第1話 『びっくり人間ドン☆ドドン』
「さぁ! 今夜も始まりました『びっくり人間ドン☆ドドン』。司会は私『酒飲吐苦二郎』です! よろしく!」
司会の軽快なトークから番組は始まった。『びっくり人間ドン☆ドドン』は3年近く続いている人気番組で、毎回びっくり人間をゲストとしてスタジオに招き、生放送でその特技を披露してもらうという番組である。司会は芸暦30年のベテラン芸人、酒飲吐苦二郎がつとめている。
「それでは早速本日のびっくり人間を紹介いたしましょう。匙曲マサシくんです。どうぞ!」
酒飲吐苦二郎の紹介で会場に拍手が起こり、マサシ少年はその拍手に招かれるようにスタジオへと歩を進めた。
マサシ少年の目には10数台のカメラ、小忙しそうに動き回っているたくさんのスタッフ、観覧席で拍手をしている20人あまりの客が映っていた。このとき、普段はテレビ越しにしか見られない景色にマサシ少年は少し興奮していた。
「それでは改めて自己紹介をお願いします」
「あ、はい。えっと、匙曲マサシ、14歳です。本日はよろしくお願いします」
そう言うとマサシ少年は深々と頭を下げた。マサシ少年はこのとき多少緊張していることを自覚していたが、自分の超能力は本物であり、タネも仕掛けも存在するマジシャンの様に万が一にも失敗することはないと考えることで心の平穏を保っていた。
「こちらの少年マサシくんは、なんと超能力者だというのです。あぁ~! 皆さん今「どうせ手品だろ?」と思ったでしょう! そんなことはありません! なんとこちらのマサシ少年は一切手を触れずにスプーンを曲げることができるのですよぉ! すごいでしょ?」
まくし立てるように少し早口でしゃべる酒飲吐苦二郎のトークにより、スタジオの雰囲気は温まり、これから始まるメインのショーのお膳立ては順調に進んでいった。
「皆さんほんとに疑り深いんですね。いいでしょう。百閒は一見にしかず。早速スプーンを曲げていただきましょう! それでは、スプーンかもーん!!」
酒飲吐苦二郎の合図と共に、一匙のスプーンがスタジオに運ばれてきた。それは、酷く澄んだ銀色のスプーン。その見事な色合い、曲線美、照明の光を乱反射させることで生まれる輝き、そのどれをとっても、それがただのスプーンではないことを饒舌に物語っていた。
「ふふふ、皆さん驚かないでくださいよ? なんとこちらのスプーンはただのスプーンではございません! そうです、今回のために特注した純銀製のスプーンです。その硬度はなんと、普通のスプーンの10倍以上!! 10㌧トラックで踏んづけてもキズ一つ付かない優れもの! さあさあ、普通のスプーンでも曲げるのは難しいのに、こんなに硬いスプーンをマサシくんは本当に曲げることができるのでしょうか? 楽しみですね~。それでは早速スプーンを曲げていただきましょう! ……と、その前にCMです」
酒飲吐苦二郎のトーク術により、スタジオの雰囲気は最高潮に達していた。およそ1分ほどのCMがあければ、いよいよ手品とは違う本物の“超能力”を見ることができる。その期待感にスタジオの観客だけではなく、テレビの向こうの視聴者も釘付けになっていた。
“よし、大丈夫。絶対にうまくいく。今日から僕も有名人の仲間入りだ! 有名になったら……エヘヘ”
マサシ少年はそんな邪なことを考えながらCMがあけるのを棒立ちで待っていた。もはやマサシ少年の頭の中ではまだ終わっていないにもかかわらず、『スプーン曲げをテレビで披露する』という行為は過去の産物となっていた。今現在彼の思考は遥か先、有名人としての輝かしい生活へと向けられていた。
そう、マサシ少年はこのとき、浮かれていたのだ。14歳の少年が生放送のテレビに出演し、これだけ注目されれば無理もないことであった。