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危機管理意識
子守気分を散々味わった後、改めて調味液を作った。若干濃い目の塩水と、各種ハーブで。
この家の周り、なんか見たことのあるような葉っぱの野草が多いなぁと思ってたんだけど、指先で揉んで匂いを嗅ぐと、どれもこれも覚えのある匂いがしたのだ。
ミント、オレガノ、ベルベイヌ。ローズマリーにラベンダー。名前はたぶん違うだろうけど。
この調子だと、森へ入ればローリエとかカルダモンとか見つかりそうだな。
燻製用に栗の木も探したい。猟もいいけど採取にも出かけなくちゃ。
正直なところを言うと、醤油味ジャーキーは非常に捨てがたい。
でも、まずは普通に塩味と香辛料ので作る方がいいとも思うんだよ。
肉の味が強いから、絶対に醤油味が合うのはわかってる。
日本人だからね! 味噌と醤油は心の安定剤だ!
と言いたいところではあるのだけれども、こっちにない物ならちょっと気をつけないといけないもんね。
シディルさんに聞いても首傾げてたし。名前が違っててわからないってこともあるかもだけど。
まずこちらでも確定で存在するもので作ろうと思ったんだ。
いや、うっかり魚の切り身を味噌漬けにしちゃってるから、今更と言えば今更なんだけど!
味噌と醤油……。
麦っぽい物はあるって聞いたから、たぶん作れなくはないんだよね。大豆味噌の方が好みだけど。
あ、待てよ。
麹がないと無理か。
麹、とくれば次に気になるのは米なんだけど、あるのかなぁ。あると嬉しいんだけど。
米と味噌と醤油があれば、わたし結構、どこででも生きていけると思うんだよね。
味噌は向こうじゃ毎年作ってたから、材料さえあればこっちでも仕込めるだろうけど、そもそも自家消費だけなんだったら自分で複製しちゃっても問題ない、かな……?
いやいや、落ち着こうわたし。
まずはあるかどうか確認してからにしよう。複製するのは最終手段。
確認事項がまた1つ。
ルチルもきっと色々情報を仕入れてきてくれる筈だし、そうなるとまたシディルさんにはいっぱい確認しなきゃいけないだろう。
一応、衣食に関することを重点的に見て来てもらえるようにお願いはしたけど、次は何とかして自分も行けるように考えなくちゃ。
距離があるだけに、疑問に思ったことがすぐに解決できないんだし。
次でいいや、って思えることならいいけど。
とりあえずお腹がすいたな、と思って時計を見ると、結構良い時間になっていた。
こちらの時間は、一日がほぼ24時間。だから時計がそのまま使えるのは嬉しい。
父さんの形見の懐中時計、せっかく持たせてもらったのにただの飾りにしかならないって言うのも、なんだかかわいそうだなって思ってたんだ。
ただしこちらでは『何時』というのではなく一日が12の刻に分かれてる。なんか平安時代の日本みたい。
そして時計はあるけど、基本は日時計。
街というクラスになると、時を告げる鐘が鳴るらしくて、その鐘楼にはかなり精巧な時計が仕掛けられてるんだって。
その時計を管理する人を時守と言うらしいんだけど、その時計に則って朝3刻(6時)から夜9刻(20時)まで、1刻ごとに鐘を撞くのだそうだ。
うちでいつもの調子で懐中時計を見ていたら、顔をひきつらせたシディルさんに、おっそろしい騒ぎになるから、街では何があっても出しちゃ駄目って言われたっけ。むしろ持っていくなとまで言われた。
魔力に絡むこと以外ではかなり鷹揚な人が、本気で顔ひきつらせてたもんね。
言われたとおり、街へ行くときは置いていく方が良いかも。いつもの癖でうっかり出しちゃって騒ぎになるのも困るし、失くしても嫌だし。
「そろそろごはんにしようか」
