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9.公爵令嬢5

※下に簡易登場人物説明を入れています。

 

 エヴァレット公爵家の茶会はなんとか無事に終わった。


 エヴァレット公爵一家はルーファスを受け入れ、王太子も親しく言葉を交わした。王女はほとんどいないものとして振る舞っていたが、彼女はそんなものだ。なんと言えば良いのか、王女メレディスは常に自分が注目されていないと気が済まないような感じの方なのだ。


 以前はリディアも彼女と衝突したこともあるが、今は当たらず触らずで、フェリシアと話している方が楽しい。ルーファスも交えて話を咲かせたのは、ガジのことだ。王太子と王女がいるので、ふつうの犬のことのように語ったが、察しの良いフェリシアはすぐに聖獣のことだと承知し、あれこれと楽しく話した。


「その新しいパティシエのお菓子も食べてみたいですわ」

「あら、でしたら、今度はフェアクロフ公爵家でお茶会をしましょうよ」

 そう言ったのは叔母上だ。いつの間にかリディアたちの会話に耳を傾けていたらしい。

 完璧な淑女であり女傑でもあるエヴァレット公爵夫人を、リディアは内心でも「叔母」ではなく、「叔母上」と呼んでいる。


 叔母上にとってはフェアクロフ公爵家は生家であり、結婚前まで暮らしていた場所だからこそ、気安く訪れやすい。

「そうですわね。ぜひいらしてくださいませ」

 母は叔母上と義理の姉妹というだけでなく、友人でもあるので快く受けた。


 さて、フェアクロフ公爵家のお茶会にも王太子を招待した。王女は来なかったことに、リディアは胸をなでおろす。

 王太子は王族として、一度は聖獣を見定めようというのだろうと父が言っていた。

 ガジはまだ若くはあっても、その額に立つ角は、大きな存在感を持っている。


「ガジ、紹介しますわね。こちらがライオネル・エントウィッスル王太子殿下」

 リディアに最も親しんでいることから、聖獣に招待客を紹介する大役を仰せつかった。幸いにも、ガジは機嫌がよく、リディアが名を呼ぶひとりひとりを見て頷いている。

 王太子もエヴァレット一家もひとりひとりお辞儀をして礼儀を尽くした。


「はい、こちらはガジの分ですわ」

 リディアがそう言うと、使用人がお座りするガジの前にフランシスが腕を振るったスイーツの皿を置く。

「おん!」

 美味しそうに食べる姿を、ガーデンテーブルについた者たちが眺める。


「あれが聖獣ですか」

「おとなしいものですわ」

「ふつうの犬と変わらないな」

 王太子が感嘆し、エヴァレット公爵夫人がため息交じりで言い、エヴァレット公爵がひとつ頷く。


「今後、まだ成長することで不確定要素はあるが、リディアがあんなに可愛がっているのだ」

 フェアクロフ公爵の発言に、エヴァレット公爵夫妻はさっと視線を交わす。

 出た。娘溺愛。

 アイコンタクトでコミュニケーションを取る。結婚して大分経つが仲の良さは相変わらずで、息の合い方はより一層磨かれている。


 さて、先だってのエヴァレット公爵家の茶会で、フェリシアはリディアを補佐するルーファスに興味を持った。

「あなた、今後もリディアの補佐をいたしますの?」

「そのつもりです」

「あら、では、わたくしたち、仲良くできそうね」

 うつくしい少年少女は顔を見あわせて微笑み合った。


 その茶会の席で、フェアクロフ公爵は内々のことだが、と語った。

「このルーファスをゆくゆくは養子に取ろうと思っている」

 リディアははっと息を呑んだ。


 貴族は家門の存続を図ることを第一としているから、そのために別家から養子をとったりその養子と子供の婚姻関係を結ばせるのはままあることだ。

 公爵家の子供はリディアひとりだ。エヴァレット公爵家もフェリシアは一人っ子だが、婿取りをさせて立派に公爵家を存続させるために、威厳たっぷりの叔母上が早々にフェリシアに淑女教育をしていると聞く。だからこそ、作法に長けたフェリシアに劣等感を覚え始めていたのだ。それを自覚していたので、ルーファスが家庭教師を得た際、自分もと願い出た。誇れるものがなにかあれば、他者を妬むこともなかろうと考えたのだ。


