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情報整理
一回り大きくなった子供に抱き着かれたわたしは、思考が追い付かずに硬直する。
「……まま?」
ようやっと動き出した脳ミソが反応したのは、先ほどのセリフ。
「ママ」
わたしを見上げて嬉しそうにニコニコ笑うその顔は、カケラほどの曇りもない。
夏の青空のような輝きに満ちた笑顔は、光そのもの。きっと、世界に満ちる光をそのまま体現する存在なんだろう。
ちなみにさっきまで下腹あたりにあった頭は鳩尾あたりにある。
一瞬で10cm以上も身長伸びやったのか……。
く、悔しくなんかないもんっ!
そんなことを思いながら、ぎゅっとしがみつく子供を抱き上げる。
軽いけれど、確かに生きている者の重みがあった。
「あーあ、やっぱり」
そんな雪花の声がしたけれど、そこはあえてツッコむのをやめた。
だって、言われる言葉の予想がつくんだもんよ。
ふい、と視線を逸らせたその時。
「織葉殿、いつの間に御子を儲けられたのだ?!」
驚愕に満ち満ちたルチルの声がして、
「たった5日で生まれるわけがないでしょうが!!」
反射的にツッコミを入れたわたしは、グローシュを下ろして、その姿を探してあたりを見回す。
なんでこの距離で見えた? と言いたくなる距離に居たルチルは、そのままわたしの元へと一直線に駆けてきて
「ならばその織葉殿に似た幼子はなんと説明……むぐ?!」
「何これルチル可愛いっ!!」
「ちょ、織葉さんっ?!」
わたしの狂喜乱舞に振り回されて、帰って来るなりベッドの住人になってしまった……。
したん、したん。
しなやかな尻尾がベッドを叩く音が響く。
「……色々と言いたいことはあるのだが」
わたしは知っている。
これは、猫のこれは、機嫌が悪い時の行動だ。
「ごめんなさい」
なので先制して、深々と頭を下げた。
鞄を背負ったルチルがあまりにも可愛すぎて、労う前に抱きしめて胸で窒息させかけたのはわたしだ。
「ついうっかり、理性が飛びました。ずっと走りづめで疲れてただろうに、本当にごめんなさい」
頭を下げたままそう言うと、頭上で、ふぅっとため息を吐かれた。
うう、ごめん。
「織葉殿」
名前を呼ばれて、そろりと視線を上げたそこには、至近距離に琥珀の瞳。覗き込まれた顔が思いのほか近くて、思わずのけぞりそうになる。
「ただいま帰った」
囁くように告げられた声の甘さに驚く間もなく、更なる驚きがわたしを襲う。
なんとなれば。
「早く帰ってきたくて、頑張ったのだ」
そう言って、ふわっと笑ったのだ。
ルチルが。
無愛想でそっけなかったルチルが。
しかも猫のままなのに。
確かにそうとわかる顔で笑ったんだ。
嬉しくて、わたしの顔もほころぶ。
柔らかな体に指を滑らせると、甘えるようにすり寄ってくるから、遠慮なくもふもふする。
「おかえりルチル。偵察お疲れ様」
「うむ。沢山、報告したいことがあるのだ。あと、確認したいことも」
「じゃあ、シディルさんに来てもらうようにお願いしなくちゃ」
ベルベットの毛並みを撫でながら、何かあったのかな、とうっすら思った。
「う、わぁ……」
鞄から、出てくる出てくる。
「ていうかそもそもこの鞄がすごいんだけど!」
「露店の主人が自分で作っていると言っていた。魔法は他の者がかけているそうだが」
「職人さんがお店だしてるの?」
こくりと頷くルチル。
ちなみに今は人化している。
「手先が器用なハーフリング族は、商才に優れた者もまた少なくありません。ですから割によくある話です」
「そうなんだ。他の種族は?」
「ドワーフ族は鉱石類との相性が良く、体力もありますので、鍛冶師に多いですね。ハーフリングとはまた違った手先の器用さを持っておりまして、金属を使用した細工師としても有名な者が多く居ります。そしてエルフ族は総じて魔力が高い種族ですので魔法付与師はほぼ彼らです。また、繊細な作業を好む者が多く居る種族でもありますので、植物を使った細工師をはじめとして様々な職人にちょくちょく見られます」
ほうほう。
聞く限り、向こうのファンタジー世界の認識とかけ離れてはなさそう。
シディルさんの説明を聞きながら、鞄から出てくる色々を早く開けたくてうずうずする。
気分はクリスマスの朝だ。
「ところで織葉殿。酒は嗜まれるか?」
「んー。ホントに嗜む程度かな。強くはないけど、下戸って程でもないね」
「そう言う人ほど、実は目茶苦茶強かったりするよね」
