第四話 ヴァレンティアの宵闇
リゼットとヴィクトール・ドラン子爵子息の関係は、翌日には王都中の噂になった。
花街の隠語を社交界の中央で叫んだ令嬢、という肩書きは、あまりにも忘れがたい。
彼女に届いていた縁談は、三日ですべて消えた。
ヴィクトールは賭場の借金まで父親に知られ、王都から追い出された。
北の領地で、父親の監督下に置かれることになったという。
継母マルグリットは、工房の譲渡申請に私の署名を偽造した件で告発され、父は離縁を選んだ。
彼女は実家に戻ろうとしたが、実家も受け入れを拒み、最終的に王都から遠く離れた領地の別邸へ移された。
リゼットは、北の修道院に入った。
出発の朝、彼女は屋敷の門で私を待っていた。
化粧を落とした顔は、思っていたよりずっと幼く見えた。
「お義姉様……教えて。どうして、あの時、笑わなかったの」
「笑う?」
「わたくしが恥をかいた時。お義姉様、勝ったのに。ずっと勝ちたかったんでしょう」
「別に、あなたに勝ちたかったわけじゃないの」
「じゃあ何が――」
「母様の色を、みんなに見せたかっただけ」
リゼットの目が、ゆっくりと潤んだ。
「わたくし、お義姉様が羨ましかったのよ。何かに、あんなに必死になれるのが。わたくしには何もなかったから」
「そう」
「……何か言ってよ」
「なら、見つけなさい。修道院には染物の工房があるそうよ。羊毛を染めて、そこの糧にしているわ。三年経って、それでもまだ言いたいことがあるなら、手紙を書きなさい。読むわ」
リゼットは声を上げて泣いた。
馬車に乗るまで、ずっと泣いていた。
三年後、私は彼女から一通の手紙を受け取ることになる。
茜色に染まった羊毛の切れ端が、一枚だけ同封されていた。
文字は下手だったが、色は、悪くなかった。
婚約が正式に発表された日、リンヴィス様は私を王城の大回廊に連れて行った。
建国王妃アルデシアの肖像画。
三百年、この国が見上げ続けてきた紫。
その隣に、私のドレスが飾られていた。
「並べてみたかった」
二つの紫を見比べる。
同じだった。
まったく同じ、夜明け前の空の色。
「……母様に、見せたかった」
「見ているさ」
彼はそう言って、肖像画を見上げた。
「ところで、正式な色名を決めなければならない。王室の色名簿に登録する。何がいい」
「宵闇では、いけませんか」
「もちろん構わない。だが、記録には染師の名も併記される。となると――」
彼は少しだけ、いたずらっぽく笑った。
「『ヴァレンティアの宵闇』だな。それとも、別の候補があるか。ほら、その、有名な呼び名が一つあっただろう」
「……リンヴィス様」
「なんだ」
「二度と言わないでくださいね」
「善処する」
私は睨んだけれど、彼が笑ったので、私も少しだけ笑った。
その年の冬、『ヴァレンティアの宵闇』は王室の色名簿に登録された。
翌年の社交シーズン、王都の淡い色の流行は終わりを告げた。
誰もが深く沈んだ紫を求め、仕立屋には注文が殺到し、母の工房は増築され、三十人の職人を雇うことになった。
一方で、社交界には一つの新しい常識が生まれた。
――あの言葉を口にする者は、品性を疑われる。
かつて義妹が「最先端」だと信じた四つの単語は、今では「教養のなさを最短で証明する呪文」として、貴族の子女教育の教材にすら載っているらしい。
その項目を見つけた時、少しだけ笑ってしまった。
そして母の帳面の最後の頁に、新しく一行を書き足した。
『――満月と、新月。それから、少しの怒り』
母様。
私、あの色を、出しましたよ。
最後までお付き合いありがとうございました。
SNSで見かけて、あまりの語呂の良さにお話しに使いたくなってしまいました。
ブックマーク、★★★★★、リアクション
よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




