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秘密  作者: 湖灯
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別れ

   別れ


 俊介は、目が覚めて暫く窓の向こうに見える空を眺めていた。

 やけに蝉が鳴いていて暑くらしい。

 昨日、水族館から帰ってきて久し振りにアルバムを開いて見たせいだろうか、夢に二年前事故で死んだ、お父さんが出てきた。どんな夢だったかハッキリと覚えてはいないが、お父さんは生きていた時のまま優しく微笑みながら僕を見ていた。でも僕には、たとえ夢の中であろうとも、お父さんの優しい姿が怖かった。

お父さんと最後に会ったのは中学三年生の夏、学校の部活として最後の大きな大会の日に僕は大切にしていたお守りを忘れた。お母さんは応援に来ていたので僕はお父さんに連絡してみた。時間は朝の七時半、お父さんは仕事が忙しくて残業が続いていたので休日のその日も朝二時頃に帰って来たとお母さんが言っていたので二回コールして出なかったら諦めようと携帯から電話を掛けた。お父さんは二回目で電話に出ると直ぐに持って行くと言って約一時間の道のりを自動車で来た。僕が受け取ると、お母さんはお父さんに疲れているのだから直ぐ帰るよう促していたが、あと二試合待てば僕の試合だと分かると折角来たから、それだけ見て帰ると言って残った。試合の前まで僕たちの中学が体育館の外で練習している時もお父さんはニコニコ微笑みながら見てくれていた。僕は嬉しくて練習中何回かお父さんのほうを見ていたが、時折あくびをする以外、特に疲れた様子は無かった。

試合のほうは、久し振りに来たお父さんに自分の色々な技を見せたかったけど、なるべく早く帰らせてあげたかったので相手には悪いと思いつつ審判の『はじめ!』の合図と同時に飛び込み面を仕掛けて秒殺した。試合が終わってチーム席に戻ると、まだお父さんは残っていて「強くなったなぁ」と僕の肩を軽く叩いて笑っていた。僕は回りにいるメンバーの手前、少し恥ずかしくて返事をしなかった。

それが、お父さんとの最後の思い出となった。帰り道、お父さんの車は土手の道から転げ落ちて、それで死んでしまった。あのとき僕が、お守りを忘れなければ、電話しなければ、お父さんが眠たいと断ってくれていれば、お父さんは死なないで済んだ。

僕が、お父さんを殺した。

そう思った。

暫くお父さんの事を考えていたが、暑さに耐えかねて階段を降りリビングの時計を見ると既に午後の三時が来ていた。

冷蔵庫から林檎ジュースを取り出して飲み、漸くまともに動き出した頭で昨日のことを思い出した。いったいどうしたのだろう?大輔の話をした辺りから秋月穂香の態度はおかしかった。ムキニなる、いや狼狽(ろうばい)していたと言ってもおかしくない。僕が知り得ない大輔との関係が、そこに有るのだと思った。

背格好、顔立ち、コミュニケーション能力など全ての面で僕は大輔より劣っているのに、あんな所で大輔のことを聞くんじゃなかったと後悔したが、そこで初めて自分のこの絶望的な気持の対象が何なのかに気が付いた。

秋月穂香!

自分が憧れるには美しすぎる。

「レベルが違い過ぎると、一瞬だな」

天井を見上げて、声に出していった。

時計の音が、やたら大きく聞こえるなか、今までのことが頭の中を駆け巡っていた。

いつからだろうか、登校した時に気にする様になったのは…ツバメ事件、そして土砂降りの雨の日に駅で初めて会話した事、入道雲、 水族館…

思い出せる事と言ったら、そのくらいしかない最近起きた短く少ないものだったが俊介には長く懐かしい物に感じられた。

大袈裟かも知れないが大輔の事を話して、その全てが過去の物として失われてしまう寂しさを感じた時、俊介はハッキリと自分が穂香を好きだった事を感じた。

それを感じた時、急に胸が苦しくなってリビングの机に上体を突っ伏した。

相変わらず蝉が(やかま)しく鳴き、目の前のリンゴジュースを注いだコップは汗まみれになっていた。苦しい気持ちの中フッと、ある事に疑問を感じた。

二年生で同じクラスになって、最近意識するようになった秋月穂香だけど、その前にどこかで合った事があるのではないか…

そう思うと、確かに合っていると思った。しかし、それがいつで何処なのかサッパリ分からない。俊介は思い出せない記憶を執拗に探し求めた。思い出したところで、それが何になる訳でもないが、今の俊介には思い出すことに集中する以外この苦しい気持ちを紛らわす方法は無いように思えた。

