21.幼馴染
その頃、寮棟へ戻る事になった人間達一行。
チェルとエルの二人に案内され、寮棟へ続く大通りまで着くと、二人はガノンが起こした暴動を鎮めるべく修練場へと戻って行った。
去り際に二人から、この大通りの突き当たりを右に曲がると寮棟、左に曲がると食堂に繋がっていて、食堂での食事についてはこの後すぐ説明するから寮棟で待機するようにと言われた為、もうすぐご飯にありつける。そんな希望を胸に、人間達は指示通りぞろぞろと大通りを進んで行った。
「凄かったですね。何ていうか、本当に異世界に来たって実感が沸きました」
「それ、あの生意気眼鏡に呼吸止められた時から思わなかった?」
「そ、それはそうですが、視覚的にはさっきの方が派手で分かりやすかったので……」
「確かに。あそこまで過激だと引くけどね~。てか、お腹空いたなぁ。早くご飯食べたい……」
大通りを歩きながら、コハルとメグムは神界で起きた出来事に話を弾ませていた。
「……」
そんな二人の後ろを歩くコザクラは、相変わらず重い空気を出している。
その隣で歩くユミは、彼女を心配して声を掛ける。
「あのさ、今は難しく考えない方がいいんじゃない?さっきエルさん達戻って行っちゃったけど、これからご飯って言ってたし……まぁ、どんな味の、何使ったものが出るのか分からないけど、まずはご飯食べてゆっくり休んでから、色々話し合って考えた方がいいと思うわよ?あたしもお腹空いちゃったし……コザも、お腹空いてるでしょ?」
自身も不安で一杯な中、不器用ながらもコザクラを気遣う。
かつて自分達が傷付けた相手が神で、それによって人間界と神界に甚大な被害を及ぼした。その罪を償う為に三年の猶予が与えられ、ルミエールの心を癒す事が出来れば、無事に人間界へ帰すと約束された。
これから何をするべきなのか、どんな行動をするべきなのか、考える事は山のようにある。
だが、神界に連れて来られてからは途中でクッキーとコーヒーをつまんだ程度で、空腹状態だ。そんな中で落ち着いて考える事など、とても出来ない。
だからこそ、今はゆっくり食事をして、落ち着いて今後の事を皆で考えようと提案したのだが、
「――!」
ふと、コザクラの脳裏に『何か』がよぎる。
すると、
「――コザって呼ばないでください」
「え?」
突然、ユミが口にしたコザというあだ名に対して、怒りと不満を露わにする。
「き、急にどうしたの?もしかして、気に障っちゃった……?それならそうと、最初から言ってくれたら直ぐにやめたのに。何も言わないから、あたしてっきり――」
ユミが慌てて弁明する中、コザクラはユミの言葉に聞く耳も持たず、足を速める。
「ちょっ、待って!コザ――じゃなくて、コザクラ!怒ったなら謝るから、そんな――!」
先に進んでいたコハルとメグムの二人を追い越し、そのまま突き進もうとした。
その時だった。
「きゃっ!」
「わっ!?」
突如、大通りに繋がる連絡通路から出てきた誰かとぶつかり、尻もちをついてしまう。
相手も手にしていた荷物――何冊も積み重ねられた本や冊子を、コザクラとぶつかった拍子に撒き散らかしてしまった。
「ちょっ、何!?大丈夫!?」
「どうしたんですか!?」
突然の出来事にコハルとメグムが二人に駆け寄り、そしてユミも追い付く。
コザクラは誰かとぶつかった事をきっかけに、一気に冷静さを取り戻し、我に返った。
「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか!?」
「い、いえ、私も前がよく見えなかったので、みっともない所を――」
コザクラが即座に立ち上がり、ぶつかってしまった相手に手を伸ばす。
その手を取ろうとした瞬間、その者はコザクラを見つめると、驚いた顔を浮かべる。
そして、
「コザクラ……?」
ポツリと、呟く。
「え?」
たった今ぶつかっただけの相手に、名前を名乗った筈などある訳なく、困惑する。
しかし、コザクラは相手の顔をよく見ると、それは自分のよく知っている人物によく似ていた。
それは――
「――ユリア!?」
そう、服装こそ普段着ている学校の制服や、休日に着る私服とは全然違ってはいたが、幼馴染のユリア――神界に連れて来られる前に、約束を守る事の大切さを語され、放課後に一緒にアイスを食べながら下校したクラスメイトだった。
驚きながらユリアの名を呼ぶと、彼女は瞳を輝かせながらコザクラの手を取った。
「やっぱり!コザクラだった!どうして!?どうしてここに!?あ、もしかしてコザクラも目覚めたの!?うわぁ~嬉しい!私、人間界の友達と神界でも会えるなんて初めてで――」
「ま、待ってユリア!ストップ!」
コザクラの手を掴みながら、嬉しそうにブンブンと腕を振るユリアを止めようとするも、テンションが上がっている為か止まる様子がない。
「コザクラさん、お知り合い、なんですか?」
「あ、えっと――」
関係を聞いてきたコハルに説明しようとすると、
「あら、ユリア。戻ってたのね、お疲れ様」
連絡通路から誰かが出てきて、ユリアに声を掛けた。
そこにいたのは、先程の乱闘騒ぎの中で勝手に帰って行ったミコンだった。
「あ、ミコン様!お疲れ様です!聞いて下さい!今、人間界の幼馴染と会いまして!」
ユリアは十聖神の一人であるミコンと知り合いらしく、尚も嬉しそうに話す。
ミコンは困惑するも、ユリアとコザクラの様子を見て、状況を把握したのか口を開く。
「幼馴染……?ユリア、その人間と幼馴染なの?」
