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第32話 競合する力場

 巨大なヒルたちは少しずつ、1歩1歩、こちらへ歩み寄った。前進するごとに圧力が強まるようだ。連中が手にしたライトで、バケモノの影が長く伸び、それが得も知れぬ恐怖心を掻き立てた。


 実際オレ達は気圧されている。まるで見えない壁に押されるようだ。敵が迫る度に、オレたちも自然と退がっていた。



「ワタルさん、後ろが……」


「行き止まりか」



 左右に鉄柵とボイラー。背後は壁。もはや逃げ場などない。生き残るには、前方の敵を制するしかなかった。


 しかし勝てるのか。先程から鼓動が胸を叩き、息苦しさから気を失いそうになる。ディープゾーンの時とは勝手が違う。現実世界で眼にするバケモノたちの存在感は、どこか桁外れに感じられた。



「活路は前だけだ……。2人とも、一旦蹴散らして突破するぞ」


「囚われの人はどうしますか?」


「これだけの人数を抱えて移動なんて出来ない。それに連中の目当てはオレたちだ。無意味に危害を加えないだろう」


「分かりました。突破ですね……!」

 

「オレが切り込む。凜花、援護射撃を」



 凜花は、普段なら真っ先に切り込みそうな所だが、なぜか後ろに引っ込んだままだ。オレがちらりと背後に眼を向けると、困惑しきりの顔が見えた。 


 

「それが、すまねぇ……。なんでか知らんが、銃を呼び出せない!」


「そんな! 敵は変身してるのに?」


「そうなんだよ。出来ないハズはねぇのに、全然ダメだ!」


「ワタルさん、私がやります!」



 衣織が両手を突き出すと、猛々しく叫んだ。



「止まれッ!」



 しかし足音は止まらない。ひたり、ひたりと鳴り響く。それが危急を知らせるようで、脂汗が止まらなくなる。濡れたインナーシャツが肌にへばりつくのが、焦りを煽るようにも感じられた。