 けれど、リディアの努力は明後日のもので、フェアクロフ公爵家を任せるのにまったく頼りないから、ルーファスを据えようというのだろうか。では、リディアはやはり追い出されてしまうのだろうか。


 だとしても、今のリディアにはルーファスに意地悪をしようなどという考えは出てこなかった。なぜなら、ルーファスが好きだからだ。


 ぐちゃぐちゃの感情を父や母はもちろん、ルーファスにも話すことはできなかったリディアは、魔導書に語った。

『アラ、アンタ、言っていたじゃない。オジさんのことが好きだって』

 確かに、リディアは叔父が好きだ。叔父は母のことを大事にしていて、いいなと思う。姉上と呼ぶやわらかい声や視線も良い。


『アンタにも弟ができるのよ』

 ああ、そうだ。自分を姉上と呼ぶ存在ができるのだ。

 リディアはようやくそのことに思い至り、じわじわと喜びがこみ上げてくる。皮膚を震わせ、徐々に身体の奥にまで浸透していく。


 そうして、フェアクロフ公爵令嬢リディアには義弟ができた。もちろん、ギャクタイなどしない。だから、復讐劇など起きないのだ。




 父はフェアクロフの養子となったルーファスを方々に紹介するためにしばらくあちこちのお茶会に参加した。まだ子供であり、デビュタントは十八歳を迎えてから行われ、もっと先であることから、夜会には出られない。


 今日はコフィ伯爵家のガーデンパーティにやって来ていた。

 コフィ伯爵夫妻は両親と友人であり、その息子であるコフィ伯爵子息ジョシュアはリディアとフェリシアの幼馴染だ。フェリシアたちエヴァレット公爵一家も招待されていた。

 王都郊外の広い場所で、コフィ伯爵家が所有する見事な馬が披露される。希望者は騎乗することもできた。


 コフィ伯爵子息は金髪に緑色の瞳をしており、やさしい顔立ちをしている。父親が騎士団長を務めており、最近、彼も剣を習い始めたと聞いてリディアは心配した。

「だって、ジョシュアはその、」

「気弱ですものね」

 リディアがどう話したものかと口ごもったところ、フェリシアがずばりと言ってのけた。


「なるほど」

 ルーファスは頷くに留めた。

「あら、なにをおっしゃりたいの?」

「いいえ、なにもございません」

 挑戦的に斜め上に顎を向けるフェリシアに、ルーファスはうっすらと浮かべた笑みで返す。なんだかすっかり打ち解けたふたりに、リディアは微笑ましいような、少しばかり寂しいような気がした。


「やあ、ここにいたんだね」

 主催者側として招待客に挨拶をしていたジョシュアとコフィ伯爵夫妻がリディアたちを見つけてやって来た。

 コフィ伯爵夫妻はリディアの父母と叔母上夫妻に声を掛けた。


 到着してすぐに形式上の挨拶を交わしていたルーファスはジョシュアと馬の話を始めた。

「見事な馬が揃っているね」

「父が母との婚姻を決めたのは、コフィ家の馬が大きな要因じゃないかと思うんだ」

 そんなことはないとはだれも言えなかった。


「コフィ伯爵夫人は本当にいつまでも若々しくていらっしゃるわね」

 母がそんなふうに言った際、リディアはふと先だって読んだ絵本の挿絵を思い出す。いつもならそれで終わりだ。もしくは、言おうか言うまいか迷った挙句、口をつぐんでいたことだろう。


