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第83話 いつかの未来は①

 突如襲いかかってきた殺人鬼と切り結ぶ。振り下ろしの斧に対しては戦鎚の柄で受けとめた。かけられる圧力が凄まじい。全身の筋力をフル活用しないことには、態勢を保つことすらままならない。


 だが相手は違うようだ。余裕が感じられる。視線を大きく外してそっぽを向き、気安い口調で声をあげた。



「それでどうなのよ、父親失格の関元さん。邪魔な家族が消えてくれて楽になったでしょ?」



 その暴言には関元も色をなした。反射的としか言えないタイミングで怒声を響かせた。



「邪魔だなんて、そんな事あるもんか! オレはオレなりに家族の事を――」


「嘘つくんじゃないよ見苦しいなぁ。強引に働いて、必要のない残業を繰り返してさ、深夜にご帰宅なんて。家族とのコミュニケーションはゼロ。これで家族を大切にしてたとか、言っちゃうの〜〜!?」


「それは、いろいろと事情が……」


「アンタの娘ちゃんは待ってたのになぁ! 優しいパパが早く帰ってきて、大いなる愛で包んでくれることをさぁ?」


 

 殺人鬼はおどけたように言った。しかしフザけた口調の最中も、オレに向けられた圧力は凄まじい。ジリジリと押されるほどで、少しずつ後ろの方へ追いやられていく。


 この男は危険だ、今までの敵とはレベルが違いすぎる。イチかバチか、ありったけのアニマをぶつけてみるかと、自棄やけ染みた作戦が思い浮かんだ。

 

 

「ワタル、どけぇ!」凜花が強く叫んだのを聞いて、オレは敵の腹を蹴って距離を取った。


「たっぷり鉛玉でも喰らえや、クソ野郎が!」



 立て続けに2発。散弾のほとんどが命中した。それで殺人鬼の頬が吹き飛び、手足も肉が削れたようになる。しかしそうなっても敵は薄ら笑いをやめない。それどころか、アンバランスな手足を厭うこともなく、武器を携え両足で立っていた。



「クソっ。どうなってやがる! 痛覚がねぇのか!?」



 凜花が銃のポンプをひいて弾を装填した。そのタイミングを見計らって、今度は衣織が飛び出した。

 


「吹っ飛べーーッ!」



 叫ぶとともに突き出された両手が、見えない力を生み、殺人鬼を吹き飛ばした。そのまま柱にぶつけると、さらに力をこめていく。すると男はその場に釘付けとなった。



「んぐぐぐ……。潰れちゃえ……!」



 衣織は渾身の力で押し込んでいた。男は動けず、かかる圧力はコンクリートの柱に大きなヒビが入るほどだ。


 だがそれほどに痛めつけられても、やはり軽快な語り口調に変化はなかった。



「関元さん。アンタは逃げ回ってたよねぇ? 家族から、血の結束から、何かと理由をつけてさぁ

?」



 敵は変わらず関元に口撃を続けた。それに何の意味があるのかと思うが、理由はうすうすと感じられた。


 気づけば関元の様子がさらに悪化。顔面から黒煙が吐き出されるだけでは済まず、両手両足かも同じような煙が吹き出していた。



(あの煙はもしかしてアニマ……? だとしたら、これ以上は危険だ!)



 そう判断したオレは、瞬時に地面を蹴って走った。



「そのまま奴を拘束しろ、衣織!」


「わかりました! やってみます!」



 オレは柱に釘付けとなる敵を目掛けて戦鎚を振り上げた。全速力の体重を乗せた一撃だ。威力はかなりのものとなるだろう。



「いくぞ、これでお終いだ!」



 踏み込む。腰をひねり、勢いを両腕に乗せる。どこを狙えば良い。頭、首、腕、足。どれも違う。正解は別にあるはずだ。



「お前の弱点はここだ!」



 狙ったのは胴体だ。頭や手足を銃撃されても平然とする化け物が、なぜ腹や胸を守っているのか。答えは明白。そこに何かしらの弱点があるからだ。


 敵の胴を覆う鉄板を鉄槌で叩きつけた。すると甲高い金属音が鳴り響く。中は空洞なのか。まるで鐘でもついたかのような手応えだった。


 

