第107話 元盗賊の勇者
最終話です。
俺は二本目の煙草を吸う。
健康のことはもう考えない。
それを言ったら、魔王の力を宿す右腕が最も不健康だろう。
なんとなく制御できている気はするが、いつ暴走するか分かったものではない。
付け根から切り落とせば解決だろう。
しかし、そんな勇気もなかった。
これは俺の力だ。
失いたくないのも事実なので、どうにか制御する方向で考えないといけない。
ままならないものである。
ため息を吐いた俺は、そこで不在の人物に気付く。
「そういえばミィナはどこだ」
「狩りに出ている。村の食糧調達を手伝っているんだ。他にも色々と活躍しているから、すっかり村人達に気に入られている。もう完全に聖女だよな、本当に」
ウォルドは苦笑気味に説明する。
相変わらず人助けに精を出しているらしい。
治癒魔術を使えるだけの奴隷だったのに、ミィナは聖女にふさわしい行動を徹底している。
自己犠牲を厭わず、常に本気で物事に立ち向かっていた。
その真摯な一面が人々に好かれる要因なのだろう。
煙草を置いたウォルドが息を吐いた。
それから俺をじっと見ながら問いかけてくる。
「お前は勇者に認められたわけだが、これからどうする。怖気づいて盗賊稼業に戻るのか」
「……それはねぇよ」
「だよな。お前さんは英雄の立場って奴を知っちまった。惨めな盗賊にはもう戻れない」
ウォルドは悪い笑みで言う。
それは真理を突いていた。
以前までは何も知らなかったが、俺は勇者として振る舞うことを知った。
実際に死闘を繰り広げて成果を挙げた。
果たしてここから元の生活に帰ることができるのか。
いや、できない。
何度も苦痛を味わいながらも、偽勇者としての活動は人生で最も輝いていたのだ。
「誰が何と言おうと……お前さん自身が否定しようと、元盗賊のジタンは勇者だ」
「やけに熱血だな。どうしたよ」
「変に意地を張ったお前さんを説得したいだけさ。そろそろ諦めようぜ。もう既に勇者としての仕事も溜まっているんだ」
ウォルドが部屋の机を漁る。
そこから羊皮紙の束を引っ張り出した。
いずれもびっしりと何かの説明が書き込まれている。
俺は顔を顰めて尋ねる。
「おい。どういうことだよ」
「本物さんから送られてきた依頼書だな。あっちが王国関連でゴタゴタしているから、代わりに解決して来いってことだろ。良かったじゃねぇか、勇者の活躍を盗めるぜ」
「クソッタレが……」
俺は頭を抱えて嘆く。
最初から選択肢なんて存在しなかったわけだ。
悪態を洩らしていると、メニがそっと頭を撫でてきた。
「メニも手伝う。ジタンも頑張って」
「ハッ、嬉しいね。涙が出そうだ」
その時、部屋の扉が開かれた。
現れたのはミィナだ。
彼女は目を潤ませてゆっくりと歩み寄ってくる。
「ジタンさん……!」
「よう、元気そうだな。立派に聖女をやっていると聞いてるぜ」
俺が気楽に挨拶した直後、ミィナが抱き付いてきた。
それなりの勢いが付いていたせいで首に衝撃が圧し掛かる。
ベッドに倒れ込みながらもなんとか受け止めた。
ミィナは俺の胸で静かに泣く。
大の字になった俺は呆れ顔で天井を眺めるしかなかった。
視界の端では、ウォルドとミィナが笑っている。
そのせいでため息が出た。
(――少しだけ貸しを作っておくか。嫌になったらやめればいい。そんなもんだろ)
結局、俺が出したのはそんな結論だった。
とりあえず勇者を続ける。
今度は無許可の偽物ではなく公認としてだ。
別に悪いことではないだろう。
ずっと望んできた英雄の日々を掴み取ったのだから。
魔王の右手も今回の報酬として貰っておく。
燻ってきただけの盗賊には贅沢な話だ。
ミィナを抱きしめながら、俺はそう思った。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
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