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「彼」


「何か?」


オレが感傷に浸っていると、彼はそう呟いた。

やけにその声が大きく聞こえた。


「うん。何かを失くしてしまった気がするんだ」

「…そう。忘れてるのに、覚えてる…」

「…え?」


彼が呟いた言葉を聞き取れなかったオレは振り向いて彼を見た。

彼は視線を地面に落としていて、長い髪が邪魔をして顔が見えない。

どんな表情をしているのか丁度見えなくてオレはますます顔をしかめた。しかし何となく淋しそうな雰囲気を感じ取ってオレは声をかけようとしたときだった。


彼は直ぐに顔を上げた。その表情を見る限り先ほどの雰囲気は欠片もない。

にっこりと笑って言った。


「ここでなくしたの?じゃあ、夕方。またきてくれる?それまでに探しておくよ。ボクここには詳しいんだ」

「え、ええ?いいって!自分で探すし…!」

「…やることがあったんじゃないの?」

含みのある言い方に思わず「へ?」と間抜けな声が出る。


そういわれてオレは時計を見た。もう昼だ。そういえば午後には学校の課題をやろうと思っていたんだ。

テスト前だというのに、いやそれだからこそたくさん出たのだ。

だから、午前にちょっと確認だけしようと思ってきたのだ。来るだけでも何となく満足感は得られるような気がするし。

気になって課題や勉強に集中できないなんて真っ平ごめんだからな。


彼に迷惑をかけてしまうのは気が引けるが、とても助かることは事実なので彼の言葉に甘えることにする。


「すまねえ!じゃ!」

「うん、大丈夫だよ。またね…ショウ」


そういってオレたちは分かれた。


自転車で暫く走ったとき、ふとオレは違和感を覚えた。


「オレ…あいつに名前を教えたっけ?」

分かれる際あの神社で告げられた己の名前に顔をしかめる。

オレは彼の名前を知らない。初対面だ。当たり前である。

彼がオレの名前を知っているのなら、名乗る際名前を聞いていてもおかしくないはずなのに。

奇妙な気持ちになりながらも、不思議と恐怖を抱かなかった。




勉強やったその日の夜、オレは夢を見た。

何をなくしたのか。オレは何をそんなに気になっているのか。

そんなことばかり考えていたからこんな夢をみたのかもしれない。


そこにいたのは、幼いオレたち。

かくれんぼだろうか?

オレがあの神社できょろきょろと辺りを見回しながら走っている。

どこからともなく、くすくすという笑い声が聞こえた。

声のするほうにいっても誰もいない。


怖いとは思わなかった。

馬鹿にされている気がして少しむかっとしながらも、声を追いかけて走り回る。


少しして、やっとワタルを捕まえた。

案の定、あちこち隠れまわっていたらしい。オレもワタルも息が上がっていた。


そして、オレはまた探し始める。

おそらく、いた筈のもう一人。


探せども探せども見つからず、とうとうオレはワタルと一緒に探し始めたがやっぱり見つからない。

とうとうオレたちは降参して、彼の名を呼んだ。


(…名前…)

靄がかかったように、ノイズが混ざったように、彼の名は聞こえないけれど、オレたちは呼んでいた。

すると、神社の回りの木の上から、すとん、ともう一人が降りてきた。


小さくても、それが直ぐに誰かがわかった。

そう、どうしてあの時気付かなかったのか。


降りてきたもう一人は綺麗に笑った。

そこにいた筈のもう一人は、「彼」だったのだ。




「わあああああ!!!」

オレは叫び声をあげながら布団を蹴っ飛ばして跳ね起きた。


「はあ、はあ、はあ…」

鮮明に夢の光景、否、昔の光景が思い出せる。

オレにとって悪夢だから叫んだのではない。ただ単に驚いただけだ。


自分が忘れていたことに。

どう考えても空想の人物であろうことは予想がつく彼と何の違和感もなく遊んでいたオレとワタルに。

そして、不自然なく忘れていた自分に。


何がきっかけになったのか夢に出てきたやっと思い出したオレは不思議と安堵感に包まれていた。が。


「ショウ!何今の叫び声は!!」


ばん!と勢いよくドアが開かれる。

オレは驚いてドアを荒々しく開けた人物、母親を見た。


「あ、いや…ちょっと悪夢を…ははは…」

「たくもう、驚かせないでよ…ほら、朝ごはん出来たわよ」

明らかになーんだ、という空気を滲ませてやれやれと首を振りながら母親は踵を返して部屋から出て行った。そのときだった。



「こんにちは」



自然に。

不自然に感じるくらい当然に響いたその声。

その声と人物に、オレは二度目の叫び声をあげた。




「…酷くない?夕方にまた来てって言ったのに。こなかったからこうしてボクが来たのに」

「……………」


オレは思わずじとっと彼をにらみつけた。


神社でであったあの「彼」、つまり昔オレたちと遊んだ「彼」が目の前にいた。

そりゃあ驚くだろう。

不法侵入とかそのほかもろもろすっ飛ばしてもおかしい状況にオレは頭を抱えた。


状況を整理しよう。

とりあえずオレは自室にいる。

二回目の悲鳴で再び母がオレの部屋のドアを開け放った。

オレは彼が母親に見られたらなんとなくまずい、そう思ったのだが、母には彼が見えていないようだった。

それどころかずんずん歩いてきた母親に彼はするっとすりぬけた。

まさに、幽霊のように。

ますますオレは混乱しながらも、何とか母を階下に戻して今に至る。


因みに彼はオレが昨日また夕方ごろ逢いに行くって言ったのにこなかったのでわざわざ教えに来たという名の不法侵入をしてくれたらしい。

律儀なのはありがたいが不法侵入っていうのはどうなんだろう。

っていうか彼人間ですらないのだろうか。幽霊だったなんて。

オレ、霊感無いのに、と少々的外れな感想を抱いてみる。



さて、朝ごはんを食べに下におりなければ、そう思うのだが彼をこのまま放っておけない否、放っておいたらいけない気がする。


しかしどうすればいいのか。

彼はきょとんとした表情でオレを見つめていた。


「…いかないの?」

考え込んでしまったオレを不思議そうに覗き込みながら彼が覗き込んだ。


「!」

オレは思わず飛びのいた。整いすぎたと言っても過言ではないほどの綺麗な彼が至近距離で覗きもすれば驚く。

と、いうか一応仮に彼と呼んではいるがはっきりいって男だか女だかわからない彼がもし女だったらと考えると、当然の反応のようにも思える。(勿論こちらが一番の理由であるが)


「あ、ごめん。驚かしちゃった?」

くすり、と彼が笑う。緩やかに紡ぐ言葉に、先ほど焦って飛びのいて忙しなくなった心臓が吃驚するくらい落ち着きを取り戻した。

空気に溶け込むような、そんな不思議な声色。


「えっと、あの、今日は学校があるんだ!だから色々話はあとでにしてくんねーかな!ち、遅刻しそうだ!」

「…ああ、そっか。引き止めてごめんね?」

綺麗に笑ってあっさりと送り出してくれる。オレにしか見えないんだから部屋に大人しくいるようにいう必要は無いだろう。


「すまねえ!」

そういってオレは学校へと急いだ。


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