「ワタルさん、ごめんなさい! 私もなぜか出来ません!」


「仕方ない。オレが血路を開く!」



 オレは素早く切り込んで、警棒を振り上げた。


 相手は動きを変えない。見た目通り鈍重なのか、それとも余裕のあらわれか。いずれにせよ、渾身の一撃を浴びせるつもりだった。



「これでも食らえっ!」



 ヒルと化した胴体を目掛けて、袈裟斬りに叩いた。しかし効いてない。皮膚の弾力で弾かれたらしい。


 敵が上半身をやたら前後に揺らす。意味深な動きだ。わらわれたのかもしれない。



「だったらこれでどうだ!」



 オレはすかさずその場で這いつくばった。そして相手のスネを両足で挟んでは、腕の力だけで身体を旋回させた。


 すると敵は真後ろに倒れた。勢いもすさまじく、背後に並ぶ敵もすべて巻き込んで、全員を床に転ばせた。



「今だ、走れ!」



 オレたちは倒れて蠢く敵を乗り越え、来た道を駆け戻った。ボイラー室から飛び出して、長い通路に入った。



「ワタル! このまま逃げてどうするつもりだ!?」


「まずは地上まで走る! それからは――」



 その時、頭上に何かを見た。這い回る巨大な物体。手下のヒルだ。そう思った瞬間に、それは落下して、行く手を塞いだ。


 挟み撃ち。その事実が、オレの胸に重たくのしかかった。



「クックック。あれだけ大口を叩いておいて、逃げの一手とは。情けないと思いませんか?」


「宇和前……ッ!」



 声に反応して振り向こうとした刹那、影が2つ駆け抜けた。続けて凜花と衣織の悲鳴が重なる。



「うわっ! 離しやがれ、クソが!」


「やめて! さわらないで!」



 2体の敵が、それぞれ凜花と衣織に覆いかぶさった。しかし同時に、オレに無防備な横腹を晒してもいた。



「今助けるぞ! 汚い手を離せ!」



 ありったけの力で警棒を叩きつける。しかし弾力で弾かれるだけで、敵の暴挙を止めることができない。



「なんでだよ! いつもなら、これだけで倒せるのに――うわっ!?」



 敵が片手でオレを払った。一撃という素振りじゃない。飛んできたハエに向けるような仕草だった。


 それだけでもオレは無様に吹っ飛び、したたかに背中をぶつけた。背後は壁だった。そして重力に任せるまま、ズルズルと落ちて、床に尻が着いた。


 オレの眼の前で星が飛ぶ。手も足にも力が入らず、立ち上がれずにいた。しかしその間にも、窮地は悪化の一途をたどる。



「いてぇ! クソがッ、何しやがる!」



 敵の一体が凜花の首に噛みついた。その歯はかじり取るのではなく、吸うためにあるのか。吸血でもするように、歯を突き立てては動かなくなる。


 衣織にも同じ運命が待ち受けていた。



「あっ……。やめて、吸わないで……!」



 2人とも、敵を引き剥がそうと抵抗するが、失敗に終わる。どちらも血を吸われ続けて、ののしる声すらも小さくしぼんでいく。


 このままじゃダメだ。警棒を握る。立てる。歩ける。なら、すぐに助けるべきだ。



「2人を離せ、この野郎……!」



 敵の背中を目掛けて振り下ろす。またもや弾かれた。そして後ろ足で蹴られた。今度は天井に叩きつけられて、頭から地面に落下した。


 コンクリート床がなぜか温かい。指先にぬめりを感じる。これは血だ。自分の血なんだと思う。



「フザけるなよ、こんな結末……許せるかよ!」



 腹の底で何かが弾けそうだ。それは内臓か、骨かも分からない。もう立てない。だが這える。警棒は無くした。


 だが、前に進めるのなら、1ミリでも先へ。そして1秒でも早く助け出したい。



「やめろよ、ゲス野郎ども。そいつらは、お前らが遊び半分で殺して良い相手じゃない……!」



 わずか数歩が遠い。腕だけで這うことが、こんなにも重たいとは知らなかった。



「凜花も、衣織も、やっと辛い過去を乗り越えたんだ! これからって時に殺されるなんて、あんまりだろうが!」



 腕が滑り、その場で突っ伏した。アゴを強く打ったが、痛いのかも良く分からない。



「力さえあれば。オレたちに戦う力さえあれば! お前らみたいな悪党なんて、宇和前なんて、蹴散らしてやるのに……ッ!」



 すると嘲笑う声が響いた。宇和前だ。しかし、それが後ろからか、それとも前からかさえも分からなくなっていた。



「まったく、とんだ期待外れですね。覚者ともあろうものが、こうも簡単に討ち果たされるとは。才覚があるにも関わらず磨かないだなんて、無能よりも罪が重いと言えましょう。ともにはかるに足らず。死を持って償いなさい」



 うるさい。そう思いはしても口に出さなかった。まずは2人を、仲間を助けなきゃ。手足の感覚はなくとも、前に進むのなら、向かえ。



「待ってろよ。必ず、オレが……」


  

 その時、指先に何か触れた。薄明かりの中、儚く光るそれはスマホだった。


 オレは不思議なほど呆気にとられた。するといつもの音声が、普段の調子で聞こえてきた。



――敵対勢力のゾーン内です。すみやかに競合することをお勧めします。



 なんの話かは分からない。だが、逆転の目があるとしたら、これだけだろう。画面上のボタンを叩いた。



――注意。競合ゾーンの展開には、通常よりも多くのアニマを消費します。それでもよろしいですか?



 じれったい。画面を叩く。頼むから、どうなっても良いからと、とにかく叩き続けた。



――これよりキドウワタル様のセカンダリーゾーンを、競合展開します。



 そのセリフとともに視界が激しく歪んだ。船の揺れよりも激しく、まともに目を開いていられなかった。


 そして次に瞳を開いた瞬間、信じられない事が起きた。



「いつまでも調子に乗ってんじゃねぇ!」



 鳴り響く轟音。凜花にまたがる男の身体が半壊して、肉片とともに崩れ落ちた。



「もう許しませんから! ねじれろっ!」



 衣織の方も急展開を迎えた。覆いかぶさった男の手足がすべて、痛々しい音とともに真逆を向いた。男は立ち上がる事もできず、ウネウネと身体をくねらせた後、動かなくなった。



「ワタル、大丈夫か!」



 凜花と衣織が駆け寄ってきた。オレを抱き起こす腕は、頼もしいほどに力強かった。



「しっかりしてください、今手当を!」


「いや、きっと手遅れだ……」


 

 抱き起こされる最中、オレの身体にも大きな変化が起きた。脈拍に合わせてズキズキと痛んだものが、和らぎ、そして消えた。


 手足の感覚も戻っている。それに気づいた瞬間には、1人で立ち上がる事も出来た。



「手遅れ、じゃなくて、間に合ってると言うべきか」


 

 傍らでまた轟音がとどろいた。すると、退路を塞いだ敵も銃撃を浴びて、暗い床の上でのたうち回った。



「ワタル、最後のザコも片付けたぞ。あとはデカブツだけだ」


「分かった。後はオレに任せてくれ」


「えっ? 1人じゃ危ねぇだろ、アタシらも――」


「頼む」


「お、おう……。気ィつけろよ?」



 床に転がる警棒を拾い上げて、最後の1体に歩み寄った。かつて宇和前と呼ばれたバケモノ。たしかに他の連中より二回りは大きい。その分だけ手強いのだろう。


 だが、それがどうした。ブチのめしてしまえば、大きいも小さいもない。



「クックック。土壇場でゾーン展開するとは、以外でした。しかし、所詮は付け焼き刃! 存分にアニマを蓄えた私に、敵う道理など無いのです!」


「黙れ」


「1人で立ち向かうだなんて、無謀も良いところ。トチ狂いましたか? それとも女の手前で格好をつけたいとでも? 先程は酷い醜態を晒しましたからねぇ、ポイント稼ぎでもしたいのですか?」


