第10話
あの一件以来、取り巻く環境は一変した。
一番驚いたのは、セイラの言う通り本当に何もお咎めがなかったことだ。
本当に婚約解消はされたものの、それは俺ではなくセイラ本人の希望という形で処理されたのだ。
結果、うちの家には何も影響がなかっただけでなく、以前にも増して家同士の関係が改善しているのであった。
それは俺だけでなく、あの時一緒に不満をぶちまけた皆も同じだった。
あれだけキツイ性格をした彼女が、まさか本当に俺達に不利益が生じないように処理してくれたのである。
これまでの振舞いから、この結果は全くの予想外なものだった。
俺はこれまで一番近い距離にいたはずなのに、彼女が一体何を考えているのか全く理解が出来なかった。
……いや、彼女の事を一度だって理解出来た事なんてない。
だがおかげで、俺はようやく解放されたのだ。
これで俺はもう、自分の恋愛をしたって許されるし、何よりもう彼女に怯えて過ごす事も無くなり自由を手に入れたのだ。
自由が許される日々は、本当に幸せだった。
残りの中等部で過ごす日々は、それだけ俺にとって全てが新鮮に感じられたのであった。
そして自由を手にした俺は、一つの決意をする。
それは、学園の高等部への進学ではなく、魔法学校へ進学する事に決めた事だ。
自由を手に入れたものの、あの我儘なセイラの事だ。
急に気が変わって何かを言われるやもしれないと思った俺は、いっそ卒業を機に物理的にも距離を置く事を選んだのである。
しかし、現実は非情だった――。
何の因果か、まさかのセイラも同じく魔法学校へ進学していたのである――。
運命とは、とことん残酷だと思った。
何故、公爵家程の高位な爵位を持ちながら、平民の多いこの魔法学校へ……?
そんな疑問を抱きつつも、答えを確認する術なんてない。
ただ事実として、また三年間セイラの見える場所で過ごさなければならなくなったのであった。
だが、それでも俺は諦めなかった。
幸いここでは、俺もセイラも見ず知らずの人間ばかり。
学園で孤立していたセイラと、人付き合いは得意とする俺。
その対人スキルの差は明らかで、俺はあっという間にこの学校における中心人物の輪へと加わる事が出来た。
今では、俺がこの学校における中心人物の一人。
それはさながら、公爵家という高位な爵位を持つセイラと立場が入れ替わっているようだった。
だが俺は、彼女とは違う。
俺は周りの人達に対して、あんな好き勝手な態度なんて取ったりはしない。
たとえ目立たない平民のクラスメイトが相手でも、俺はここでは貴族という身分を捨てて平等に接した。
そうする事で、彼らからの信頼を勝ち取る事もまた、最終的には己の利益となって返ってくるであろう打算を含みつつ――。
その結果、環境は俺の思惑通りの方向へ流れていく。
周囲からの信頼を勝ち取った俺は、いつしか学年一の人気者という地位を獲得していた。
生まれ持ったルックスのおかげで、近付いてくる女の子も少なくなく、ここ魔法学校で過ごす日々は本当に充実したものとなっていく。
恋も勉強も何もかも、俺は自由を実感出来る事が何よりも嬉しかった。
しかし、セイラはというと相変わらずであった。
その容姿のおかげで、最初こそ俺と同じく多くの人に囲まれていたけれど、すぐに彼女に近付こうとする者はいなくなっていた。
理由は言わなくても分かるだろう。
セイラはここ魔法学校でも、変わらず我儘な振舞いを続けているからである。
そうしてすぐに孤立したセイラは、公爵家という威厳も虚しく、意識しなければそこに居る事すらも分からない程目立たない存在に成り下がっていた。
わざわざ魔法学校へまで来て、何も変わる様子のないセイラ。
そんなセイラの事が少しだけ気になってしまうものの、関わりたくない俺は我関せずを貫き通してきたのであった。
そうして一年が過ぎ去り、俺は二年生に進級した。
二年からはまた新たなクラスになるのだが、俺はその事に対して何も思うところはなかった。
一年の時点で、同学年の中心人物達との関係は既に築かれているからだ。
だからもう、誰と一緒のクラスになろうと大した問題では無かった。
しかし、それでも俺は新しいクラスを確認して絶望する――。
何故なら同じクラスに、あのセイラ・ロレーヌの名前があったからだ――。
セイラとの許嫁を解消して一年以上経ち、その間一度すら会話をしていない。
だからもう、彼女とは一切関係のない赤の他人。
そう頭では分かっているものの、俺は緊張を抱きつつ新しい教室の扉を開ける。
「よぉ! ルーカス! 今日から同じクラスだな!」
「あ、ああ、アレンか。こちらこそよろしく」
扉を開けてすぐ声をかけてきたのは、アレン・デューク。
平民の出ながらも、魔法の才能は俺よりも高い成績上位者の一人だ。
持ち前の明るい性格もあり、アレンはすぐに学年でも人気者の地位を確立していた。
そんなアレンと俺は、クラスは異なるものの一番気が合い、この学校における親友と呼べる関係になっている。
「やっほー! 私も同じクラスだからよろしくね!」
元気よく俺達の元に割って入ってきたのは、ミリス・セザール。
ピンクの髪が特徴的な、スタイル抜群の女の子だ。
彼女はその整ったルックスから、男子達からの人気を独り占めしており、学年一の美少女として有名だったりもする。
家は王都で一番の商会の一人娘らしく、貴族ではないながらも裕福な家庭で育ってきた。
彼女自身、人との距離の詰め方がとても上手く、将来も有望と言えるだろう。
しかし、そんなミリスをもってしても苦手な人物が存在する。
その相手の名前は、セイラ・ロレーヌ。
入学当初、ミリスは同じ学校に公爵家の一人娘が入学してきた事を知るや否や、早速その持ち前の対人スキルを駆使してセイラへ近付いてみたらしい。
結果は、ミリスであっても他の皆と同じく酷いあしらわれてしまい、一切会話すらさせて貰えなかったようだ。
その件以降、ミリスはセイラに対して人一倍苦手意識を持っているようで、いつか自分の家の商会を大きくしてあいつを困らせてやると、密かに闘志を燃やしている程だ。
そんなわけで、新しいこのクラス。
学年でも中心的な人物も集まっており、セイラが同じクラスに居る事を除けば最高のクラスと言えるだろう。
だからもう、セイラの事を意識するのは止めよう。
ネガティブな考えは打ち消して、俺は俺で勝手にやらせて貰う事にしたのであった。




