第三十九話 令嬢と王子はもうすれ違わない
幾多のすれ違いを乗り越え、遂に婚約に至ったリバシとヴィリアンヌ。
それを祝うべく、ノマールとヴィリアンヌが何やら動いているようです。
その試みはリバシとヴィリアンヌに何をもたらすのでしょうか?
最終話、だいぶ力が入ってしまったため長くなってしまいましたが、どうぞお楽しみください。
今日は年に一度、学園主催の学内社交会の日。
例年なら会場と軽食と音楽が用意され、生徒達は社交会の雰囲気を味わいながら、歓談したり軽く踊ったりする会でした。
しかし今回は違います。
「リバシ殿下! ヴィリアンヌ様! ご婚約おめでとうございます!」
キュアリィの高らかな宣言に、会場は大きな拍手に包まれました。
その拍手の向けられた先には、
「皆、ありがとう」
「心より感謝いたしますわ」
上座に並んで座るリバシとヴィリアンヌが、穏やかに微笑んでいます。
「お、お二人のお祝いをするべく、一年生が力を合わせて企画させていただきました! こ、ここ、心ばかりのお祝いですが、どうぞお楽しみください!」
少したどたどしいノマールの言葉に、再び大きな拍手が巻き起こりました。
この学内社交会はキュアリィとノマールによる、
『リバシ殿下とヴィリアンヌ様の婚約お祝いをしたい』
という提案が一年生全体に広がり、会の進行から装飾に至るまで、一年生が企画するという初の試みとなったのです。
リバシとヴィリアンヌが企画した学内社交会よりはまだ拙く、多少の粗も見えますが、二人の顔には心からの満足が浮かんでいました。
「これほど嬉しい気持ちは、私の生涯でも数えるほどしか味わった事がない。諸君の暖かい気持ちに応えるべく、存分に楽しませてもらおう!」
「どうぞ皆さんも遠慮なく楽しんでくださいね。皆さんが楽しんでくださる姿が、何よりのお祝いだと感じますわ」
リバシとヴィリアンヌの言葉に、割れんばかりの拍手が巻き起こります。
こうして後々まで語り継がれる事になる学内社交会が幕を開けたのでした。
学内社交会終了後。
控室で休むリバシとヴィリアンヌの元に、キュアリィとノマールがやってきました。
「リバシ殿下! ヴィリアンヌ様! この度はご参加いただき、ありがとうございました!」
「こちらこそ素敵な会をありがとう。キュアリィ嬢」
「あの、お楽しみいただけましたでしょうか……?」
「勿論よノマール。この社交会の事は一生忘れませんわ」
リバシとヴィリアンヌの笑顔に、キュアリィとノマールも笑顔になります。
「良かったぁ……。お気に召さなかったらどうしようかと……」
「ノマールは心配しすぎですわ。リバシ殿下もヴィリアンヌ様もお優しいのですから、怒ったり責めたりなさるはずがないでしょう?」
「だから心配だったの。お優しいからこそ、ご不満があっても仰らないのではないかって……」
「いや、実際に見事でしたよ。私達の社交会しか知らない一年生が、まさかあそこまで完成度の高い社交会に仕上げるなんて、驚きました」
「お二人のお手本が素晴らしかったからですわ! ね、ノマール?」
「は、はい! 参考にさせていただきました!」
背筋を伸ばすノマールに、ヴィリアンヌが優しく微笑みかけました。
「そんなに緊張しないでノマール。もう私はあなたを追い出そうなんて考えていないわ」
「いえ、あの、そうではないのですが……」
「……ではどうして?」
「えっと、怖いというか、その……」
「ふむ、以前ノマール嬢が言っていた、『好きだからこそ恐怖する』というものでしょうか?」
リバシの助け船に、ノマールは大きく頷きます。
「は、はい! ヴィリアンヌ様は憧れで、尊敬していて、だから失敗して失望されないようにって思うと緊張してしまうのです……!」
「まぁ……!」
ヴィリアンヌは嬉しさのあまり、席を立ってノマールを抱きしめました。
「ヴィ、ヴィリアンヌ様!?」
「あなたにひどい仕打ちをしようとした私をこんなに慕ってくれるなんて……! ありがとうノマール、あなたは私の天使よ……!」
「ヴィリアンヌ様……!」
「ヴィリアンヌ様! 私もヴィリアンヌ様の事大好きですよ!」
「ありがとうキュアリィ。私もあなたの事大好きよ……!」
ヴィリアンヌがキュアリィにも手を伸ばし、三人で抱き合う姿を見て、リバシは良い事を思い付きます。
「ノマール嬢、キュアリィ嬢。お二人がもしよろしければ、ヴィリアンヌの側仕えになりませんか?」
「側仕え、ですか?」
「そ、そんな、私なんかではお役に立てるかどうか……」
「いえいえ、側仕えと言っても、慣れない王宮で緊張するであろうヴィリアンヌの話し相手になってくれれば良いのです。勿論学園にも今まで通り通いながら。いかがです?」
リバシの提案に、キュアリィとノマールはヴィリアンヌの腕の中ではしゃぎました。
「ノマール! 素敵ね! ヴィリアンヌ様が卒業してご結婚された後も会いに行けるなんて!」
「えぇ! 嬉しいです! ヴィリアンヌ様、よろしいですか?」
「えぇ、勿論よ」
二人から腕を離し、笑顔でそう答えたヴィリアンヌでしたが、その胸には一抹の不安がよぎります。
(ノマールとキュアリィが側にいてくれるのは嬉しい……。でもこんなに可愛い二人にリバシが心が移ったりしたら……。そ、そんな事ないはず! でもでも……)
その不安を見逃すリバシではありませんでした。
ヴィリアンヌの肩に優しく手を置くと、穏やかに声をかけます。
「ヴィリアンヌ、何か不安を抱えているのだな?」
