ドッペルゲンガー……じゃあないか。
そんなこんなで市場を満喫して、流石にそろそろ仕立て屋さんの所にも行かねばならんだろうと移動し始めた時のこと。
通り過ぎた路地の奥が、何やら騒がしい。
空気がざわざわしてる感じもするから、きっとこれは精霊達も騒いでる。
それがどうにも気になって、戻って覗き込んだ、その瞬間。
「あっ!?」
ものすごく慌てた声が、降ってきた。
「へ? ぉわっ!」
上を向く暇もなく、濃色の布が視界を埋め尽くすと同時にぶわりと風が巻き上がり、周囲で渦を巻く。
そんな暴風をものともせずにすっ飛んできたライの腕がわたしをいつものように抱き上げ、ティンが降ってきた人物を取り押さえ……かけて、ひょいと荷物のように抱え上げた。
「きゃ?!」
「ひとまずここから離れようか」
「ですね」
「え、あのっ?!」
「静かに。悪いようにはしないから、暴れないで」
「えええ?!」
声の感じからして、わたしとさほど変わらない年齢であろう女性は、サイズ的にもわたしとあまり変わらない。
ティンなら楽々と担いで走れるだろう。
路地の奥の方から、『どっちに行った』『探せ』とか聞こえてるしね。
これはまあ、さっさと逃げるが勝ちでしょう。
「こちらへ」
というルチルの先導に従って、より人目の多い方へと足音を忍ばせながら駆け出した。
露店や屋台が立ち並ぶ区域の片隅。
「あの、どうもすみませんでした」
わたしのものとよく似たマントのフードを深く下ろしたまま、彼女は頭を下げた。
「顔も見せぬままとは、礼を欠いていると思うのだが」
「ルチル」
硬い口調のルチルを止める。
どう見ても訳ありの彼女は、申し訳なさそうに身を縮めていた。
「すみません、昼の屋外でフードを取るのは少々でなく問題がありまして……」
フードの隙間から溢れた髪は、乳白色。
「もしかしてアルビノ?」
「あるびの?」
きょとんと言葉を繰り返した彼女は、少し躊躇った後、
「申し遅れました。わたくしユーディと申します。……あの、もし宜しければ、わたくしの泊まっている宿までお越しいただけませんでしょうか。そちらならマントも脱げますし」
そう言ってもう一度丁寧に頭を下げた。
いろんな意味で、ここで『はいさよーなら』という選択肢を取れるわけもなく、彼女の先導で、とあるほどほどのランクらしき宿の一室に踏み込んだ。
奥に進んだ彼女は窓を閉めるとほぼ同時に
「風よ、この部屋に防音を。火よ、偽りの光を」
何やら小さく呟いた。
それにわたし以外の三人が反応する間もあったかどうか。
わたしの目の前に、フードを払い除けた彼女が額付いた。
まっすぐな乳白色の髪が床に広がる。
「へ?」
「精霊王たる御方に御目文字賜りましたことに感謝を。先程までの無礼を謝罪いたします」
「は?!」
部屋をなんとも言えない沈黙が支配する。
1つ確かなことは、ユーディと名乗った彼女は真剣だということだ。
「ま、待って。とりあえず顔を上げてくれないかな」
人に土下座させたままである事に耐えきれず、ひとまずそう声をかける。
しばらく躊躇っていた彼女は、再三促して漸く顔を上げてくれた。
「……!」
息を飲んだわたし達とは裏腹に、彼女はぽかんと呆気に取られた顔をする。
フードを取った彼女の素顔は、微妙な色彩の違いこそあれ、わたしにそっくりだった。
その後、とにかく彼女にわたしは精霊王とかいう存在じゃないというのを納得してもらうのがまぁ大変だった。
ちなみにライがこの世界の神だとは気付いてなかったらしい。
面白がったライはそのままだんまりを決め込もうとしてたんだけど、そうは問屋が卸さない。神様だというなら本職はこっちだと押し出してやった。創造神だと言うところまでは言ってないけど。
