


 舌足らずに言い残して、キュラハは目を回してバタンと倒れた。


「……え、何で?」


 予想外の状況に、牧緒は口を閉じるのを忘れる――。


 ***


「本当に二人にしても大丈夫なのでしょうか?」


 ユレナは、膝に乗せたキュラハの頭を撫でながら言った。


「……魔女がいないのだ。儂らにはどうすることもできん」


 オルガノは、諦めたように淡々としている。

 部屋の中に牧緒の姿は無い。

 レトロと二人で町へ出た後だ。


「目的は定かではないが、奴の第一声は協力的な物だったな」

「それが分かっていて、何で攻撃しちゃったんですか?」


 溜息交じりに、鼻から抜ける声でユレナは煽る。


「すまない……」

 

 確かに、オルガノにはらしくない焦りがあった。

 それが判断を鈍らせたのだろう。

 ユレナの身を守るため、絶対に裁判には負けられない。

 その想いからくる苛立ちが原因か――それとも。


「あんな風に……、ずっと自分を偽って生きてきたのか?」

「え? あぁ、そうですね。でも、楽しかったですわ。お母様には苦労を掛けてしまいましたけど」

「……そうか」


 初列で見た、ユレナの一面。

 自身を愚かで卑しく見せることに、何の躊躇も感じられなかった。


「何故、悪役を演じる?」

「お父様を見つけるためです。闇の世界にわたくしの名が轟けば、きっといつか気付いてくれる……そう信じています」


 オルガノは何も言えなかった。

 裏社会で悪逆に染まって生きてきたツケが、娘に回ってしまったことを思い知る。

 父であることを隠す選択が本当に正しかったのか……今更ながらに何度も反芻してしまう。


「オルガノ様は、本当にわたくしの父を知っているのですか?」


 ユレナは、思い切って聞いてみた。

 望んだ答えは返ってこないだろう。

 それが分かっていても、ぶつけるしかなかった。

 ユレナにとって、オルガノは不気味に聳え立つ謎。

 いずれは解かなければならない。


「父は何故、オルガノ様にわたくしを守れと仰ったのですか?」


 全て、オルガノが思い付きで言った嘘。

 細かい設定は考えていなかった。

 だから、黙秘を選択する。

 情けなくとも、ただジッと口を噤んだ。


「はぁ……。お父様と出会えるのは、まだまだ先になりそうですわ」

 

 ユレナは頬に手を当てて、肩を落とした。


「なぁ、聞いてもいいか?」


 途切れた会話の隙間に、ゲルンが鼻先を突っ込んだ。


「どうされましたか?」

「あいつ……魔境の王は、本当は凄い奴なのか?」

「と、言いますと?」

「突然現れたあの男、まるで災害みたいな臭いがした。アレと揉めるのは正気の沙汰じゃねぇ……」


 ゲルンの野生の勘は、既に牧緒の生物的な弱さを見抜いている。

 だが、レトロを相手に堂々とした立ち振る舞いが、認識の不整合を誘発して混乱させた。


「ふふ、当り前ですわ。マキオ様が只人なら、わたくしたちはここにいないのですから」


 ユレナは満足げに、顔を丸くして笑った。

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