三十三話 生命の守護者 ――LIFEの初陣
大阪城公園の夜は、普段なら静寂と街灯の柔らかな光に包まれているはずだった。しかし今、堀の水面は異常な脈動を見せる黒い渦の反射で濁り、周囲の木々は暴力的な風にざわめいている。
「……ここからは引き継ぎます。下がっていてください」
宮本孝治の声は、《認識変更(極)》によって低く、どこか金属的な響きを帯びていた。 遠巻きに拳銃を構え、威嚇射撃を繰り返していた数名の警察官たちが、突然現れた防具姿の男――LIFEのトップとして会見に映った「TAKAHARU」その人だと気づき、息を呑む。
「お、おい……本当に来てくれたのか……!」 「他の場所は?」 「中崎町と堀江には、うちの女性メンバーたちが向かいました。ここは俺が引き受けます。一般人の避難誘導を最優先に」
警察官たちが弾かれたように頷き、後退していく。 孝治は、大阪城の天守閣を背にするようにして、芝生広場の中央へと歩み出た。
視界の端に展開された《地図(極)》には、真っ赤な巨大な光点が一つ、不気味に明滅している。
『敵対反応:魔震鉄甲』
「……亀、か。だが、サイズが可愛くないな」
突如、堀の水が大きく爆ぜた。 天守閣の石垣をも超えんばかりの水柱の中から姿を現したのは、全長十メートルを超える、鋼鉄の甲羅を背負った巨大な大亀だった。その頭部には頑強な角がそびえ、四肢は丸太どころかビルの柱のようだ。咆哮一閃、重低音の衝撃波が周囲のガラスをビリビリと震わせる。
「グルァァァァァッ!!」
「威勢がいいな。だが、西日本のライフラインを脅かすオーバーフローを、これ以上放置するわけにはいかないんだ」
孝治は深く息を吸い込み、胸の奥でカチリと音を立てる。
「《身体強化(極)》、起動」
一瞬にして、全身の血流が沸騰したかのような熱量に満たされる。空気の抵抗が消失し、視界が異様なほどクリアになった。世界が、スローモーションへと移行していく。
ズンッ! と、巨大な鉄甲亀が地響きを立てて突進してきた。その巨体からは想像もつかない突進速度。まともに喰らえば、コンクリートの建造物すら一撃で粉砕されるだろう。
だが、極限まで加速した孝治の意識にとっては、その突進も退屈なほどに遅かった。
「そこだ」
孝治は最小限のステップで突進の軌道から身をかわすと、すれ違いざまに、亀の強靭な前脚の関節を目がけて右拳を叩き込んだ。
――ドゴォォォンッ!!
爆音が夜の公園に響き渡る。 人間の拳が、十トンを超える巨躯を真横へと吹き飛ばした。芝生が泥ごと捲れ上がり、巨大な亀の体が数メートル滑って横転する。
「……硬いな。やはり甲羅の防御力は本物か」
拳に伝わる、黒鉄を殴ったかのような鈍い感触。 だが、孝治には焦りはなかった。すぐに体勢を立て直そうとする魔震鉄甲に向かって、さらに踏み込む。
(美佳、美穂さん、玲子さん。そして佐那……みんな、自分の持ち場で戦っている)
精神力の奥深くで、繋がっている四人の感情の波紋を感じる。 中崎町で水を操り敵を翻弄する佐那の冷徹なまでの集中力。 堀江で身体能力向上を駆使して、マントを翻しながら的確に魔物を仕留めていく美佳の必死な決意。 それをサポートする美穂と玲子の、お互いを信じ合う強さ。
その繋がりが、孝治の心に無限の安心感を与えていた。
《共有ステータス補正:+5》
「よし……一気に決める!」
孝治は、横転した亀が起き上がる前に、その巨大な頭部、角の付け根へと跳躍した。 宙を舞う孝治に向けて、亀が怒り狂ったように口から高圧の水流を放ってくる。
「《風属性魔法(大)》――」
空中で身をよじるようにして、足元に突風のクッションを作り出す。水流の直撃を紙一重で回避し、重力を無視したような軌道で亀の脳頂へと着地した。
「これで、終わりだ」
全身の力を右腕に集約させる。身体強化(極)のエネルギーが拳の周りで青白い光となって激しく渦巻いた。
「おおおおおッッ!!」
渾身のストレートが、魔震鉄甲の眉間へと叩き込まれた。
――ドガァァァァァァンッ!!!