そんなわけで現在ユーディさんは、パニックを通り越して悟りを開いたみたいになってしまっている。アルカイックスマイルだなんてリアルに見ることがあるとは……。
「……オルハ様は、本当に精霊王では無いのですか?」
まだ言うか。
「違うよ。ただの人間……って言うには魔力がおかしいかもしれないけど」
「でも精霊達が……」
「ああ、うん。一部に妙に懐かれてるのは知ってるけど、違うから」
「ですが光の……」
「ち が う か ら」
「あ、はい」
多分グローシュのことを言いたかったのだろう言葉をぶった切りつつ強めに否定すると、赤みの強い紫の瞳を瞬かせながら頷いた。
なんか反射的に頷いちゃったみたいだけど、はいと言ったからには納得してもらう。
「そう言えばさっき、風の精霊に防音って頼んでたよね。と言うことは、君は精霊使いなの?」
流石ティンの耳は、わたしが聞き取り損ねた言葉を拾っていたらしい。
「はい。……わたくしの本名は、ユーディアライト・ユーディール・モルファ。精霊使いが一族の生き残りでございます」
「ミドルネームとか姓とか持ってるってことは、ユーディさんは貴族?」
「どうぞユーディと呼び捨てに。いえ。わたくし達一族の名前は、貴族の名乗るそれとは少し意味合いが異なります。ええと、その……、名前が精霊使役の呪文の一部となるため、いくつかにわけてあるといえば少しは伝わりますか?」
……ん?
「ちょっと、そんなもんホイホイ名乗っちゃ駄目なんじゃないのかい?」
「ですから最初はユーディとだけ名乗りましたでしょう?」
にこりと邪気のない笑みを浮かべちゃいるけども。
この確信犯め。
「わたしが魅魔の手先とかだったらどうするつもりだいまったく」
「魅魔やそれに与するような者に精霊は懐きません。存在しないものを恐れる必要はございませんし、ライ様がお聞かせ頂いた通りの存在であるならば、そのような御方と共にいらっしゃるオルハ様もまたそれに準ずる存在でありましょう」
きっぱりとした口調は、それが常識であり真実なんだろうと思われる。
シディルさんが居たらその辺りも解説してもらえたかもだけど、居ないんだからしょうがないよね。
少し話して落ち着いたらしい、今はお茶を用意してくれている彼女を改めて見ていたんだけど、本当によく似ている。
銀の髪に青みがかった紫の瞳のわたし。僅かに金色がかった乳白の髪に赤みがかった紫の瞳の彼女。
よく見れば違うものの、ぱっと見た感じの色彩や顔立ちが似通っているなんて、これは一体何のイタズラなんだろう。
ライが関与してないことはわかってるんだけどね。
さっき彼女を追い回してた奴等の前で二手に分かれてみたらいい感じに撹乱できそうな位には似てる。まぁ、どっちもフード被ってる時点で外見がどうこうより身長が同じくらいなだけでも撹乱要因になるだろうけど。
ただまぁ、体型は違うっぽい。ゆったりしたフード付きのマントコートを着てるから分かりにくいけど、スレンダー体型だと思われる。
淹れてくれたお茶は香り高く、くっついてきたグローシュが興味津々に覗き込んだり匂いを嗅ぐような動作をし始めた。
「これ、何のお茶?」
精霊が興味を持つお茶と言うのが何なのか気になって聞いてみる。
「え、ただの花茶ですけど……」
「いや、この子がやたら興味示してるからね。何か精霊の好きなものでも入ってるのかと思って」
この子、とグローシュを示すと、ことん、と首が傾いだ。
「特には……。というか、精霊が人の食物に興味を示す事もほとんど無いんですけど……」
ん?
