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異世界生活の基礎知識  作者: 彩瀬水流
第1章 異世界生活始まるよ?たぶん
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15

迷いの森と迷子の心


新章スタートです。


 色々と落ち着いたわたしは、とりあえず一旦家に戻ってきた。

 シディルさんは、わたしの言ったことを真に受けてというか忠実に従うというか、そんな感じで神殿に残って研究を続けるとのこと。もっとも、何かあったらすぐに会いに来ると言っていた。

 というかトライン様が一番問題だと思うんだけど。

 神様が、そうホイホイ地上に降りて来ちゃってていいものなの?

 いやまぁ、今となっちゃわたしも似たような存在なのかもしれないけどさ。


 そんな疑問をぶつけてみると、

「私に関しては前も言ったけれど、比較的自由なんだよ。それでまぁ、君に関してはね……」

 妙に歯切れの悪い口調で話し始める。

「あのね、どうしてこの場所に君の家を建てたかと言うと」

「あ、これ新築ですか」

「新築というよりは移築かな。状態のいい空き家をこうごそっと」

 ごそっと、と言いながら手で掬い取るような動きをするトライン様。

「そんなことできるんですか」

 そう言えば向こうでもなんか聞いたことあるなぁ。

 基礎を地上に作ってあるから、トレーラーなんかでけん引して移動できるとかいう家。

 なんじゃそりゃって思った覚えがあるよ。

「転移魔法があるから、すぱっとね」

 おお、転移魔法。またメジャーな魔法が出てきたもんだ。

「話戻していい? この場所は元々不帰の森(かえらずのもり)って言われていてね。魔力の属性や波長といった特徴が常に変化してるんだ」

「……青木ヶ原の樹海みたいなものかな」

「あおきがはら?」

「ええと、向こうにあった、磁石の効かない森のこと」

「磁石?」

 おっと、そこから説明?

「鉄はあります?」

「ある」

「じゃあ、それにくっついてくる石とか黒っぽい粉とかは…」

「あるという話は聞くかな。特に粉の方が切れ味が落ちて困るとか」

「それを磁鉄鉱って言うんですけども、その粉を固めたり石を削り出したりして、細長い棒状の物を作って、真ん中あたりを紐で括って垂らすと南北方向を示してくれるんですよ」

「なんだ、コンパスか」

 コンパスあるんかーーーい!

 内心で全力で突っ込みを入れつつ、がっくりと肩を落とす。

「もう一声聞けばいいのに、織葉さんってホントに詰めが甘いよねぇ」

 くすくす笑うティンの足を軽く蹴飛ばすと、笑いながら文句を言ってきた。

「正直に言っただけなのに……」

「やかまし。正直は美徳だけど、馬鹿正直は喜ばれるとは限らないんだよ」

 そう言いつつ、くっくと喉の奥で笑うトライン様に視線を戻して

「で?」

 と首を傾げると、トライン様も同じく首を傾げた。

 ぱちぱちと目を瞬かせている。

 ……どこまで話したか、忘れた、かな?

 なんというかこのひとも大概うっかりさんだよねぇ。

「不帰の森に家を建てたのは、なんでですか?」

「ああ、そうそう。魔力の性質が常に変化するから迷いやすいんだよね。転移しようにも座標の目印となる物すら動いちゃうから無理だし。だから自殺志願者でもない限り、この世界のほとんどの者はこんな奥地まで立ち入らない。隠れ住むにはもってこいでしょ?」