暫く考えていたが結局思い出せそうになかったので諦めて部屋に戻りベッドに身を放り投げると、そのはずみでベッドのスタンド横に置いてあった携帯電話が落ちてきて俊介の頭に当たった。

「いて!」

人が落ち込んでいる時に、こんちくしょう!と思い携帯を睨みつけると着信表示が光っていた。

誰だろうと思い携帯を見て‘まさか!‘と疑った。

そこにある文字は「秋月穂香」と表示してあったからだ。

暫く躊躇(ためら)っていたが思い切ってメールを開いた。

メールには次のように書かれてあった

『お休みの日に突然スミマセン、今日午後六時にT公園でお会いできないでしょうか?無理なら構いません』

差出時刻は午後二時だった。メールを読み終わり時計を見ると、もう六時前だった。

俊介は慌てて着替え玄関を出ようとすると丁度お母さんが返ってきた

「チョッと学校に行ってくる!」

T公園は学校の傍だったので、へたに友達と会うと言うより、学校へ行くと言うが方が安心すると思った。

家から自転車を飛ばして、電車が旨く来たとしてもT公園に到着するまでには三十分以上は掛かる。

本来なら直ぐにメールの返信を打つべきなのだろうけど、秋月さんからメールを貰って既に四時間も経過しているし気が付いた時間は、ほぼ指定された時間だったから、返信が遅いのでもう秋月さんはT公園には来ていないと思ったし、秋月さんが家を出ていなければ自分がこれから行くという返事を返すことで改めて家から出なくてはならなくなる。

そして、もし待ち合わせの場所に居たなら自分が来るまで更に三十分以上も待ってもらう事になる。

それよりも、今は一秒たりとも時間が惜しかったのでメールの返事をするにしても電車に乗ってからにしようと思った。

駅前に到着した時、運悪く丁度目的地に行く電車が出て行ったところだった。

「ちくしょう!なんて間が悪いんだ!」

心の中で叫んだ。休日のこの時間帯は次の電車が来るまで二十分掛かる。

それから電車で十五分揺られ、駅からT公園まで歩いて十分。

自然に自転車の向きを線路沿いに取りペダルを漕いでいた。

ここからなら自転車でT公園まで三十分で行ける!

俊介は必至で自転車を漕いだ。


「今日夕方、T公園で待つ」

と書かれた大輔からのメモを見ながら穂香は暫く考えていた。

おもむろに携帯を取りだし阿久津俊介のメアドを開き、文章を打つ…そして消す…また文章を打って、また消した。

何回も同じことを繰り返した後、午後六時にT公園に来てもらう様に打ち、送信した。

大輔からは‘夕方‘としか指定されていなかったので何時かハッキリとした時間は分からなかったが、相手に‘夕方‘と指定するのも変なので一応‘六時‘としておいた。

暫く携帯の前にいたが、いつまで経っても返信が無かったので、とりあえず勉強をする事にしたが携帯が気になって、はかどらなかった。

四時半に、お母さんが返ってきたので学校の友達に合って来るから少し遅くなると伝え家を出た。

夕方に一人で外に出るのも初めてだったし、お母さんが心配する事も分かっていたので、出る時に申し訳なくてお母さんの顔を見る事が出来なかった。

俊介からの返信は無かったが、とにかく大輔には合わなければ・・・。

T公園についたのは五時四十分くらいで‘夕方‘にはまだ早いと思った。

公園につくと直ぐに携帯をみたが俊介からの返信は無いまま六時が過ぎた。

昨日、大輔の話を聞いたときに、私があんまり驚いて変な態度をとってしまったから嫌われたのかも知れない。自分の気持ちの中で、俊介への思いが強くなり、それが壊れてしまったのではないかと思ったとき、急に悲しさが穂香を襲い、このまま大輔が来たら一緒に何処かに連れて行って貰いたい気持ちになっていた。

空は真っ赤に染まり始めていた。


 T公園を目指して俊介は自転車を飛ばしていた。何度か自転車で学校まで行ったことはあったが、いつもより道のりが長く感じ、交差点で信号に引っかかるたびに赤い表示灯が怨めしかった。