うちの周辺の子たちは揃いも揃って干し肉にかじりついてた前科があるんだけど? ニーアなんて目キラッキラさせてたよな……。
腑に落ちない顔をしたのがわかったのか、ユーディの首が更に傾ぐ。
「個人的な契約した精霊が、毒見代わりに口にしたりすることはままあるようですが……。わたくしの場合はそこまでの契約を結んだ精霊が居りませんから、よくわからないという方が正しいかもしれません」
そう言ったユーディに、先日の一件を話して聞かせる。
すると
「それは精霊お……んんっ、オルハ様の魔力を含んだ食べ物だったからではないでしょうか」
精霊王、と言いかけたのだろう、妙な咳払いを間に挟んだものの、なかなかに聞き捨てならない情報を口にした。
「魔力を含んだ食べ物?」
「はい。ええと……例えばリームンという果実があるのですが、時々魔力を含んだ果実が実ることがあるのです。そういった果実には精霊が宿ることもありますし、そこまでの濃度でない場合でも、精霊への捧げ物にすると喜ばれると言われています。実際わたくしも、少し難しいお願いをする時は、そういう物を供物にすることが多いです」
リームン……発音的にレモンっぽいぞ。
「それって、今持ってたりする?」
「あ、はい。少量ですけど」
「見せてもらえたら良いんだ」
「そうですか? これがそうですけども」
はい当たり! レモン(に似た果実)きたっ!
よし、市に戻って探そう。
「もしかして、アーフェルも似たような性質持ってたりする?」
「ええまぁ……。ただ、アーフェルは魔力の貯まる実はかなり少なくて、稀に見られると言うくらいですね。ものすごく甘くてただ食べるだけでも美味しいらしいですけど、大抵は精霊への供物になりますね」
……うん、うちのアーフェル危険かも。どれ食べてもやたらと甘かったからそれが標準かと思ってたけど。あの果実水の味とかも果実の味から来てるとすれば、うちで作ったのが普通に美味しかったのは、もしかすると実そのもののせいかもしれない。
「うちにアーフェルの樹があるんだけどね、そういう魔力の貯まった実の見分け方とかわかる?」
「精霊がいるのですよね? 彼らに選んで貰えば確実ですよ」
うーん。
「何か問題でも?」
「いや、前におやつに好きなのとって良いよって言ったことがあるんだけど、適当に捥いでたように見えたからね」
そう言うと、ユーディの顔が僅かに引きつったように見えた。
うん、可能性に気づいたかな。
「なんだかその場所を見てみたいような見てはいけないような、複雑です」
「怖いもの見たさってやつだね!」
ティン、言い得てるかも知んないけどあんたの家でもあるんだよ。
「だったら、一度来るかい?」
「は?」
「あんたはわたしに危険を承知の上で名前の全部を教えたでしょ。わたしも何か返したいし」
「いえそんな! わたくしはそんなつもりで言ったわけでは……!」
「そっちがそんなつもりでなかったのはわかってる。でもそれじゃわたしの気が済まないんだよね。それに、あんたなら大丈夫だろうし」
「ああ、確かにユーディさんなら大丈夫そう」
「……何が、でしょう」
あ、警戒してるな。
「どうやらわたしの家のある辺りは、ここらでいうところの非常識に溢れてるらしいからね。その覚悟さえしてれば大丈夫だよ、たぶん」
「非常識って」
絶句するユーディ。
だってシディルさんが事ある毎にそう言うんだもんよ。
わたしだけのせいじゃないとは思いたい。
「そういえばさっき『精霊使いの一族の生き残り』って言ってたけど、ユーディの他には何人くらい居るの?」
「そうですね……。かなり散り散りになってますから正確なところはわかりませんが、村を放棄した時には100人くらいでした。精霊伝に遣り取りできる者も居りますが、全ての者とできるわけではないので……」
「それは能力的なもので?」
そう聞くと、わたしに似た顔立ちが悲しそうに歪んだ。
「ええ。精霊使いの一族とはいえ、全員が精霊を使役できる訳ではありません。儀式に特化した能力の者も居りましたし、供物を用意してようやく精霊が応えてくれる程度の能力しか持たない者も居りました。ただ、全員が見魔であることに違いはありませんから、魅魔に狙われてしまう、また魅魔に堕ちてしまう可能性だけは等しくありますが」
「もしかしてさっきのって……」
