34
白き月の化身
「ようやく捕まえたぞ、皓月!」
驚きのあまり硬直したわたしの視線の先では、葡萄色の髪と銀の瞳という、夜を具現化したような少女がじたばたともがいていた。
よく見ると、その体は細い金色の網と言うか鎖と言うか、そんな感じのもので戒められている。
「さて、どういうつもりなのか説明してもらおうか」
低く硬い、冴え冴えと冷ややかな声。
トライン様のそんな声を、わたしは聞いたことがなかった。
「何のこと? あたしの役目は余剰魔力を吸い上げることでしょ。ちゃんと果たしてるわ」
「余剰じゃない分まで吸い上げておいて何を言うか。彼女が成長できてないのもお前のせいじゃないのか」
「失礼ね。吸い上げたのは最初の1回きりよ。それから後は近寄りもしてないわ」
「余剰じゃない分まで吸ったのは認めるんだな」
さらに低くなった声に、彼女は『しまった』とでも言うように小さく首を竦めた。
そんな彼女に、トライン様はさらなる問いかけを口にする。
「なぜ彼女はここで成長が止まっている?」
「知らないわよ」
噛みつくように返される声。
トライン様の目に険が宿るけれど、彼女は多分、嘘は言ってない。
「あの……」
ようやく硬直が解けたわたしは、睨み合う2人にそろりと声をかけた。
「何よ」
「どうしたの?」
あ。
この子、悪い子じゃない。そっぽを向きながら、それでもこちらを気にしているのがわかる。
「皓月、どうして今、ここに来たの?」
「なんで呼び捨て?!」
ばっとこちらに向き直った顔は、真っ赤になっている。
「え、だめ?」
「~~~~っ」
唇をぎゅううっと引き結んだ彼女は
「べ、別にいいけどっ! いきなりだったからびっくりしただけよっ」
と叫んだ。
トマトみたいにまっかっかな顔でそんなこと言われても、可愛いとしか思えない。実年齢はともかくとして、精神年齢はわたしより幼いのかもしれない。
うっかり呼び捨てにしてしまったんだけど、本人の許可も出たことだしこのままでいいよね。
「で?」
「え?」
「逃げ回ってたのに、なんで来たの?」
首を傾げながら尋ねると、ものすごく悔しそうに顔を顰めた。
「……だってすごくきれいな歌が聞こえたから、もっと聞きたくて」
ん?
「そしたら、魔力の塊が地面に落ちそうになったから、つい」
んん?
「つまり……」
「君の涙には魔力が籠ってるってことだね。ということは、君を餌にすればもっと早くに捕まえられたってことか」
「トライン様、その言い方ちょっと嫌です」
「これは失礼。ごめんよ」
「何よ、人間なんかに骨抜きにされてるの?」
「彼女はただの人間じゃない。お前ごときに、私に等しき存在を『なんか』呼ばわりされる筋合いなどない」
「ずいぶんな言い様ね。人間じゃないなら、魔力でできたお人形?」
特に悪意を込められたわけではなかったと思う。
でも、放たれたその言葉の意味を理解した瞬間、ざっ、と血の気が引くのがわかった。
咄嗟に抱き寄せてくれたトライン様のお陰で、倒れ込まずには済んだけれど、キンと耳鳴りがする。うっかり縋りついてしまったわたしの耳元で、ぎりっと歯を噛みしめる音が聞こえた。
「皓月」
「痛っ?! 何よ、なんなの?!」
「確かに彼女の体には膨大な魔力が秘められている。けれど、人形と言う言葉は流石に看過できない」
「痛いってば!」
「私に等しき存在だと言ったのに。この子を傷つけた報いだと思うがいい」
「え、やだちょっ……。痛……っ」
皓月の声に怯えた色が混じったことに気付いて、ぎゅっと閉じてしまっていた目をそろりと見開く。
彼女を縛る金の鎖が、締め上げを強めたのだろう。僅かに食い込む部分さえ見える。
「トライン様!?」
「どうしたの?」
「や、『どうしたの?』じゃなくて……! 皓月が透けてる……っ!」
「そうだね」
「そんなあっさり……」
「そりゃね。だって私が皓月の力を吸い取ってるんだから」
まって、待って、それって……っ!
焦るわたしの目の前で、皓月の身体からは完全に力が抜けて、地に伏してしまう。
「ダメです、やめてトライン様!」
「なぜ?」
「だって、皓月が消えちゃう……っ」
「うん」
うん、じゃなくて……っ!
