↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/30

Chapter:10 君の街まで……

 あたしが〝ギルマ〟で出品していた商品は、安価《あんか》なものばかりだ。

 中学生のときに所持していたものだから、高いブランド品など無いし、プレミアが付いているやつも無く、元値《もとね》が安い、どこでも入手できるようなもの。

 たいがいは数百円程度でしか売れていない。

 それはしかたないないのだけど、数百円と引《ひ》き換《か》えに、やばい嗜好《しこう》の男どもに自分の古着を与えてあげていたと思うと……ばらまいていたのだと思うと、胃液《いえき》がムカムカと煮《に》えくり返ってくる。


「……で、いったん出品をとりやめることにしたというわけです」

「なるほどぉ。メイの販売物をウチが見れなくなってたのはブロックされてたということか。ひどいなぁ~、ベストフレンドを全力で拒否ってしまうなんて」

「話聞いてた? そこは全然どうでもいいところ。あたしの服が変な男にばっか買われてたってところが重要」


 あたしとタマコは学食のテーブルに付いていた。


 ウイルス感染の予防対策とかいって、四人がけのテーブルも今は、二人がけ専用となり、真向《まむ》かいの椅子《いす》には☓印のテープが貼られて座れなくなっている。が、あたしはその邪魔な☓印の椅子を押しやり、彼女の側へ身を乗り出すようにして、本来は禁じられているおしゃべりに夢中になっていた。


 タマコが、好物の辛《から》味噌《みそ》ねぎラーメンをずるずる啜《すす》りながら言う。


「自分が匿名であるとき、相手もまた匿名なのだ」


「……なに突然言い出してるの?」

「匿名配送をやめてみればいいじゃんってこと」

「住所と名前が取引相手に知られちゃうでしょ……?」

「と思って、買い手の男に自重《じちょう》させるのが狙《ねら》い」

「自重しなかったら……?」

「『売ってる女の子の住所と名前までわかっちゃった。やりぃ~♪』」

「それじゃあ余計最悪だろっ!」

 あたしが脳天《のうてん》にツッコミを入れ、タマコが、ぶっ、と、ねぎを吐き出す。


 ネットの地図マップサイトに住所を打ち込めば、その場所にピンポイントで針が突き刺さり、ルート案内まで音声解説付きで懇切丁寧に教えてくれる世の中である。

 取引相手が素性《すじょう》バレをいとわない変質者だったら、あたしはそいついに自分の古着を与えるだけでなく、住んでいる場所と名前までも、自《みずか》ら、提供してしまうことになるのだ。


 時期が時期だけにこういうことも起きそうだよねぇ~、とタマコが割《わ》り箸《ばし》を指揮棒のように振るう。


「『ゴールデンウィークっつったって、また非常事態宣言とかで行くと無くて暇だなぁ~。……ああっ、そうだ。この前〝ギルマ〟で買ったゴスロリ服の持ち主のつらでも拝《おが》みに行ってみるか! たしか名前は、メイちゃんとか言ったっけ。住んでるとこはちょっと離れてるけど、今なら帰省してる迷惑なやつがいると思われるだけで、ぜんぜん怪しまれないだろうしな。ぐへへへへっ』」


 キモ怖《こわ》いことをやり出したタマコが、席を立ち、近くにある丸い柱《はしら》のところまで駆けていく。

 柱の裏手にブレザーの体を隠《かく》し、ショートボブの頭だけを出して、テーブルに残っているあたしの様子をチラチラうかがうようにしてくる。

 家のそばの電柱に隠れているというシチュエーションなのだろうということは、スマホを手に持って行われた演技の続きでわかった。


「『ストリートビューとまったく同じ。あの家だ! あそこにメイちゃんが住んでいるのか。どんな子だろう。家から出てきてくれな――……ん? 玄関から誰か出てきたぞ! おっ、高校生くらいの女子だ! 白シャツ、ダークグレーのロングカーディガン、真っ黒いパンツルック。ミディアムツインテールの髪を留《と》めているのは黒リボン。未だにゴスの淵《ふち》から抜けきっていない地雷系コーデは間違いない! メイちゃんだ! 顔は……みちょぱとゆきぽよとあいみょんの平仮名《ひらがな》三人衆を足して、寝起きのにこるんで割ったような感じだな!』」


