三十五話 《支配血精(ブラッドドミネート)》の暗躍
後日談というか、駆け足、中途半端な感じがしたので追加エピソードを投入
追加で自身の作品 【異世界賢者の平穏な復讐】のレンと佐那との出会い、LIFEへの加入エピソードも執筆中
東京の空は、かつてないほどに淀んでいた。
春分の日を境に世界が『均し』というシステムに支配されてから、この巨大都市は急速にその輝きを失いつつあった。物理的なインフラの分断、物流の停止、そして深刻な資源不足。かつての経済の中心地は、今や剥き出しの生存本能が渦巻く、巨大な生存競争の檻へと変貌していた。
新宿の地下深くに潜む、かつては高級会員制バーだった場所。今はそこが、東京で最も忌むべき者たちの集会所となっていた。
異能犯罪集団《支配血精》。
彼らは、個々が強力な権能を持つ異能者たちでありながら、その力を他者からの略奪にのみ特化させた、極めて凶悪な集団だ。
「西日本の連中は、今頃ぬくぬくと『ライフ・クレジット』とやらで飯を食っているらしいな」
低い声が、静寂に満ちたバーに響く。リーダーである影山は、グラスに入った真っ赤な液体を弄んでいた。それは葡萄酒ではない。彼らが他者から、あるいはモンスターから奪い取った『生命の雫』だ。
「西日本、ですか。……忌々しい話ですね」
影山の背後から、手下の男が吐き捨てるように言った。男の指先からは、常にどす黒い霧が立ち上っている。
「LIFE――ダンジョン資源管理組織。宮本とかいう経理屋崩れの男が立ち上げた組織か。実に気に食わない」
影山がグラスを軽く回すと、赤い液体が妖しく光を反射した。
「おい、影山。俺たちはいつまでこの『干乾びた東京』で飢えを凌がなきゃならねえんだ? 西日本に乗り込んで、力ずくで奪っちまおうぜ。俺たちの『血液強制操作』があれば、警備の自衛隊なんてただの駒だ」
大柄な構成員が拳を鳴らしながら焚きつける。影山はゆっくりと振り返り、その男を冷ややかに見据えた。
「力ずく? ……お前は、だから脳筋なんだよ。正面からぶつかって、何になる? 向こうは圧倒的なリソースを抱えているんだ。単純な武力行使は、相手の土俵で相撲を取るのと同じことだぞ」
「じゃあ、どうしろってんだよ!」
「宮本孝治。あの男の強さは、リソースの計算にある。経理屋なんてものはな、計算通りにいかない事態に陥った瞬間、一番脆いものさ。俺たちが血を流して手に入れた資源を、あの西日本の連中は当たり前のように消費している。これは不公平だと思わないか?」
影山の問いに、周囲の構成員たちがニヤリと冷たい笑みを浮かべる。彼らにとって善悪などという概念は無意味だ。ただ奪うか、奪われるか。それだけの単純な論理が彼らを動かしている。
「……ボス、面白い案がありますよ」
小柄な構成員が、影山の耳元で囁くように言った。
「宮本孝治の周囲、ガードは堅い。だが、連中には『弱点』がある。あの男が管理しているリソース以上に大切にしている女たちがいるんですよ。美佳と玲子……そう、鳥取の件で深く関わった二人の女です」
「ほう、あの二人か」
影山は立ち上がり、壁に貼られた日本地図を指でなぞった。
「まずは、あの二人を『苗床』にする。俺たちの『支配血精』を植え付け、宮本の手元に送り込むんだ」
「いいですねえ……。自分の手で守ってきたはずの女に、背後から突き刺される。宮本の絶望する顔が目に浮かぶようだ」
「抵抗なんてさせない。俺たちの血弾に触れた瞬間から、彼女たちは宮本の意志を殺す『鎖』になる」
影山がグラスを壁に投げつけると、砕けたガラス片と共に、禍々しい赤いオーラが部屋全体を包み込んだ。それは、宮本が築き上げてきた西日本の平穏への、静かな、しかし確実な宣告だった。
同じ頃、大阪のLIFE本部。
宮本は、エクセルで管理されたダンジョン攻略ログの数字を眺めていた。不意に背筋に走った奇妙な冷たさに、思わず顔を上げる。
窓の外に広がる大阪の夜景は、今日も平和に輝いている。だが、その光が少しだけ遠く感じられた。
「……嫌な予感がするな」
宮本は小さく呟き、手元の端末で防御壁の出力を最大値へと引き上げた。
世界という帳簿のどこかで、マイナスの数字が加算されようとしている。経理マンとしての第六感が、迫りくる『債務不履行』の予兆を、確かに捉えていた。
東西を隔てる境界線は、まだ形を持たない。だが、見えない開戦の火蓋は、今この瞬間にも、東京から大阪へと向かって静かに切られようとしていた。
《支配血精》。
その名は、やがて西日本の大地を赤く染めることとなる、忌まわしい記憶として刻まれることになる。
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