第9話 希望
その日の夜遅く私は自分の家に戻った。一応将軍の身分なので王都の場内に屋敷を与えられているのだ。勿論奴隷は雇っておらず私一人が住んでいる。
「!!」
屋敷の扉の前に意外な人物が立っていた。ミスカ卿だった。
「いい屋敷ね。」
彼女は歌うような調子で言った。
「なぜここに?」
私はすばやくあたりに目を走らせた。たしかこの人には教皇がさしむけた影の見張り役がついていたはず。
「見張り?きちんと彼らは働いているわ、私の影武者をしっかり見張っているもの。」
そういうとミスカ卿は静かに私を見た。
「話がしたい。中に入れてくれる?」
私は黙って扉を開け彼女を中に入れた。
「どう?この国は、、」
部屋に入るとミスカ卿は出し抜けにそう言った。
「ど、どうって?」
「そのままの意味よ?あなたがこの国に来てどう思ったかってこと。」
ミスカ卿は私から視線を外そうとしない。私はその目が妙に眩しくて思わず視線を窓の外に泳がせた。
「奴隷制度は旧世界の忌まわしい遺物だわ。」
ミスカ卿の言葉が私の胸を打つ。
「私と私の兄はそれをずっと破壊したかった。跡形もなく、、でも父が実権を握っている間は無理だった。」
ミスカ卿は静かに言った。
「あなたを見るのがつらい。」
「私を?何故です?」
私は低くうめいた。
「あなたは奴隷制度をうけいれようとしなかった。兄や私と同じ考えをもっていた。でも」
ミスカ卿の声に憂いの旋律が混じる。
「あなたを救えなかった。この国はあなたを救ってくれなかった、そうでしょう?」
「なにがおっしゃりたいんですか!?」
私は思わず叫んだ。
「ここでも確かに私は受け入れられなかった!でもこの国は少なくとも私を残酷な見世物でなぶり殺しにしようとはしなかったわ!」
視界があふれでる涙でぼうっとかすむ。
「あなた達がどうやって私を救えるの??私を救うということの本当の意味がわかるというの??」
ミスカ卿は私の言葉を静かに聞いていた。彼女は私の頬を流れ落ちる涙をそっとぬぐってくれた。
「聞いて、クラン。」
「私の兄ライアハイラルは大陸からすべての人身販売をなくすことを考えているの。」
「!!」
私は自分の耳を疑った。人身販売をなくす、つまり奴隷制を根元からなくす!?いくらハイランド帝国の圧力をもってしても、、いや、不可能とは言えないかもしれない。今の諸外国は少なくともハイランド支持に傾いていることは確かだ。
「それがひいてはあなたへの罪滅ぼしになると私も兄も考えているの。」
ミスカ卿の手がそっと私の肩に触れた。
「私がこの国に来たのは使者殺傷の罪を問うためではないの。本当の目的は一時的にローディスの優位に立ち奴隷制を廃止させることなの。」
では最初からジュヌーン卿の引き渡しをローディスが飲めず最大限の譲歩をしてくることを見こした上でのこの交渉だったというのか...
「使者の件は予想外だった。でも兄は怒りを押さえてこれを和平の機会に用いることを考えたの。」
ミスカ卿はそう言うと優しく微笑んだ。
「本当はこんなこと使者である私は話してはいけないんだけど、あなたには聞いておいて欲しかった。」
そう言うとミスカ卿は立ちあがった。
「そろそろ戻るわ。影武者が待ちくたびれているだろうから。」
私は涙をぬぐうとミスカ卿に笑ってみせた。
「ライア様とミスカ様の夢がかなうことをお祈りしています。昔ライア様に救われたこの命あるかぎり。」
「クラン、、やっぱりあなたフラグの家にいた、、兄が言っていたわ、、」
ミスカ卿がそういって私に歩み寄りかけたその時急に夜空に火の手が上がり兵の喚声がわきあがった。
「何?」
私が慌てて窓に駆け寄るのと同時に屋敷にサームが馬を乗り入れてきた。
私はミスカ卿にいったん身を隠すように言うと窓を開けサームに叫んだ。
「サーム!あの火の手は何!?」
私の叫びに対するサームの答えは私の脳裏によぎった予感と全く同じものだった。
「ジュヌーン卿謀反!ハイランド使者団を皆殺しにし更に王宮に乱入しました!」
そう、この日のこの瞬間、私がミスカ卿に見せてもらった淡い夢はあっけなく打ち砕かれた、、、
夜の空を天高く焦がす炎を見ながら私は唇をかみしめていた・・・