「どうなんだろう?」
「酔いつぶれたことは?」
「ないなぁ。そもそも酔っ払う前に美味しくなくなって、飲むのやめちゃうから」
「……それはおそらく相当に強い人が言うものだと思いますが」
「そうかな?」
いやまぁ、実際向こうでもあんまり飲まなかったし、よくわからないんだよね。
飲み会なんてそうそうなかったし、家でひとり飲みしなきゃいけないほど好きってわけでもなかったし。
「ではひとまずこれを。食事と共に売られていたものだ。どうやらここでは水の代わりに弱い果実酒が飲まれているようだった」
「へ。子供も?」
「茶や果実水もあったが、価格的には酒と同じくらいであった」
「ほー。ん、まぁわかった。家だから、何かあっても大丈夫だしね」
水が売られてないのは衛生面の問題かな? それとも魔晶石から出せるからわざわざ売るまでもないのかな。
「言っておきますが、いくら魔晶石から出たものでも、浄化も掛けていない水をそのまま飲むなんてありえないのですよ?」
え、そうなの? ていうかなんでわかったの。
「顔を見ていればわかります。あと、先日飲んでらしたでしょう。あれもまたびっくりしました」
「そーいや結構な勢いで怒られたっけね。これはどうせならごはんの時に一緒に飲もうか。もう1つの方は?」
「果実水だ。織葉殿が酒を飲めぬ体質であれば困るかと」
「さすがルチル。じゃあ、こっちは今飲んでみよう」
人数分準備したコップに注ぎ分け、なんとなくオヤツな気分になったので、干しイモを出してみる。
なぜかニーアがやたらと気に入って、おかわりが欲しそうだったので専用に1皿渡す。
……にこにこと嬉しそうに干し芋を嚙る美女……何も言うまい。
そして果実水はといえば。
「薄めたりんご酢……ぽい?」
若干酸味の勝ったその味は、りんごジュースと言うよりりんご酢に近かったのだけれど
「なんにしても、味がうっすい!」
の一言に尽きる。
「あくまで水分補給って考えるとこれでいいんだろうけどさ。もーちょっと美味しいの飲みたいなぁ」
「だよね。僕達だからそう思うのかもしれないけど」
「自分はこの味に疑問を持ったことはありません」
「「やっぱり」」
わたしとティンの声が綺麗にハモった。
……これはもう自分で作ろう。
次に手に取ったのは、調味料関係。
香辛料の類はホールで売られていたので、使う時には自分で砕かないといけないけれど、姿が見えるので非常にわかりやすい。
うちの周りでも何種類かのミントとローズマリー、バジルなんかは見つかったけれど、それに加えてオレガノにセージ、ローリエ、カルダモン、クローブもある。
さすがに塩や砂糖に比べればかなり高価なようで、薬のように小さな布や紙に包まれていた。
ご多分に漏れず名前は違うようだけど、もう覚えていられない。街に行く時に欲しい物だけ覚えよう。
待てよ?
確か、女神様に言語チートもらったから、自動翻訳かかるんだっけ。
「織葉殿に教えてもらった通り、全て5ステラ分ずつ買ってきた」
「ピンク岩塩の方が安いとか何この異世界マジック」
「はい?」
「向こうだと、白い塩よりもピンク岩塩の方が高価だったんだよ」
「ここは海から遠いですからね。砂糖に関してはほぼ世界共通ですが、塩はかなり地域差が出ます」
なるほど。
てことは、海に近い街だと逆のことが起こるのかな。
そういや日本は島国だった。そりゃわざわざ輸入するピンク岩塩の方が高価になるわな。納得。
お砂糖は茶色っぽいけど、黒砂糖とまではいかない。色合いは三温糖っぽいけど、ちょっと舐めてみると、平たく言えば雑味が多い感じ。コクのある味が出るから、わたしはこういうお砂糖も好きだ。もちろん使い所によるけど。
これで味噌と醤油があればなぁ……。
大豆と米があれば、作れなくはないのかな。
「織葉さん! これお米だよ!!」
なんだって?!
開けてくれていたのは穀物の袋だった。
ホントだ。お米だ。
ジャポニカ米では無さそうだけど、タイ米みたいに細長くもない。リゾット米的な……?
これは炊いてみなくっちゃ。
こっちのこれは麦?
あ、これ小麦だけど、こっちのは大麦だ。てことは、麦茶が飲める! はったい粉も作れるっ!
うわぁ、わくわくしてきた。
「……オルハ様の目が半端なく輝いているように見えるのは気のせいでしょうか」
「安心しろ。私にもそうとしか見えない」
なんか失礼なことを言われているような気がするけれど、今はおいとこう。食生活の充実は何物にも代えがたい。
ええと、それから、と。
これは種と、苗木?
