第60話 霜北沢A番街④
朽ちた集合住宅で、手厚い歓迎を受けてしまった。立て続けに鳴り響く風切音が、オレたちの傍を掠めていく。
とりあえず、鉄骨の飛び出す柱に身を隠した。敵のボウガンから射線は切れているものの、うかつに動けば的にされるだけだった。
「待て、落ち着け! オレ達は戦いに来た訳じゃない。A番街の宣伝をしに来たんだ!」
返答はやはり矢の射出だった。対話に応じる気がないらしく、それどころか、掛け声のひとつさえ聞こえなかった。無言のままでの応戦が不気味だった。
「どうするワタル。出直すか?」
「いや、簡単には逃げられそうにないな」
出入り口の方を見れば、屋外側の壁に数名が潜んでいた。強引に逃げようとしても、外へ出た瞬間、そいつらに襲撃されるだろう。
尻ポケットからスマホを取り出してみる。マップを見るに、周囲は赤マーカーで埋め尽くされていた。ここはまさに敵陣のど真ん中。ゾーン展開されていない事だけが救いと言えそうだ。
「戦うぞ凜花。ただし殺すな。戦意をなくす程度に痛めつけるだけだぞ」
「よっし! 割と溜まってたからな、キッチリ大暴れしてやるぜ!」
オレは独占的ゾーンを展開した。負荷は微小。虚空から凜花の武器を生み出しても、それほど反動は感じられなかった。
「凜花、これを使え。ショットガンだと強すぎる」
「おっ。突撃銃か。任せときな」
凜花は柱を背にしたまま、入口方面に向かって射撃した。パスパスという軽い音が銃口から飛び出した。
ただし本物ではない。プラスチック弾を打ち出すモデルガンだった。
「オラオラどうした! ケツが丸見えなんだよ、アァ!?」
凜花の射撃は精密だった。フルオートによる射撃でも、的確に1人2人と戦意を奪ってゆく。
モデルガンとは言え、電動式で射ち出される弾だ。素肌に当たれば腫れ上がる威力で、実際被弾した男たちは、呻きながら手足を押さえている。
「こっちは殲滅完了! あとはボウガンの奴らだな」
「ボウガンは3人。ロビーの向こうにある通路から、バリケード越しに撃ってきてる」
「アタシがやろうか?」
「いや、さすがに危険だ。まずは無力化する」
オレはこのマンションを内包するほどに、ゾーンを拡大させた。それから、ボウガンの弦が引きちぎれるシーンを想像した。
すると何かの弾ける音が、続けて3度響いた。男たちの短い悲鳴も同時に聞こえた。
「今だ凜花。一気に制圧するぞ!」
「任せな相棒!」
オレと凜花は同時に柱から飛び出した。目指すはバリケード。うろたえた敵は、壊れたボウガンを投げ捨てたのだが、それでも応戦をやめなかった。
奴らに武器と呼べるものはない。そこらに落ちていたコンクリート片や木材を手に、バリケードから飛び出した。
「お前たちに恨みはない。悪いな!」
オレは警棒を男たちに叩き込んでいった。そうして2人を気絶させるうち、最後の1人は凜花が対処した。モデルガンを両手持ちにして、みぞおちを突いたようだった。
戦闘終了だが、それでお終いではない。本来の目的は全く別の所にあった。
「あぁ、その、なんだ。今さらな話をすると、A番街では多種多様な店を開いている。気が向いたら立ち寄ってくれ」
オレはそう告げながら、チラシを一人ひとり配っていく。彼らはうずくまるか、気絶するかの2パターンなので、倒れ伏した背中に置いて回る形になった。
「やれやれ。これで良いのか?」
「平気っしょ。ちゃんと配ってるし。陰木の奴は、べつに穏便にやれとは言ってなかったしな」
「ブチのめした後に宣伝だなんて、逆効果な気もするが」
そうして集合住宅を後にして、次なる指定場所へと向かった。A番街から見て南側に位置する公共施設だ。役所のようだが、今や生存者たちに不法占拠されていた。
そちらでも手厚い歓迎を受けてしまったが、危なげなく撃退。そしてチラシを最後の一枚まで配り終える事に成功した。
「くぁ〜〜疲れた! 歩き通しの上に戦闘2連チャンだもん。さすがに働き過ぎたわな」
「だが急いだ甲斐あって、今日の内にチラシを配りきったぞ。早く衣織のもとへ帰ろう」
「そうだな……って、雨?」
「割と強く降りそうだ。少し雨宿りするか」
降り出した雨は、瞬く間に廃墟の街を濡らしていった。砂塵を含む灰色の雨だ。空を見上げると、黒と灰色の入り交じる雨雲がドッシリと居座り、長雨である事を言外に告げた。
実際、待ちくたびれる程に雨は降り続いた。結局は小雨になったタイミングで屋外へ飛び出し、駆け足になって帰路についた。
A番街に戻った頃は、完全に濡れネズミだった。しかしそんなオレ達を受け入れる者は、1人として居なかった。
「おい、もう店じまいかよ! 陰木のヤツはどこにいる!」
あらゆる店がシャッターを降ろしてしまい、本日の営業を終えていた。腹立つあまり、凜花がシャッターを蹴りつけた。しかし無常にも、金属的に軋む音が返されただけだった。
「苛立っても仕方ない。いったん車へ戻ろう。そこでコンディションを整えて、報告は明日の朝イチにしよう」
「んだよ、まったく……持ち越しかよ」
