第65話「インスタントPT」
「マジかよ」
「あら!?」
グリーンダンジョン。
遂にその入り口へと足を運んだテオドニは、あまりにも予想外過ぎる人物に出会いその顔をしかめた。対して出会った女性はその逆。素直に喜色を浮かべた表情でテオドニへと顔を向ける。
「テオドニさんじゃない!? 久しぶりねぇ。元気にしてた?」
「……あー、まぁぼちぼち、だがなんで聖女のあんたがここにいる? しかもあんたを守ると息巻いてるお供も連れずに」
「なんでって……あなたのところのヨハンさんから手紙もらったの。危険なダンジョンがあるって」
「その手紙には俺が動くって話もあったはずだ。あんたがダンジョン関連で、しかも率先して動くなんて滅多にあることじゃねーだろ。一体何が目的だ?」
聖女の実情を知っているテオドニからすればその疑問は尤もといえるだろう。
聖女チェルシーは忙しい身だ。その類まれなる神術であらゆる人間の命を救い、各地でまるで災害のように訪れる魔物によって脅かされている人々を救い、それこそ国中を飛び回っている。
彼女の予定は常に埋まっており一年以上は面会することすら叶わないとされているほどだ。
そんな、まさに聖女としての称号が相応しい彼女があらゆる予定をずらしてまでこのグリーンダンジョンに来ている。たかだかマリージョアという田舎都市のギルドからの助力要請があっただけで、だ。
ましてや現役の白金級冒険者のテオドニがダンジョンに行くともなれば、それこそチェルシーが動く必要などないと誰もが考える。
当然ともいえる疑問をぶつけたテオドニに対してチェルシーは顔を紅潮させて「うふふ」と笑う。
「そんなの……決まっているでしょう?」
その言葉で、テオドニは何かに気付いたらしく、顔色を悪くさせた。
「まさか……いや、そういやそうだったな。あんたの悪癖はまだ直っていなかったってこったな」
「悪癖だなんて失礼しちゃうわ」
頬を膨らませてそっぽを向くその仕草は、非常に美しい。
腰にまで届く長い金髪。長く整ったまつ毛に吸い込まれそうになる大きな瞳。頬を含まらせてなお彫刻のように黄金比を崩さずにいるその容姿。
彼女が聖女チェルシーであることを知らない人間がいればそれだけで見惚れてしまうほどのそれ。
「ただ……ふふ、ゴブリンが好きなだけなのに」
頬を緩めて、そのグラマラスな体をくねらせて色気たっぷりに呟かれる言葉に対して、テオドニは対照的な反応を。
「はぁ」
ため息を一つ落として「本当にタチがわりー女だ」と小声を漏らす。
チェルシーといえば今代の聖女としては色々と逸話を残す過去でも類を見ない程に人気を博している聖女だ。
男だけならず女ですらも見惚れるほどのその美貌。
にも関わらず、王族や貴族にも媚びをへつらわず、平民にも平等に接し、己の正義にのみ従って行動を起こすその気高い心。
どのような治癒術師ですもが匙をなげる病人やけが人を救うその神術。
そして何よりも国を襲う未曽有の危機をたった一人で解決したことのあるその実績。
そのどれもが初代聖女に引けをとらないとされてる。いや、初代聖女であるヒマワリの偉業に関しては既に過去のものでしかないため、現在ではそれがどれだけ偉大なものだったかの実情を知る人間がいないため、チェルシーこそが歴代最高の聖女であると信じている人間も少なくはない。
これには初代聖女ヒマワリが封印した魔王が、神をも倒したことのある史上最悪の魔王だ、という情報を教会関係者によって伏せられていることも関係しているのだが、教会関係者の思惑はともかくとして。
チェルシーが初代聖女度比べられるほどに名実共に優れている聖女であることには間違いない……のだが、そんな完璧ともいえる彼女のただ一つの欠点と言うべきか、それとも単なる特殊な性癖という言葉ひとつで片付けるべきか。
