12
幸せの涙
さて、屋台のじゃがバタ屋でもコレは無いだろってサイズで収穫されたじゃがいも。当然ながらサツマイモも似たようなサイズで掘り起こされまして、共に大豊作。
目の前には色々ととんでもない芋の山が出来上がっております。ははは。
「何……ですか、これ」
呆然とした声が聞こえた。
「え、えっと。……ジャガイモとサツマイモ?」
首を傾げて可愛らしく言ってみたつもりだったけど、駄目だった。
「ほう、そうですか。自分の目には馬鹿みたいに巨大なカルタフとエンベルにしか見えませんが、オルハ様の世界ではこれが普通なのですね」
なるほど、ジャガイモはカルタフ、サツマイモはエンベルっていうのね。
名詞もちゃんと翻訳されて聞こえるのはお互い便利だよねぇ。
ちなみに翻訳されて聞こえるというのは、外国映画を吹き替えや日本語字幕無しで観ながら頭の中で翻訳して理解するみたいな感じ。
まあそんな現実逃避をしたくなるくらい、シディルさんの笑顔が怖い。
引き攣りつつ、とりあえずにっこりと笑い返してみる。笑顔で有耶無耶にするのは日本人のお家芸だ。
そんなわけで笑顔で睨み合っている(日本語おかしいな?)と
「だから、近い」
トライン様が再びシディルさんの襟足を掴んで引き離した。
けほけほ咳き込んでいるのを横目にため息を吐く。
「まあ実際のところ、わたしもこれは予想外ですねぇ……。成長促進のつもりが栄養過多にもなっちゃった、というところですかね」
なんとまぁ、便利なのか不便なのか。
匙加減が難しいな。慣れればもう少しなんとかなるか……?
「『なっちゃった』じゃありません!」
「ひゃぅ」
その勢いに、思わず首をすくめる。
わーん、シディルさんてばそんな青筋立てて怒らなくてもいいじゃないかっ!
「貴女ホントに、なんて魔力の使い方されるんです?!」
「えーと、そんなに怒ること?」
今度は純粋に首を傾げると、シディルさんは、ぐっ、と言葉を詰まらせた。
なおも首を傾げていると
「シディルは怒ってるんじゃなくて、パニック起こしてるだけだよ」
トライン様の静かな声が、私の疑問に答えた。
「……そうなの?」
トライン様をほけっと眺めてから、シディルさんに視線を戻すと、それはそれはきまり悪そうに目を逸らされた。
つつつ、と逸らされた視線の先に回り込んでみる。さらに逸らされる。
なるほど。
「そんな気にしなくていいだろうに」
そう言うと、ばっと視線が戻って来た。
「そういうわけにはっ」
「だってその行動は全部、自身の研究への熱意の表れであるんだろ? それを責めるなんてできやしないよ」
その燃料投下してるのが自分だというならば余計に。
「そりゃただの興味本位だとか、わたしをどうこうして利潤を貪ろうとか言うなら話は別だけど」
「しませんよっ」
噛み付くように言われた言葉に目を瞬かせると、ハッと口元を押さえる。
そんなシディルさんをじっと見つめると、今度は目を逸らされなかった。
「自分は、ただ、魔力というものが何なのかを知りたくて……。この世界では当たり前に在って、人々が当たり前に使っている。けれど自分は、多くの『力ある者』を手中にするうちに、そんな『当たり前』を不思議に思ってしまったんです。それはそもそも何からできているのか。源はどこなのか。人によって大小強弱が付くのはなぜなのか。……だからこの方にお願いして、ここに連れてきていただいたんです」
「だろ? じゃあ、そこにまた格好の研究ネタが現れたんだから、ちょっとばかりタガが外れたって仕方ないんじゃないのかねぇ」
そう言ってため息を吐くと、シディルさんは、ぽかん、と口を開いた。
「我にはわからぬのだが、あれは『ちょっとばかり』で済むものか?」
「もう織葉さんだから諦めよう?」
背後からとても失礼な遣り取りが聞こえる。
呆けながらも、それが聞こえていたのだろうシディルさんは、不意に小さく笑うと
「貴女という方は、本当に……」
と呟いた。
呆れるような口調とは裏腹に、憑き物が落ちたように眉を下げるその表情は穏やかで、どこか優しい。
「やらんぞ」
その声とともに、またもわたしの体は宙に浮いた。
「あの、トライン様? その何かっていうと子ども抱っこするの、やめてもらえませんかね?」
「だってこれ、私だけの特権だよ?」
「だからなんの」
「男のプライド的な?」
「意味わかりません」
以前と同じ会話を繰り返す。
「わからなくていいんだよ」
やわらかな笑顔で優しく頭を撫でられて、うっかり絆されそうになる。
いやいや、しっかりしろわたし。
ここで流されるな。
「そーいうわけにはいきません」
キッパリ言い切ると、トライン様は『おや?』という顔をした。
「他のことなら流しますけど、対わたしの、人間関係の話ですよね。余計なトラブル回避という面もありますし、知る権利はあるでしょう」
ふん、と顎を逸らして睥睨する。
抱っこされながらだから、決まらないこと甚だしいけど、仕方がない。
トライン様の目が、面白がるように煌めいた。
「なるほど。じゃ、しっかり理解できるように解説しようか」
……あれ、なんだろう。なんでだか背中に寒気が走ったよ?
