第84話 いつかの未来は②
鍵と思しきレリーフの半分は、どうにか入手できた。しかしその代償は大きい。辛い過去と向き合った関元は憔悴して、オレもアニマのほとんどを失ってしまった。今ここで襲われでもしたらひとたまりもなかった。
「どうするワタル。関元はここに置いていくか?」
足手まといになるから、とまでは凜花も言わなかった。もとより戦闘面で期待はしていない。だが精神状態からみても、どこかで休ませる必要はあった。
そして休息が必要なのはオレも同じだった。
「すまない。少し時間をくれないか。アニマが底をついている」
「アタシは構わねぇよ。皆もいいよな?」
話がまとまりかけた所で、不意にひび割れた声が響いた。それはスピーカーからで、聞きたくもないヤツの台詞だった。
――おんやぁ、何タラタラしちゃってんの? 早くしないと一生そこに閉じ込めちゃうよぉ〜〜?
その言葉とともに、宙に浮かぶ扉が揺らぎ始めた。言葉通り本当に閉じ込められてしまうかもしれない。ヤツの口調は軽々しいが、実際にやりかねないという予感があった。
「仕方ない。みんな、先へ進むぞ!」
オレたちは急かされるままに扉をくぐった。出た先は静かで、薄暗い場所だった。状況が掴みきれないうちに、またヤツの声が響き渡った。
――はいはい第二幕ですよぉ。今度の主役はクソガキちゃんだぁ。第一幕より体感を重視してるからね、ぜひとも臨場感たっぷりのコンテンツを楽しんでねぇ〜〜。
そこで音声は途切れた。やはり不快感が強く残る。
「チッ。あの野郎、どこまでも癇に障る……」
凜花が吐き捨てるように言っては、周囲を見渡した。オレもそれに倣うのだが、みてとれるものはほとんどない。
見えるのは、天井からブラ下がる裸電球が1つ。その真下に、年代物でくたびれた椅子があり、白色光で照らされていた。
「椅子と電球。それと、これは人形か?」
椅子と向き合うかたちで2つの蝋人形が置かれていた。どちらも中年のもので、特に見覚えはない。偉人や芸能人ではなさそうだ。
「もしかして、これだけか? 他に何かないのか?」
オレたちは手分けをして辺りを探った。周囲はぐるりと黒い壁で囲まれており、ドアや窓といったものはない。およそ8畳間くらいのスペースだった。他にも何か仕掛けや隠し通路がある事を考えたが、それらしき物は1つとして見つからなかった。
「本当にここはコレだけしかないのか」
やはりここは椅子に座るべきか。ひとまずオレが座ってみる。蝋人形と向き合う形になった。人形はどちらも精巧に出来ており、今にも動き出しそうに見えたが、それだけだった。
「何の変化もなし……か」
人形は夫婦だろうか。でっぷりと太った初老の男と、同世代らしき小太りの女がモチーフだ。浮かべる表情は、敵意や憎悪が滲み出るほどに歪んでいる。眺めていて好感を持てる要素は感じられなかった。
「どうよワタル。何か謎解きのヒントでも見えたか?」
「いや何も。座ることが正解だと思ったんだが……うん?」
その時、オレは些細な変化に気づいた。それはくたびれ顔の関元の後ろに隠れる、焔走の振る舞いだ。彼は関元の腕にしがみついては、青ざめて震えていた。
「どうした焔走。気分でも悪いのか?」
「僕、知ってる」
「何をだ」
「その2人。知ってる。僕を育ててくれた伯父さんと、伯母さん……」
「それは本当か!?」問いかけに焔走が頷くのだが、顔面蒼白だ。懐かしさや親愛の情といったものは微塵も見られなかった。
「僕が座れば、先に進める気がする……」
「ありえるかもしれん。確かに敵は、お前が主役という事を言っていたしな」
「だから試してみるよ。良いでしょ?」
口では言いつつも焔走の仕草はぎこちない。緊張でもしてるのか、単に座るだけの事なのに、関節は酷くこわばっていた。さながら重病人であるかのようだった。
オレは、襲撃の恐怖によるものだと思った。だから、勇敢な少年を安心させるべく、一層に警戒を強めた。
「凜花、衣織。いつ敵が襲ってくるか分からない。些細な変化でも見逃さないように」
だがそれはオレの誤認だった。焔走が恐怖を抱くのは、全く別の理由からということに、この時は気づけていなかった。
焔走が椅子に腰を降ろしてから、しばし。蝋人形に異変が起きた。首から上をカタカタと揺らしては、くぐもった声を発するようになった。
だがそれらは、全てが聞くに堪えない言葉ばかりだった。
「はっ、焔走よう。テメェは最近、死んだ弟にムカつくくらい似てきたよなぁ? いくら親子とは言え気味が悪いぜ」
男の方は伯父、つまり親戚の中でも近しい間柄のはずだ。だが、発する言葉はトゲだらけだ。さらに汚らしい台詞が続く。