それを知る人間は数少ない。
「折角だからあなたも一緒に行く? ゴブリン達に会いに」
「……会いに、ねぇ」
その言葉に含まれている意味を十分に理解しているテオドニは頬をひきつらせる。
「本当に変態だな」
もしも彼女の側にいつも一緒にいるお供がいたら確実にいきり立つであろう言葉だが、チェルシーは妖艶な笑みを浮かべたまま「うふふ」と笑う。
「ゴブリンに夢を見ていると言ってほしいわ」
「……夢って」
飽きられるテオドニの様子には目もくれず、チェルシーには何らかのスイッチが入ったらしい。両手を広げて声を張り上げた。
「人族よりも優れた繁殖力! それを為すほどの強力な遺伝子! きっとそれはもうあらゆる種族を孕ませては生ませて、いろんなゴブリン種を繁殖させてこの弱肉強食の世界を生き残ってきたのよね!? 間違いないはずよ!」
「いや、そんな種族じゃねーよ。単純に繁殖力に優れてて小器用で小賢しいだけだ」
テオドニが冷静に突き付ける事実を、チェルシーは全く聞いていない。
「あぁ、きっと私もゴブリン達に負けてしまえば一晩中〇されて望んでもないのに〇〇されて、そして望んでもないゴブリンの子孫たちの繁栄する母体にさせられて、その快楽に堕とされるの!」
「やっぱりド変態じゃねーか。そんでもってあんたがゴブリンに負けるなんてありえねーだろ」
「いつかそんなことがあったらどうしようかしら……いえ、全力で抗って負けちゃうんだからそんなことがあったらもう私に選択肢なんてないのよね」
うっとりと明後日を見るチェルシー。
やはりテオドニの言葉は聞こえていない。
国を襲った成体のドラゴンをたった一人で、それも無傷で追い返したチェルシーだ。例え何があったとしてもゴブリンに遅れをとることなどありえない。
その彼女が今『全力で抗って負けたら』などと言う。
これが単なる願望ならば特殊な性癖だねと全員から一歩引かれて終わりだ。だが彼女はその願望を叶えようとすることが出来る力を持っている。誰よりも強い人族がゴブリンというあまり強いとはいえない種族に全力で挑み、負けた上でそのドM願望を満たしたいと考えているのだ。
しかもそもそもがゴブリン種には異種と交配する能力などないのにも関わらず。
テオドニが『タチが悪い』と評した理由はこれ。
彼女がゴブリンに負けることはあり得ない。叶うはずのない願望を携えている彼女はこれまでも何度かゴブリンダンジョンに潜り込んではそれらすべてを一掃したこともあれば、魔境へと足を運びゴブリンキングを一人で討伐してきたこともあった。
それらの行為自体に問題があるわけでもない。むしろ英雄といっても全く過言ではないだろう。
ただ叶うはずのない願望と、国ならば簡単に一人で滅ぼすことも可能な力。それらがあまりにも不均衡であり、テオドニからすれば『タチが悪い』という評価が聖女チェルシーへのそれだった。
「あんたが出張ってきた理由はゴブリンってことだな」
「ええ! だってゴブリンのダンジョンでしょう!? それも危険な可能性が出てきているという!」
――私が来ないはずがないじゃない?
言外にそう告げる彼女の笑顔には純粋なそれしか含まれておらず、それがまたテオドニにとってはタチが悪い。
――まぁ、聖女がいて何か困るってこともないだろ。
心の中で呟き、テオドニはチェルシーに背を向けて歩き出す。
「今回は俺がいる。残念だがあんたの出番はねーよ」
「それならそれで今回も私の夢には縁がなかったと思うだね。 一応ここまで来たんだし、私も後ろからついていくわ」
「好きにしな」
こうして白金級冒険者テオドニと聖女チェルシーがグリーンダンジョンへと潜り込むこととなった。




