第8話 使者
王都ザナドュを訪れたハイランドの使者の名前はローディスの要職に在る者達全員を驚愕させた。
赤鳳将軍ミスカ・ハイラル。ハイランド皇帝ライア・ハイラルの実の妹にして片腕とも言うべき存在。
「味な真似をするものだ。」
苦々しげにカミュ卿がつぶやいた。
「まさか実の妹を送ってくるとはね。」
シェリー様が静かに言った。
「皇妹をもし我が国が手にかけでもしたら我が国は完全に大義を失う。」
カミュ卿の瞳に憂いの光が宿る。
「しかし妹を送り込むとは・・・敢えて鬼となるか、ハイランド皇帝よ。」
そう呟くとカミュ卿は私を促し立ちあがった。
謁見の間にローディスの諸将が居並ぶ中彼女はやってきた。まず目をひくのは燃えるような赤い髪。
「赤き鳳凰」との異名を持つミスカ・ハイラルは女でありながら先帝カインに見込まれ、兄ライアとともに父の覇業を手助けしてきた人材である。帝位継承についてもライアとほぼ同等の地位にいたが乱が起こるのを避け積極的に兄の即位を支持したらしい。
玉座には教皇が座りかたわらにカミュ卿とラシュディ卿が侍立している。
「ハイランドの使者殿。用向きを伺おう。」
教皇の言葉にミスカ卿は静かに答えた。
「さればハイランド皇帝ライアの代理として教皇ウルバヌス様にお尋ねいたします。」
はっとするほど美しい声だった。私はまるで異国の楽器を聞いているような気がした。
「先日我がハイラル家の王族であるオルガが重傷を負い、更に使節団に死者が出ました件、教皇様にはいかがお裁きになられましたか?」
「その件については・・・」
ラシュディ卿が慎重に言葉をつむぎだした。
「今当方にても調査しており、、」
「調査?」
ミスカ卿の声に怒りの音色が混じる。
「お言葉ながら事態は明白すぎるほどはっきりしてはおりませぬか?国書を携え何の敵意も示してはおらぬ使節団に、野蛮にも剣を振るった愚か者がいる!」
この場には幸いジュヌーン卿はいない。いたらこの時点でこの国の滅亡は決定していた。私は内心ほっとした。
「当方の要求は一つです。教皇様。」
ミスカ卿は優美な仕草で跪いて言った。
「ローディス教国とは事をかまえたくはありません。ただ・・・」
ミスカ卿は言葉をいったん区切った。
「今回狼藉を働いたジュヌーン・アパタイザの身柄をお引き渡し頂きたい。」
ミスカ卿の言葉に諸将がざわめいた。
「使者どの。」
カミュ卿が静かにミスカ卿に声をかけた。
「争いは当方も望まぬところ。しかし人血を人血でもって贖う以外にもとる道はあると思われるが?」
「人血でもってしか贖えない罪もあることもあなたならお分かりでしょう?神将カミュ殿。」
ミスカ卿の言葉は一片のよどみも無く私はこの会見が彼女を中心に周っていることを認識した。
「血で解決できることなんて何もありません・・・」
私は思わず口を開いた。
「あなたは・・もしかして・・」
私を見たミスカ卿の声にわずかに驚きの音色が混じった。
「私はミスカ様の国に以前いたことがあります。一番汚れた世界に・・・私の意思とは全く無関係に・・・」
ミスカ卿はじっと私を見つめている。
「そこではおびただしい血が毎日流されていました。なんの罪も犯していないのに大勢が死んでいました。」
私の胸に込み上げてきたのは悲しみでも恐れでもなく怒りだった。何故誰もが血を望むんだろう?
「あなたは今血でもってしか贖えない罪もあるとおっしゃいました。では私が見てきた者達が流した血はなんによって贖われたのですか!?」
「クラン、控えよ!」
教皇が強い口調で私を叱咤した。
「お前のような者が口を挟む場ではない!控えておれ!」
そういうと教皇はミスカ卿に向き直った。
「使者殿の口上はうけたまわった。返答は今すぐというわけにもいかぬゆえ数日の猶予を頂きたい。」
「ではその間ザナドュに滞在させて頂きます。」
ミスカ卿の口元に笑みがうかんだ。私を殺せるものなら殺してみろ・・・そう言わんばかりの凄絶な笑みだった。
部屋を退出する時ミスカ卿が私の前で立ち止まった。
「ここにいるどんな人の言葉よりもあなたの言葉が胸に響いたわ。クラン・ロックハート。」
そう言うとミスカ卿は静かに微笑んだ。さっきとはまったく違う優しく天使のような笑顔で。
「人は愚かな生き物ね・・そう思わない?」
ミスカ卿の言葉が私の胸に深くみ込んでいった。
ハイランド帝国の使者ミスカ卿、彼女の存在がきっかけとなりローディス教国に誰もが予想しなかった暗雲が垂れ込めることになる。