T公園まであと二~三キロのところで市街地の信号の多い大通りを避けるために裏道に入った。道は狭くなり違法駐車もあるが交通量も少ないので、そのぶん早く走れる。

何本目かの路地で、急に曲がってきた車を避けた時、自転車のタイヤが歩道の縁石にぶつかった。少しすると車輪がガタガタ音をたてだした。

『よりによってパンクだ!』

そのまま無視して走り続けようと思ったが、

ハンドルを取られて旨く走れないので諦めて自転車を降りた。

ここからT公園まであと二キロほど自転車を押しながら進んだが、駅まであと一キロほどの交差点で、俊介が乗車を見送った電車に追い越されるのが分かった。

「くそっ!」

それでも、がむしゃらに自転車を押してT公園を目指した。


 空が紫色に染まりだした頃、(ようや)くT公園に到着した。

T公園は、T神社のある山の途中にある公園なので、ここからは参道の階段を昇らなければならない。そのため参道入り口脇に自転車を置いて階段を駆け上がった。

自転車を置く時に路上に掲げてある時計が見えた。時計の針は七時十五分を差していた。

『もう秋月さんは居ないだろうな…』

そう思いながらも今、自分に出来るだけの事はしておこう!と思い全力で駆け上がった。

T公園に着いて辺りを見渡した。

薄暗くなった中で街路灯に照らし出される人影が何人か見えたが、秋月穂香らしき人物は見当たらなかった。

一気に疲れが襲い掛かり、その場にあったベンチに腰掛けた。

「あくつ・くん!?」

不意に隣から秋月さんの声がして驚いた。

「秋月さん!?」

隣を見ると、確かに秋月穂香が自分の横に座っていた。

いつの間に現れたのかと思い不仕付けに俊介は聞いた。

「いつ来たの?」

「さっきからズッと、ここに居たわ。阿久津君が階段を駆け上がって来るのも、ここで見えたから手を振ったのに気付かないんですもの。そして私の前に立ってキョロキョロ…」

フフフと穂香は笑ったあと、真顔になって

「今日は突然呼び出して御免なさい」

と謝った。

「いいけど、何の用?」

いま階段を駆け上がって来たばかりだったので、ぶっきらぼうな言い方になってしまった。

「実は・・・」

穂香は、言い出すのに少し躊躇(ためら)っていた。

「実は…大輔に夕方ここに来るように・・・」

「大輔が!?」

その名前を聞いて俊介は驚いた。

大輔に会いたい気持ちと、その逆の気持ちが入り混じった。今日ここで大輔と会うことにより秋月穂香を失うかもしれない。

と、言っても未だ失うほどの関係でもないのだが・・・

夕闇が近くまで来ている。

通りがかる人も、まばらだった。

二人の前を通る人には自分たちが、どう映るのだろう。若く初々しいカップルに見えるのだろうか、それとも別れ話をしているカップルに見えるのだろうか?

