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縫物と感情と
結局、じっとしておくのが性に合わないわたしはというと。
「ここで作業しててもいい?」
「魔力使っちゃだめだよ?」
「わかってる」
「なら、私が傍で監視しよう。どうせ、たいして役に立てない」
「そうですね、お願いします」
……そこは否定してあげよう?
そう口にする間もなく、トライン様が膝から崩れ落ちたのが目に入った。
「どうせね……」
「まぁまぁ。神様が生活感あふれてるというのも、それはそれで微妙かもしれませんし」
拗ねるトライン様を宥めて、日陰になったテラスに裁縫箱を持ち出す。
「……服を作るの?」
「はい。と言っても今は本当に簡単な物しか作れませんが」
ミシンもアイロンも無いしね。あ、火熨しなら炭の代わりに魔晶石入れたら使えるかも。まぁ、今魔力使ったら怒られるどころじゃ済まなさそうだから、そもそも創れない。
なので、作るのは型紙要らずの直線裁ち直線縫いのワンピース。軽い素材だから手縫いでOK。
「トライン様、そっち持ってもらえます?」
「こう?」
「ええと、こう輪になったところを上にして……。そうです、そのままぴんと張っててくださいね」
そう言って、裁ちばさみを滑らせる。
「わ?!」
「なんで手ぇ離すんですか! ぴんと張っててくださいって言ったのに!」
「いや待って?! ハサミが向かってくるなら先にそう言っておいて?!」
「大丈夫ですよぅ。指切ったり突いたりしませんから」
「そういう問題じゃなくて、気持ちの問題なんだけど!」
「もう……。大丈夫ですから、ちゃんと持っててくださいね?」
「『もう』って、それたぶん私のセリフ……」
かくりと項垂れるトライン様。
なんか背中が煤けてる。
「織葉さん、慣れてない人に、さっきのスピードは怖いと思うよ?」
くすくす笑いながら、ティンが口をはさんできた。
「でも、あれくらいじゃないと綺麗に切れないんだけど」
「難しい問題だね」
苦笑を返しながら首を傾げて見せる。
「ありがとうございました。またお願いしますね」
「……次の時もちゃんと言ってね?」
ヘタレ、て言っちゃいけないんだろうな、これ。
などと思いながらも手は動く。
待ち針を打って、ざっくりとしつけをかけてから、脇の空き止まりをしっかり縫い留める。
身頃は延々と直線縫い、襟は浅めのVネック。
夕焼け色の幅広リボンがあったので、それをバイアステープ代わりに襟刳りと袖口の処理をして、裾は裁ちっ放しでもいいけど、さすがにまつるくらいはする方がいいか。
「器用だねぇ」
「この程度で言われましても……」
普通に纏るのではなく、深緑の糸で千鳥かけ。
形が愛想もへったくれもないのだから、多少は装飾しないとね。
わたしにだって、それくらいの色気はある。
その程度しかない、ともいえるが。
ちくちくと細かな針仕事は、無心に手を動かしていると時間が経つのを忘れる。
「織葉殿、そろそろ休憩を入れぬか?」
ルチルに声を掛けられて時計を確認すると、軽く2刻ほど経過していた。
頭を起こすと、流石に首の後ろが若干だるい。
しかし、老眼鏡なしで針仕事ができるってのは楽でいいね。
「声かけるまで手が止まらないって凄い集中力だね」
「あまり根を詰められますと、魔力を使わずとも疲れてしまいませんか?」
ほんっとに過保護だなうちの男性陣は。
「別に疲れちゃいませんけどね」
「そうなのですか? こんな細かな仕事など、自分は仕立て屋以外で見たことなどありませんが」
「え、そう?」
うーん。
襟ぐりとか脇止まりとか力がかかりやすい所は、特に丁寧にしないと、生地が伸びちゃったり逆に縫い目が攣れたりするんだけど……。
「そういえば仕立て屋の女性から、こちらでは古着が主流だと聞いたのだが」
「そうですね。もちろん生地を買って自分で仕立てることも無いわけではありませんが、その場合はこんな細かな仕事をしません。以前も言いましたが、裕福な家庭では普段着でも仕立て屋に頼むことが多いですし、そのようなところから古着屋に流れた衣服が、庶民のおしゃれ着となります。庶民がこのような丁寧な仕事で縫うのは結婚式のドレスくらいですね」