「そう言えばお腹空いたね。お肉とお魚どっちにする?」
「米があったら魚なんだけどねぇ……」
「お魚、うっかり日本食仕様に加工しちゃったもんね……」
「んーまぁ、そこはまた考えよう。お昼からもう少し加工するから、肉もう一つ出してきてくれる?」
「はーい」
勝手口へ消えていくティンを見送り、水を張った盥に放り込んだ巨大ジャガイモの泥を亀の子束子片手に洗い落とす。
全体的にゴリゴリと力を入れて、芽の部分は特に丁寧に、と。
しかしまぁ、サイズがおかしいとはいえ流石新じゃが。皮が薄くて柔らかいね。
ざっくり格子に切り目を入れて、塩振って。濡らした布巾でしっかり包んで、と。
「よいしょ」
竈の金網に陶板を乗せて、ジャガイモを転がす。
持ち手つきの金属ボウルを蓋よろしく乗っけると、タジン風簡易蒸し器の出来上がり。
ベーコンにするとて漬け込み中のイノシシ肉から、厚めに10枚ほど削り取って、ぱらっと一塩。
もう1枚の陶板がしっかり熱せられているのを待っていると、ティンが戻ってきた。
ちゃんと塩落としてから持ってきてる。流石だ。
「お待たせー、ってそっちから使うの?」
「塩味オンリーの焼肉でいいならそれ使うけど」
「そちらでお願いします」
滑らかに三つ指つきよった。
こんなのどこで覚えてきたんだろう。
……そろそろいいかな。
陶板に肉を乗せると、じゅわ、といういい音と同時にいい匂いが広がる。
「わぁ」
無邪気に歓声を上げるティンほどではないにせよ、お腹空いてる時の肉の焼ける匂いって、テンション上がるよね。
焦げ付かないように気を付けつつ、こんがりと焼いていく。
途中でいい感じに蒸かしあがった隣のジャガイモの包みを開け、陶板ごと端に寄せて布巾を引き抜くと、焼きあがった肉をその上に積んでいく。
網焼きにしてもよかったんだけど、せっかくならジャガイモに肉汁吸わせると美味しいかな、と。
「なんだかすごく男ら……んんっ、豪快な料理だね」
「男らしいって言っていいんですよ?」
「いやいや。肉汁しみこんだジャガイモっておいしそうだね」
「……ちっ」
「なんで舌打ち?!」
「たいした意味は。食べるんですか?」
「食べさせて?!」
目を細めて『ふぅん』と言わんばかりの表情を作る。
もちろん冗談だけど。
ニーアたち精霊はともかく、最初の時点で、トライン様は普通に食事するって聞いてる。
食べなくても死ぬことはないらしいけど、お腹が空いたという感覚はあるらしい。便利なんだか不便なんだか。
なぜここに居ついているのかという疑問がなくなったわけではないのだけれど、今ここに居るのだから、食べさせない理由はない。
「じゃあはい、これそこのテーブルに運んでくださいな」
「了解。他にやることある?」
「後でお茶入れたいから、薬缶かけといてもらっていいです?」
「そこでいいの?」
「お願いします」
そう言いおいてキッチンに入ると、ティンがスープボウルを用意してくれている所だった。
「あんたって本当にマメというか気が利くというか」
「織葉さんの生活パターンを雪花が覚えてるからだよ。それに、スープ仕込んでおいて出さないとかないでしょ」
何気なく言うけどね。
「まぁ、文句なんてないんだけど」
「よかった」
話しながら味を調え、ついでにもう少し熱くしたくて火力を上げる。
「うーん、ちょっと不便だねぇ。……ティン、どした?」
わたしちびだからさ。コンロに大鍋かけると、踏み台が無いとちょっと高さがきつくてね。
踏み台乗って鍋をかき混ぜて、降りて火加減覗き込んで──ってしてたら、後ろでティンが頭を抱えてた。
「織葉さん、だからもう無意識に無自覚に煽っちゃ駄目だってば」
「なんのこと?!」