俊介は、そんなことを考えながら周りの目を気にしていたが、穂香は純粋に大輔のことを待っている様子だった。

「阿久津君」

穂香が俊介に話しかけた。

「昨日、大輔と会ったって言ったよね・・・でも、それは無理なの、実はね・・・」

穂香は、そこまで言うと急に話を止めてしまった。

俊介は不思議に思い穂香を見ると、穂香は驚いた顔をして真正面を見て、まるで魂が抜け落ちてしまった様に固まっていた。

「秋月さん!?」

俊介は心配になり穂香の名前を呼んだあと、秋月さんの見ている目の先を追った。広い公園の中で、街路灯の灯りが余り届かない場所に一人の人物が立っていた。

暗い所だが俊介には、その人物が誰なのかハッキリと分かった。

「大輔!」

思わず声に出して言った。

いつもなら『よう!』と、元気良く返事を返してくれる大輔が、そのときは少しバツの悪そうな笑顔を見せるだけだった。

「だ・い・す・け・・・」

秋月さんの言葉は明らかに異様だった。

「遅くなって御免」

大輔は、その場から近づきもせず応えた。

本当なら、その言葉のあとに秋月さんが何か言うべきなのだろうが今の彼女からは、その言葉は望めそうにないと思い俊介が返した。

「今日は何故、秋月さんを呼び出したの?」

大輔は相変わらず近づきもせず、その場に立ったままで、穂香だけを呼び寄せたわけではなく、穂香を呼べば必ず俊介も来ると思い、実際は二人に用があったことを説明した。

「行っちゃうから?」

俊介が、そう言ったとき急に隣に座っている穂香がビクリとして俊介のほうを向きかけた。

「ああ、とうとう行くことにしたよ」

俊介には、その言葉の意味が分からなかったが、穂香には分かったらしく悲しい声で

「いかなくちゃいけないの?」

と、力なく懇願していた。

「ああ・本当なら僕はあの時、直ぐいくべきだったのだろうね、皆がそうするように。でも僕自身まだ未練もあったし、穂香にも頼まれたから…でも、もういくよ。いや、いかなくちゃ・・・」

「いかないで!いや、いくなら私もいく!」

穂香は急にベンチから立ち上がり、大輔のほうへ近づくように歩を進めた。大輔はそれを制止するように強く言った

「来ちゃ駄目だ!」

穂香の足が止まると優しい口調で

「穂香が来たら僕のしたこと全てが、なくなっちゃうだろ」

穂香は、その場に泣き崩れ、しきりに謝っていた。俊介は何も分からず、何も出来ないまま突っ立っていた。

「俊介!僕は、いくよ。君には何の事だかさっぱり分からないだろうけど、それは…あとで穂香が説明してくれるはずだ。君も失いかけていたものを早く取り戻して、精一杯生きてくれ。そして・・・僕のことを忘れないでいて欲しい」

俊介もまた引き寄せられるように大輔のほうに歩み寄り、そして近づけないものに近づくように途中で止まった。

「穂香」

呼ばれて穂香は泣きじゃくる目を上げ大輔を見上げた。

「ありがとう。穂香のおかげで、ここまでいられた。本当に楽しかったよ」

穂香と俊介は同時に大輔のもとに走りよろうとしたが、大輔に制止された。

「これ以上、僕に近づいてはいけないよ。僕はいく。穂香!俊介と仲良くね。俊介!穂香のこと宜しく」

大輔が言い終わると、どこから現れたのだろう無数の蛍が大輔の周りに集まり、大輔は青く幻想的な光の中に包まれた。

そして次第に暮れていく闇の中に飲み込まれるように姿が消えてゆき大輔のもとに集まっていた蛍たちは天空を目指して昇っていった。

穂香と俊介は、黙ったままそれを目で追っていた。空には星が輝き始めていた。

「大輔~!」

穂香は大声で叫んだとき、見上げていた一つの星が、その声に応えるように(まばた)いた。


薄暗くなった公園に真夏だと言うのに涼しい風が吹き抜けていった。

「大丈夫!?」

俊介は、黙ったままの穂香をいたわる様に声を掛けた。

「いってしまったのね・・・」

搾り出すように言うと穂香は、よろめいた。

俊介は穂香が倒れないように優しく手で支え、さっきまで座っていたベンチまで運んだ。

ベンチに座ると穂香は、思い出したように、また泣きはじめたが、それでも込み上げてくる嗚咽(おえつ)を我慢しながら話しはじめた。

「大輔と私は双子の兄弟だったの。私たちがまだ長野に住んでいるとき…そう、小学生のとき二人とも地元のサッカーチームに所属していて小学六年生の時には二人ともフォワードで大輔はレギュラー、私はサブだったの。

夏の大会の時に、大輔とペアのフォワードの子が試合中に怪我をしたときに、私が交代して…兄弟でツートップを組むのが夢だったから私、いつも以上に頑張ったわ。でも、頑張りすぎちゃって周りが見えなくなって…結局私のミスで試合に負けてしまったの・・・私悔しくって試合が終わって解散した後に、大輔に頼んで二人で練習したの。その時は、お母さんも付き合ってくれていたんだけど、途中で急に用事が出来ちゃって一旦お母さんだけ家に戻ったわ」

俊介は黙ったまま穂香の話を聞いていた。

「お母さんがいなくなって少ししたとき私、意識がなくなって倒れたの。熱中症でね。その時に大輔は私をおぶって近くの病院まで運んでくれたの。私は凄く危険な状態らしくて直ぐに処置室に運ばれて両親も呼ばれたらしいわ。そして両親が到着して暫くすると大輔も病院の廊下で倒れたの。私たちは並んで病院のベッドで寝かされていて・・・こん睡状態の中で私はズット大輔に励まされていたわ『頑張れ!頑張れ!』って…ところがね、急に大輔が変なことを言い出したの『御免…僕のほうが頑張れなくなっちゃった…僕・死んじゃう…』