ふむふむ。
てことは何か。
普段着として着ようと思ってるこのワンピースでも、こっちじゃお出かけ着になりかねないのだろうか。
いやまぁこのデザインでおしゃれも何もないような気がするんだけど……。
ルチルの淹れてくれたお茶を飲みながら、ふと思いついたことを口にしてみる。
「そうだ、この世界ってマントとかケープとか一般的に着られてたりします?」
「普通に日除けや防寒装備として着られてるよ。あと雨具」
「マントの場合は防寒装備の1つとして使われることが多いですが、所属や階級を表すのにも使われます。ケープは身分のある令嬢が人目を避けるために身に付けたりすることが多いですね」
「因みにその違いは……」
「布の質でしょうか」
ですよねー。
うん、それくらいはわかってるんだ。他はないのかなって。
「それ以外は?」
「装飾として使われたりでしょうか……?」
ものすごく首を捻ってる。
でもなるほど。なんとなく、位置づけはわかったような気がするぞ。
わたしは複製しておいた、割烹着に使った帆布のような布を指して尋ねてみる。
「こういう色合いってどうなんでしょう? やっぱり黒っぽい色が多かったりしますか?」
「うーん……。目的は?」
「あのですね、フード付きのケープとかマントとかに、魔力を遮断する加工ができないかと思ったんですよ」
「うん?」
あれ、首傾げてる。
「ええとつまり、それで結界を張る、という事ですか?」
「えーと……」
ちょっと違う、かな? いや合ってるのか。
わたしが思ったのは、レインコートのような防水加工布。光を遮るのだから、暗幕やカーテンという方が正しいかもしれない。
まぁ、何にしても外側からの光や雨を遮るのではなく、内側からの光を外に漏らさないようにするためのものだけれども。
「けれど、顔の所はどうするのだ? 隠しきれぬではないか」
「てるてる坊主みたいに全身すっぽり覆っちゃうの?」
ルチルとティンはピンと来たらしく、話が通じてる。
「てるてる……ぼうず?」
首が傾ぎっぱなしのトライン様とシディルさんの為に、ペンとメモを持ってくる。
「てるてる坊主って言うのはこういう……人形? なんですよ。晴れて欲しいって時に、軒先につるして願掛けをするんです」
てるてる坊主の歌を教えると
「……なんで最後がそんな物騒なの」
と言う感想が返って来て、思わず苦笑する。
確かに、金の鈴だの甘い酒だの言ってていきなり首ちょんぱだもんね。
「実は平和な歌詞もあるんですけど、伝わっていく途中で消えちゃってるんですよね」
そうなんだよねー。
実はその昔、歌が作られた当初は『願いが叶わず、雨が降ったら、みんなで泣こうね』という歌詞だったらしい。
そこがいつの間にか消えて、アメとムチ的な歌詞だけが今の世に伝わっている。なんでかは知らない。
「てるてる坊主の話はまぁ置いといて、ですね」
鉛筆を走らせ、フード付きのマント? ローブ? そう言う感じの物の絵を描く。
「魔力はその人を包む光のように見えるって言ってたでしょ? だから布自体に加工を施して、それを外に洩れないようにできないかと思って…… 」
そう言いながらフードの内側に人を描き加え、フードとの隙間を薄く塗りつぶす。
「ああ、だからルチルが顔の部分はどうするのかと言ったのか」
「ヴェールとか着けたら悪目立ちしますかね?」
「いえ、女性でしたら然程おかしくはありませんよ」
「じゃあ……」
「ただその場合、それなりに身分のある女性の振りをしないと不審がられるかもしれません。少なくとも冒険者をしているような者にはあまり見かけないかと」
「ぐっ……」
そんな演技とか無理だよ? そもそも貴族とか見たこともないんだからね? ていうかわたしだって冒険者やりたい!
「……我の主は貴族ではないと言ってしまったのだが」
「貴族である必要はありませんよ。家名も必要となりますし」
「姓はあるけど家名っていう程のものじゃないしね」
「オルハ様は貴族でいらっしゃったのですか?!」
あれ?