落雷のような衝撃波が大阪城公園を揺らし、天守閣のライトアップが一瞬明滅した。 巨大な亀の角が根元からへし折れ、その巨躯が光の粒子となって崩壊していく。
静寂が戻った。 足元には、光り輝く巨大なオーブが転がっている。
「ふぅ……」
《身体強化(極):代償発動条件――充足》 脳裏をよぎる警告。以前ならここで意識を失いかけていたが、今の孝治には《精神力:380以上》の蓄積がある。身体がギシギシと軋む程度の軽い反動だけで、何とか耐えることができた。
転がった巨大オーブを拾い上げる。虚実看破を共有しているおかげで、中身がすぐに理解できた。
「……高純度のリチウム鉱石、それにポーション原液か。知事が喜ぶな」
スマホを取り出し、各エリアの状況を確認する。 すでに中崎町も堀江も、敵対反応は完全に消滅していた。 グループ通話に繋ぐと、真っ先に佐那の声が聞こえた。
『孝治さん! こっちは全員無事、討伐完了したわ。美佳さんも、お母さんも、叔母さんも怪我はないわよ』 「よかった。こっちも今、大阪城公園のボスを片付けた。ドロップは資源系のオーブだ」 『さすがね。……でも、周りを見て。もう大変なことになってるわよ』 「大変なこと?」
佐那に言われ、孝治が顔を上げると―― 公園の周囲に配置されていた警察官や、避難を呼びかけられていたはずの一部市民が、スマホをこちらに向けていた。 暗闇の中、彼らの表情は一様に驚愕と、そして「救世主」を見るかのような興奮に満ちていた。
「……あ。消音にするのを忘れて、そのまま動画を撮られてたか」
孝治は髑髏マスクの位置を直し、すぐにその場から気配を消すようにして退散した。
――翌朝。
東西の電力問題と、同時多発したオーバーフローのニュースで世界は持ちきりだった。 しかし、ネット上を席巻したのは、別のハッシュタグだった。
#LIFE初陣 #大阪城の守護神TAKAHARU #LIFEの美女たち #宮本ハーレムinLIFE
「ちょっと、何よこれ! 『年齢不詳美女』って、私のこと!?」 美穂がスマホの画面を見ながら、怒っているのか嬉しいのかわからない声を上げる。
「私なんて『非テンプレハーレム』って書かれてますよ……ロリ不在って失礼な!」 美佳が頬を膨らませてマントを畳んでいる。
玲子は照れくさそうに微笑みながら、朝食の準備をしていた。 「でも、怪我人が一人も出なくて本当によかったわ。私たちの『加護』が、ちゃんと街の人を守るために使えたんだもの」
「そうね」 佐那が孝治の隣に座り、コーヒーを手渡しながら微笑む。 「これで、LIFEの存在価値は決定的になったわ。政府も、もう私たちをただの『犯罪者予備軍』として扱うことはできない。世論は完全に私たちの味方よ」
「ああ」 孝治はコーヒーを啜りながら、テレビに映る鈴木弘明知事の緊急会見を見つめていた。
『大阪は、LIFEとともに西日本の生活を守り抜きます。国が動かないのであれば、我々が新たなルールを作ります』
鈴木知事の力強い宣言に、関西の、そして西日本の人々が熱狂的な声を上げている。
「これからが本当の勝負だな。エネルギーの補充、物資の公正な流通。そして……他の地域でのオーバーフロー対策」
孝治は全員の顔を見回した。 美佳、美穂、玲子、そして佐那。 お互いの絆は、昨夜の話し合いと共有された精神力によって、より強固なものになっていた。
「よし、行こう。俺たちのやり方で、この世界を生き抜くんだ」
「はい!」
美佳たちの元気な返事が、朝の部屋に響き渡った。 日本の命運を分ける、東西対立の、そして「LIFE」としての新しい戦いが、ここから本格的に幕を開けるのだった。
面白いと思ったら評価お願いします!




