大輔
大輔
七月十七日、期末テストの最終日が終わった。明日十八日は模擬テスト、そして十九日は直美たちと水族館に行く約束になっていた。
穂香はベッドの上に仰向けになって連絡ノートを開いていた。そこに書かれてあるのは、
もう二週間も前に穂香が大輔に宛てた文章のままだった。
大輔へ
報告します!
わたし、好きな人ができちゃったの!
でも、その人の名前は未だ内緒。
好きと言っても、殆ど話をしたことも無いし、その人のどこが好きなのかも分かりません。
ただ、目が合うとなんだかドキドキしてしまうし、彼が学校にこないと凄く憂鬱になりました。おそらくわたしは彼のことが好きだと思います。
以前『推薦状』なるものをノートに書き付けて、きっかけを作った張本人のくせに・・・
つまんないの・・・
わたしの思いをイッパイ大輔に聞いてもらいたいのに・・・。
やっと期末テストが終わったその日、久し振りに大輔に会いたくなって商店街のゲーセンに寄った。
今日、塾はなかったが友達と遊ぶからと母親には嘘の理由を言っておいた。
大輔に会って、どうしても伝えておきたいことがあるような、なんとなくウキウキした気分でゲーセンに入ったが辺りを見渡しても大輔は居なくて寂しい気持ちに襲われた。
考えて見ると自分は何故いつも塾をサボってここに来ていたのだろう?
商店街のゲーセンにはスーパーにあるゲームコーナーと違う人種が集まっていると思う。一見ゲームに夢中になっているようには見えるが、何故か一人ひとりが寂しそうな雰囲気を持っている。
そうだ、俺も寂しさを紛らわすためにここに来ていたんだ。寂しいときに、そうでない者たちの群れの中に居ると余計寂しさが増す。でもここに居れば皆が寂しい雰囲気を持っているから自分の寂しさを紛らわすことが出来るんだ。いま、寂しくない自分が居るから、そのことに気がつく。そう、何故だか分からないが俺はもう自分を寂しいとは思わない。
そんなことを思っていると後ろから懐かしい声がした。大輔だ!
「よう。久し振り!」
なんだか抱きつきたくなるくらい嬉しい衝動に襲われたが、我慢してニヤッと笑った。
「元気だった?」
「相変わらずね・・・」
大輔もニヤッと笑った。
しかし、その笑いは凄く暗い影を背負っているような気がして俊介は不安になり大輔に尋ねた。
「どうかした?なんか寂しそうに見えるけど」
俊介の言葉に大輔は笑い出したが、その笑いは乾いた笑いで、余計不安になった。
「なんだか立場逆転だね」
大輔の言葉の意味が分からないでポカンと突っ立っている俊介に大輔は続けて
「この前までは、僕から見た俊介は何だか寂しそうに見えていたのに、今君は揚々としていて僕のほうは寂しそうに見える」
俊介は相手を傷つけたのかも知れないと思い言葉を訂正しようとしたが大輔は制止して話を続けた。
「君、好きな子ができた?」
その言葉に俊介は慌てたが、正直に今の気持ちを言うべきだと思い伝えた。
「実は、自分でも未だ良く分からないけど気になる子が出来たのは確かなようなんだ」
「当てて見ようか!」
覗き込むように言われたとき、本当に当てられるのではないかと焦ったが、大輔はその先の言葉を言わずに話題を今人気のあるライトノベルの話に変えた。
やっぱり何かおかしいと感じながら、ついつい大輔のペースに巻き込まれていった。
いつもより長い時間、ライトノベルやゲームやアニメの話をしていたが帰り際に、やはり気になったので、もう一度何か有ったのかと尋ねた。
すると今度はハッキリと分かるくらい寂しそうな表情になり
「実はね、もう、この町ともお別れなんだ」
「て・転校!?いつ?」
「早くて夏休み前、遅くても・・・」
夏休み前!
夏休み前なんて、もうあと数日じゃないか!
「どこへ引っ越すの?」
「どこって・・・本来帰るべき場所・・・」
「えっ!?」
意味が分からなくて、もう一度聞き返そうと
思ったときに大輔は続けて言った。
「僕は未だ恋愛とかしたことがないんだけど相手が勇気を持って接してくれた時、その勇気に応えてあげる勇気がないとチャンとした気持ちは伝わらないと思うんだ」
いつになく真剣な、それでいて遠い空を見つめている様な言い方だった。
それから後は、学校のこととか色々話した。
大輔が話を振って、俊介が喋っての繰り返しだった。たまに俊介が大輔の学校生活を聞くと「同じだよ」と誤魔化されてしまい逆にまた話を振られる。しかし俊介にとってその時間はとても楽しかった。進藤や三木、本田とは違う何かを大輔は持っているように感じた。
「時間、大丈夫?」
大輔に言われて時計を見ると、もう十一時を回っていた。
恐ろしく速いペースで時間が過ぎていたことに驚いた。
俊介は、まだまだ話して居たかったし、何かとても大切なことを伝えられないでいる自分が居る様な、悔しい気持ちがした。
「引越しするまで、毎日ここで会える?」
転校の手続きや引越しの準備などで忙しいとは思ったが、大輔との限られた時間が惜しかった。
「さあ…分からない…」
大輔は申し訳なさそうな顔をしたあと、吐き出した煙草の煙を見つめる老人の様な、遠い表情で答えた。
「またここで会える時間があったら教えて!俺の携帯は…」
慌てて携帯を取り出した俊介だったが、大輔は携帯を持っていかったので、とりあえず電話番号だけを伝えた。
「絶対、連絡くれよ!」
と、言った後に何故か大輔とはもう会えない厭な予感がして
「二十一日に俺、またここに来るから!」
この日は一学期終業式の日だったので、大輔が転校するにしても確実に会えると思って伝えた。
大輔と別れ、ゲーセンから駅までの数百メートルの道のりが重くて遠かった。
電車に乗りドアにもたれ掛かり、疲れた目でボンヤリと外を眺めていると、暗い景色の中に流れて見える街灯りが、何故か銀河の星の灯火に思え、まるで自分が銀河鉄道の車内に一人ぼっち取り残されたジョバンニになってしまった様な気持ちだった。