精霊王に出逢った日 Side Y
ドッペルゲンガー……の回の、ユーディ視点です。
なんとなく、尾けられている気がした。
あからさまに感じる視線、わたくしと同じ方向に動くいくつかの気配。
これはわざとなのかしら。それとも単に下手なだけ? こちらはいくら精霊の力を借りられると言ってもただの一般人、ズブの素人なのだけど。
撒こうといったってわたくしもこの街には明るくないし……。
無駄だろうとは思いつつもふらりと路地に入ってみると、やっぱりいくつかの気配がついてくる。
店を冷やかすフリをしながら路地を進み、適当に角を曲がっていく。
「……あ」
しまった。行き止まり。
振り返った途端、出口を塞ぐように数人の男達がにやにや笑いながら立ちはだかった。
背後は袋小路、文字通りの袋の鼠だ。
「鬼ごっこはもう終わりでいいのかな、お嬢様? お迎えにあがりましたよ」
自分たちの優位を疑わないのだろう、愉悦に満ちた声。
ふうん、『お迎え』、ねぇ……。
「ここらでは同意も無く連れ去ることをお迎えと言うの?」
挑発は賢策とは言えないけれど、つい口からこぼれ出てしまった。
数人が気色ばむ様子を見せたけれど、一番前に居る男の手振りひとつで黙ってしまった。
「あまり減らず口を利かない方がいい。この状況であんたにできることなんざたかが知れているだろう?」
まあ、常識ではそうだろう。
では、この男達はわたくしが何者かは知らされていないということかしら。
であるならば、油断しているであろう今しかない。あまり人前では使いたくないけれど、そうも言っていられなさそうだ。
「風よ、我が足に汝が靴を。我は地の頸木を脱れ空を駆ける者なり」
小さく呟いて、強めに地面を蹴って飛び上がった。
精霊はちゃんと力を貸してくれて、二段、三段と空を踏んで囲んでいた男達の頭上を飛び越えることができた。
と、思ったのだけれど。
「……っ?!」
完全に失念していた、マントの裾を掴まれ引き摺り落とされる。
弾みでフードが脱げかけ、眩しさに咄嗟に目を閉じる。狭い路地の薄暗がりだからまだこの程度で済んだ。不幸中の幸いだ。
急いでフードを手繰り被りなおす。
「あぶねぇな。妙な術を使いやがって、この魔女が」
苛立たしげにそう吐き捨てた男の言葉に、半ば反射的に言葉が迸った。
「魔女ですって……? 冗談じゃないわ。それがどんな者なのか知りもしないくせに適当なことを言わないで!」
一瞬怯んだように見えた男が鼻白む。
「ハッ、魔女を魔女と言って何が悪い。どうせお前もロクなことやってないんだろ」
目の前が真っ赤に染まったかと思うほどの怒りが、自分の中で渦を巻く。
呼応するように、精霊達が集まって騒ぎ始めた。
はっとして、意図的に深く息を吸う。
感情に任せて力を奮ってはいけない。それでは我らの忌み嫌う奴等と同じになってしまう。
落ち着け。わたくしは誇りある精霊使いが長の流れを汲む者。自ら堕ちるなどあってはならない。
わたくしの精神が凪ぐのに連れて、精霊達も少し落ち着きを取り戻す。
「風よ、もう一度力を貸して」
もう一度風の精霊の加護を纏う。
さっき男達を飛び越えるのは成功した。だから今居るのは袋小路の出口側だ。
「死なない程度に加減はしてね。……風よ、吹き飛ばせ!」
お願いしながら、風の塊を男達に向けて放つ。
「うわっ?! なんだこれっ」
「ちょ、お前どけっ」
怒号と共に袋小路の壁に一塊で押し付けられるのを見ながら、自分自身はその勢いを借りて後方へ跳び、走り出す。
加減したから、足止め程度にしかならないだろう。
案の定、直ぐに気配が動き始めた。
少しでも距離を稼ごうと塀を飛び越え、人気のある方へと向かう。
風の精霊の力を借りているおかげで、自分にしては足が早い。入り組んだ路地を、もう少しで抜けられる。
最後の一踏ん張りとばかりに塀を足場にして跳んだ、その瞬間。
黄金の光が目に入って、一瞬気が逸れてしまった。
「あっ?!」
途端になぜか風の精霊の加護が解け、そのまま落下。
そこに人が居るというのに!