オレたちの乗ってきた車は無事だった。問題は雨のせいで、地面が水浸しになっていることくらいだ。都心部とは思えない程、水たまりが大きい。街がここまで破壊されている事だし、排水機能が脆弱なのかもしれない。
「うぇぇ、めっちゃ濡れた! 下着までビショビショじゃねぇか」
凜花は定位置の運転席に乗り込むと、すかさずブーツを脱いだ。頑丈な革製品も、雨に濡れれば不快指数は強烈だった。
「このままだと風邪をひきかねない。服を絞って乾かそう。一晩かければ、何とかなるだろ」
「えっ、おまっ! 裸になって夜を明かすのか? それは流石に、何も起きないハズもなく……!」
「裸にならなくて平気だぞ」
後部座席には、早河たちから贈られた物資が積み上がっている。いくつか段ボールで梱包されているので、速やかに解体。そうして広げた段ボールを凜花に手渡した。
「これを使え。胴体を隠すくらいは出来るぞ」
凜花が、つまらないと言いたげな顔で受け取った。オレだって、肌触り最悪な物を素肌に巻きたくはない。それでも何らかの尊厳を失うよりは、いくらかマシだと思う。
絞った服は座席に引っ掛けるなどして、すぐに晩飯だ。天候不良のため火を起こせない。必然的に、貴重な缶詰を開ける事になった。
「衣織ちゃん大丈夫かな」
凜花が缶詰を開きながら呟いた。
「そこは信じるしかない。幸い、衣織は人の心を読むことが出来る。上手く立ち回れるとは思う」
「つっても相手はサイコパスだぞ? いきなり現れて首を吹っ飛ばすとか抜かす女!」
「それでも今は、相手の言いなりになる他にやりようがない。チェックメイトに近い状態だからな」
サバの缶詰、塩の味。桃の缶詰、砂糖の味。凜花はそれらを満足げに頬張るが、その様子が少し遠く感じられた。感覚が薄いのはゾーンに頼りすぎたせいだろうか。少しは休息を考えるべきかもしれない。
食事が終われば寝る。座席を後ろに倒して、身体を休める事にした。エコノミー症候群だなんて言葉が脳裏をよぎるが、雨風を凌げるだけでも贅沢と思った。
「そんじゃおやすみ。一応言っとくが、アタシが寝てる間に、その、卑怯な真似すんなよ。全力で軽蔑するぞ」
「いきなり軽蔑なんて言葉を吐くな。何の話だ」
「だから、分かるだろ! 寝込みを襲うとか、そういう事! こんな格好じゃ、さすがのワタルも理性ってもんが――」
「お前を襲う理由なんて無いだろ。とにかく寝るぞ。明日に備えたい」
「分かってんだよそれくらい! おやすみっ!」
凜花がそっぽを向いて寝転がった。それからは無言のままだ。それはそれで助かると思いつつ、オレも瞳を閉じた。
少しウトウトし始めた頃、不審な物音で覚醒した。何か車全体が振動しているようなのだ。耳を澄ませば、どこからともなく「ドウドウ」という音まで聞こえてくる。
「おい、凜花。この音はどこから……」
「フゴッ。フンゴォォォ!」
「完全に寝てるか。まぁいい」
オレは高いびきを聞くうちに、考える事をやめた。
そうして迎えた翌朝。今日も雨模様で、空はどこを見ても暗雲が広がっていた。傘なんて気の利いた道具はない。広げた段ボールを傘代わりにして、A番街へと向かった。
そして通りを駆け回るうち、標的を見つけるな否や、店内に突入していった。
「おい陰木! チラシ配ったぞ、衣織ちゃんを返せコラ!」
「うげっ。アンタたちしぶといのねぇ。生きて帰ってきたの?」
「当たり前だろオイ。つうか、何だその言い草は!」
「声がでけぇのよ、ゴリラ女。今せっかく衣織ちんと朝食デートなの。邪魔しないでくれる?」
陰木はカフェの中で朝食の真っ最中だった。小さなテーブルには、チーズたっぷりピザトースト、アイスラテにミルクレープと、重たい料理がズラリと並ぶ。
もちろん衣織も同席していた。相変わらず地雷系の服装を強いられた上、頭に黒く大きなリボンまで追加されていた。見た所無事のようだが、表情には疲れが見えた。
「何がデートだ馬鹿野郎。アタシらはキッチリ働いたぞ。だから早く、約束守れよ」
「ふぅん。チラシを配ったらしいけど、全然人が来ないじゃない。それじゃ意味ないわ」
「ハァ!? フザけてんのかオイ!」
「別に大真面目ですけどぉ? チラシ配っても成果がでなきゃダメでしょ。はいやり直し。今度はお客さんを、ちゃ〜〜んと連れてきてね」
「テメェ……人が甘い顔してりゃ調子にノリやがって!」
「ボカン! 首がポーーン! なぁんてシーンが見たいのかしら?」
「ぐ、ぐぎぎ……ッ!」
「分かったらサッサと行きなさいノロマ。つうか朝のひとときを邪魔すんじゃないわよ」
陰木はハエを追い払う仕草を見せつけては、温かなピザトーストにかじりついた。もう話を聞くつもりは無いらしい。
憤慨した凜花は、出入り口のガラスドアを蹴り開けた。そして、水たまりを激しく踏み抜きながら駆けていく。
「フザけんなクソ女ーーっ! 今に見てろよボケが!」
オレ達は段ボール片手にしつつ、もう一度、霜北沢近郊を巡ることになった。その間も雨が止む気配はない。それがなぜか、酷く不吉なものに感じられてしまった。