「弟には散々あおられたもんだよ。一発で国立大に受かって、それからは大手メーカーに就職して、若いうちに役職付きだとよ。しかも兄貴のオレより先に家まで買いやがって。どこまでも礼儀を知らねぇヤツだったよ」
男は唾を吐く音を響かせた。実際には人形の頭が揺れただけだが、不快さと暴力性は、実物と遜色ないだろう。
粗野に罵る男の隣には、妻と思しき女も居る。しかしこちらも、何かフォローするでもなく、むしろ嘲笑った。男が汚い口撃を浴びせるたび、品のない笑い声をあげるのだ。
「とにかく、テメェはオレに逆らうんじゃねぇ。クソみてぇな弟の、テメェの親父の分まで、ちゃんとオレに奉公するんだ」
そこで、ようやく隣の妻も口を開いた。しかし吐き出される台詞は悪意に満ちており、無言の方がマシであった。
「安心しなよ、生きていける程度には食わせてやるからさ。アンタの両親が死んでくれたお陰で、保険金も遺産もたんまり入ったからねぇ。これでアタシらもゴミクズみてぇな人生はお終い。セレブの仲間入りよ」
すると天井からだろうか、何かが降ってきた。それは下まで落ちると、べチャリと嫌な音を立てた。
裸電球が照らすのは、床に広がる茶色の液体だ。良く見れば角切りの豆腐や、ネギの切れ端が見える。味噌汁か。そう気づいた瞬間、腹の奥底で黒いものが込み上げてきて、反射的に蝋人形を睨んだ。
糾弾する視線の先には、今もカタカタと頭を揺らして笑う2つの人形があった。
「お前の晩飯だ、ありがたく食えや。わーーっはっは!」
「ごちそうさましたら掃除しとくんだよ。ほったらかしにしたら承知しないからね! アーーッハッハッハ!」
思わず拳を握りしめ、前に出ようとした。凜花も両目を見開いては、同じく襲いかかろうとしていた。
しかし次の瞬間、ケタケタと揺れた人形の頭が木っ端微塵に破裂した。何も無い首からは白い煙が立ち上る。
思わず絶句して訪れる静寂。それを切り裂くかのように、スピーカーからは求めてもいない音声が響き渡った。
――いやぁこれが人間の本質だよねぇ。妬み、恨み、弱者をいたぶる。絶滅してくれて幸いってもんだね〜〜。どこまで行っても暴力的と言うかさぁ――。
その言葉は最後まで聞くことはなかった。凜花が声のする方へ発砲したのだ。声は電気ショートする音を最後に、聞こえなくなった。
「焔走、大丈夫か……?」
オレは椅子に座ったままの焔走に歩み寄り、肩に手を置いた。ビクリと飛び跳ねる幼い身体が、いっそうの切なさを漂わせた。
「すまなかった。まさか、こんな仕打ちが待ってるとは思いもよらなかった」
オレが声をかけると、衣織や凜花も「大丈夫?」と気遣った。すると焔走は、微笑み返してくれたのだが、胸をうつほどに弱々しい。
「僕はへっちゃらだよ。こんなの慣れっこだもん」
震えていた。絞り出した声だけでなく、肩も、指先でさえも、見て分かる程に。オレはそっと瞳を閉じては、焔走を抱き寄せる力を強めていった。
「お前はもう苦しまなくて良い。そのためにオレたち大人がいるんだから」
凜花や衣織も、頼もしく、少し大げさに頷いた。関元だけがボンヤリとして床を見つめているが、今の彼には休息が必要だ。過剰に期待してはいけない。
「ワタルさん、扉が……」
衣織が押し殺した声で言った。壊れた蝋人形の背後に、今となっては見慣れた扉が出現していた。
「スピーカーを潰したくらいじゃ、何も変わんねぇか。どうすんだ?」凜花は腹立たしさを隠そうともしなかった。
「次へ進もう。だが、お行儀よくレールに乗るのも、ここまでだ」
「どうする気だよ?」
「アニマで強引に突破する。これ以上焔走を傷つけたくはないし、それは同時に敵の狙いをくじくことにもつながる」
「そうこなくっちゃ。物理攻撃なら任せろ。散々溜まったもんをブチまけてやるぜ」
「聞いてのとおりだ、みんな。これ以上敵の思惑に乗るつもりはない。強行突破になるかもしれないから、覚悟してくれ」
オレはそう告げると、次なる扉の取っ手を握りしめた。改めて「行くぞ」と告げてから押し開けた。
次に出た場所はいくらか広い。小学校の一クラス分のスペースはあるだろうか。突き当りの壁には照明があり、赤く円形の光を放っていた。その光の下には蝋人形が3体。今度はいずれも子どもばかりで、ランドセルを背負う少年を模していた。
「今度は椅子が無いんだな。その代わりに足跡のマークが床に描いてある。ここに立てって意味かな」
凜花が辺りを解析しては、独りごちた。ちょうどその時、部屋中に敵の声が響き渡った。
――はぁいやってきました次のフェーズ! 両親を早くに亡くして、育ての親は絵に描いたようなゴミクズ。では御学友のみなさんはどうだったかなぁ? それじゃあいってみよ!
