↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】『その色、ドスケベ人妻ランジェリーパープルですわよ?』と義妹に笑われましたが、三百年ぶりに蘇った王家の色でした  作者: 木風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/4

第二話 三百年前に途絶えた紫

 王城の大広間は、シャンデリアの光で昼のように明るい。


 今夜は王太子リンヴィス殿下の、婚約者選定の夜会である。

 年頃の令嬢はほぼ全員が招かれ、大広間は淡い色の海になっていた。


 空色、桃色、若草色、クリーム色。

 流行は軽やかで、若々しく、無垢な色だ。


 その中へ私が入っていくと、さざなみのように話し声が引いていった。

 視線が、次々と私に向けられる。


「あれは……ヴァレンティアの、上の娘か」

「まあ、なんという色を」

「けれど……見て。歩くと色が変わるわ」


 私は顎を上げて歩いた。

 踵を鳴らし、背筋を伸ばして。


 紫の裾がシャンデリアの下を滑り、光を吸い、また吐き出す。

 周囲の淡い色が、水彩画のように褪せて見えた。


 継母のマルグリットが柱の陰から鋭い目を向けてきたが、無視した。


 リゼットは取り巻きの令嬢たちに囲まれ、扇の陰で何か囁いている。

 こちらを指差しては、令嬢たちが口を押さえて笑った。


 構わない。

 私は壁際に立ち、給仕から果実水のグラスを受け取った。


「――失礼。少し、よろしいでしょうか」


 声をかけてきたのは、白髪を結い上げた老婦人だった。

 ドレスの仕立てと立ち居振る舞いで、かなり高位の方だとわかる。


「あなたのその色。どちらで染めさせたものかしら」

「自分で染めました」


 老婦人の目が、大きく見開かれた。


「……自分で?」

「はい。ヴァレンティア伯爵家長女、エルヴィラと申します。母から継いだ工房で、私が」


 老婦人はグラスを従者に預けると、私のドレスの裾に手を伸ばしかけ、途中で止めた。


「触れても?」

「どうぞ」


 指先が布を撫でると、老婦人はしばらく何も言わなかった。

 やがて、掠れた声が零れた。


「……宵闇ね」


 胸の奥が大きく脈打った。


「ご存じなのですか」

「知っておりますとも。私は王太后付きの女官長を四十年勤めましたからね。大回廊のあの肖像画を、毎日見上げて生きてきたのですよ」


 老婦人は顔を上げた。

 皺深い目に、光るものがあった。


「三百年ぶりだわ。……よく、出したね」


 その時、広間の奥で楽団が音を止めた。


「王太子殿下、御入来」


 大広間の全員が頭を下げる中、私は周囲よりわずかに遅れて礼をした。

 顔を上げた時、階段の上に立つ人を見て――動けなくなった。


 黒髪。

 切れ長の青い目。

 すらりとした長身。


 見覚えがある……ありすぎるほどに。


 半年前、下町の染料商『三日月堂』の店先で、私は一人の青年と口論をした。

 最後の一袋しかない南方産の貝殻粉を、二人同時に指差してしまったのだ。


『悪いが、俺が先に見つけた』

『指を差したのは同時です。というより、あなたにこれの何が必要なんですか。貴族の道楽で染物ごっこですか』

『……ずいぶんな言い方だな』

『こちらは十四年分の続きがかかっているんです。道楽と一緒にされては困ります』


 結局、店主が半分ずつに分けてくれた。


 私たちは店の裏の階段に並んで座り、日が暮れるまで色の話をした。


 彼は「リン」と名乗った。

 染料を扱う商家の三男坊だと言った。


『十四年分ってのは、何の話だ』

『……母の話です。三百年前に途絶えた紫を、追いかけて死にました』

『宵闇か』

『!ご存じなの?』

『ああ。……俺も、探してる』


 あの日、彼が最後に言った言葉を、私は覚えている。


『もし出せたら、真っ先に俺に見せてくれ。約束だ』


 そのリンが今、金の刺繍の入った礼装を纏い、王太子として階段の上に立っている。

 殿下の視線が、広間をゆっくりと巡った。


 そして、止まった。

 淡い色の海の中で、たった一点だけ深く沈んだ紫の上に。


 階段を降りてきた。

 ほとんど駆けるような速さだった。


 侍従が慌てて追いかけ、令嬢たちが道を空け、ざわめきが波紋のように広がる。

 私の前で、殿下は立ち止まると、私の顔を見て、ドレスを見て、もう一度顔を見た。


「……出したのか」

「はい」


 お互いの声が震えていた。


「満月と、新月です。母の帳面の、最後の頁にありました」


 王太子が、大広間の真ん中で膝を折ると、私のドレスの裾を、そっと両手で掬い上げた。

 伯爵令嬢の前に片膝をつくと、四方から驚きの声が上がる。


「……本物だ」


 顔を上げた殿下の目は、赤くなっていた。


「俺の曾祖母は、この色のドレスを着て嫁いできた。最後の一着だった。虫に食われて、燃やすしかなかった時、曾祖母は泣きながら『この国は色を一つ失った』と言ったそうだ。俺はその話を聞いて育った」


 殿下は立ち上がり、私の手を取った。


「約束を、覚えていてくれたんだな」

「……真っ先に、とは、いきませんでしたけれど」

「十分だ。じゅうぶん、真っ先だよ」


「――お、お待ちくださいませ、殿下!」

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。



こちらの作品もよろしくお願いします
▶ 【連載版】伯爵令嬢セシリアは今日も修羅場に遭遇する
異世界恋愛/婚約者の浮気/修羅場コメディ/証人集め/婚約解消/冷静令嬢/ざまぁ/ハッピーエンド
本作品の文章・タイトル・設定等の無断転載、無断複製、生成AIへの入力および学習利用を禁じます。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。