「この世界って貴族じゃなきゃ姓もないんですか?」
「そうだよ。でも王族になるとまた名前だけになるけどね」
けろっとした顔でトライン様が言う。
「はい?」
「家名は統べる領地などを示しますが、王は国そのものを統べる唯一無二の存在。ですから家名なぞ必要がないのです。そういう意味では、国名が王族の家名と言えるかもしれません」
はー。
日本の皇族の方々みたい。
「色々あるのね……」
「差し支えなければ、オルハ様の家名をお聞きしても?」
「こっちには無いと思いますけどね。妹尾っていうの」
「セノー?」
「せ の お」
「セノオ、ですか」
「そう。名乗ることなんてまずないだろうけど」
少し言いにくそうに口の中で繰り返している。
そういえば織葉も、トライン様は普通に発音してるけどシディルさんやニーアは若干カタコトっぽい発音になってるっけ。
「ところで貴族様が名乗る場合、名-姓? 姓-名?」
「名が先ですよ。それに高位貴族だと尊称やら褒章名やらが入って来ますからね。そういうのが後ろに続いて最後に家名です」
「……偉くなればなるほど名前が長くなるってこと?」
「基本的にはそうなります」
ああ、一番偉い王様は名前だけだもんね。
「ま、偽名つかわなきゃいけないとかじゃないのはよかったよ」
「織葉さん、呼びかけられてもスルーしそうだもんね」
うん、自分でもそう思う。
「何にせよ『街に行く』ってなってからの話だけど」
「そうだね」
くす、と口元に笑みが浮かぶ。
色々と打たなければいけない手はあるけれど、それすらも楽しめそうだ。
でも……。
「まあ、今日は大人しく縫い物して過ごすよ」
「え、どしたの?」
「ティン、それはどういう意味かな?」
「いやなんて言うか……。織葉さんが自分から大人しくするって何があったのかって……いたいいたい」
踵に体重を乗せて、指の付け根辺りを狙ってぐーりぐーりと踏んづける。
「別にどうもしないよ。中途半端なの嫌だし、このワンピース仕上げておきたいだけ」
「ふぅん、わかった。じゃあ今夜のご飯は僕が作るね」
「へ?」
「簡単な物ならできるよ。僕みたいな下っ端天使は雑用もいっぱいしてるから」
「そうなんだ。じゃあお願いしようかな。あ、そうだ。収穫した野菜、どんな感じ?」
「全体的に見覚えのある感じ。ただ、キャベツっぽいのに玉になってないとかならまだいいんだけど、どう見てもピーマンなんだけど色が紫だとか、ほうれん草っぽいのに根っこどころか茎まで全部真っ赤だとか、一部に違和感。でも『これどうやって食べるんだろう』的な違和感はないから、何とかなると思うよ」
キノコの時と一緒で、どうやら色に対する固定観念だけは捨てなければならないらしい。
「だからね、ちょっと色がおかしいなって思っても僕のせいじゃないからね?」
「それはフリ?」
「真面目な話だようぅぅ」
「冗談だってば」
ふわふわの頭を撫でると嬉しそうに目を細める。
「織葉殿は……。ティンには気軽に触れるのであるな」
ルチルが、どこかしみじみとした口調でつぶやいた。
「ん?」
「え?」
手をティンの頭の上に乗せたまま、という、何とも間抜けなポーズで動きが止まる。
「オルハ様、自覚されておられないのですか?」
「いや全く」
さっと視線を逸らしたところを見ると、ティンはわかってたらしい。
「こら確信犯」
「悪いことだとは思ってないもん」
「ならなぜに目を逸らした」
「それはなんとなく」
「……織葉殿はなぜ怒っている?」
「え?」
不思議そうなルチルの声に目を向けると、目を丸くしてことんと首を傾げている。
僅かに流れる漆黒の髪も見目麗しい青年のその仕草は、一部の女子にとっては鼻血モノなのではないだろうか。……じゃなくて。
「怒っているわけではないんだけど……。ルチルも不満だったんじゃないの?」
「我が? いや、そのようなことはない。やはり付き合いが長いと違うのだなと思っただけだ。……と思う」
胸元に軽く手を添えて口にした最後の一言は、大丈夫なのかと少々不安が残る。
「付き合いが正しく長いのは雪花であって僕ではないんだけどね。ただ僕も夢殿からずっと織葉さんを見てきたし、雪花の記憶が織葉さんの取り扱い方法を教えてくれるから」
「取り扱い……」
酷い言い草だ。
確かに取扱説明書をよく読んで大切にしてくださいって歌はあったけれども。 わたしはこの世界がある限り永久保証されてるけれども。
……ん、待てよ? ずっとわたしを見てたって言った?
