異世界生活始まる…はず。 Side T
大変お久しぶりでございます。
第一章総括、トライン視点です。
織葉の存在は不思議でならない。
うっかり目を離すと何が起きるかわからないので、シディルには織葉の力の解析を、他の部下たちには各地の神殿の監視を任せて、自分自身を織葉の傍に置くことにした。
したのはいいのだけれど、どうにも私の扱いが悪いというか立ち位置が低いような気がする。
向こうの世界で共に暮らしていた犬の体を持つティンが一番頼りにされている感があるのは仕方がないかもしれないけれど、いくら眷属だからと言って、ルチルの方が圧倒的に上のような気がするのには納得がいかない。
ただ、織葉の中で、まだ私の存在が薄いだろう理由はわからないでもない。
だから、ちょっとした他愛ない悪戯を仕掛けては機嫌が悪くなる前に手を引く。せいぜい意識してもらえるようにするつもりだから、覚悟しておいて。
そんなことを考える私に、当の眷属たちどころか私が生み出したはずの地の長たるニーアまでが呆れたような目線を寄越しているのには気付いてはいたけれど、黙殺した。
眷属の1人、ルチルが街へと偵察に向かい、その間に生活を少しずつ整える。
何もかもを1人でやろうとするのを、ティンと2人、手伝わせることを覚えさせようと実力行使に出た。
大きな籠を背負おうとするのを抱き上げて別の籠の前に連れて行き、その隙にティンが物置へと運ぶ。水を張った盥の傍にしゃがみ込めば、次に何をするのかに純粋な興味もあるとは言え、何かできることはあると踏んで近付く。
全てにおいて織葉に聞かなければ何をすれば良いのかわからない。そんな状況ではあるものの、少しは役に立てていると信じたい。
図らずも、ティンとは目線での意思疎通がかなりの精度でできるようになっている気がする。
織葉とティンを2人きりにするのが面白くないことも、私がこの場所に居座っている理由の1つに無いわけではないのだけれど、まぁ、思わぬ副産物でよかったかもしれない。
保存食ももちろんだけれど、生活用品を作ったり食事を作ったり、織葉はくるくるとよく働く。彼女がイアルの世界で誰のものにもならなかったというのはあの世界の損失なんじゃないかと思わなくもなかったけれど、本人が言うには、彼女が特別勤勉だというわけではないのだと。
曰く、彼女の民族は押し並べて勤勉な性質であるらしい。
民族全体がこんなにも勤勉であるのなら、覇権を握っていてもおかしくはないだろうに。
そう言うと、向こう3軒両隣、力を合わせて大地に寄り添い生きる農耕民族である彼女たちは、基本的に温厚で諍いを嫌う傾向にあるという。
なるほど。
とはいえ織葉が猟師だったことを指摘すると、だって生きてくにはお肉も必要ですし、と苦笑いを浮かべた彼女は恐らく『例外』の括りの中に入るのだろう。
そんなある日、織葉が仕事中に口遊む鼻歌に興味を持ったのだろう、今までやや遠巻きに見ていた精霊の子供たちがかなりの距離まで近づいて来た。
織葉はといえば、見ることは叶わないながら、何か空気の密度が高いような気がする、といった感覚で捉えているようだった。
驚いたのは、集まっていた中に光の精霊の子が混じっていたことだ。
光と闇の精霊はそもそもの絶対数が少なく、かつ人の傍に現れることなどほぼほぼ無い。だというのに現れたその子どもは織葉に懐き、剰え名を貰うことで上級精霊に成長することまでやってのけた。
それとほぼ時を同じくして、ルチルが情報と土産物を山と抱えて帰ってきた。
帰るなり織葉によって寝台の住人にさせられたのは、まぁご愛敬。
しかし翌日、また織葉の悪癖というか非常識さが炸裂した。
