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街へ行こう!
人間、信じられないものを見聞きすると思考が停止するもので。
「……へぁ?」
「織葉殿、その発声は女性としてどうかと」
「あ、いやその……」
こほん、と咳払いで誤魔化すと、改めて諸悪の根源を見つめた。
「えーと、そのー。ライ?」
「なに?」
にこにこ笑ってるけども。
「いや『なに?』じゃなくて。確かにライの姿は目立つかも、とは言いました。けど、だからって、なんでわたしの前の顔のコピーみたいなことしてるんです?! どこ情報ですかそれは?!」
「あ、君がそう言うってことは、上手く姿を纏えてるってことだね」
えぇい、ひとの姿借りて嬉しそうに笑うんじゃないよ。
結局、ゴネるライを説き伏せて、今の容姿はそのままに、色彩だけを濃茶に変えることを了承させた時には、わたしはぐったり疲れ果てていた。
ただでさえ精神力削られてるって言うのに。
あ、当然ながら、情報源はティン……というか雪花でした。
皓月とのあれこれがあってから、さらに二月ほど経った今。
わたしは『自覚を持つため』と称して、髪を束ねるのを禁止された上に、しょっちゅう鏡を見せられている。
なんの嫌がらせだ。お陰で精神力とかいう何かがゴリゴリと削られている。
四六時中鏡見て顔の確認するなんてナルシストの極みみたいなこと、何でしなきゃいけないんだ!
「織葉さんが、自分の顔とか、自覚してくれたらいいだけだよ?」
いっそわざとらしい程にのんびりとティンが言うのが、妙に腹が立つ。
ぐ、と拳を握りかけたところで
「織葉殿、待たせた」
ふわん、と甘い香りが鼻先をくすぐった。
「んーん、だいじょぶ。今日はなに?」
斜め向きかけた機嫌も一瞬で治る。
現金と呼ばわば呼べ。
ルチルのオヤツは、この不自由な食材事情でも、天下一品。とても美味しいものを作ってくれるのだ。
それを不機嫌なまま食べるだなんて、バチが当たる。
「今日はそば粉と米粉でマフィンにしてみた。我としては膨らみが甘いと思うが、味は悪くない」
「これだけふんわりしてるんだから良いでしょ。いただきまーす」
お、ちょっとしっとり系。
なるほど、ルチルが言う事も分からなくはない。けど、この状況でこれ以上言うのは求めすぎだよねぇ。
「ん、美味し。いつもありがとね」
にっこりお礼を口にすると、くすぐったそうに視線を逸らされてしまった。
「それで、だな。織葉殿」
「うん? なーに?」
「そろそろ穀物類が減ってきているので、また複製するか買いに行くかした方がいいと思うのだ」
ふむ。
考えるわたしの隣で、同じく首を傾げていたティンが
「あ、じゃあさ、みんなで買い出しに行こうよ」
ぽん、と手を叩いた。
「なぜそうなる」
「だって、いい加減売り物も増えたし、ルチルさんだけをまた行かせるのも問題だし」
「我は別に構わぬが……」
「冒険者登録するんでしょ? 僕も自分の鞄とか買いたいし、そのお店って、ルチルさんと一緒に行った方がいいんだろうし、そうなると、織葉さんとライ様ふたりっきりにすることになるよ?」
……ちょっと待て。最後の一言は何だ。
そしてルチル、そこで呻きながら考え込むのはなぜ。
ライはライで嬉しそうに「私はそれでも良いよ」なんて言って、2人から白い目向けられてるし。
そもそも、シディルさんやニーアだって居るじゃないか。
「だって、あの2人はライ様には逆らえないし」
「そうかなぁ……」
「そうなの」
「うーん……。行っても大丈夫なら行きたいけど……」
「いいんじゃない? 今の時点で、そうやって躊躇う気持ちがあるなら、そんな無茶はしないでしょ」
ライ、それはどういう意味かな。