「……それ、ようするに、可愛いってことでいいんだよね? とにかくウザいからやめて」


 あたしが辟易《へきえき》すると、タマコが引き返してくる。……が、


「『あのう……チハラメイちゃんですよね? 千原《ちはら》ジュニアの〝千《ち》〟じゃなくて、千原せいじのほうの〝千《ち》〟って書く』」


 どっちも同じだろ。

 っていうか、まだ続けるんかい……。

 あと、あたしの名字は〝血原《ちはら》〟で、〝血〟にアクセントがつく。どうでもいいけど。


 タマコがこうなると気が済むまでやめないので、あたしはしぶしぶ付き合ってあげることにした。


「誰だよおっさん。とりあえず通報されたいの?」

「『ちょっ、ちょ待~て~よ、俺だよ俺!』」

「だから誰だよ……」

「『猫渕タマオでございます。うふふふふ』」

「知らねーし。一字違いの馬鹿で間抜《まぬ》けな幼馴染なら知ってるけど」

「『知らないわけないだろう!? 俺はね、〝ギルマ〟で君の黒歴史ゴスロリスカートを買って上げていた、あのタマオ様なんだぞ!』」

「うげっ……こんなキモデブのおっさんだったのかよ」

「『メイちゃんから貰《もら》ったスカート、毎日起きるときと寝るときに、くんかくんかしてあげてるよ。ふひひっ』」

「キモいんだけど。はやくどっかいけよ。そしてマジ死ね」

「『あっ、その手に嵌《は》めてるブラックハートのメンヘラリングって、666円で売りに出してるやつだよね? よしっ。ポチポチッとな。――ほら、今〝ギルマ〟で購入してあげたよ。だからこの場で外して、手渡しで俺にくれない? いいよね?』」


 くだらない茶番劇に付き合ってあげながら、あたしは思った。

 購入者が押しかけてくるホラーじみたことが起こる可能性は、限りなく低いだろう。

 けど、ネットを介《かい》しておこなっていたやり取りとりというのは、可視化すれば、これと大差ないのだ。

 面と向かい合っていないだけで、

「君がしていたそのリング欲しいな。はい、お金」

「ありがと。はい、どうぞ」

 と、ホイホイくれてやっていたのだから。


「もう終わりにしてくんない? 自分にほとほとうんざりするから……」

「『なんだと、ぽてぽてのキモデブ夫《お》には売らないだって!? いいのかなぁ? 俺の購入をキャンセルすれば、血原メイちゃんは男性差別主義のレイシストです!、って評価コメント書いちゃうゾぉ~?』」

「あんたさ、よくそんな気色悪いことぽんぽん思いつくよねぇ……。漂白剤《ひょうはくざい》使って自分の脳味噌《のうみそ》きれいに洗ったほういいよ、百回くらい」

「『えっ、なんだって? お願いだから低評価だけはやめて!、かわりにあたしの純潔《じゅんけつ》なピチピチのカラダを100円で売るから? ありがとう、メイちゅわぁ~~~~ん!』」


 妖怪まがいのババアみたいな顔になったタマコが抱きついてきて、


「誰が売るかボケ!」


 あたしがタコ殴りにして応戦していたときだった。


「すいません、ちょっと静かにしてもらえませんか?」


 急に割って入ってきた声で振り返れば、いつの間にかテーブル脇に立っていたのは、同じクラスの、窓際の席の物静かなマスクボーイ。

 タマコから〝ギルマ〟の友達招待をしつこく勧誘されていたときに、うるさくしていたあたしたちを、とても不快そうな目つきで見てくれていた男子である。

 今も同様の眼差《まなざ》しをしている彼は、その視線を上げて学食内を見渡すようにする。


「みんな、迷惑そうにしてますよ」


 他のテーブルに着いていた学生の何人かが、こっちを見返ってこそこそ話をしていた。

 ……少々羽目(はめ)を外しすぎていたようだ、と、あたしはペコペコ頭を下げて謝罪の意をあらわし、最後にマスクボーイへと向き直って、「ごめん、教えてくれてありがと」と平手を立てた。


 すると彼が、自分の口を覆っている白い不織布《ふしょくふ》マスクを右手人差し指でさして見せてくる。


「会話をするときはマスク着用で、静かに」


「あっ、ごめ――」と言葉を切り、あたしは顎《あご》にかかっていた黒いウレタンマスクを口に移す。学食のみんなは単にうるさくしていたことを迷惑そうにしていた感じだったけれど、このマスクボーイは、マスク未着用でのおしゃべりのほうが気になっていたようである。「ごめん、ごめん」


 あたしがふたたび謝ると、マスクボーイは満足したのか、窓際にある一人用のテーブル席へ、無言のまま戻っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。