私、何が何だか分からなかったけど

『死んじゃ駄目!私の傍を離れないで!』ってお願いしたの、でも大輔は死んじゃった・・・」

穂香は涙をぬぐって少し微笑んだ。

「おかしいと思うでしょうけど、大輔が死ぬ時に、私大輔にお願いしたの・・・私の体を使ってもいいから私の傍から離れないでって

…それから暫く経って私の寝ている間に大輔は私の中で起きていて…直接話が出来ないから家では連絡ノートも作っていたのよ。私はずっと私の寝ている時に大輔が私の体を使って連絡ノートを書いているのだと思っていたの。だから阿久津君が大輔と会ったって聞いたときには凄く驚いたわ。だって私の意識の中で生きている大輔が私の体を離れて行動していたんだもの・・・おかしいでしょ」

穂香は最後だけ力なく笑った。

俊介は何も言えず黙っていた。

「もう遅いわ、帰りましょう」

穂香がベンチを立ったので少し遅れて俊介もベンチを立った。

何か声を掛けてあげたかったけど、気の利いた言葉は全くと言っていいほど思い浮かばなかった。

二人は並んで公園の階段を無言で降りていった。

パンクした自転車を押して二人で商店街を歩いた。俊介はガタガタと喧しい音を立てながらついて来る自転車に少し腹が立った

『なんて気の利かない自転車だ!こんな時くらい静かについてくればいいのに』

穂香は自転車の音に気がつき、どうしたの?と聞いてきたので、来る途中に車を避けたときにパンクした事を話した。

このとき始めて穂香から、俊介が何故電車で来ずに自転車で来たのか聞いてきたので、俊介はバツが悪そうに事情を話した。

穂香は、にこやかな表情を取り戻し笑ったが俊介には、その笑い声が無理やり作ったもののように感じられ、穂香が努めて明るくふるまっていることを感じ余計に不安になった。

 駅の改札を通った時に俊介は穂香を家まで送る事を告げた。

穂香も素直にそれを受け入れたが、帰宅時間が遅くなってしまい、お母さんが心配するといけないので家には一応乗る電車の時間を伝えておいた。二人は同じ電車に乗ったが会話はなくただお互いに窓の外を見つめていた。

街の灯りが果てしなく続く銀河の星々の様に思えた。

何も話をしない空間だっだが穂香は、俊介が隣にいる事を幸せに感じていた。昨日の水族館の疲れもあって、このまま目を閉じて俊介の肩にもたれかかれたら、どんなに幸せだろうと何度も心が要求してくるのが分かったが、今はそれを実行する勇気はなく、ただこの時間がいつまでも続き銀河の向こうまで行ってみたかった。

駅について改札を出る時に、お母さんの車が見えた。

やはり、お母さんは心配して迎えに来てくれたのだと思った時、大輔が死んだあと親の愛情を独り占めしている申し訳なさが心をよぎった。

俊介に家まで送ってもらいたかったが、こうして心配して迎えに来てくれているお母さんも大切にしたかったので、俊介にそのことを伝え、もう大丈夫だからと駅で別れる事にした。

ただし、少しだけ改札口で待ってもらう事を告げると駅の隣にあるベーカリーに入った。入る途中でお母さんの方に少し待ってもらう様に目で合図をおくり、俊介にクッキーを買って渡した。本当はお母さんに俊介のことを紹介したかったが、未だ付き合ってもいないし、それを俊介がどう思うかも分からなかったので諦めた。

そのかわり二人の関係が決してやましい物で無い事を理解してもらうために、わざとお母さんから見える位置で俊介に待ってもらったのだ。

お礼を言って俊介にクッキーを渡し、改札からホームへ向かう俊介を見送ってお母さんの車に戻った。

車に乗り込むと、お母さんが

「いまの子、チョッと大輔に感じが似ていたわ」

と言ったのでドキッとした。

確かに容姿や背格好は違うけど、大輔に似た雰囲気を俊介は持っていると思った。

車に揺れながら家へ帰る途中、大輔との思い出と俊介の事を窓に映る自分の顔を見ながら考えていた。家に戻ってから今まで自分の中で秘密にしていた大輔のことをお母さんに話そうと決心した。



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