「どうなんでしょう。精霊に逃してくれるようお願いしたら『魔女』呼ばわりされましたし、少なくともあの男達は魅魔ではないでしょうね」
「魔女?」
わたしの中では、魔女と言ったら魔法が使えるってことで、そうなるとこの世界だとごく普通のことだと思ってしまうのだけど……。
腑に落ちない顔をしていたのだろう。ユーディは苦笑すると
「魔女と言うのは、精霊に頼らず、異なる理を用いて、けれど精霊に頼むのと同じようなことを為し得る者のことを言います」
そう説明してくれた。
「異なる理……」
「魔法陣や符が用いられることが多いですね。併せて独自の詠唱です。何にせよ、わたくし達とは似て非なる存在です」
そう言う彼女の顔には、微かな嫌悪感が漂っていた。
「じゃあ例えばなんだけど、わたしがその魔女だったらどうするの?」
「有り得ません」
あまりにもきっぱりと言い切られて、一瞬、気圧される。
「……なにゆえ?」
「魔女は精霊に頼らず、むしろ精霊を狩る魅魔と手を組むことも多い。そんな存在に精霊が付くわけがないからです」
なるほど。
「知らないことだらけだねぇ」
何を知らないのかすらわからない状態だ。
でもユーディは、少し違う意味に受け取ったらしい。
「精霊のことに限って言えば、わたくし達一族以上に知る者などごく一握りですから。……そちらのライ様ですとか」
「私かい? 私よりも君の方がよく知ってると思うよ」
「そうでしょうか」
「例えばだけど、旅をする時に使う乗合馬車。使い方や料金なんかはそのシステムを作った者がよく知っていても、馬車の状態や馬の性格なんかは御者の方が知っているよね?」
「はぁ、恐らく……」
何が言いたい?
ユーディは少し怪訝そうな顔をしている。多分わたしも同じような顔をしていると思う。
そんなわたし達に、ライは淡々と
「生み出しただけで後は関わっていないからね。基本的な性質はよく知っているけれど、何を好み何を厭い、どんな行動原理を持っているかなんて私は知らないよ。特に興味も無いしね」
と言った。
本当に、なんでもないことを話すように。
そういえばライは神様なんだなぁ、と久しぶりに実感する。こういうどこか突き放した言い方は、超越者ならではのような気がするんだ。
「そういうもの、なのですね……」
ユーディは少し寂しそうに呟いた。
「幻想を壊しちゃったなら悪いね。でも、神だって万能じゃ無いし、全てのものに目をかけるなんて不可能だから」
特に今はおるはが居るしね、とライ。
「幻想、とまでは言いませんが……。あの、では、神殿などで祈る行為も無駄だと仰るのですか」
「それもまた否、なんだよね。まあ詳しくは言えないんだけど、本当の本気の祈りにまで意味がないなんてあるわけがないよ。それは安心していい」
良かった。
それにまで意味がないなんて言われたらどうしようかと思った。そんなの、余りにも救いがなさすぎる。
「おるは、私にも仕事はあるって言ってるでしょ」
「いやどうもここのところ、ライの姿を見ない日が無いものでねぇ」
「深刻な問題が無いからだよ。平和でいい事だ」
微笑みながらそう言うライに、複雑な視線が投げかけられる。
「平和、ですか……」
「何か言いたそうだね?」
「わたくし達が村を棄てなければならなくなったのも、瑣末事だと仰せなのですね」
「瑣末事だとまでは言わないけど、ある意味そうかもね。私が介入しなければならないほどのことじゃない。なぜなら君達はまだ途絶えるでもなく生き延びている」
「なるほど……」
僅かに眉を寄せながら、それでもユーディは納得したようだった。或いは途絶えるでもなく生きている、という言葉に安心したのかもしれない。
「神にも色々な制約があるんだ。それに、全てのものが幸福であるというのは有り得ないからね」
「それは、わかります。村を棄てざるをえなくなったのは確かにわたくし達にとっては不幸に他なりませんが、だからと言って神に恨みを抱く程ではありませんから」
そう言ってふわりと微笑んだ。
それは、どこか痛ましいほどに透明で儚げな笑みだった。
うちに訪ねて来る気があるなら、と目印と簡単な道のりを(ルチルが)教えて、ユーディとは一旦別れた。
「やることを終えたら、必ずお伺いします」
社交辞令に聞こえなくも無いけど、彼女はきっと本当に来てくれるだろう。
なぜだかそう信じられた。
お読みいただきありがとうございました。