ルチルの持ち帰った野菜の種と果樹の苗木を畑に植え、何時ぞや芋を成長させたように織葉の魔力で育てようとしてみたところ、ゆっくりとと枝を伸ばしていた果樹が、いきなり幹を太くし始めた。と同時に、ただでさえ小柄な織葉の体が縮み出したのだ。
正しくは年齢を逆戻しした状態だったようだけれど、その衝撃たるや、寿命が縮むとかいうレベルではなかった。力を使って無理矢理にでも止めなければ、彼女はどこまで幼くなったことか。
確かに苗木は立派な樹となり、鈴なりの実を齎してはくれたけれども。そうじゃないだろう。
その日1日魔力の使用を禁じたら、渋々とテラスで膝を抱える。
ティンの主導で野菜類を収穫しているのをただ眺めているうちに眠くなったのだろう。グローシュと名付けた光の精霊と並んですよすよと寝息を立てていた。
かわいい、と視線で愛でていたら、周囲から可哀想な子を見る目で見られてしまった。納得いかない。
昼食後、魔力を使わないで済む作業をする、と言う彼女が何をしだすかと思えば、柔らかめの布をワンピースに仕立て始めた。
真っ直ぐに縫い合わせるその手の速さときたら。かと言って縫い目が粗かったりするわけでもなく、袖口や襟周りも独特の縫い方をしていてとても綺麗だ。それなのに夕飯までにあらかた縫い終わっていたのはすごいと思う。ほとんど真っ直ぐの縫い方なんだから別にすごくないなんて意味のわからないことを言う織葉には、もう少し自覚を持ってもらわなくては。
こんな手の込んだ縫い方をしておいて、ただの普段着だなんて。まぁ確かにデザインはとてつもなくシンプルな物ではあったけれども。
夕食時に何気なく話していたら、織葉の名前の話から、流れで文字の話となり、教育の話にまで転がったのはなぜなんだろうと思わないでもないのだけれど、織葉の気持ちを聞けたのはとても嬉しかった。ついでに私が彼女の名前を呼ぶ方法も見つかったのも収穫だ。
今まではうっかり力を込めてしまいそうであまり名を呼べなかったのだけど、それでは街に出るとなると困るなと思っていたのだ。でもこれで一安心。あとは私がこの言葉に慣れていけばいい。
双新月となっていた、その夜。
夜中に響いた織葉の悲鳴に何事かと駆けつけてみれば、昼の若返りなんて比ではない姿の彼女が呆然としていた。
ぼろぼろと大粒の涙を零し泣きじゃくる、5歳くらいの幼児になってしまった彼女は庇護欲をそそられるとかいうレベルを通り越しているのだが、ともかく調査が先だ。
先なのだが、客観的に見れば犯罪臭が漂うであろう光景を出来る限り意識しないように頑張ったら、別の方向に力が入りすぎたようで、終わる頃にはいつもよりもぐったりさせてしまった。本人は身体が小さくなったからだと思っていたようだけど……なんかごめん。
ただ、そうまでしても、わかったのは彼女の存在自体と眷属との繋がりは揺らいでいないと言うことと、恐らくは皓月が魔力溜りとなった余剰分以上を吸い上げて行ったのだろうという予想が立ったくらいだ。
どうやら織葉の魔力はこの世界に同調しすぎて、魔力溜りとなっている場所から魔力を吸い上げていくだけでも、かなりの量となってしまったようだった。もちろん余剰分以上を吸い取られたことがいちばんの原因だけれど。
それからは、織葉の身体が元に戻るのを見守る日々となった。
およそ2~3日毎に緩やかに成長を見せる織葉が可愛くて、眷属の2人もまた嬉しそうにしている。
その様子を不審がる織葉。
姿だけとはいえ好きな子の成長を見守る気分を味わえているんだから、嬉しくて当たり前だと思うんだけど、彼女はさらに胡乱気な表情をしていた。
紫の上計画がどうのって聞こえたけど、なんのことだろう?
