第11話
同じクラスになったセイラを一言で表すなら「相変わらず」だった。
親切で話しかけてくれているクラスメイトに対しても、我儘な貴族令嬢全開で一切寄せ付けようとしない。
そんな彼女は、ここ魔法学校でもすっかり嫌われ者となり、完全に孤立した存在となっていた。
この学校に通う者の多くは平民の出。
だからこそ、元々貴族の爵位との縁がない彼らは、その得体の知れない壁を前に怖気づき、尚更近付こうとはしないのである。
それ故に、中等部の頃以上に孤立してしまっているのであった。
そんな孤立したセイラを見て、俺の中で黒い感情が湧き出てくる。
独りでいるその姿に対して、「ざまぁみろ」とあざ笑っている自分がいるのだ。
あれだけ好き勝手振り回してきた悪魔のような存在が、今では最底辺に沈んでいるのだ。
学園へ進学した皆が今のセイラを見れば、きっと驚くに違いないだろう。
何はともあれ、同じクラスになってもセイラに怯える必要も無さそうな事に、俺は胸をほっと撫で下ろす。
もう全ては過去の話。だからあとは、平穏無事に一年過ごす事が出来ればそれで良い。
まるで空気のように、クラスに存在しているのかどうかも分からない程落ちぶれたセイラの事なんて、最早警戒する必要すら無い事に安堵していた。
だが、そんな平和な日々の中で一つの変化が生じる――。
それはある日、あのセイラ・ロレーヌが教室内で普通に会話をしていたのである――。
我儘で、悪魔のような存在のはずの彼女が、何故――?
その光景を目の当たりにした時、俺は酷く驚いてしまった。
理由は分からないが、あのセイラが隣の席の男と楽しそうに談笑しているのだ。
小さい頃から一番近くにいたはずなのに、セイラのあんな表情を見るのは初めてだった。
隣の席の男の名は、ライリー・エバンズ。
彼は平民の出で、いつも授業中は寝ている事の多いちょっと変わった奴だ。
そんな平民とセイラが楽しそうに会話をしている光景を見せられる度、俺の心の中では一つの感情が沸き上がってくる。
――俺にはあんな表情、一度も向けた事が無かったのに、何故……!
俺はあれだけ我慢をして、セイラの我儘にも従ってきたのだ。
それなのに、あんな表情は一度だって俺に向けてくれた事など無いのだ――。
だというのに、言っちゃ悪いがあんな平民の、しかも何の取り柄も無いような男が……!
俺はそれが納得出来ないし、何より気に食わなかった。
あんな風に朗らかに微笑んでいれば、この国でも――いや、きっとこの世界でも他に類を見ない程の絶世の美女なのだ。
その微笑みを向ける相手が自分では無く、あんな平民の男がどうして!? と思うだけで俺のプライドは傷つけられてしまう。
だが、向こうもこちらを完全に無視している故、こちらからは何も言えない。
楽しそうに会話をする二人の姿を、ただ視界の隅で見せつけられる日々が始まるのであった――。
セイラの変化に対して、クラスメイト達の反応も変わっていく。
最初はライリーの事を哀れんでいた連中も、どうやら本当に仲が良くなったのだと知ると、自分もあのセイラとお近づきになりたいと言い出す者まで現れたのである。
確かに、彼女は貴族だ。それも、本来はこんな所にいるはずのない高位の。
明らかに平民とは違う上品な佇まいは、周囲の興味を引くのに十分だった。
ただ微笑んでいるだけで、まるで天使のように美しいその姿は、やっぱり特別な存在だと言わざるを得なかった。
そして、ある日の授業終わり。俺はついに我慢の限界を迎える事となる。
今日もクラスの端っこから、セイラとライリーの楽しそうな会話が聞こえてくる。
その時点で、俺の心はかき乱されていたのだが、次のセイラの一言で俺は更なる衝撃を受ける事となる。
「――あの、ライリーさん。もし良ければ、途中まで一緒に帰りませんか?」
あのセイラが、あろう事か平民の男へ自分から一緒に帰ろうと誘ったのである――。
その言葉に、俺は驚いて思わず振り向いてしまう。
するとそこには、恥ずかしそうに頬を薄っすらと赤らめるセイラの姿があった。
「ん? ああ、いいよ。じゃあ、一緒に帰ろうか」
そしてライリーも、そんなセイラの誘いに対して二つ返事で受け入れる。
相手が貴族だとか、セイラの思いなどは何も考えていないようなライリーの返事に、俺の中の負の感情はどんどん膨らんでいく。
――おい待て。お前みたいな平民が、手を出して良い相手じゃねーんだよ!
怒りや焦燥感、様々な感情に突き動かされる。
居ても立ってもいられなくなった俺は、その勢いのまま二人の傍へと近付いていく。
そして――、
「――ちょっと、待てよ」
気付けば俺は、ライリーの事を睨みつけながら二人の間に割って入っていた。
もうこれ以上、この平民にセイラを渡すわけにはいかないと強く思いながら――。
これにて、ルーカス視点は終了です。
次回からは3章突入で、またセイラ視点に戻ります。




