第66話「違和感」
それは侵入、襲撃。
そういった言葉では決して表すことのできない。
――っ゛
そう、蹂躙だった。
周囲には土塊の残骸。
アントの形をしたゴーレムの残骸が大量に積もっており、その蹂躙の片鱗を見せている。
あまりにも無残なその惨状だがそれに心を割くものは生憎なことにこの場にはいない。
――これなら!
アンコが即座に土魔術をくみ上げて一帯の地面を爆発させた。
――えっ!?
が、当たらない。閃光が走り、敵は姿をくらませる。
――どこ!?
その動きを目では追えずに、アンコが首を巡らせる。が、衝撃は真上から。
「こいつで終わりだ」
声と共に降りかかる一閃。
その意味を理解する間もなく、アンコは首を落としダンジョンから消失することとなった。
「これで60階層。少し休憩でもするか」
アンコから生まれたドロップアイテム――クィーンアントの甲殻――をマジックバッグに入れつつもテオドニが地に腰を下ろした。
怒涛の勢いでここまで突破してきたテオドニだが、流石に60階層までの道のりを進めたとなると疲労の色は隠せないらしく「ふぅ」とため息を一つ。
「……」
「はっ、ご期待に沿えずに不機嫌ってか?」
「別に」
テオドニに連なるように腰を下ろしたチェルシーがそっぽを向く。
それもそのはずだ。
最初の20階層までは第3位階のゴブリン達がいてチェルシーは目を輝かせていた。なにせ最初から第1階層から第3位階のゴブリン種が出たのだ。それはもうこれから先に現れるゴブリン達が更なる強大なゴブリンであることをチェルシーに期待させていた。
その分、そこから先が彼女の機嫌を損ねる。
21階層からはウルフ種が、41階層からはアント種が蔓延っており、ゴブリンのゴの字も出てこない。
徐々に不機嫌になるチェルシーに、彼女を慕う人間ならば狼狽えることは違いないだろうがテオドニは違う。
「しっかし……どえらい変化だな」
一切の足を止めずにここまで進んできたテオドニだったが、やはり内心ではダンジョンの変貌ぶりに舌を巻いていた。
「確か数か月前までは初心者向けのダンジョンだったって?」
「ああ。10階層までしかないダンジョンでダンジョン魔物は第2位階のゴブリンまでだった。ダンジョンマスターはハイゴブリン。ダンジョンボスもいなかった……はずなんだがなぁ。ある日いきなりダンジョンが急に変化しだした。急に出現したダンジョンボスが原因でな」
「へー! ということは――」
「――ダンジョンボスは魔族の男だ。ゴブリンじゃねーよ」
「……そっか」
目を輝かせ、だが先にそれを否定されてしまいガッカリと肩を落としたチェルシーだがすぐに「そっか」といきなり真面目な顔をして頷いた。その態度の変化に、テオドニが目ざとく気付く。
「なんかあんのか?」
「……深層から強い気配が一つあるわ」
「あん?」
「さっきのクィーンアントや第6位階のオーガバーサクとはちょっと比肩できないレベルの存在ね……さっきぐらいから感じてたけど、きっとそれがあなたが言ったダンジョンボス。魔族の男ね」
「……まじか」
このテオドニの言葉はダンジョンボスである魔族の男と聖女の両方へと向けられたモノ。
普通、ダンジョンでは別の階層の魔物の気配を感じることはできない。それはダンジョンの各階層ごとに特殊な結界のような魔力が流れており、誰にも壊すことのできない頑丈さには別の階層の気配を遮断する性能も含まれているとされている。
そのため階層ごとのダンジョン魔物の様子は一層毎にもぐらなければ一切知ることが出来ない……はずなのだ。
その気配を遮断するはずの魔力障壁を乗り越えてでも魔力を感じ取ることが出来る聖女と、その魔力障壁を乗り越えてでも存在を示すほどのダンジョンボスである魔族の男。どちらもあまりにも規格外。
そこまで考えが及べば普通ならば怖気づいてもおかしくはないものだが、テオドニもまた一般的な冒険者と比べるならば規格外。
――こいつは面白くなってきやがったな。
久しぶりに本気で戦うことが出来るかもしれないという喜びに肩を震わせるのだった。
「となると一気にダンジョンボスの部屋の手前まで進んじまうか!」
「大丈夫? 随分と疲れているみたいだけど」
「ああ、だがまだ余力は残ってる。ダンジョンボスの部屋の手前で野営をして一旦体力を回復させるつもりだが、それでも良いか?」
「ええ」
二人の足取りは未だに淀みない。
「テンマ?」
戦闘観察で二人の様子を見ていたゴブノスケとテンマだったが、ゴブノスケがふとテンマのいつもとは違う様子に気が付いた。
「……」
アンコをいとも簡単に倒し、まだ余力の残していそうな冒険者テオドニとその後ろで悠然と佇んでいる聖女チェルシー。
強者を好むテンマならばこの段階で大声で笑っていてもおかしくはないはずだが、珍しく沈黙を保っている。
――アンコちゃんがが負けちゃったから不機嫌になって……っていう感じでもなさそうだけど。
前回アンコが負けた時とは違う。
ただ純粋な実力差で負けた時においてテンマがそれを受け入れないはずがない。
ならば何故だろうかとゴブノスケが首を傾げた時、やっとテンマが動いた。
「ゴブノスケ」
「なに?」
「ダンジョンのフロアを作成してくれるか」
「うん……うん?」
頷いてからその意味不明すぎる言動に首を傾げるゴブノスケを一瞥もせずにテンマは言葉を続けていく。
「ダンジョン魔物は不要だ。100階層までダンジョンを作るだけで良い。貴様はダンジョンボスの部屋で我と奴らの戦いを見ていろ」
「ちょ、ちょっとちょっと。急にどうしたの? いきなりすぎだし、それにまだラセツも残ってるんだからあの冒険者たちがこっちに来るともかぎら――」
「――来る」
「へ?」
「奴らは間違いなくラセツを破り、ここまで来る」
「……」
あまりの断言に言葉を失うゴブノスケだが慌てて「で、でも」と言葉を付け加える。
「なんでダンジョンの増設を急に? それにダンジョンポイントも足りなかった気がするし」
あまりの急すぎるテンマの案。
ゴブノスケの疑問は当然のものだ。
「部屋は一部屋でいい。であればポイントは足りるだろう」
「それは……うん、足りるけど」
「我がいる80階層から少しでも離れていろ。少しでも余波が来んようにな」
「余波って」
――ダンジョンの別階層にまで来る余波なんかありえないよ。
そんな当たり前な言葉を、テンマの険しい表情を見てからゴブノスケは飲み込んだ。
「わかった」
あのテンマがそう言うのだ。
ゴブノスケはマスターメニューを開いて作業に入る。
「……」
その姿から背を向けて、テンマは戦闘観察で今もまた破竹の勢いでダンジョンを進む彼らの動きをジッと見つめる。
丁度62階層を突破した二人に、テンマはそこでやっと笑みを浮かべた。
「強いな」
その言葉にどこか彼らしくない響きが含まれていることに、彼自身気づいていない。