「わたしは迷わないんですか?」

「自宅の庭で迷う?」

「や、普通は迷わないでしょうけど、そんな特殊条件ついたらわからないじゃないですか」

「そう? まぁ、君と君の認める者は大丈夫」

 認める者、ねぇ……。今はまだこの世界に馴染むのが先決だし、この先は自分の存在も含めてどうなるかわからないけど

「この世界の人とも仲良くなりたいな」

 ひっそりと呟く。

 なんだか可笑しな存在になってしまったから、色々な意味で真っ直ぐにいかないのはわかってる。隠さなきゃいけないことも山ほどある。

 それはともかく

「結局、わたしはこのまま、地上に居て大丈夫なんですか?」

 そう、首をかしげると、トライン様はなんとも言えないという表情をした。

「森の性質で色々と撹乱できてる筈だよ。それにここは、神殿に近い空間になってるからね。君の魔力も隠せてる。ただね……」

「おとなしく引き篭もりなんてしませんよ?」

「……だよね。まぁ、この森の中なら大丈夫だと思うよ。ただ、縁の方にはいかない方がいい。この森にしか無い薬草なんかを採りに来る者が居るから」

 そう言いながらため息を吐いたトライン様は、不意に手を伸ばして、わたしの髪を一房手に取った。

「最初から不思議な光沢があったけど、今はその上に虹がかかってるみたいだ」

 その髪に、ちゅ、と音を立てて口づけて、さらりと手を離す。

「綺麗だよね」

 にっこり笑うトライン様。

 わたしはと言えば、顔が赤くなるのを止められない。こんな風に触れられるなんて初めてのことで、どう反応すれば良いのかわからない。

 でも……

 なんていうかね……

 手慣れてるなー、とか思うわけですよ。

 いや別にそれがどうとか言うわけじゃないんだけど、何ていうんだろう。何かもやっとするようなしないような……

 眉間に皺を寄せて、ちょっとぐるぐるする気持ちを持て余す。

 そんなわたしをトライン様がうっすら黒い笑顔で見てるなんて、そしてティンが呆れたように見ているなんて、かけらほども気付かずに。


 ルチルには、改めて街へ行ってもらっている。

 イノシシもどきの牙と角、雪花の拾った未精錬の魔晶石をわざと砕いたものを持って。

 売る物については元々この世界の人だったシディルさんに聞いたんだけど、魔晶石をなぜ砕いたかって、あのサイズのまま持っていくと、どこで手に入れたのかを含めて大騒ぎになってしまうらしい。小さいかけらなら、土地の魔力が高いところなんかで意外と見つかるから問題ないと。

 ちなみにこの森にもかけら程度なら発生する可能性はあるとのことで、だから縁の方には薬草だけでなくそれ目当ての人がいるかもしれないんだって。

 精錬できるほどの大きさに結晶するのは件の鉱山だけだっていうだけで、その鉱山も別に立ち入り禁止とかではない。ただ、おっそろしく強い魔物がわんさかいるため、行ける人間が限られる。

 となるとやっぱりこの世界じゃ知らぬ者などないと言われるような冒険者とか騎士団とかじゃないと採掘なんてできないわけで、見たこともない、しかもあまり強くもなさそうな奴が結晶体なんて持ってた日にゃ『なんで持ってる?』『盗品?』って話になりかねない。なので、小さく砕くという訳だ。

 シディルさんがすっごい涙目だったけどね。


「こんな高純度の魔晶石を砕いてしまうなんて…」

「純度なんてあるんですね」

「鉱石ですからね。この、中で揺れてるのが含有魔力の量や質なんです。属性に偏りがある場合はそれぞれの色になりますが、これは無色。そして石全体が光ってる。……ああ勿体無い」

 槌を構えたまま躊躇いに躊躇うシディルさん。

 なので横から手を伸ばして、その手をぺしんと叩き落とした。

「てい」

  ぱき

 ……あら、意外に脆い。

「あああああ!」

「どうせ割らなきゃいけないんだろ?!」

「そうですけど! でもそんなあっさり!」

「だってシディルさんいつまでも割りそうになかったし! ……なんか意外に脆くてびっくりした」

「……まあ、そうですね。加工前は、あまり硬くないです」

 あ、なんか背中煤けてる気がする。

「……神殿へ戻っています。また何かご質問があればお呼びください」

「唯一この世界で生活してた人だもんね。色々教えてもらわなくちゃ」

「自分が生きていた時代はずいぶん昔ですし、ごく普通の一般人だったかと言われるとそれも微妙な所ですが、それでもトライン様よりは世間を知っていると思います。いつでも、どんなくだらないと思うことでも、疑問があれば聞いてください。わかる限りのことはお答えしますから」

 優しい眼差しと穏やかな声に、自然と笑みがこぼれる。

 若干申し訳ないんだけど、やっぱり父みたいだなって思う。

「うん。またお願いします」

「……失礼します」

 そう言い残して研究室に戻って行った彼の耳元がなぜだか赤くて、それを尋ねようと振り返った後ろの3人の目がこれまたなぜだか生暖かくて、狼狽える。

「君って子は本当に……」

「無自覚というのが恐ろしい」

「本当にね」

 なんだ?