「あ、えっと。あの、やっぱりいいかなー、なんて……」
「遠慮しなくていいよ?」
笑顔の圧が凄い。
「ええっと、遠慮じゃなくて」
だらだらだらだら。
お前はガマかってくらい、変な汗が流れる。
そのわたしに、すっとトライン様の綺麗な顔が近付けられる。
「え?」
ふっと掠めるように唇に灯った熱が、遅れて頬に広がった。
「この意味がわからないなら、どうにも説明できないよ」
にやり、と口の端を引き上げて笑ったトライン様は、ホントに神様かと疑いたくなるほどに悪ガキの顔をしている。
「「トライン様」」
雪花とルチルの不機嫌そうな声が、わたしの背後から聞こえた。
「そろそろ織葉さん解放してあげて」
「しつこいのは嫌われる元と思われるが」
……あんた達も何言ってんだ。
「それと、抱っこするのはトライン様の特権かもしれないけど、抱きつかれるのは僕の特権だから」
「ならば我の特権は全身撫でまわされるという所か?」
こらこらこらこら。
2人とも何か誤解が大量発生しかねないような言い回しをするんじゃない。
「間違ってないでしょ?」
「間違ってはおらぬはず」
だから、異口同音に声を揃えない。
「……取り合いですね」
トライン様の肩越しに、穏やかに笑いをこぼすシディルさんが見えた。
「全く、何を張り合ってるんだか」
そう、肩をすくめると、
「「「「わかってないの?」」」ですか?」
全員から声が上がって、思わず体が跳ねる。
「えっ? え、えと? なにが?」
狼狽えて声を上ずらせたわたしは
「うわー」
「なんと……」
「薄々そうじゃないかとは思ってたけど……」
「鈍いですね」
雪花、ルチル、トライン様、シディルさんの順に、まるでリレーのように責められる。
「え、えっと」
抱っこされたまま視線をうろうろと彷徨わせていると、ふいにトライン様はわたしを地面に下ろした。そのまま片膝をついて、手を取り、引き寄せる。
まるで物語の騎士のように。
とくん、と心臓が跳ねる。
「織葉が、好きだよ」
言葉と共に、指先に唇が触れる。
心臓はドキドキと早鐘を打つのに、理解が追いつかない。
「君をこの世界に縛ってしまったからじゃない。むしろ逆だ。君が好きだから、君を失いたくなかったから、たとえ恨まれようとも、この世界に縛り付けた。君にとってはいい迷惑かもしれないけど」
見上げてくる真っ直ぐな眼差しと直球過ぎる言葉に、思考が半分拒否反応を起こす。
だってこんなの、逃げる余地がない。曲解のしようがない。
「ちなみにね」
ふわふわの毛並みでわたしを包むように、雪花が体を寄せる。
「僕も織葉さんが大好きだよ。多分トライン様のとは意味が違うけど、きっと強さは同じくらい。織葉さんは雪花の心を引きずってるだって思うかもしれないけど、そうじゃない。……うまく言えないんだけど、僕の全部を使ってでも幸せでいてほしいって思ってる。何があっても、例え世界中、トライン様でさえもが織葉さんの敵になったとしても、僕だけは味方でいる。それくらい大事なんだって、忘れないで」
ルチルの滑らかな毛並みが、わたしの足にすり寄せられる。
「我は……今でもまだ、自分の心を測りかねてはいる。だが、織葉殿が泣くのは嫌なのだ。あの時、織葉殿がすべてを覚悟の上でティンを連れて世界を渡ろうとした時に、なぜか手を貸したくなった。万が一にも悲しむようなことを避けたいと思った。それまで、他人のことで心を動かしたことなどなかったのに」
待って。ねぇお願い、待って。
次々と囁かれる告白に、思考が追い付かない。
3人ともが、それぞれ意味合いは違うけれど、純粋に混じり気なしに好意を寄せてくれているのはわかる。
だけど、それはこの特殊状況だからじゃないの?
吊り橋効果っていうんじゃないの?