「そりゃね。やらかしたのは僕だし、その後始末で僕の力は極限まで使い果たしてたけど、織葉さんに真実を告げる役目だけは他に譲れないから、陽炎のような姿だとしても存在をギリギリ保つだけの力をあの世界から与えられてたんだ。雪花が織葉さんと一緒に生きられるなら、って体を譲ってくれたから、今の僕が居るんだよ」
あのままだと雪花は向こうの世界に取り残されて、野良犬になるか、最悪殺処分となっていた筈だ。
シェパード系大型犬の雑種で推定15歳を超えた雌なんて、そうそう引き取ってくれる人なんていないだろう。
「イアル様の許可が下りたからっていうのは勿論なんだけど、僕と雪花はお互いメリットが有ったから」
「Win-Winってやつ?」
「うん。僕はしっかりした実体の身体が手に入る。雪花はあの世界の柵を抜けて、織葉さんについて行ける。これぞ利害の一致」
「うーん……。まぁ、そうなのかな」
「『かな』じゃなくて、そうなの! そんな訳だから、たぶん今の所、僕はこの中では一番織葉さんに詳しいと思う」
しかしまぁ、よもや80年以上観察されていたとは。
「だから、織葉さんが心地よく過ごせるようにするのは、ある意味僕の役目かなー、とか思うんだ」
「……元が雪花だから気安いって言うのは、あながちはずれじゃないけど」
でも、不公平だって言うならもう少し何か考えた方がいい?
「いいや。前にも言ったけれど、君に何かを強いるつもりはない。私達の気持ちを否定しないでいてくれたら。もちろん、受け入れてくれるに越したことはないけどね」
なでなで。
トライン様の手がわたしの頭を撫でて、ついでに頬を撫でて離れていく。
「何か、と言うのであれば、こうして触れるのを拒絶しないでくれると嬉しいかな」
にっこり。
恐ろしく綺麗な顔立ちの神様が、蕩けそうな甘い笑みを浮かべる。
耳元が仄かに熱を持った気がするけど、気のせいだということにしておこう。
ずるいっていう気持ちが無いわけじゃない。だけど今のわたしは、確かにみんなの事が好きだけれども、それがそういう意味の『好き』はわからない。
「みんな好きって言うのは、誰のことも好きじゃないのと同義だって聞いたこともあるんだけど」
「それは違うと思うよ。今はまだ『特別』が存在してないだけだ。その『特別』も1つとは限らないし1人とは限らない」
「……難しい」
ぽそりと呟くと、猫の姿に戻ったルチルが膝の上に飛び乗ってきて、鼻先をぺろりと舐めた。
「ふぇ?!」
「我には、これが限界だ」
「ルチルさん、結構大胆なことしてるって自覚ある?」
「む? そうなのか?」
「僕でもほっぺくらいにしかキスしてないのに」
「?!?!?!」
ルチルの尻尾がぶわ、と膨らんだ。
「「難しい……」」
ルチルとわたし、2人揃って肩を落とす。
ティンとトライン様は出来の悪い生徒を眺める目をしているし、シディルさんはにこにこして完全に傍観者だ。
「なんかさ、私は確かに君に口づけたことはあるけど、考えてみれば、そういう感情を伴った行為として口づけたことが無いということに、たった今気が付いたんだけど、どうしたらいいと思う?」
どうもしなくていいです。
軽くひきつったわたしの顔を見て悲し気に肩を落とすトライン様と、静かに合掌する3人。
「「「ご愁傷さまです」」」
「……泣いていいかな」
どことなくカオスな状況を横目に、わたしは縫物に戻るべく若干ぬるくなってしまったお茶を飲み干した。
織葉の恋愛音痴はまだまだ矯正が必要なようです。