 首をかしげると、3人がまた揃ってため息を吐く。

「うん、でもそれが織葉さんだし」

「無理に歪めることなどできぬ」

「今は私達だけだからな」

 だからなんだってのさ。


 というあれこれがあった代物を持って行ったルチルだけれど、彼が帰ってくるまでに、こちらはこちらでやることがある。

 雪花と山に入った時、柿っぽい実がなってるの見つけたんだよね。皮がオレンジじゃなくて真紅に近い赤だったけど。

 ちょこっとかじってみたら、見事な渋柿だった。平柿のくせに。

 でも、渋柿は渋柿で、利用方法はあるのだな。

 たっぷり採って来た実を、まず綺麗に洗って、皮をむく。その皮は甕に入れて柿渋液を作る材料に。土物の甕はこちらでもあるという事なので、遠慮なく複製で作った。

 皮を剥いた実は当然干し柿。酒に潜らせた端から、ティンがせっせと縄に結び付けていく。

 なんだろうね、この子。

 わたしの仕事見てた雪花の記憶があるんだろうってのはわかるけど、ずいぶんと器用だよね。

 でっかい身体で人懐っこい性格で、結構顔もよくて、さらに手先が器用。……街に住んでりゃさぞかしモテるだろうねぇ。

「織葉さん?」

「んー?」

「なんか変なこと考えてない?」

 うん?

「変なこととは?」

「例えば僕が織葉さん以外の人の傍に居たら、とか雪花が僕を受け入れたまま向こうの世界に残ってたら、とか」

 うーん、ちょっと違う、かな?

「いや、あんた街に居たらモテただろうねぇ、って思っただけ」

「織葉さんひどい」

「え?」

「僕がこうやって色々覚えて……って言うか雪花の記憶を頼りにお手伝いしてるのは、織葉さんのためだけなのに」

「ええっと?」

「なのに織葉さんは僕が他の子と一緒に居ること考えたんでしょ?」

 んー? そう言うことになる、のか?

「ええと、ごめん?」

「なんで疑問形なの?」

「うーん。わたしが考えてたのとティンが思ったのとはわたしとしては別の話だと思うんだけど、わたしの傍にいないって前提の話ではあるかな、と思ってね」

「なんでそーゆー考えがおこるかなぁ」

 ちょっと拗ねた口調で言うのに、考えながら口を開く。

「たぶんなんだけど、わたしは未だに、あんた達が傍にいてくれることを当たり前だと思ってないんだと思う。あんた達にはあんた達の道があって、たまたまわたしの道と交差しただけ。だから離れることがあってもそれは仕方がないことだと思ってる」

「織葉さんそれは……」

 不満げに何かを言いかけたのを、手振りで止めて

「離れて欲しいわけじゃないし、信じてないわけじゃないんだよ。一緒に居てくれるのは嬉しいし、ずっとこんな時が続けばいいとは思うけど、それが当たり前だとは思えない」

 そう言うと、ティンはどこか悲しそうな顔のまま、こくんと頷いた。

「わかった。織葉さんが当たり前だって思えるようになるまで、ずっと傍にいる。そいで、当たり前だって思えるようになったら、絶対離れない」

 えー、それは粘着宣言?

「じゃないと織葉さん、またいろんなこと我慢して、全部ひとりで片付けようとするでしょう? 雪花が知ってることなんて、高々最近の10年ちょっとのことだけど、その中でもいっぱいあったんだから、それまでなかったなんて思えないし、これからもないとは思えない」

