名前を呼んで
今回はお待たせせずにお届けできました!
ただ、ちょっと見直してたらやっぱりここで切った方が良さそうに思えたので短くなってしまいましたが。
皓月が姿を消して、一気に静寂が戻る。
「まただ」
「え?」
微かな囁き声とともに肩に回された腕に、ぎゅっ、と力がこもった。
「今まで常識だと思っていたことが、君によっていとも容易く塗り替えられる」
「トライン様?」
「そして君はこの世界で味方を増やしていくんだ。どれほど俺が自分だけのものにしたいと思っていても」
「えっと……」
背中から響く苦しげな声に、かける言葉を迷う。
「俺はね、曲がりなりにもこの世界唯一の神なんだよ。この世界を作ったのは俺だし、当然思い通りにならないことなんて基本的になかったんだ。なのに君は俺の予想も想像も軽々とはるかに超えていく」
待って、なんかおかしいと思ったらトライン様自分のこと『俺』って言ってる!
顔を見たいのに、わたしを抱きしめる腕の力が強くて振り返ることもできない。身体を捩ろうとすると、逃げるとでも思ったのかさらに力が増した。
「トライン様、逃げませんから、力緩めてください」
「……ほんとに逃げない?」
「逃げません。顔見て話したいんです」
「それは嫌」
「子どもですか」
思わず苦笑が零れた。
トライン様は、きっとわかってる。自分が今どれほど不安定なのか。そしてそれを認めたくないと思っていることも。
「……君は、私がどれだけ君に焦がれてるかわかってない。ティンやルチル……眷属にすら妬ましい気持ちが湧き上がるのに」
あ、戻った。
「光の精霊を呼び出し名付け、蒼月ですら手を焼く皓月さえもおとなしくさせて。私の力が及ばない所へ行こうと思ったら行けてしまうだけの存在を味方につけて……。君は、私をどうしたいの」
あの一瞬だけだった『俺』という一人称は、それだけにむき出しのトライン様が見えたような気がした。
寂しがりで、なのに甘え方を知らない哀しい子どものような……。
だからわたしは、力を抜いてトライン様の胸に全身を預ける。すると、体に回された腕からも力が抜けて、すっぽりと包み込むような抱っこになった。
しばらく黙ったまま、どう話をするか考えて、結局なるようにしかならないと諦める。だって、わたしだけで考えたって埒があかないんだもの。
「トライン様は、どうされたいです?」
そっと声をかけると、ぴくりと反応したのを感じた。
「どう、とは?」
「わたしはわたしとして生きていきたいだけで、トライン様をどうこうするつもりなんて欠片ほどもないんです。でも、トライン様がそれじゃ辛いって言うなら、一緒に考えるしかないでしょう?」
「おるは……」
胸に凭れたままで見上げれば、なんとなく困ったような表情が見える。
「ね?」
そのままにこりと笑って見せると、トライン様の顔がくしゃりと歪んだ。
「まいったな。皓月の言うとおりだ」
「?」
「これじゃ、どっちが上なんだかわからない」
「あら、お嫌ですか?」
「嫌じゃないから、困ってる。自分でも驚くよ」
「ふふ」
腕を伸ばして、途方に暮れる子どものような目をしたトライン様の頬に触れる。
「おるは?」
「そういえば、わたしの名前呼べるんですね」
「ん? ああ、うん。この前文字を教えてくれたでしょ。あれで、うっかり力を乗せないように名前を呼べるようになったんだ」
なるほど?
「織葉、と呼んでいると、何かの弾みで力を込めてしまうかもしれない。でもそれは君を縛ることに繋がる。それは私の望むことではないんだ」
「何か呼び名考えた方がいいかな、って思ってたんですよね。トライン様、出来るだけわたしの名前呼ばないようにしてるでしょう。でも、ちょっとよそよそしいし、呼びかけられないと不便なこともあるかなって」
「なるほどね。というか街に出るには私の方が呼び名を考えないといけないかもしれない」
「なぜに?」
トライン様の名前はわたし達しか知らないはず。
「万が一、私の存在がバレた瞬間に、名前まで一気に広まってしまうでしょ。それは困るんだ」
「ああ、確かに……」
神様や精霊にとって、名前は存在と密接に結びついているらしい。
だから名前を知られる・呼ばれるということは、存在を掴まれるにも等しいとか。
それを聞かされた時、『グローシュはわたしが名付けたんだけど?!』って思ったね。あとわたし達、トライン様の名前ホイホイ呼んじゃってるんですが!
「……じゃあ『ライ』ってどうですか?」
「ライ?」
「『トロイメライ』の『ライ』。トライン様の名前の真ん中でもあるから、違和感も少ないと思いますし」
何の気なしにそう言ったわたしを、トライン様が凝視する。
「……本当に、君は私をどうするつもりなんだろう」
そうしてぽつりと零された呟きに、わたしは目を瞬かせた。
「さらりと名前を与えないでよ。ただの呼び名のはずなのに、君に付けられたってだけで特別な意味を持ちそうだ」
「まさかと思いますが、グローシュと同じことになってたりしませんよね?」
「流石にそれは」
「よかった」
「君に呼ばれた場合は別だけど」
よくなかった!
「トライン様、それ不味いです」
「なぜ?」
「いやなぜって、要するに本名が2つあるみたいなことになってるんでしょう?!」
「いいや? 『ライ』の名が意味を持つのは君が口にするときだけだし、強制力までは持たないから大丈夫」
ぱか、と口が開く。
「強制力無いんですね? ホントですね?」
「うん。でも多分どこにいても聞こえる。声の場所、つまり君の居場所がわかる」
ええとそれはもしかしてGPSというのでは。
「便利、と思っておくことにします」
「それと、おるは」
「はい?」
「ちゃんとライって呼んで」
「へ?」
「でないといつまでも慣れないでしょ」
「ああ、そうですね。気をつけます」
頷いた途端、ふわぁ、と欠伸がもれた。
「眠い?」
「ん……。成長したから、かも」
「今までと違う力の使い方もしたしね。眠っていいよ」
「でも、」
「ちゃんとベッドに戻してあげる。大丈夫だから、おやすみ」
そう言って瞼にキスされると、するりと意識が滑り落ちていく。
「ライ……」
なにを言おうとしたのか自分でもわからないまま、名前だけが零れて夜闇に消えた。
実は今回で第1章が終了です。
次から第2章、いよいよ街へ行ったり行動半径が広がりますよー。
その前にまた織葉以外の視点からまとめのお話が入るかな?
今回もお読みいただきありがとうございました。