「喋るな」


「良いでしょう! その心意気に免じて、少しだけ遊んで差し上げますよ! ヒトという存在を超えて、神の領域に達したこの私が――」


「黙れと言っただろ!」



 横腹に警棒を叩きつけた。すると宇和前は、巨体を何度も跳ねさせて転がっていった。壁に激突した拍子に、地下空間に振動をもたらすと、ようやく身体が止まった。


 その叩いた脇腹からは、黒い煙が吹き出していた。



「ガァァァ! なぜだ! なぜ膨大なアニマを持つ私が、このような雑魚にぃぃ!!?」


「すぐに引導を渡してやる。大人しくしていろ」


「クッ……舐めるなよ小僧ッ!!」



 宇和前は叫ぶとともに、ヒルの腹をこちらに向けた。すると、のっぺりとした皮膚がグチャリと開き、中から数本の管が伸びてきた。


 目にも止まらぬ速さだ。避けきれず、胸を刺されてしまった。凜花たちも、腹や肩をやられたらしい。



「ファーーッハッハ! これで形勢逆転! 貴様らのアニマを吸って吸って、吸い尽くしてやるわ!」



 確かに力の抜ける感覚がある。視界も少しずつ歪んでいくようにも思えた。


 凜花と衣織はより顕著だ。膝をつき、呼吸を荒くしていた。早くケリを着けたほうが良さそうだ。



「ケヒヒヒ、もはや勝利はいただいた! 貴様らも所詮は、私の引き立て役でしかなかった! さぁ糧となれ、私の覇道の礎となる事を、光栄に思うが良い!」


「黙れと言っただろ、耳が腐る!」



 オレは強く踏み込んだ。そして、警棒を高く振り上げた。



「馬鹿め! そんなものが今の私に通用するか! こちらにはアニマが――」


「これで終わりだ、宇和前ッ!」


「ギャヒィッ……!」



 巨大なヒルの身体が裂けた。続けて、異形の部位が弾け跳んだ。


 そうして露わになったのは、破れた袈裟を着た宇和前だ。立ち上がる力も無いのか、這いつくばったままで動かなくなる。辺りに黒い霧を撒き散らしながら。


 胸に刺さった管も、呆気なく落ちた。炭化して焼け落ちたかのようで、脆くも崩れ去った。

 


「万策尽きたな。さすがにもう戦うすべもないだろう」


「ま、待て! 話を、私の話を!」

 

「覚悟しろ宇和前、トドメだ」


「ひいっ! やめてくれーーッ!」



 オレはその時、警棒で叩きもせず、静かにおろした。命乞いを聞いたからではない。背後にいつの間にか、やせ細った男たちが迫っていたからだ。


 彼らは口々に、とががどうのと繰り返すが、視線は確実に宇和前を見下ろしていた。


 これは少し悩ましい。その間も、警棒を振り上げようとして、おろすことを繰り返した。そして結局は、彼らに譲ろうと決めた。



「ほら、これを使え。手下どもが持ってた包丁槍だ」


「あぁ……うぅ……咎ぁぁ」


「そうだ。この男に何をされた? 何人殺された? 恨みがあるなら晴らすと良い。オレも一応は気が晴れた」



 そう言って背中を向けると、凜花たちの方へ向かった。2人とも疲れ顔だが、まだ余裕を感じさせた。



「さて、帰ろう。オレは疲れた」


「お、おう。つうか、アレで良いのかよ?」


「宇和前は恨みを買った。そして、恨みを持つ人間が優位に立った。それだけの事だろ」


「待ってくれ鬼道さん! 私はまだ死にたくない! この施設も蓄えも全て渡すから、命だけは助けてくれ!」



 この命乞いにはウンザリした。なぜ悪党たちは、自分の身が危うくなると、似たようなセリフを吐くのか。


 オレは振り向くのもバカバカしくなり、背中越しに言葉を残した。



「オレは見逃してやる。あとの事は知らん。生き延びたければ、そいつらを説得してみせろ」


「そんなの無理だ! こいつら、もう私の命令なんか!」


「そうか。なら諦めろ」


「待って、頼む! こんなところで死にたくない!」


「凜花、衣織、帰るぞ」


「……ん。まぁ、これでいっか」



 帰りの通路を行く最中、断末魔の叫び声を聞いた。それに肉を刺すような音も混じる。いつしか声も聞こえなくなったが、突き刺す音だけは、それからも繰り返し続いた。


 やがて通路を歩き終えて、昇り階段に差し掛かった。最初の一歩を踏みしめた瞬間、世界が揺れた。

 


「あっ。これは、たぶんマズイな」


「どうしたワタル。忘れ物か?」


「悪い、凜花。オレを地上まで運んでくれ。何かで埋め合わせする……」


「お、おい! どうしたワタル!?」



 オレは何かに寄っかかりながら、瞳を閉じた。意識が闇に引っ張られていく。それから視界は、ついに闇に閉ざされてしまった。


 

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