織葉の成長(?)を見守って半月。蒼月が満月を迎えた夜。
真夜中に庭に出ていく織葉に気付いた私は、しばらくしても戻ってくる気配のない彼女を追って庭に出た。
戸口から様子を伺うと、ぼんやりと空に視線を向けたまま聞いたことのない唄を小さく口遊んでいる。
近付いて、毛布に包んでから膝の上に抱き上げると素直に凭れかかってきてくれた。けれどその身体はかなり冷えてしまっている。
こんな程度のことで儚くなってしまうような彼女ではないだろうけれど、風邪でも引いたら、とぎゅっと抱きしめたら、眠くならなくて、と珍しく言い訳のように口にする。自分でも少しはまずいことをしたと思っているのかもしれない。
私が強請るままに歌ってくれるのが嬉しくて、ゆったりと流れる声は心地良くて。
歌詞も情景が浮かんでくるような美しさで、名前の件でも思ったけれど、言葉の美しさを大切にする民族なのかもしれない。
そう織葉に伝えたら、なぜかほんの一粒だけ、涙を零した。
その涙に釣られたのだろう。半月の間、どうにも捕まらなかった皓月が姿を現した。
考えの浅い性格は相変わらずで、魔力溜りの余剰分以上を吸い上げたことを反省もしていなければ、私の言葉をしっかり吟味することすらしない。であるが故に放たれた言葉が織葉を傷つけ、そのことに純粋に怒りを覚えた。
後から織葉に言わせれば『キレた』らしい。
「普段温厚な人がキレると本当に危険ですよね」
とはその時に言われた言葉だけれど、私は別に温厚なんかじゃない。織葉を怖がらせるのが嫌だから、必要以上に怒らないようにしているだけ。ツッコミ役は他にもいるから尚のこと。
皓月の力を吸い取って、消滅させてしまおうとした、のに。
織葉が、それを止めた。
それどころか、半ば透明になりかけている皓月に周囲から吸い上げた魔力を注ぐなんてことまでやり始めた。織葉の一声に精霊達も協力している。
なぜ。
私はこの世界の神なんだよ? なのに、その意思を覆す行動をとる織葉に、なぜ精霊達が従うの。どうして。
普段とは異なる力の使い方をしたせいなのか、あるいは強制的に体内で魔力を循環させたせいなのか、織葉の体はほぼ元通りに成長を遂げた。
それは良かったのだけれど、あの皓月と何やら意気投合した挙句、無罪放免としてしまったのだ。
ある意味それが織葉だ。わかってる。でも、納得できない気持ちが自分の中で渦を巻いて、ものすごく取り乱してしまった。
すぐさま落ち着きはしたけれど、きっと織葉には気付かれた。
かつてない程に不安定な自分に。
その証拠に、全身から力を抜いて、私にその身を委ねてくれる。そして穏やかな声で話しかけてくれるのだ。
その内容については、まぁ、織葉だから?
相変わらずびっくりさせてはくれたのだけど。
街へ行くために、私が織葉の名を力を込めずに呼べるようにしなければならなかったのと同じに、私の呼び名も考えなければ、とは思っていた。
けれど、まさか織葉が気軽に口にした一言で私の一部が書き換わるとは、さすがの私でも予想がつかなかったというか普通ありえないというか。
ただ、それが作用するのは織葉のみということと、名を呼んだ時にどこいるのかが分かる、という程度のことであったため、特に問題はない……というより私と織葉がより強く結びついたみたいで、実は結構嬉しかったりする。
力を使ったからか、成長したからか。
睡魔に襲われた織葉に、ベッドまで連れていくからそのまま眠っていいと言うと、僅かに抵抗を見せたものの、強烈な眠気には勝てなかったのだろう。
眠りに落ちる寸前の彼女が呼んだ私の新しい名前は、やけに優しい甘さをもって耳に響いた。
次はぽーんと日数が経って、街へ行くところから始まります。
今月中に投稿できたらいいな……。