「はい!コザクラとはちっちゃい時から――って、え?人間……?」
ミコンはコザクラを、人間と呼んだ。
それは、彼女が神の魂を受け継いだ者ではないと――後継神ではないと説明するには、十分過ぎる言葉であった。
◆◆◆
それから少しだけ時は流れ、落ち着きを取り戻したユリアに、コザクラは今に至るまでの経緯を話した。
神界へ連れて来られた事。
神を裏切り冒涜した事。
それによって人間界と神界に甚大な被害を及ぼしてしまっていた事。
そして……自分とクロノスとの関係を。
「待って……じゃあ、コザクラが話した四年前の初恋の相手って――クロノス様の事だったの……?」
コザクラは、小さく頷く。
ユリアはコザクラの初恋を知っていた。
インターネットで知り合った相手に恋をして、告白をして、その想いを受け入れられて結ばれた事も、コザクラが嫌気をさして、相手を一方的に拒絶した事も、コザクラから直接話を聞いていた。
しかし、その初恋の相手が誰で、どんな人物なのかは一度も聞いた事がなく、知らなかったのだ。
その正体がクロノスだったという事実に、ユリアは驚きを隠せなかった。
何故なら――
「不味いよ……それ本当に不味いよコザクラ……」
ユリアはコザクラの初恋を知っていた。
それと同時に、クロノスの絶望も知っていたのだ。
それはコザクラとクロノス――両者とも親しく、近しい関係のユリアだからこそ分かる、明確な焦りだった。
「今すぐ謝った方がいいって……いや、謝るだけじゃ済まされないけど、それでもちゃんと謝った方がいいよ……私も一緒に謝るから、一刻も早くクロノス様に謝罪しよう?ね?」
青ざめながらも必死に説得するが、コザクラの表情は曇ったままで、何も答えずに俯いている。
「だ、大丈夫だよ、私だって怖いけど、ちゃんと謝ればきっと帰れるから、ね?もしこのまま何もしなかったら、コザクラも皆も、罪人として罰せられちゃうんだよ?それよりも、ちゃんと償って生きて帰れるならその方がいいでしょ?だから、今は本当に謝ろう?ね?」
それでも、コザクラは何も言わなかった。
そんな様子を察して、ユリアの焦りはより強くなる。
「何で……?何で謝ろうとしないの!?」
たまらず、ユリアは怒りを露わにし、声を荒げる。
「私、二人の間でどんな事があったのかまでは知らないから、言いたくなかったけど――客観的に見たらコザクラが悪いんだよ!?相手の気持ちも考えずに、一方的に切り捨てたコザクラが悪いんだよ!?どうして、どうしてそんな心を踏みにじるような事が出来るの!?自分が辛いからって、何も話さずに拒絶したら、相手はもっと辛いに決まってるじゃん!クロノス様がどんな気持ちで――!」
「もうやめて!!」
コザクラが大声を上げてユリアを止める。
幼馴染にすら責められ、限界の様子だった。
その目からは涙が溢れ、石畳に零れ落ちていく。
「もう……やめてよ……私が悪い事位分かってるよ……だから四年間、ずっと気にしてたんだよ……!でもクロノスだって、私の気持ちを考えてなかった……私がどんな気持ちでいるかも知らないで――!」
「はぁ、聞いてられないわ。くっだらない」
突如、ミコンがコザクラの言葉を遮り、一蹴する。
「何が嬉しくて、通りすがりのあたしが人間の昔話を聞かなきゃいけないのよ。そんな独りよがりの言い訳なんて、今までもう数えきれない位聞きまくって、聞き過ぎて聞き飽きたわよ。もっとまともな言い訳出来ないのかしら」
何故か機嫌が悪く、気怠げに右耳をほじりながらミコンは文句を垂らした。
そんな彼女を睨みつけ、コザクラは食い下がる。
「聞き飽きたって何ですか……私の事、何も知らない癖に……!」
「はぁ?知らないに決まってるでしょう?ついさっき顔見たばかりで一度も話した事なんてないのに、それで何が分かるっていうのよ?てゆーかこんな被害者面して言い訳ばっかりのクズの事情なんて知る価値も無いし、そもそも興味も無いしどうでもいいわよ。罪人なんだからさっさと死ねばいいのに」
もはや誹謗中傷とも取れる程の口ぶりでミコンはコザクラの言い分を論破する。
あまりにも過剰な反論にコザクラは言い返せず、目を逸らし、怒り、悲しみと共に言葉を呑み込んだ。
そんなコザクラの気持ちを察し、ユリアは慌ててフォローに入る。
「ミ、ミコン様。私の幼馴染なので、私の前であんまりきつい言い方はしないで頂きたいんですが……」
「あぁ、そういえばそうだったわね。ごめんなさい、ユリア。でも……あんたには一切謝らないわよ」
コザクラに対して吐き捨てるが、それでも黙ったままだった。
そんな様子を見て、ミコンはため息をつく。
「あんた、本当にまともな言い訳も出来ないのね。あたしに不満があるなら、ハッキリ言えばいいじゃない。そんなに分かりやすく苛立ちを露わにしてる癖に何も言わないなんて、一体何がしたいのよ?感じて察してムーヴのつもり?クソうざいわね。言われるがまま、されるがままでだんまり決め込むなんて、弱々しくて腹立つのよ。あたしが弱い者虐めしてるみたいじゃない、不愉快ね」
ミコンに言いたい放題言われるが、それでもコザクラは何も言わない。
寧ろ、会ったばかりの相手に自分の過去を、それどころか人格までも否定されてしまい、怒りや悲しみが一周して落ち着いてしまってさえいる。
そんな様子のコザクラなど気も留めず、続けてミコンは口を開こうとするが、
「ミコン、ここにいましたか」
そこにフォルスがやって来て、ミコンに声を掛けて来た。