「言っとくけど織葉さん? 吊り橋効果ってのは、この場合僕らじゃなくて織葉さんにかかるものだからね?」
なんでわかった。
「織葉さんと一番付き合い長いのって雪花だもん」
「「つりばしこうか?」」
「んーと。危機的状況に陥った時に、助けてくれたり共に乗り越えたりした相手に特別な感情を抱くこと?」
「「なぜ疑問形?」」
「意味合ってるかちょっと不安で」
いやまぁ、概ね合ってる。
ふと何も言わないシディルさんを見ると、言葉の代わりにその瞳は優しい光を宿していた。ある意味、一番雄弁だったかもしれない。
ようやっと理解が追い付いてきて、顔どころか、全身が熱くなる。
ほろ、と涙が零れ落ちた。
「あれ?」
おかしい。
なんで涙が出る。
というかこっち来てから泣いてばかりだ。涙腺壊れたんじゃなかろうか。
ごしごしと頬をこするけれど、あとからあとからあふれ出す涙は止まるということを知らない。
温かな腕が、そぅっと、壊れ物を扱うようにわたしを包み込む。
思えば最初から、わたしが泣いた時には必ずこの腕が守ってくれていた。
ふわふわな毛並みと滑らかな毛並みが、わたしを暖めるように寄り添う。
そして最後に、大きな手が、恐る恐るわたしの頭を撫でた。
その行動の全てから、ただひたすらにわたしを慰め、労わる気持ちが流れ込んできて、ますます涙が止まらない。
知らなかった。
ひとって、辛いとか悲しいとかじゃなくて……嬉しくて幸せでも泣けるって本当だったんだ。わたし、そんなこと一生わからないって、知ることなんてないって思ってた。
頬をこする手を絡めとられて、やわらかな温もりが目尻に触れる。
「目が溶けちゃいそうだ」
至近距離で微かに笑う声が、頬をくすぐる。
「溶けま、せん、よ…」
無理やり上げた口角は、それでも今までで一番きれいに上げられたと思う。
「またそうやって笑う」
指先が頬に触れてぐりぐりとこねられるけれど、それでもその声に含まれる笑みの気配が、わたしの強がりを認めてくれているのがわかった。
だからわたしは、初めて自分の意思で、トライン様の体に腕を回して抱き着く。
「え?」
なぜか両手がわたしから離れた。
見えないけど、たぶんHoldupしてるんじゃないかな。散々ひとを抱きしめておいて、なんでその反応?
「トライン様」
ぎゅ、と回した腕に力を籠める。
「わたし、トライン様のこと好きですよ」
「え……」
「でも、それがトライン様と同じものかって聞かれても、答えられないです。好きなのは確かだけど、どんな『好き』かはわからない。そんなのでもいいんですか?」
返ってきたのは、やわらかな抱擁と、額への口づけ。
「あのね、私は君を手に入れたくて言ったわけじゃないんだよ。もちろん同じ気持ちを返してもらえるのなら、それは無上の喜びだけど、無理する必要なんてどこにもない。たぶん私達は皆、君は君を想う者に囲まれているんだと知ってほしかっただけなんだ。君はどうも、自分のことを後回しにする癖があるみたいだから」
最後の一言には苦笑するしかない。それはもう、長年の習い性というものだから諦めてもらうしかないな。
「ねえ織葉さん。少しは僕達のことも頼ってよ。僕達は……少なくとも僕と雪花は、織葉さんの役に立ちたくてついてきたんだから」
「こら。勝手に我を弾くな。我とてさっき言ったところだろう」
このふたりも息ぴったりだな、と思う。
「頼ってるよ。雪花はずっと、わたしのたったひとりの家族だった。この世界に来るとき、雪花が一緒に来てくれるって、ひとりじゃないってわかって、どれだけ心強かったか。ルチルも最初あんなに無愛想だったのに、雪花が消えないように力を貸してくれた。あの時わたしに家族が増えたんだ。ずっとひとりで居たわたしが、そうじゃなくなるってことが、どれだけ嬉しかったか、わかる?」
今度は掛け値なしに本当の笑みがこぼれる。
しゃがみ込んで、2匹をまとめてぎゅっと抱きしめた。
「あんた達が、わたしの家族になってくれたんだ」
頬に残る涙の痕をぺろりと舐められたのがくすぐったくて、また笑った。
ふと視線を感じて目を上げると、トライン様とシディルさんが並んで、とてもとても優しい眼差しでわたし達を見ていた。温かい気持ちがひたひたと胸に湧き上がって、その気持ちのまま、笑顔がこぼれる。
きっと、ずっと忘れない。
何をしていてもどこに居ても、どこか満たされなかった、欠けた心のカケラが埋まった日。
わたしが心から愛する、愛してくれるひと達と出逢った日。
それは、幸福な日々の始まり ──
序章完結です