「え、いえ、その、大した事では……」
「私は人の感情が読める。だがその感情の理由まではわからない。それを知る事を怠ったせいで、君と何度もすれ違った」
「リバシ……」
「私はもう知る事を怠らない、恐れない、諦めない。だから教えてくれヴィリアンヌ。君の不安をきっと解消してみせるから」
「あの、その……」
ヴィリアンヌは恥ずかしそうに下を向きました。
「……わ、私、こんなに可愛いノマールとキュアリィが側にいたら、リバシの気持ちが移ってしまうのではないかと心配で……」
「……え?」
「ご、ごめんなさい! ノマールとキュアリィが側にいてくれたらとても心強いし、あなたの愛を疑うわけじゃないの! でも、その、二人ともすごく可愛いから、その……」
「あぁ、いや、私にそのつもりは全くないのだけれど、しかしこれはどうすれば良いのだろう……」
悩むリバシに、壁際で控えていたアッシスが声をかけます。
「殿下。ヴィリアンヌ嬢だけの特別を差し上げるのはいかがでしょうか? そうすればご不安も解消されるはずです」
「成程……、ならば宝石か? 衣装か? 今から用意させれば三日ほどで」
「いえ違います」
「何?」
「殿下がヴィリアンヌ嬢に差し上げるべきもの、それは……」
アッシスはにっこりと笑いました。
悪戯っぽい笑みに嫌な予感を感じながら、リバシは先を促します。
「それは、何だ……?」
「口づけです」
「何ぃ!?」
「えぇっ!?」
アッシスの言葉に、リバシとヴィリアンヌは同時に声を上げました。
真っ赤になりながら、リバシは猛然と反論します。
「ば、馬鹿な事を言うな! そういうのは結婚の際に行うもので……!」
「そうです。結婚の時に行われる特別な行為。それはヴィリアンヌ嬢を特別と示す何よりの証となるのではありませんか?」
「り、理屈はそうかもしれないが……」
「ヴィリアンヌ嬢の不安を打ち払うためです。勇気ですよ勇気」
「お前そう言えば私が動くと思っているだろう! そうそう思い通りになると思うなよ!?」
「ヴィリアンヌ嬢と口づけをされるのがお嫌なのでしたら」
「嫌とは言ってないだろう!」
その横で、同じく離れて控えていたカルキュリシアが、いつのまにかヴィリアンヌの側に寄って、小声で耳打ちしました。
「良いですよ、愛する方から贈られる口づけ。全身がとろけるような幸福感に満たされますよ」
「そ、そんなに素敵なのね……。ってカルキュリシア、あなたまさか……!」
「んふふー。さぁさぁお二人は婚約者なのですから遠慮なく!」
「え、ちょっと、押さないでカルキュリシア……!」
従者に押され、二人は向き合います。
息詰まる空気が控室に満ちました。
「ヴィリアンヌ……」
「り、リバシ……」
みるみる紅潮していく二人の顔。
アッシス、カルキュリシア、ノマール、キュアリィが固唾を飲んで見守ります。
「……私を許してくれ」
「……え?」
「君の不安を感じる。これまでにないほどに強い不安を」
「あ、あの、それは……」
「なのに私は、それでも君に口づけしたいと思っている。君の唇に触れたくてたまらないのだ」
「!」
「許して、くれるだろうか……」
「……」
ヴィリアンヌは答える代わりに、すっと目を閉じて少し顎を持ち上げました。
「……愛している」
あふれて止まらない愛しさを込めて、リバシはヴィリアンヌと唇を重ねます。
「ヴィリアンヌ……」
「リバシ……」
数瞬の後唇を離した二人は、そのまま固く抱き合いました。
「全く我々の主は本当に手のかかる事で」
「ふふっ、でもだからこそ私達のお仕え甲斐があるというものでは?」
「成程、確かに」
アッシスとカルキュリシアは、小声でそう言うと、二人の邪魔にならないよう小さく笑います。
「ふわぁ……、な、何だかとてもすごいものを見てしまった気がしますわ……!」
「う、うん……。びっくりしたけど、リバシ殿下もヴィリアンヌ様も幸せそう……」
「口づけとは、そんなに素敵なものなのかしら?」
「わ、わからないけど、私達もいつか好きな人ができたらあんな風に口づけするのかな……」
「好きな人……。でしたらノマールと口づけしたら、あんな風に幸せそうな気持ちになるのかしら?」
「えっ!? わ、私達は女同士だから、違うと思うわ! ……多分」
「そうなのね。残念ですわ」
キュアリィの無邪気な提案に戸惑うノマール。
それでもキュアリィから『好きな人』と言われ、嬉しい気持ちが沸き起こるのを感じます。
「ヴィリアンヌ……」
「リバシ……」
そんな周りの事などもはや目に入らない二人は、もう一度見つめ合い、一点のすれ違いもないお互いを想う気持ちのまま、再度口づけを交わすのでした。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございます。
あまあまだっていいじゃない
さいしゅうわだもの
つよし
今だから言います。
リバシの感情読める能力、要らんかったな〜。
あれのせいで、話の終わりをヴィリアンヌの不安か落胆で落とす流れができてしまいました。
ブルーな気分で締めるのは、書いていてしんどいものです。
今後すれ違いものを書かれる方は、主人公にはこの能力を付与しない事をお勧めします。
そんな中でも最後まで書き切れたのは、皆様の応援があっての事でした。
本当にありがとうございます。
また来週から新連載を始めます。
タイトルは『お父さんは最強ドラゴン』。
聞き覚えがあるという人は僕と握手!
よろしくお願いいたします。