「んん〜〜。さすがにここまで生き残った覚者だ。判断力っつうか、洞察力は悪くないねぇ」



 敵はようやくこちらを向いたが、やはり余裕を見せていた。



「だけどね、そんなにも弱っちいんじゃ、看破しても無駄なんだよねぇ!」



 敵が千切れかけた腕をふるった。するととたんに暴風が吹き荒れた。オレは戦鎚を抱えたままで真後ろに吹っ飛ばされてしまった。



「ワタル、大丈夫か!」凜花が駆け寄り、オレを抱き起こしてくれた。


「い、今の攻撃はなんだ……」


「わかんねぇ。ただ何か、黒い風が吹いたように見えたぞ」


「アニマで台風でも作ったというのか、どこまでバケモノなんだ……!」



 オレは、押し寄せるめまいに堪えながら、再び立ち上がろうとした。しかしこちらが立て直すのを、敵はわざわざ待たなかった。



「ちょっと大人しくしててねぇ〜〜。『つぶれろ!』ってね」


「ぐわっ! なんだこの圧力は!?」



 男の気安い口調とは裏腹に、突如としてオレたちは見えない何かに押さえつけられてしまった。まるで象にでも踏み潰されそうな錯覚を覚えるほど、真上からかかる力は強烈だった。



「もしかしてこの技は、衣織と同系統か……。威力が桁違いだ……!」



 オレはその場に這いつくばる事を強いられた。両手を使って起き上がろうにも、アゴを床から離すのでやっとだった。その間、圧力は一切緩むこともなく、気を抜いたとたんペシャンコに潰されかねない。


 視線を巡らせれば、凜花と衣織も同じ状態だと分かる。3人とも敵の攻撃により、一切の身動きが取れなくなった。



「覚者のお兄さん。君のアニマも後で吸ってあげるからさ、そこでゆっくりしててね。先客が終わってないのでね〜〜」



 敵はめり込んだ柱から軽快に降りると、軽やかな足取りで眼の前を通り過ぎていった。


 その先には、膝を着いてうなだれる関元の姿があった。



「さぁて関元さん。どうです? 心の整理できてますか〜〜ぁ?」



 関元は逃げない。さびついた玩具のように首をぎこちなく回して、殺人鬼の方へ向けてから、呟いた。



「オレは、ダメな男だ。生きてる価値もない人間なんだ」


「ほほぅ。ようやく分かってくれたねぇ。懺悔がてらに喋ってご覧よ」


「オレは親に愛されたことがない。愛情を知らずに育った。妻とも心で結ばれたというよりは、契約して事務的に夫婦になった。父親らしくすればいいと言われた」


「ふむふむ。まぁそんな婚姻も珍しくないでしょ。それで?」


「妻は必要以上に求めることはなかった。だが娘は、美佳は違った。真っ直ぐな瞳で見つめてくる。愛情と信頼のこもった眼差しで、オレを!」



 関元が両手で抱えた頭を床に打ち付けた。それはさながら土下座のようにも見える。


 そんな姿をさらしてもなお、懺悔は続けられた。



「娘との向き合い方がわからなかった。そりゃ宿題を手伝うくらいはしたさ。算数とかは答えがある。だが、愛情にどう応えればいいか、全く分からなかった!」


「ふんふん。そう思ったアンタはどうしちゃったのかなぁ?」


「逃げた。仕事に逃げた。無理やり働いた。作業をしてる間は没頭できたし、家族から離れる免罪符にもなってくれた。罪悪感はあったが、それも時間が解決してくれると思った。いつか娘とわかり会える日が来ると、そう信じて……」


「それで? その結果どうしちゃったのかなぁ? 教えてくれるぅ?」



 それは誘導尋問だ。敵は関元が最悪の結論を出すよう、それとなく誘い込んでいる。「だめだ関元」と声をあげようにも、ささやき声にしかならなかった。とてもじゃないが、関元の耳に届かなかった。



「死んだ! 美佳は死んでしまった! わかり会える日を待つうちに、いつの日かと言い続けるうちに、娘は死んでしまったんだ!」関元は張り裂けんばかりの声を響かせた。そして何も憚ることなく泣き出したのだが、その大粒の涙さえも黒煙となって消えていった。