「風よ!」
戻って、と願うより先に、落下地点に居る人を護るかのように風が渦を巻いた。
ぶわりと風に煽られたマントが視界を遮る。
と同時にがっしりとした誰かの腕に捕らえられた。
「きゃ?!」
反射的に抗った体は、けれども易々と担がれてしまう。
「ひとまずここから離れようか」
「ですね」
なんて遣り取りが頭上を飛び交った。
「え、あのっ?!」
「静かに。悪いようにはしないから、暴れないで」
「えええ?!」
そんなこと言われても!
その時、路地の奥の方から『どっちに行った』『探せ』という怒声が聞こえて、びくりと反応してしまった。
抱えていた人には伝わってしまったのだろう。ふっと微かに笑った気配がした。
「大丈夫」
囁かれた声が優しくて、
「じっとしててね」
とんとんと背中を叩かれて、両手でフードを押さえ込んだ。
「こちらへ」
もう一人の声に導かれるように、一行はその場から走り出す。
足音や気配を忍ばせている上にお荷物を抱えているというのに、風を纏ったわたくしよりも足が速くて、遠い目になってしまったのは仕方ないと思う。
ところで、珍しい黄金の煌を纏う男性が抱えている人もわたくしと同じくらい小柄なのだけれど、ちらちらとマントの裾から見える煌が……純白なのは気のせいだろうか。
それにどうやら行動を共にしているらしい、この精霊は光の上位精霊だ。
純白の……どの属性にも偏らない煌だなんて、本当に存在するのかしら。いやでも現実問題、目の前の方の煌はそうとしか見えない。黄金の煌の従者と付き従うような光の精霊。
まさか、この方は……。
露店や屋台が立ち並ぶ区域の片隅で、ようやっと下ろしてもらうことができた。
「あの、どうもすみませんでした」
失礼であるとは重々承知の上、マントのフードをしっかりと下ろしたまま、せめてと深く頭を下げた。
「顔も見せぬままとは、礼を欠いていると思うのだが」
黒髪の男性が硬い声で言う。
ごもっともです。わたくしだってこんな無礼なことしたいわけではありません。
勝手に身が縮こまる。
「すみません、昼の屋外でフードを取るのは少々でなく問題がありまして……」
言い訳めいた言葉が零れた途端、抱えられていた方が口を開いた。
「もしかしてアルビノ?」
「あるびの?」
女性の声が発した、聴き慣れない言葉を繰り返したところで、まだ名乗ってもいないことに気付いた。
「申し遅れました。わたくしユーディと申します」
もしこの方が、わたくしの思った通りの存在であるならば、きちんとお礼をしなければ。
「……あの、もし宜しければ、わたくしの泊まっている宿までお越しいただけませんでしょうか。お話はそこで」
そう言いながら、もう一度深く頭を下げる。
顔を見合わせた一行は、それでも付いてきてくださった。
まあ、この男性達が居れば、もしもわたくしが何らかの危害を加えようとしたって無理でしょうし。勿論そんなつもりなど無いけれど。
部屋に招き入れて、窓の木戸を閉じながら風の精霊に防音と火の精霊に灯をお願いして、振り返るのと同時にフードを払い退けてかの方の足元に額付く。
「精霊王たる御方に御目文字賜りましたことに感謝を。また先程までの無礼を謝罪いたします」
「は?!」
素っ頓狂な声が上がり、部屋になんとも言えない沈黙が横たわる。
「待って。とりあえず顔を上げてくれないかな」
おろおろと声をかけられるけれど、これ以上失礼を重ねるわけにはいかない。
断固として顔を上げずにいると、だんだんと困惑よりも混乱の気配を強めてきた彼女の声に再三再四顔を上げるよう促され、これ以上は逆に失礼に当たると、思い切って顔をあげた。
すると真正面に、困ったと言わんばかりに眉を下げた彼女の顔。
「……!」
息を呑む一行を、馬鹿みたいにぽかんと眺めてしまう。
真白に輝く美しい魔力煌のかの方は、わたくしとそっくりの顔立ちをしていた。
その後、彼女は精霊王ではなく人間であり、逆に従者だと思っていた黄金の煌の方がこの世界の神の一柱であると知らされ、もう何に驚けばいいのかわからなくなってしまった。
気分を落ち着かせようとお茶の支度をしていると、少しずつ冷静になってくる。
うん、香りよく淹れられた。
と、グローシュと呼ばれている光の精霊が、オルハ様のお茶に顔を近づけた。
……毒味かしら。
そう思いながら眺めていると、妙に楽しげにふんふんと匂いを嗅いでいる。
このお茶は何かと聞かれても、一般的に飲まれてる花茶なんだけど。
そりゃあ、お客様にお出しするには若干物足りないかもしれないけど、わたくしも旅の途中なのだから、勘弁して欲しい。
なんて思ったら、そういうことではないらしい。
精霊が好む食べ物……?