『褒めることは大事よ。相手のことをどんなふうに大事に思っているかを伝えることになるのですもの』

 魔導書はそう教えてくれた。


「あ、あの、わたくしが先日読んだ絵本の中に可憐な妖精が出てきましたの。コフィ伯爵夫人はその妖精にとても似ておられますわ」

 リディアはこんなことを言っても大丈夫かと思いながらも、いっしょうけんめい自分の意志を伝えようと話した。

 傍から見れば、そう言う本人こそ、妖精に例えられる愛らしい十一歳の少女である。ほほを上気させて懸命に大人たちを見上げて話す姿は健気ですらあった。


「まあ!」

 コフィ伯爵夫人ブレンダは実は年相応に見られたいと思っていたが、少女にほほを染めて恥ずかしそうに言われては、胸がきゅんきゅんした。


「とても嬉しいわ。今日のガーデンパーティは存分に楽しんでいらしてね。馬を差し上げましょうね。お好きなものを選んでちょうだい」

 なお、馬はとんでもない高額なぜいたく品である。


「ありがとうございます! あ、でも、」

 リディアは言われた瞬間は沸き立つような喜びを感じたが、しかし、自分だけというのはとんでもなく気づまりだ。

 リディアの視線を読み取って、ブレンダはにこやかに、もちろん、三人ともですよ、と付け加える。ポニーじゃなくてもなんでも良いと言う。


「息子に選んでもらいなさいな」

「ありがとうございます」

 自身の考えを読み取られたことに、はにかんで笑うリディアの姿を見て、コフィ伯爵夫人は「何頭でも持っておゆきなさい!」という気持ちを押し隠しながら穏やかに微笑んだのであった。


「あら、わたくしなど、オバと呼ばれておりますのに」

「叔母上はお父さまの妹君でわたくしの自慢の叔母上さまですわ」

 エヴァレット公爵夫人アレクシアがからかうように言うものだから、いつも思っていることをリディアは言う。歳を経た女性を呼ぶのではなく、血縁者としての親しみをこめているのだと。

「ま!」

 さすがのエヴァレット公爵夫人も絶句するが、もちろん悪い気がしてのことではない。


「で、でも、いちばんはお母さまです」

 リディアはもじもじとしながらちらりと母を上目遣いでうかがう。これも本心だが、なんだか恥ずかしい気持ちになったのだ。


 ジョシュアに連れられて馬を見に行った子供たちの後姿を眺めながら、エヴァレット公爵エドワードが「末恐ろしいな」とつぶやいたものだ。フェアクロフ公爵ジェイラスは「娘はどこにも嫁がせない」とこぼす。コフィ伯爵エリオットは苦笑するに留めおいた。以前、脳筋と魔導書に言われた彼は今や騎士団長となり、処世術を身につけるに至ったのである。




 ジョシュアは友人たちに馬を間近で見せてくれた。

「乗ってみるかい?」

「わたしはまだ乗馬を習っていなくて、」

 ジョシュアとルーファスがそんなふうに話す隣で、リディアはふと既視感を覚えていた。

「あら? なんだかちょっと変わった馬が交じっていますわ」

「え?」

「姉上?」


 リディアはなにかに惹かれるかのようにその一頭に近づく。軽種、中間種から重種、ポニーまでいた。鹿毛、黒影、青影、青毛、栗毛、芦毛、ぶち、月毛と様々な色あいの中、真っ白な白毛の馬がいた。長いまつげに縁どられた瞳は穏やかで理知的ですらあった。


「こんにちは。わたくし、フェアクロフ公爵が娘リディアと申しますわ」

 名乗ったリディアに、なんと白毛の馬はこっくりと頷いてみせた。

「あら……」

 その仕草には見覚えがあった。リディアの声に反応してみせるガジそっくりである。

 と、馬が鼻先をリディアに近づけた。思わずリディアは手を出し、その頬から首筋に向けて撫でた。


「あんなにうつくしい馬、いたかな」

 ぽつりとこぼしたジョシュアに、隣にいたルーファスがぎょっと目を剥く。

「あ、姉上、こちらへ」

 しかし、ルーファスの声は遅かった。


 ばさりと大きく羽ばたく音がして、なんと、白毛の馬は白鳥のような大きな白い翼を広げたのだ。

「有翼の馬」

 誰かがぼうぜんと呟く。


 それはつまり、聖獣である証だった。




※簡易登場人物説明

・リディア・フェアクロフ:フェアクロフ公爵令嬢。セシリアとジェイラスの娘。

・ルーファス・フェアクロフ:フェアクロフ公爵家に引き取られた遠縁。後に養子に。

・フェリシア・エヴァレット:公爵令嬢。乙女ゲーム続編のヒロイン。

・ジョシュア・コフィ:コフィ伯爵子息。リディアとフェリシアの幼馴染。

・ライオネル・エントウィッスル:王太子。

・ジェイラス・フェアクロフ:公爵。リディアの父。

・セシリア・フェアクロフ:公爵夫人。リディアの母。

・エドワード・エヴァレット:王弟。公爵。フェリシアの父。

・アレクシア・エヴァレット:公爵夫人。フェリシアの母。

・エリオット・コフィ:伯爵。騎士団団長。ジョシュアの父。

・ブレンダ・コフィ:伯爵夫人。ジョシュアの母。


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