 少し潤んだ目で言い募るのを見つめる。

 ああ、そうか。

 この子(ティン)には雪花の記憶があるからなおのこと、わたしの思考回路がわかるのかもしれない。

 わたしはずっと、自分が独りであることを前提にして行動してきた。それが別に淋しいなんて思ったことはないはずなんだけれど、他所から見れば淋しいのかもしれない。

 蹲み込んだティンの頭を、ゆっくり撫でる。

「あんた達はわたしの家族なんだったね。ごめんよ。ありがとうね」

 見上げてくる……程でもなく視線が合って、きらきらする空と海の瞳の色は雪花とはまるで違うのに、そこに浮かぶ光は同じなことに気が付く。

 そうか。

 きっと雪花も心配してくれてたんだね。お互いにいい年した婆だったから余計だよね。どっちが先に死ぬかねぇ、なんて思ったこともあったっけ。

 少しばかり反省はするけども、ただね。

 やっぱり長年『面倒を見る』立場であることの方が多くて、『面倒をみてもらう』立場になることは本当に少なかったから、意識しないとなかなか難しいものがありそうだ。

 それを言うと

「それは……。わからなくもないんだよね。だからさ、僕らが甘やかすの、遠慮しないで受け取ってよ」

 ……言うようになったね。

「善処する」

「前向きに検討してね」

 政治家のようなやり取りをして、わたしとティンはにやりと笑い合う。

「さ、やっちゃおう」

「うん。でも織葉さん、まだそっちに柿モドキいっぱいあるけど、それはどうするの?」

「こっち? これは柿酢を作るのさ」

 綺麗に洗って、拭いて、(へた)を取り除く。蔕はもちろん柿渋液の方に放り込んで、蔕の下が汚れてたらもう一度綺麗に拭き取る。

 手持無沙汰にしてたので、トライン様にも柿の実を洗うのと拭くのは手伝ってもらった。だって興味津々で手元覗き込んでくるんだもん。

「トライン様はナイフ使えます?」

「使えなくはないと思う」

「こんな感じ」

 蔕をくりぬくようにしてみせたのを、見よう見まねでやろうとしたのだけれど。

「……洗って拭くの、やってもらっていいです?」

 柿より先に手を切りそうで、早々にナイフを取り上げてしまったのはわたしだ。だって本気で怖い。

 でも、ルチルに負けず劣らずの几帳面さで汚れを落として水気を拭き取ってくれたので、こちらとしてはありがたかった。

 甕にぴっちりと、できるだけ隙間なく詰めていく。紙で蓋をして、地下室に運び込んでもらった。

 これはこのまま1ヶ月ほど様子見かな。


「ティン、ちょっと柿渋液煮てみようと思うんだけど」

「全部?」

「うん。まあそれなりの量ではあるけど……。あのでかい皮鞣すんだから、大丈夫だと思う」

「そうかも。じゃあとりあえず鍋だね」


 ちなみに庭にも竈を作ってみた。竈ってかバーベキューコンロ? 煉瓦で囲いを作って、中程に金網を渡した一番簡単なタイプ。……その程度のしか作れないから。

 作ったばかりの竈でぐつぐつと柿の皮を煮出す。

 魔晶石だから、薪と違って火力調整が楽だ。

 あー、堕落しそう。

「甕いっぱいにはならないかな」

「濃さがどうなるかっていうのはあるけど、皮がこれくらいの量あるし、そこそこ作れると思う」

「お水置いといてくれたら、僕やっとくよ?」

 適当に煮たら甕に戻して混ぜて、また鍋に移して煮る。

 そして甕そのものも竈の傍に置いてあるので、いい感じに加熱されている。

「そう? じゃ、頼むね。火傷に気をつけて」

「りょーかーい」

 さて、ティンが柿渋液作ってくれるなら、その間に毛皮の塩抜きしておこうかな。水使うのに、流す場所だけ考えれば良いって、楽だなぁ。

 皮に着いた塩を振るい落として、水につける。

 ざぶざぶと揉み洗いをする間、トライン様には盥をひっくり返すのを手伝ってもらっている。

 水張った盥って重いんだよね。

「ねぇ、これって何回くらいするの?」

「何回というか……。回数より手触りなんですけど……」

 そろそろ塩は落ちたかと思うし、あとは一晩漬けおきしようかな。

「そろそろ日も暮れるし、今日の所は終わりにしよっか。ティン、それ埃除けの紙蓋しといてね」

「はーい」

「お疲れ様」

「こちらこそ。ありがとうございました」

 でもさ、これだけ手伝わせといてあれなんだけどさ。

 神様、こんなところで油売ってていいんですか?








織葉の中であやふやだった、ティンと雪花の呼び分けができました。


わんこ形態=雪花

人間形態=ティン


です。


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