ティンとルチルも、なんで『さもありなん』的な顔で頷いてるかな。
「じゃあ、売りに出す物纏めないとね。魔晶石のかけらはどうしよう?」
「確実かつ最大の収入にはなる故、隠し財産的に持っておくといい、と思う」
「そっか、何か欲しいものができた時に使えるように、だね」
「余裕があるのとないのとでは大違いであるからな。いくらこの小切手が有るとは言え、今回の売り物がどれほどになるのかは我には正直わからぬし」
「そうだね。皮は綺麗に鞣せてるとは思うけど、買い取ってもらえるかはわからないしね」
「そういうことだ」
神妙な顔で重々しく頷くルチル。
この前行ってもらった時のことが効いてるなぁ。
「じゃあ、保存食とお弁当準備したら行こうか」
野営準備もしなきゃな。
なんて思ってたら、何やら思案気な顔をしていたライが
「歩いて行く?」
などと妙なセリフを吐いた。
「……は?」
「我等であるまいし、織葉殿に走らせるつもりか?」
呆気に取られるわたしと、少々殺気立つルチル。
いやいや落ち着いて。
「ねぇライ様、それってもしかして……」
「一旦神域に飛んで、そこから街の近くに降りればいいかなぁって」
やっぱり、とため息をついたティン。
「……えっと?」
ついていけていないわたしとは違って、ルチルは理解した上で固まっているらしい。
「我の、苦労は……」
なんて呆然としてる。まあ、だよね。
「つまりね、ライ様さえ居れば、どこからでも神域に行けるし、神域からは地上のどこにでも行けるってこと。ですよね?」
「そう。因みにシディルもそれくらいはできるけど、この全員を連れて動くのは私くらいしか出来ないから」
やっと理解できた。できた、けど!
「じゃあなんで、ルチルはわざわざ2日もかけて街まで走らされたんです?」
「そりゃ、人目のない場所や時間帯をしっかり見てもらうためだよ」
「……一理あるか」
「いや、無いからねルチル。それならそれで、森の端っこの方に降りればいいだけでしょ」
「それもそうか」
「織葉さんの傍を離れたくないからって、ちょっと大人気なくないですか?」
全員からじっとりとした目で見られても、ライはひょいと肩を竦めただけで
「だからまあ、野営準備まではいらないけど、お弁当とおやつくらいは持っていけばいいと思うよ。どうせ今回はルチルのポケットに仕舞うしかないんだし」
と言って、保存食を入れてある戸棚を物色し始めた。
うん、堅焼きのクッキーとかもそこに入ってるけどね。
何やら釈然としないものを感じつつ、早く安全に街に着けるならそれに越したことはない、と自分を納得させて、シディルさんに聞いては貯めていた売れそうな物を引っ張り出す。
イノシシやオオカミの皮に牙や角、大トカゲの鱗、鳥の飾り羽根。
肉も売れるなら持っていきたいけどな。
オオカミの肉は人間には食べられないって聞いたから森の中に埋めたけど、イノシシがもう一匹出たから、その肉も塩漬けになってるんだよね……。
鳥肉も、コカトリス3羽分が丸ごと燻製になって地下室にぶら下がってるし。
正直、お肉は供給過多。
でもまぁ、そこら辺は次の機会にしますか。
「お弁当できたよー。織葉さん、これで全部?」
持っていくものに頭を悩ませていると、ひょこりとティンが顔を出した。
「一応は。肉類は、売れるかどうか聞いてから、次回以降にした方がいいかなと思って」
「そうかも。じゃあこの皮の束まとめてくるから、他の細かいのお願いしていい?」
ティンが上手いな、と思うのはこういうとこだ。
仕事を全部やるわけじゃなくて、わたしの手に余らない程度の量を回してくれる。
「準備できた? じゃあ、行こうか」
安定の子ども抱っこされたわたしと、人型になったティンとルチルが手を繋いで、ライが転移を発動させた。




