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奈半利の門(ナハリ・ゲート)  作者: 茅花
第1章
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第10話 十三夜の月

 残された俺とヨヒョウはというと、これからアトリの大叔父の庵へ向かう手はずになっていた。

 旅程は二泊三日。

 大叔父の庵を訪ねた後、ウルボンナの最後の日の申の刻までに、都の郊外へもどり日没を待つ。そして屋敷の大門の前で、無礼講のウルボンナ踊りが興じられているすきに、精霊門から屋敷へ入るというのが、俺たちの計画だった。


 ウルボンナ踊りというのは、人々が先祖霊をあの世に送り帰すために、鐘や太鼓を打ち鳴らして市中を練り歩くことだという。

 無礼講の人の輪がやってくると屋敷の門を開き、家人は皆それを観に表へ出ていく。

 そんな時に、屋敷の裏手にある精霊門の辺りに留まる人などいないはずだ。


 道案内役のヨヒョウは、十年ほど前に妻を亡くし子供もいないらしい。だから、ウルボンナの休暇には、よく一人で湯治場とうじばなどへ行くそうで、今年も表向きはそういう話になっている。


 ヨヒョウの甥が、馬車を神殿の東の門の近くまで、回しておいてくれた。

 俺たちは、都を出て半時(一時間)ほど馬車を走らせた。

 街道沿いの最初の宿場町で昼飯を食べ、旅の買い出しをすることになった。夜は野宿になりそうだと言う。

 飯を食べながら、ヨヒョウの甥と初めて口をきいた。

甥はヨイチと名乗った。ずんぐりとした三十代くらいの男で、あまり愛想がいいとは言えない。俺との距離感を計りかねているのか。

 ヨヒョウは、俺のことを何と言って紹介してあるんだろう。

 俺たち三人は、ぎこちない雰囲気の中で昼飯をかき込んだ。


 食事の後、アトリの用意した金子で野宿の準備を整えたが、ヨヒョウは、まず最初に両替商を探して、金貨一枚を銀貨や銅貨に替えなければならなかった。見ていると、金貨一枚は十二枚の銀貨と二十枚程の穴あき銅貨に両替された。

 ヨヒョウが立て替えてくれていた三人の昼食代と野宿のための食料、毛布、カンテラ等々を全部支払って、尚、銀貨一枚分にも満たなかった。

 ヨイチは、さすが商人だ。手ぎわよく店の人と交渉して必要なものを取りそろえていった。


 ところが毛布を買うにあたっては、ヨヒョウとめ始めた。

 ヨヒョウは、そんな高いものは不要だと止めたが、ヨイチは、この羅紗らしゃの夜具は、絶対お買い得だと言って譲らない。

 俺は、ヨイチの肩を持ってやった。それがうれしかったのか、店を出るなり、俺に向かってこんな話を始めた。

「私は、十五で商家に奉公に出ましてね。それ以来二十年、特に大陸からの舶来物には目が肥えておりますが、あれはお買い得です。羅紗らしゃの中でも 特上の物なのに、あの店の者ときたら。」

 そして、ヨイチは 俺の耳元でこう続けた。

「物の値打ちを知らない田舎商人ですな。ただの羅紗らしゃでもあんな値では買えません。恐らくまっとうに仕入れた品ではないんでしょう。」

「盗品ですか。」

 とは言うものの、本日の買い物代金の大半が、その毛布代に費やされたんだったが。

明後日、別れる時に、旅の礼としてヨイチに贈ることにしよう。

 ヨイチは、興奮してしゃべったせいか咳き込んでいた。


 最初の宿場町を出て、馬車は街道を二時間ほど走っただろうか。街道の周辺には、のどかな田園風景が広がっている。どこからか時を知らせる鐘の音が聞こえてきた。

 申の刻(午後四時)だ。


 この国では、アトリのようなお金持ちの家は別として、各家に時計などない。そのかわり、鐘つき堂があちらこちらにあって、時を知らせてくれる。早朝の寅の刻(午前四時)から鳴り始め、夜八時のいぬの刻まで、二時間毎に鐘が時を報じるのだ。


 ヨイチが馬車を止めて、休憩しましょうと言ってきた。

 正直、馬車旅がこんなに疲れるとは思わなかった。サスペンションのない車で、でこぼこ道を走るという状況を想像してみてほしい。

 せいぜい内臓がよじれた頃合いだった。


 俺たちは馬車を下り、川のつつみに腰を掛けた。俺は、ヨヒョウが差し出した竹筒の水を飲んだ。

 ヨイチが咳をしている。先程から、御者台のヨイチが、時々咳き込んでいるのが聞こえていた。

 ヨヒョウが眉をひそめて言った。

「風邪でも引いたか?」

「あぁ、伯父さん。そのようです。」

 ヨイチが猫背をさらに丸くして 伯父に頭を下げた。

「ウルボンナには仕事が入るからと言っておいたのに、娼妓《(しょうぎ》の処へなど行くからだ。」

 ヨヒョウは、気がかりそうに甥の顔をのぞき込みながらも、口ではきつい言葉を吐いた。

「チャンイは、娼妓なんかじゃねぇ! オラの商売の相棒だ。」

 感情が高ぶったのか、お国訛りで伯父に口返事をした。が、俺と目が合って、ヨイチは口をつぐんだ。俺は、気まずい気分で二人を見やる。


 不意にヨイチは川の方へ降りていった。そしてガブガブと水を飲むと、そのまま川べりにすわって、しばらく帰って来なかった。

 三十分も経っただろうか。ようやくヨイチは、川から上がってきて、何も言わずに御者台によじ登った。俺たちは、再び車上の人となった。


 馬車は、やがて街道を外れ、川の上流へと向かう狭くて荒れはてた道を進んで行く。

 大叔父の庵は、都の北西の山岳地帯にあるらしい。

 

 とうとう、夕暮れが、馬車の行く手をはばむ時刻となった。

 ヨイチは、畑の端にぽつんと建っている小屋のそばの空き地に馬車を止めた。一坪ほどの小屋には、収穫された玉葱がすだれのように吊してあった。

 ヨヒョウが、焚き火をおこし、俺たちは、黙々と夕餉のほしいいを食べた。


 ヨイチの咳は、いよいよひどく、ヨヒョウは竹筒で酒をかんにしてヨイチに飲ませた。それから、ヨイチの身体を毛布でくるんで、玉葱小屋の土間の上に寝かせた。


 ヨヒョウは、蚊遣りを一つ小屋の床に置き、一つを俺に持たせて、こう言った。

「私はヨイチと小屋で寝ますので、望様は馬車の中でお休みください。」

 俺は馬車に戻り、蚊遣りを馬車の床に置いて、毛布にくるまった。

 が、三分もしないうちに、蚊遣りの煙が馬車の中に充満した。俺はあわてて片扉を開いた。


 煌々《こうこう》とした月の光が差し込んできた。

 夕餉の時は気づかなかったが、十三夜の月だ。

 ウルボンナは、立秋の後の十三夜の日に先祖霊を迎え、十五夜の日に送る習わしだという。

 それにしても、さいさきの悪い旅だ。

 俺は眠れないまま、月が東の空から南へと次第に昇っていくさまを眺めていた。

 

 美しい夏の夜だった。

 虫たちが騒がしく鳴き競い、野原ここでは、人間は余所者よそものなんだという気分にさせられる。

 眠りに落ちる間ぎわ、俺は狼の声をかすかに聞いたような気がした。が、あれは野犬の遠吠えだったのかもしれない。

 そもそも狼の声なんてTVとかでしか聞いたことがないんだったな。


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