「チッ。もういっぺん黙らせてやるか」凜花が銃を構えようとするのを、声で制した。
「よせ。無駄な体力を使うな」
「分かってるけどよ。ムカつくんだよマジで」
「どこかで決戦はある。その時まで体力をとっておけ」
オレは用意された催しなど無視して、虚空に右手を掲げた。イメージするのはやはり扉で、このフザけたイベントを終わらせる、直通進路を呼び出そうとした。
何かが掴めそうだ、そう思った瞬間、スピーカーから声が降り注いだ。
――はいそれ反則! クソガキちゃんの絶望をキャンセルだなんて許されないよ〜〜。
制止の声など無視した。そして掌にアニマを込めようとした時、後ろで衣織が「キャア!」と悲鳴をあげた。
すかさず振り向くと、彼女の両手首にそれぞれ鉄鎖が巻き付き、引き込まれでもしたのか壁に磔にされていた。
「大丈夫か、今助けに――」
オレが駆けつけようとした矢先、何本もの鎖が壁から放たれた。それは凜花、関元を同じように捕獲し、最後はオレまでも餌食になった。4人揃って磔だ。無事なのは焔走ただ1人だけだった。
――これで邪魔者はいなくなったねクソガキちゃん。こいつらをブッ殺されたくなかったら、所定の位置についてちょうだいね〜〜。
「ダメだ焔走! 関元を見て分かったろう。ヤツはお前たちに絶望を与えて、アニマを吸い取る魂胆だ!」
うろたえる焔走に向かって、オレは続けた。
「アニマというのは精神エネルギーだ。あの敵は今でさえ厄介極まるのに、お前や関元のアニマまで吸われてしまえば……!」
手がつけなくなる。その言葉を言う前に、オレは両腕に力をこめた。
「クッ。頑丈だが、いけるか……!」
鎖を千切れないか試してみる。だがその猶予は与えられなかった。オレの眼前に突如として、触手にも似た紐が現れた。するとそれは硬質化した。さらにとがった先端は目まぐるしく回転し、オレの顔面めがけて迫ろうとした。
このまま座して見守れば、額をドリルで貫いたようになるだろう。
「クソッ……次から次へと!」
オレは触手の先端を睨みつつ、意識を集中させた。そこが弾けて砕ける様をイメージした。
しかしいざアニマを使おうとした所で、ズキリと首筋から全身に痛みが駆け抜けた。同時に視界も赤く染まり始める。室内灯の色が理由じゃない。血の赤さと酷似していた。
「そろそろ限界か……! だが、保ってくれよ!」
オレは爆ぜろと、心のなかで唱えた。すると、触手は不気味に膨らんで、金属の擦れる音とともに弾け跳んだ。
しかし代償なのか、全身の血液が激しく脈を打った。視界もさらに赤みを増し、物の見分けが曖昧になる。
――おやおやぁ? もうアニマなんて空っぽなのに粘るなぁ。さすがは歴戦の猛者といったところかなぁ。
そんな言葉が聞こえたかと思うと、床に穴が3箇所で開いた。それは新手の触手で、3本とも先端がドリルとなって回転し始める。
――まぁいかに歴戦の覚者でも、アニマがなけりゃ怖くないね。殺ろうと思えばいつでもイケるんだわ。
「こ……このままでは……!」
今度の標的は別だ。オレは無視して、残りの3人に向かって進もうとしていた。
「みんな、どうにかして避けろ!」
「そうしたいけど、こんだけガチガチじゃ身動きが……!」
四苦八苦するオレたちをなぶるように、ドリルはゆっくりと迫った。その刃先が後半歩という距離まで迫った所で、誰かが吠えた。
声をあげたのは焔走だった。
「もうやめて! 僕があそこに立てば良いんでしょ!?」
焔走はその場で駆け出しては、蝋人形の方へと向かった。