「葉物野菜と実物野菜の種と、果樹の苗木だそうだ」
「どんな野菜だろ」
「農場の者に任せたのでわからぬ。実物と果樹についてはうまくいくかの保証はしないと言われたが、織葉殿にかかれば失敗などないだろう」
至極真面目な顔で言うルチルに苦笑しか返せない。
「買いかぶりすぎ、と言いたいところだけど、できちゃうからなぁ」
「無駄にならぬのだからいいのではないか?」
「……そういうことにしとこうか」
最後に、大きな布の包みが出てきた。
「これは?」
「布だ」
「え、こんなに?」
「これでも2テルムだった」
「布ってそんなものなの? 服の値段もわからないから何とも言えないけど」
シディルさんに視線を向けると、微かに首を傾げていた。
「庶民は露店で古着を買う事がほとんどですね。貴族や豪商といった富裕層は、普段着でも仕立て屋に作らせることが多いですが、そういった層の着なくなった物が市場に流れて、庶民のおしゃれ着になったりします」
「へぇ。なんかちょっと意外かも。貴族って、1回袖通した服は2度と着ないけど、そんな服がクローゼットルームにぎっしりあるとかいうイメージなんだよね」
「そういうタイプの貴族がいないとは言いませんが、ドレスはまた別ですが、普段着はそんなことありませんよ。それも中央ならともかく、こんな地方の街にはいないでしょうね」
「あ、地域的なものもあるのね」
「それはもちろん。やはり中央と地方とでは貴族の担う役割も、そもそもの数も違いますから」
「なるほどねぇ」
そんなことを話しながら、布包みを開けた。
生成りに淡いグレー、ベージュ。色糸とリボンが何種類か。
布だけじゃないのね。
「店主が言うには、普段着用の布など色味に乏しいから、女性なら色糸くらいあった方がいいと。あとその店主からの伝言なのだが……」
「なに?」
「『次に来るときはぜひ主もご一緒に』だそうだ」
「なんでそんなに嫌そうなの」
「嫌だというわけではないのだが……」
「でも、なんか苦い顔してるよ?」
「我の顔を見て、主に興味を持ったと言われた」
うん?
「織葉殿の目の色や身長を聞かれた時、我の顔が違って見えたと。だから、興味が出たと言われたのだ」
んんん??
「ルチルさん、自覚してないんだね。しかも織葉さんは理解してないね」
「何を?」
「どういう意味だ?」
「ルチルさんも、とっくに織葉さんが大切で大好きなんだってこと」
「ティン、それがどうつながるのか我にはわからぬ」
うん。わたしもわからないよ?
2人揃って首を傾げると、やれやれと言わんばかりに肩をすくめられて、軽くムッとする。でもそれを言うとまた揶揄われるというか呆れられるってことがわかっているだけに、そのままだんまりを決め込んだ。
ちなみに今はティンもルチルもこちらの一般的な服装をしている。
生成りのプルオーバーシャツにレザーっぽい濃茶のパンツと編み上げのロングブーツ。
ルチルは街ではこれに革の胸当てと細身のショートソードを帯剣した姿で人化していたらしい。あと腿に巻かれたベルトで支えているちょっと大型のベルトポーチ。
なんというか、服装を変えるだけでぐっとこちらの世界の人っぽくなる。
ちなみに女性は、女神様にいただいた服とあまり変わらないらしい。作るのも楽かも。
「ええと、話を戻そうか。その店主さんに、次はわたしも一緒にって言われたんだよね?」
「うむ」
「なんでだろう」
「ああ、店主がドレスを作りたいらしい」
「へ?」
「服を作る為に生地を買いに来たと言ったのだが、ドレスは作れるのかと聞かれて答えられなかった」
「ワンピースならともかく流石にドレスは作れないよ。それ以前の話、ドレス着なきゃいけないような場所に行くつもりもないし」
「だよね」
「だろうね」
「ですよね」
そこで3人揃って頷かれると、どう反応したものか困るんだけど。
ルチル、どう答えれば、みたいな顔しない。
「いやでもホントにドレスなんて作ってもどうしようもないから、それはご辞退申し上げるとしても、お見立てのお礼はしたいから、街に行った時には寄りたいな。いつになるかはわからないけどね」
下着も買わなきゃいけないし、売ってないなら作らなきゃいけないし。
複製? いや流石にぅン10年前のサイズなぞ覚えとりゃしませんて。
今は某メーカーのブラカップ付きタンクトップみたいなもので誤魔化している。
「織葉さんが色々自覚したら少しは早く行けると思うから、頑張ってね」
うむぅ。
自覚云々はともかく、自衛手段を考えなければ。
さしあたっては、フード付きのマントでも作ってみるか。