「いくら織葉さんでもギャップ萌えって知ってるよね?!」
ティン、まさかの逆ギレ。
「普段の言動とかもうホントに雪花の記憶の中の織葉さんまんまなのに、目の前に居るのはちっちゃくてふわふわな女の子なんだよ? 僕の体が大きいって言うのはもちろんあるけど、雪花の時には見上げてた織葉さんが、今は僕よりはるかにちっちゃいんだよ?!」
「ちっちゃいってゆーな!!」
「そんなのが踏み台登ったり下りたりするだけでもうヤバいくらい可愛いのに、シャツのボタン全部留めてないから、この高さからだとイロイロちらちら見えるんだよ?!」
「!!!」
思わずシャツの胸元を握り締めて、睨み上げる。
「だからそーやって上目遣いで睨んだって逆効果だってば」
「じゃあ忘れろ」
「無理」
「むーーー」
というか、ティンにまで言われるとは……。
「ティンの言うとおりだね」
「トライン様」
勝手口から姿を見せたトライン様が、ものすごく神妙な顔をしながらわたし達の前に立つ。
「君の意識が老人であることは理解しているよ。でも今の君は、若くてとびっきりの美人だ。外見で判断するわけじゃないけど、これから街に出るつもりがあるのなら、せめて『他人から見た自分』がどんなものであるかを客観的に見られるようにならないと、余計なトラブルに巻き込まれるよ」
「巻き込まれるっていうか引き起こしますよね? 変態ホイホイしますよね?」
「変態ホイホイは知らないが、引き起こすというのは正しい認識だな」
「あのね……」
力いっぱい脱力する。
うん、日本語おかしいな。じゃなくて。
いや言いたいことはわかるんだ。
確かにわたしは未だに向こうの世界の感覚が抜けてない。
たださ、ホラ。
90年見続けた平たい日本人顔がね、2次元かと言いたくなるような顔になってまだ数日なんだよ。そこはちょっと大目に見てもら……えないんですかそうですか。
ぐるぐる唸っていると、いつものようにひょいと抱き上げられた。安定の子ども抱っこ。
そうして視線を合わされると
「いつまでも街に行けなくていいならどうぞ?」
そう、一言。
「あと体は若い時の体型に戻っただけだって言ったよね?」
更に一言。
そこツッコまれると痛い。
「善処、します……」
「うん、頑張ってね」
かくりと項垂れると、頭をヨシヨシされる。
その扱いがなんとなく悔しくて首筋にぎゅっと抱き着くと、わかりやすくピクリと固まった。
面白いことに、トライン様は自分から手を出すのには一切抵抗ないくせに、わたしから行くと固まるのだ。今みたいに。
わたしを抱き上げている腕はそのままだけれども、頭を撫でていた手がすでにあわあわしているのは気付いている。
……ああでも困ったな。
ルチルにはこっちの女性用下着事情まで調べてはもらえない。ていうかたぶん説明する時点で無理。シディルさんもルチルに同じくだしニーアが知ってるとは思えない。
どうにかして、まず1回は行かなきゃ。
「……そろそろ下ろしてもらえます?」
「いいけど、聞いてもいい?」
「何を」
「変態ホイホイというのは?」
なんでそこに引っかかるかなぁ。
この後、ご飯を食べながら
ト「で、変態ホイホイって?」
織「……(説明したくない)」
テ「変態を寄せ集める誘引剤?」
ト「へぇ……。便利そうだね」
織「はぁ?!」
ト「だってうまく使えば犯罪者を寄せ集められるってことだろう?」
テ「あ、元ネタは害虫を捕獲駆除する物なので、ものすごく正しい使い方です」
ト「ただ餌にこの子使うのは看過できない」
テ「餌が贅沢過ぎると、さほど害のないものまで呼んじゃいますもんね」
織「……(もうヤだコイツら)」
という一幕がありましたとさ。
今回もお読みいただきましてありがとうございました。




