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月光の路地

こんばんは。第四話です。


月光の路地、五つの黒い影——。


よろしければ、お楽しみください。


覆面。黒装束。腰の剣にも家紋一つ刻まれていない。


身分を徹底して隠している。


俺は目を細めた。


(——プロの仕事だ)


(——だが)


剣の握り方。腰の落とし方。間合いの取り方。


前に王宮の演武会で見たロウグラント私兵団の癖が、そこにあった。


俺はリーダーらしき男の前に立った。


「ロウグラントの手の者だな」


リーダーの肩がわずかに引いた。


覆面の下から息を呑む音が漏れた。


「な——」


「前に演武会で見ているぜ。剣の構えが、あの頃と変わらないな」


リーダーは答えなかった。


答えなくても、もう動揺は隠せていなかった。


俺は軽く笑った。


「引き取れ。話し合いの席なら、いつでも用意してやる」


「やれ!」


リーダーの叫び声と剣の煌めきが、同時だった。


刃が月光を切り裂く。


俺は半歩、引いた。


刃が俺の鼻先を薄く撫でた。


「悪い間合いだ。気持ちが先に出ている」


リーダーが舌打ちした。


俺はベストから黒い柄を抜いた。


短刃。光を反射しない刃。


リーダーの剣がもう一度走った。今度は、左から。


俺は相手の剣の腹を自分の短刃で受けた。


火花が夜の空に散った。


「あんたの腕は悪くない」


「だが、俺はもう少し慣れている」


俺は相手の剣を短刃で押した。


剣がリーダーの手を離れ、地面に落ちた。


リーダーが目を見開いた。


俺はリーダーの腹に軽く肘を入れた。


体が二つに折れる。


膝が地面についた。


「次は、誰だ」


俺は後ろの四人に声をかけた。


四人が一斉に動いた。


二人が、左右から。一人が、背後から。残る一人が、後衛で詠唱を始めた。


(——詠唱組は、最後だ)


俺は左の男の剣をいなした。


腕を、捻る。


骨が鳴る音と男の悲鳴が、ほぼ同時だった。


その悲鳴が夜に響き切る前に、俺は男の首筋を短刃の腹で軽く打った。


崩れた。


右の男が剣を振り下ろしてきた。


俺は半歩、内側に踏み込んだ。


相手の剣の刃が俺の右の袖を薄く裂いた。


布がひらりと夜風に揺れた。


踏み込んだ瞬間、俺の短刃は相手の喉元に走っていた。


血が、飛んだ。


——俺の血ではない。


返り血が頬とシャツの肩に飛び散った。


(——困ったな)


(——このスーツ、職人仕立てなのに)


男が地面に倒れた。


背後の男が剣を構え直した。


その手は震えていた。


「な、なぜだ……!」


「俺たちは、五人、いるのに——!」


「四人だな、もう」


俺は振り返った。


「命を取りに来るなら、もう少し腕の立つ奴を寄越せ」


「貴様——!」


背後の男が剣を振り下ろした。


俺は剣の腹を短刃で受けた。


そのまま、剣の柄頭で男の額を軽く打った。


男は白目を剥いて地面に倒れた。


最後の一人。


詠唱組。


魔法陣が男の足元で青く光っていた。


詠唱は最後の一節を残していた。


「その詠唱速度じゃあ、間に合わないぜ」


俺は地を蹴った。


一瞬で男の前に立っていた。


魔法陣の半円の中。


俺は男の喉元に短刃の腹を当てた。


詠唱は止まった。


「貴様、本当に——」


「命までは取らない」


「は——」


「お前たちの主に伝えろ」


「次は、もっと腕の立つ奴を寄越せ、とな」


男は震える手で魔法陣を解いた。


それから地面に座り込んだ。


——五十秒。


いや、もう少し長かったかもしれない。


俺は周囲を見回した。


倒れた、四人。


座り込んだ、最後の一人。


通行人はいなかった。


俺は息を吐き、短刃をベルトに戻した。


頬の生温い感触。シャツの肩に滲む赤。


(——明日、染み抜き屋行きだ)


馬車の方に振り返る。


馬車の窓からヴィオラがこちらを見つめていた。


口をわずかに開けたまま。


俺は馬車に戻り、ドアを開けた。


「お待たせいたしました」


ヴィオラはしばらく声が出ないようだった。


俺は上着を取り、血の付いていない方の肩を上にして羽織った。タイを直した。


——シミは上着で隠せる。


「ザイン様」


「はい」


「あなたは……」


「ご心配をおかけしました」


「ご心配、ですか」


「はい」


ヴィオラはふっと笑った。


「あれは、ご心配の範疇ではないように思います」


「私の中では範疇です」


ヴィオラの頬に、わずかに赤味が差した。


馬車が再び動き出した。


御者は地面に転がった四人と座り込んだ最後の一人を見て震えていたが、何も言わなかった。


ヴィオラは窓の外を見ているふりをした。


しかしその視線は、隣の俺の横顔をずっと捉えていた。


夜の街灯が馬車の中に金色の影を落とした。


ヴィオラの胸の中で、何かが揺らぎ始めていた。


静かに、しかしもう取り返しがつかないほどに。


◇◇◇


ヴィオラを送り届け、俺は自分の事務所に戻った。


夜中の二時を過ぎていた。


ドアを開けると、リリィが玄関に立っていた。


寝ずに待っていたらしい。


エプロンドレスのまま。メイドキャップも被ったまま。


俺の顔を見て、リリィの目がわずかに見開かれた。


「ご主人様」


「ん」


「お顔に、血が」


「相手のだ」


「肩にも」


「それも相手のだ」


リリィの口元が引き締まった。


普段の毒舌の唇ではなかった。


「お湯をお持ちします」


「自分でやる」


「お任せください」


俺は何か言おうとした。


だが、リリィの目を見て口を閉じた。


普段の呆れ顔ではなかった。


(——リリィがこれほど顔に出すのは、珍しい)


リリィはお湯と清潔な布を持ってきた。


俺の肩のシャツを丁寧にめくった。


「お怪我は」


「ない」


「全部、相手のだ」


リリィの肩がほんの少し下がった。


——安堵のため息のように見えた。


「では、お拭きいたします」


リリィの手はいつもより丁寧だった。


冷たい指先が俺の頬に触れる。


それから、温かい湯で血を拭う。


「ご主人様」


「ん」


「次回からは、もう少しお気をつけくださいませ」


「ああ」


「私の心臓によろしくありません」


俺は目を閉じた。


(——心臓、か)


(——リリィにも、心臓はあったか)


リリィは頬の血を拭い終え、それからシャツを確かめた。


「これは、もうお召しになれません」


「困った。職人仕立てなのに」


「明日、染み抜き屋にお出しします」


「直るのか」


「あの店なら」


リリィは布を畳んだ。


「心配して、損をいたしました」


「お前でも、心配なんてするんだな」


「滅多にいたしません」


「だな」


リリィの口元がほんの少しだけ緩んだ。


それは俺の見間違いかもしれない。


しかし、そう見えた。


夜中の二時の事務所。


月明かりが窓から差し込んでいた。


俺はソファに沈み、目を閉じた。


夜が更けていく。


明日の朝が近づいていた。


お読みいただき、ありがとうございました。


ご感想・ブックマークをいただけましたら、たいへん励みになります。


明日、第五話で第一章「公爵令嬢ヴィオラの依頼」が完結いたします。

よろしければ、最後までお付き合いいただけますと幸いです。


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