「これでお分かりかな。アンタには父親どころか、生きる資格すら無いことにねぇ」


「そのとおりだ。教えてくれて感謝するよ。オレは生きていちゃいけない人間なんだ」


「んん〜〜潔し。そしてアニマも濃い絶望で彩られて、もう今が食べどきですよ。とにかく素晴らしいんでね。ぜひともそのまま、そのままでぇ〜〜」



 殺人鬼は、手傷のない左手に斧を持ち、それを頭上に振り上げた。その真下には今も、打ちひしがれる関元の姿があった。



「そんじゃあ死んでくださいねぇ。最期に何か言い残すことは?」


「あの世で家族に会えたら、心から詫びたい」


「エクセレント! ではでは、絶品のアニマをいただきだぁ!」



 男が斧を振り下ろそうとした刹那、オレの眼の前を何かが通り抜けた。すると斧が宙空で止まった。攻撃を受けとめたのではなく、敵が自ら止めた形だった。



「あのね坊や。邪魔しないでくれるかい? あっち行ってなさい」



 ハエを追い払う仕草。それは、両手を広げて関元を庇う焔走に向けられたものだった。


 焔走は何ら怖気づくこともなく、力強く吠えた。



「おいお前、どうしておじさんをイジメるんだ! そんなの許さないぞ!」


「あぁ〜〜。お子ちゃまには難しかったかな? この男は酷いやつで、罰を受けてる最中さ。その生命をもってしてねぇ」


「おじさんは僕を助けてくれた。そして守ってくれたもん!」


「うえっ、めんどくせぇ。あのねクソガキちゃん。君のステージはもうちょい後なの。そんときジックリ相手してあげるから、今は他所にはけてなさい」


「いやだ! お前なんか大嫌いだ! 絶対に言う事を聞いてやんない!」


「あっそぉ、ふぅんそっか。じゃあもう良いや。段取りとかめんどうくせぇ。2人まとめてブッ殺してやるよ!」



 敵は再び斧を振り上げた。殺意が感じられる。脅しではない。言葉通りに、その斧で焔走もろとも始末するつもりらしい。


 万事休す。もはや温存だの言ってられない。オレは右手を突き出して天井へ向けた。目標はちょうど殺人鬼の頭上あたりだ。



「爆ぜろーーッ!」



 アニマを全放出する覚悟で爆発をイメージした。次の瞬間、首がねじきれでもした激痛に見舞われ、その場に突っ伏した。だがそうなっても顔を横に向けて、成り行きを見守った。決して目を逸らすまいと決めていた。


 オレの攻撃は成功した。敵の頭上で天井が弾けて、巨大なガレキが雨あられとばかりに降り注いだ。砂埃が巻き上がり、それが収まった頃、敵の姿はなかった。焔走のそばで、ガレキが山のように積み上げられていた。



「やった、ついに倒したか……」



 攻撃の成功とともに、オレたちに掛かる圧力も消えた。ようやく訪れた解放感だが、立ち上がる事は手間取った。アニマの消耗が激しすぎた。



「ワタル、大丈夫か? しっかりしろ!」



 凜花が駆け寄り、肩を貸してくれた。その脇で衣織も心配そうに佇んでいる。



「一応は平気だ。厄介な敵だったが、どうにか倒せて良かったよ」


「ワタルお前……頭大丈夫か?」


「なんだよ。失礼な奴だな」


「違う違う、そうじゃなくて。白髪が前より凄い事に――」



 凜花が言い終える前に、別の声が遮った。それはスピーカー越しに響いたもので、オレたちは衝撃をもって受けとめた。



――なぁんか興が冷めちゃったなぁ。関元さんのアニマも旬が過ぎたし、今回はパスでいっか。



 紛れもなく敵の声だった。あれだけの攻撃を浴びせても倒すことは出来なかったし、声色から無事であることも予想できた。



――そんじゃ関元編のクリアおめでとう! 報酬をあげるからぜひ受け取って〜〜。



 そんな台詞が聞こえたかと思うと、オレたちの眼前で突然床が割れて、台座がせり上がってきた。石造りのそれは、同じく石で造られた板を乗せていた。


 石板は正方形のものを、真ん中で縦に割ったような形をしている。全体像は不明だが、鳥のはばたくような絵柄が刻まれていた。



「なぁ、コレってもしかして……」



 凜花が石板に触れては、サイズ感を確かめていた。言わんとする事は容易に想像できた。



「もしかして、例の雑貨屋を開く鍵か?」オレの推察に凜花も同意した。


「だってこんなサイズだろ。意味深だし、たぶん合ってるだろ」



 凜花は石板を手に取ると、無理やりヒップバッグの中に詰め込んだ。バッグの形が悲惨なほどに歪んだが、一応はチャックも閉じる事ができた。



「さてと。こっからどうするかねぇ?」



 凜花が肩をすくめながら関元に目を向けた。その姿は平常通りで、黒煙などは見られなかった。しかし頬は削げ落ち、手足もどこか痩せ細ったようだった。それだけで5歳は老けた印象を受けた。



「すぐには動けないだろう。ひとまずは回復を待つか」


「それはアンタにも言えるからな、ワタル」


「オレはまだ動けると思うぞ」


「あのな、かなり無茶しただろ。白髪がだいぶ増えてんぞ」


「そんなにもか?」



 オレは手鏡でも借りたい気分だったが、またもやスピーカーの音声が邪魔をした。



――さぁて続けて第二幕いっちゃいましょ! 今度の主役はクソガキちゃんだよ、せいぜい楽しんでちょうだい!



 耳障りな言葉とともに、新たな扉が出現した。やはりこの茶番は終わらない。そして、あの不死身の敵との戦闘も、まだまだ続くのだと予感した。


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