魔力を多く含んだ果実を好むようだけど、それは嗜好品というのとはちょっと違うようだし、そもそも精霊達が食べ物に執着するなんて聞いたことがない。
ところがオルハ様の所では干し肉に行列を作っていたと言う。
……それは彼女が作られたからじゃないのかしら。
手ずから作ってらしたという話だし、乾かすのに魔力を使ったというし、あまり考えたくはない話だけど、干し肉に染み込んだ魔力に惹かれたのではないかしら。
魔力を含んだ果実について話をすると、なぜだか少し遠い目をなさった。
よくよく話を聞いて、こちらが少しどころでは無く遠い目になってしまったのは仕方がないと思う。
見てみたいような見てはまずいような。
つい口から零れたその言葉に、オルハ様はあっさりと「なら来るといい」なんておっしゃって、こちらが答えられないでいるうちに、ルチルと呼ばれていた黒髪の怜悧な感じの男性が生真面目にこの街からの行き方と目印を教えてくれた。
わかりやすいといえばわかりやすいけれど、なにせ場所は不帰の森。きっと一筋縄ではいかないだろうから、行くときにはしっかり準備しなければ、と思う。
翌日。
精霊達が狂ったように騒ぎたてているので何事かと思っていると、あの光の子がいきなり目の前に現れた。
引き摺られるように騒ぎの元へと向かうと、オルハ様が魔女の手に落ちる、その瞬間を目撃してしまった。
慌てて風の精霊を呼び寄せ痕跡を辿ってもらうと、意外にも比較的近くにいるという。
精霊の1体にはそのままオルハ様を追ってもらっておいて、もう1体にはライ様にオルハ様の現在地と精霊に追わせているという主旨の言付けを頼む。
光の子はいうと、いつの間にかまた居なくなっていた。
きっとオルハ様のところに行ったのだろう。暗闇でさえなければ、あの子に行けない場所はない。
日の光の下をあまり出歩けないわたくしにできるのは、ここまで。
建物の陰で待っていると、やがて戻ってきた風の精霊達が、オルハ様が無事助け出されたことを教えてくれた。
ただ、詳しく話を聞いていくとちょっと血の気が引いたけれど。
上位精霊ではないからと細かい指示を出してなかったわたくしも悪いのだけれど、まさか誘拐犯がそんな短絡的な行動に出ていただなんて。
顔色を悪くしたのだろうわたくしをきょとんと見つめてくる精霊に、なんでもないと首を振り、労いのリームンを差し出した。
きゃっきゃと無邪気に喜ぶ精霊に気分がほぐれる。わたくしも結構肩に力が入ってしまっていたらしい。
でもライ様。
精霊の声に反応しないとか見魔の力は隠してらっしゃるようでしたのに、転移は隠さずに発動なさいましたのね。転移の方が希少価値は上ですのに。
まあ、一緒にいたのが冒険者ギルドのマスターなのでしたら、見られたところで問題はないでしょうし、あの溺愛様では無理もないでしょうけれど。
さて、わたくしはわたくしのやるべきことをやらなければ。
精霊使いが長の試練が今でも生きているのかはわからない。けれども、しておいて無駄になることはない。
だから。
探しに行こう、精霊の長たる大精霊を。
どこにいるのかはわからないけれど、精霊達の中に知っている者が居るはず。
やるべきことが済んだら、会いに行くのだ。
不帰の森へ踏み込むのは、少し怖い。
けれど、必ずあのうつくしい人の下へ行こう。精霊達の楽園となっているだろうそこへ、必ず辿り着いてみせよう。
そう固く決意して、今日という日の扉を開けた。
ユーディは精霊使いの次期長の資格を有しています。
ただ、里が無くなってしまった今となっては長を名乗るのが正しいのかという葛藤があるようですね。
織葉に会いに行くのが一番の近道だったとわかった瞬間、地面に崩れ落ちるだろうなあと思わないでもないんですが……。