冷ややかな瞳のトライン様には、これ以上何を言ってもダメだと悟った。
支えてくれていた腕を振りほどいて、皓月に駆け寄る。
「ちょっとアンタ何す……」
喘ぐような皓月の声さえも無視して、抱き起こしてしがみつく。
駄目だよ。
消えるなんて、消すなんて、許さない。
確かにショックだったけど、良くも悪くも皓月は無邪気なのだ。
もちろん、悪気がなければ何をしてもいい、と言うわけではない。
だけど、わたしが出鱈目な存在であることも、皓月の失言を引き出した一因ではある。
だから──
「駄目。許さない」
力を籠めると、パキ、と微かな音を立てて鎖が砕け散った。だらりと投げ出された手足に絡みついていた金色の網も、同時に消滅する。
「……手伝って」
その声に、精霊たちが集まって来てくれるのがわかる。
相変わらず見えるわけではないのだけれど、空気が重くなる。密度が上がったという感じ。
そして力を分けてくれる。
精霊達の力とわたしの力は、とても相性がいい。大地に注ぎ込んだ時とは逆に、わたし自身が草か樹になったようなイメージで、周りから少しずつ吸いあげて、皓月に注ぐ。
精霊たちも直接注いでくれたりしているんだろうか。こういう時、『見えない』と言うのはかなり不便だと思いながら、じっと抱きしめ続ける。
そんな気持ちを知ってか知らずか、姿を見せてくれる数人の子が、皓月をその小さな手で撫でていくのが、なんとなく微笑ましい。
トライン様が手出ししてこないのをいいことに、皓月に力を注ぎ続けて、しばらく。
「なに、してるのよ……」
いい感じの憎まれ口を頂いた。
「またずいぶんなご挨拶だこと」
「あたしにこんなことして、なんの得があるっていうの」
「ないねぇ」
「ないの?!」
「敢えて言うなら、わたしの満足だけかな」
真顔でそう言うと、鼻で笑われた。
「アンタどこまでお人よしなのよ」
「お人よしと言うのとも、ちょっと違うような気がするけど」
「あたしからしたら立派なお人よしだわよ。馬鹿じゃないの?」
「ずいぶんな言われようだねぇ。まぁ、結果的にわたしには利が出たからいいんじゃないかい?」
そう。
強制的に体内魔力の入れ替えというか循環させた成果、わたしの体はきっちりと成長を遂げていたのだ。
それでもここに来た時、つまり20歳にまでは届いてなさそうな感じはあるけれど。
「……なんかアンタ、子供のくせに婆くさいしゃべり方すんのね」
「まぁ、主観的には90歳だから?」
「は?」
思いっきり怪訝な顔をした皓月に、ここへ来た経緯をさらっとかいつまんで話してやる。
「なんか妙だと思ってたら、そういうこと」
「まあ、わたし自身が、未だにこの姿に慣れてなかったりとか、いろいろあるけどね」
「で、あの溺愛っぷりは何なの?」
「それはわたしに聞かれても……」
そう。
わたしが皓月を戒めていた諸々を破壊してからこちら、トライン様は一言もしゃべらない。その代わりと言わんばかりに、ずーっとわたしにくっついているのだけど。
親と再会した、迷子の子供みたい。
もっとも、子供は親を膝抱っこしたりしないはずだれけども。
なんていうか……。
言いたいことや話したいことは色々とあるみたいなんだけど、皓月の手前、みっともないところを見せられないとか見せたくないとかあるのかもしれない。
これは、後でゆっくり話をする必要があるかな。
でも。
「トライン様、わたし、怒ってるわけじゃありませんから」
これだけは言っておかないと。
背中から抱き込まれた体勢なので、肩越しに振り返りながら声をかける。
「……怒ってるとは、思ってないけど」
お、しゃべった。
「けど?」
「怖がらせたかなぁって……」
小さな声が、吐息に混じって耳元で揺れる。
肩に顔を伏せられているので、首筋に柔らかな髪が触れてくすぐったい。
「大丈夫ですよ」
よしよしと頭を撫でていると
「なんかどっちが上かわかんないわね」
呆れたような面白がるような皓月の声が聞こえた。
「馬に蹴られるのもとばっちり食らうのも嫌だから、もう行くわ。じゃーね!」
そのまま軽やかに言い切って、ひらりと身を翻す。
「助けてくれてありがと」
宙へ掻き消える寸前に囁かれた言葉には、たっぷりと照れが含まれていた。
月と言うより、嵐のようなお嬢さんだと思った。
皓月はわかりやすくツンデレっ娘です。
蒼月とは夫婦関係にありますが、蒼月は皓月のこの自由気ままさを愛してもいるのです。




